【残念、人間でした】
執筆がんばるもい。
産まれなおしてから数日が経過した。
誕生直後に意識を失ってから次に目が覚めた時には、はっと夢幻であることに期待したがそう言えば私は、と言うより魔族は基本的に夢を見る、という事が無いことを思い出した。
そもそも魔族の時に最後に睡眠というものを取ったのは何時だったのか。遠い昔であったということは記憶しているが。
幾らか時間がたった頃にはもうこの現状に諦めが付いたが。
それにしても産まれて間もないとはいえ、人間の体というのは不便なものと実感させられた。
いや、人間の、と言うよりは人間の子供の体は、と言うべきか。
体が未成熟故か色々と堪える、ということが出来ないのである。
そも、元の私は魔族の中でも上位の存在であった。
魔族もそのほとんどは人間と同様につがいとなって子を成す種族が殆どであり、それらは魔人と称され鬼人族や狼人族などの姿形が人間寄りの種族である。
魔人は総じて成長が早く、産まれて数日もあれば立って歩くようにもなり、当然言葉も話すことが出来る。
それ以外では大気中の魔力濃度が高い所で自然発生する魔力を有する獣であり、それら魔獣と称される。
魔力の有無が魔獣と通常動物の違いとも言える。
主にスライムだったり魔蟲、あとは名の通り魔猪だったり魔虎だったりと色々である。
それらの魔獣が独自の進化で人形に近づいたものは何というのか昔疑問に思ったことがあったが、そもそもこの呼び方は魔族の中で区別のために定着して行ったもので正しくコレというものは決まっていない。
人間にとって人外は総じて"魔族"であり、全て討伐の対象であるからだ。
それで前生での私の話になるが、上位やそれ以外ではどう分けるか、であるが簡単に言えば内蔵魔力の多さである。
種族としての区別は魔族内特有のものであるが、この上位等下位等の区別に関しては人間とも認識が共通していると言える。
これも人間にとって魔族が討伐の対象である故であろう。
区別を付けることにより自身に見合った対象を選び戦うかどうかを決め人間側の損害を減らす意図があるのだ。
この内蔵魔力だが、これは空気中の魔力を体内に取り込み自身の魔力に変換することで産まれる物である。
大気中の魔力濃度の違いは地域によって異なる事もあるが例え魔力濃度の低い所であっても大気中の魔力をそっくりそのまま還元出来れば一呼吸するだけで中~上位魔法を使うことが出来るだろう。
それほどこの世界に魔力というものは充満している。
が、殆どの生き物は人間も魔族も含め魔力の還元率が種族によりある程度一定であり、どの種族も一桁台である。
これは訓練や修行でどうこうなるものではなく、生まれた時にある程度決まっておるものであり成長で多少変異もするがそれは微々たるもの。
正直、その還元率が10%台に乗ればその一族としてはかなりの素質の持ち主である、と言える。
その魔力を蓄える力に加え、魔力を貯めておく器、その者の持つ魔力の許容量も重要なものになってくる。
魔力還元率が高くても許容量が低ければ意味がなく、その逆もまた然りである。
重要なのは許容量に合う還元率なのである。
ちなみに還元率と違い許容量はある程度鍛えあげることが出来る。
もちろん、これらが戦闘能力の全てではない。
魔力を効率使用出来る頭があれば魔力の多少の差など埋められる。
体力があり、筋力を鍛えれば魔法に頼らない戦法も出来るからだ
魔力値などあくまでも、戦闘能力を算出する際の一要素でありそれが全てではない。
鬼人の剛力然り狼人の疾走速度だったりと。
が、稀にその一要素のみで充分脅威となり得る存在が産まれることもある。
それは突然変異だったり、予期せぬ進化あるいはそれこそ天災の様に自然的に発生することもある。
かく言う私も自然的に魔人として産まれた存在である。
生まれとしては元の私は魔獣寄りなのだ、しかしその内包する魔力量が還元率・許容量共にふざけた値だっただけであり更に都合よく人形で生まれてしまったのだ。
まぁ、歴代魔王の殆どはその様な存在だったのだが。
元の私は許容量もそこそこで還元率が80%を超えていた、そして前述したように産まれが魔獣に近かった私はほぼ完成された状態でこの世界に産まれてしまった。
故に最初から"立って歩く"事など意識したこと無く実行でき、取り込んだ魔力により必要なエネルギーをまかなえたため食べることも、食べたものを排泄するということも無かった。
ここで話を戻すが、人間のそれも子供の体の不便さが生まれ変わってみて初めて実感できた。
魔族は成長が早く不便である期間が殆ど無いことからそのような問題は考えもつかなかった。
それも元魔族、しかも特殊な生まれだった私からしてみればそれは顕著なものである。
それと同時にかなりの死活問題でもあるのだ。
喋ることもままならずたって歩くことも出来ない。
それどころか生まれたてでは身じろぎ一つすら難しいのだ。
挙句には急に睡魔が来たかと思えば抗えずに意識が落ちたり、排泄など催した途端限界が訪れ歩くこともままならない体ではその場でしか用をたせず勇者や魔法使いに後処理をされる始末。
正直喋れるのであれば直ぐにでも正体を明かそうかとも考えたが、こんな醜態を晒してしまった今では迂闊に明かすのも躊躇われる。
と言うかだ、絶対に言えない、言いたくない。
魔王が勇者に下の処理をさせるなど口が裂けても言えないだろう。
なんかこう、魔王としてと言うより私個人のプライドがそれを許さないのだ。
いや、もうこの話題はよそう。
そう決めれば早々に気にすることをやめすぐさまにでも忘れ去ろうと努力することを心に固く決意した。
そうそう、下の話で思い出したが・・・いや違う単純に再度状況の詳しい整理をしよう。
元々の私は男の魔人だったのだが人間になった今の性別はなんと女だった。
まぁ、生まれた時に私を取り上げた老婆がそんな事を確かに口走っていたがあの時は動揺が激しかったのだ、今更になって気づいてもおかしくはないだろう。
実際性別が変わったことにより体の変化に意識がついていかないのが上手く体を扱えない原因の一つなのでもあろう。
とはただの予想でありそうであって、そうであって欲しいなという願望である。
それと今世の生みの親である勇者と魔法使いは既にその職務を辞任しており今は名も無き西の小さな村に落ち着いては警備隊のようなものをしているようだ。
私を取り上げた老婆と3人で話していたのを耳にしておおよそは理解出来た。
ただ今の世の全てとよくは出さないが近郊の大国の情勢の話題までもが会話に出ることがなく知る機会は無かった。
ただ言えることは私が望んだ世には未だ至っていないだろう、という事だ。
まぁ、とはいえ魔王である私が討たれてからまだ三年しか経っていない様だからそれも当たり前と言えば当たり前なのだが。
一つ言えるのは、勇者はなんと私の思いを十二分に汲んでくれたのかしばらくは影で人魔共生に尽力してくれていたのだった。
何とも嬉しい限りではあるが、その時に何かあったのだろうこうして小さな辺境の村にそれ程の人格者を追いやってしまったのかと思うと少し申し訳ない気もする。
まぁ、私を人間に産み落とした事でそれは相殺されるだろうが。
・・・いや、この現象に関しては勇者達は全く関与してはいないのだろう。
私の正体に気づいていないことからそれは確実なのだが、単純に私の逆恨みである。それは言わぬが花であるが。
ふぅ、と心でため息を吐く。
実際にため息を吐こうにも、それをやった所で『あぅ』と言ったうめき声にしかならなかったのは実証済みである。
ともかく、これが私が数日で得た現在の近況である。
とはいえ全て意識が覚醒してから再び睡魔に意識を落とされるまでの短い間に運良く話が聞こえてきた内容を私なりに解釈しただけなので多少の認識の差、ヘタをすればそれ以上の違いがあるやもしれぬ。
名も無き村、というのからもしかしたら大国との時代の流れの差があることを考慮にも入れなければならないとなるとそれぐらいの覚悟は必要である。
外に出ることもままならない今の状況ではとりあえず他の者の会話に集中し情報を集めるしかない。
全く、早くいろいろとして情報を集めたいものだ、でなければ自分の身の振り方すらも分からないのだから。
こんなにももどかしい状態に長く耐えなければならないのだと思うと人間という種族を見直すと共に前自分が甘かったことを思い知らされる。
と、そんなこんなでとりあえず私は一旦現在の状況の把握をしたいという気持ちを隅に追いやり立って歩いたり、喋れるようになることに尽力をつくそう。
その過程で母親である魔法使いが赤ちゃん言葉でもって私が歩くことを促したり、自分のことをママと呼んでみろなど言っていた。
それに触発されたのか父親の方なんかはしばらくの間『パパでちゅよ〜』が口癖になっていた。
正直、誰にでも親の顔があるのだろうことは理解したがそれでもこの男のそういう顔だけは見るに耐えなかったのはここだけの話である。
英雄たる勇者様がこのような痴態を魔王に晒しているとは、といい弱味を握ったものだとその時したり顔で思ったがそれは同時に自分の弱みであることに直ぐに思い至り苦い顔をしてしまったのは言うまでもない。
そのタイミングが丁度勇者に抱き上げられた時だったため勇者がしばらく沈みこんでいたのは気のせいではないだろう。
辛うじて意思疎通ができる程度に言葉を発することができた時に思わず、来ていた老婆を2人がオババと呼ぶので練習がてら呼んでみたところ、『ばぁば』という発音になってしまったことで初めて喋ったと勇者は元気を取り戻していたが。
しかしそれが災いしてしばらく勇者と魔法使いによる『パパだよママだよ』口撃が絶えること無く降り注いできたのはかなりの苦行であった。
そのしつこさに私も屈してしまい仕方なしにそう呼んだのは恥辱にまみれる出来事であった事とここに明記しておこう。
そんなこんなで、激動を極めていた私の魔族としての生涯は呆気なく終わり、何故か世では三年、私の感覚ではほんの一瞬の間に人間として恥辱にまみれながらもそれを含め、魔族の頃では決して手の届かなかった平穏を手に入れることとなった。
人間の寿命はわずか百年も無いという。
これまで魔王として数百年生きてきた私に取っては取るに足らない新たな短い生涯ではあるが、出来れば私に振りかかる不運はこれで終わることを祈るばかりである。