肩身が狭いよヒカリさん ~え!! 元悪の女幹部(26)が光落ちして魔法少女を!?
光落ち、という言葉をご存知だろうか。
かつてライバルだった者が、何かのきっかけで味方になる展開を総称した呼び名である。古今東西山手線、様々な物語で見られる黄金パターンである。
例えば宇宙からやって来たM字ハゲがしれっと仲間になったり、いい感じに王女とお別れしたらしれっと船に乗っていたり、邪気眼ヒャハハと思っていたらそんな事は言わなくなったり。
厳密には光落ちじゃないとか、前の衣装や性格のほうが良かったとか、むしろ一週回ってアリだとか。方々から散々な事を言われる光落ちは……当人にとっては凄く大変なのである!
そしてまた魔法少女マジカルジュエルの女幹部ブラック・ダイヤ(26)もまた、その大変さを骨身に染みていたのである!
◆◆◆
「目を覚まして、ブラックダイヤ! いいえ……ヒカリさん!」
マウントロッドを私に向けて。ガーネットが必死に叫ぶ。
「アタシ、覚えてるからっ! ヒカリ姉ちゃんが優しくしてくれたことを、一緒に遊んでくれたことをっ!」
「あなたがいたから、今のわたくし達があるんですっ! だから、ヒカリさん……闇の力に負けないで!」
アクアマリンも、エメラルドも。あの子達が私に立ち向かっている。
覚えている、あの三人を。あの公園で泣いていた少女たちが今、涙をこらえて痛みに耐えて、私に向き合っているから。
「「「あなたの輝きを……取り戻してえええええええっ!」」」
消えていく淀んだ感情、洗われて行く私の心。そうだ、もう一度やり直すんだ。
こんな恥ずかしい格好を、二度としなくてすむ様に。
「ってことからもう一週間……時の流れは速いワン」
ガーネット、じゃなくて睦月ちゃんのポシェットから顔を出す子犬状生物のリングが顔を出しながらそんな事を言う。
「こらリング! こういう所で顔を出さないの!」
それを押さえつける睦月ちゃんだが、ひじが当たって倒れそうになるドリンクバーのメロンソーダ。それを持ち前の瞬発力で抑えたのは、元気いっぱいの藍ちゃん。それを見てクスクスと笑うのは、眼鏡が良く似合うみどりちゃん。
「でも、不思議だね……あの時の子が今はこんなに大きくなって、それも魔法少女だなんて……」
そして私、落合ヒカリ。コーヒーをすすりながら、大人らしく物思いに耽っている。
――え、『もう』一週間? 『まだ』じゃなくて?
秘密結社ロバリィズの洗脳が溶けたあの日から、私的にはまだ一週間。全身筋肉痛だし、一人布団の中であうあう言ってみたり、趣味アカで病みツイートを投稿寸前になってみたり。ほとんど何もしてないのだけれど、とにかくこの一週間はなんかもうてんやわんやだった。
ようやく心の整理がついたと思ったら、スマホが鳴ってド平日の午後三時に郊外のファミレスに召集されたのが今日の事。何とか最低限の化粧とリクスーを引っ張りだして、待っていたのは全員JC。
「魔法、少女……」
つらい。実は魔法少女の女子中学生に囲まれて、啜るコーヒーは泥の味。苦さの決め手はなんと言っても、ド平日の午後三時に間に合ってしまう真っ白な私のスケジュールと職歴のせい。女幹部のころの衣装のほうがまだマシな辱めを受けている気分だ。
「そう、そうなんですよ! あのですね、ある日リングがやってきてジュエルランドの危機だーっ! ってそれでそれで!」
懇切丁寧に説明してくれる睦月ちゃん。その様子は私から見ると微笑ましい部分がない訳じゃないのだけれど。
周りの目がとても痛い。
ヤバイでしょこれ。周りはどう考えても暇を持て余したマダム達で、JC三人と無職一人の組み合わせに奇異の目をこれでもかと送っている。無職だってのはいくらリクスーでごまかしても、平日の三時に女子中学生とドリンクバーを満喫している時点でバレている。ていうか私の家、この近く。もうバレてる、近所のマダム達にあそこのヒカリちゃんがJCとお茶してるのはもう周知の事実だ。
「す、凄いなぁ……私だったら絶対できないな」
二日酔いみたいな震え方をする右手でカップをソーサーの上に戻す。絶対できない、というのは使命的な意味ではなく、こう見た目的な意味である。
もうフリフリ。これでもかってぐらいフリッフリ。おまけに謎の原理で睦月ちゃんは真っ赤なツインテールが生えてるし、藍ちゃんのポニテは伸びるし、翠ちゃんは滅茶苦茶ゆるふわになってしまう。その髪が伸びる魔法が必要なの絶対あなたたちじゃなくて禿げたオッサンでしょとは口が裂けても言えるまい。
「ま、まぁ改めて御礼を言うよ。ありがとう……皆。これから私も自分の人生、少しはやり直してみようと思うんだ」
代わりに出てくる感謝の言葉。決まった、と内心思う。
そう。今日無理して出てきたのは、この一言を伝えるためだ。言い換えると、助けてくれてありがとうはいさようなら、である。
「ヒカリさん、そんなあたしたちは当然の事を……!」
いい加減私としても、就職活動しないとヤバい。具体的には実家を追い出されそうでヤバイし、既にハロワいくからと嘘をついて交通費の千円を貰って来ている時点で相当ヤバい。世界の平和はこの子達に任せるとして、私はまず自分の世界をどうにかしないと不味いのだ。
「何言ってるワン! ヒカリはこれから」
さんをつけろよ野良犬が、とは言わない私。だって代わりに言うことが、次の瞬間生まれたのだから。
「魔法少女マジカルダイヤとして……一緒にロバリィズと戦うワン!」
は?
「……あ”ぁ?」
「睦月ちゃん……ちょっとその子借りるねっ」
返事も聞かずにポシェットを奪うと、私はそのまま女子トイレの個室へと急いだ。秒で鍵を掛け糞犬を取り出すと、そのまま握り締めながら壁に叩き付ける。
「い、痛いワンやめてワン! ま、まさかヒカリ、洗脳がまだ……!」
「解けてんだよいいから答えろよ」
「ハイ……」
やっと静かになる糞犬。よし話の続きだ。
「テメェ、私に魔法少女やれって言ったか……?」
「そ、そうだワン」
「ワン?」
「そうです、言いました……」
よし言葉は通じるみたいだな。
「そ、そのロバリィズは元々ヒカリの」
「ヒカリ……?」
「……ヒカリさんの強いジュエルパワーに目をつけてたんです。で、でも洗脳が解けた今なら! ヒカリさんは最強の魔法少女になれるんですっ」
何言ってんだこれ、やっぱり話通じないな。
「だかっ、だから睦月達と一緒に世界の平和を」
「やらねぇよボケが」
おっと、思わず口調が昔に戻る。せめて子供たちの前では格好つけた大人でいようとしてたんだけどな。まぁこれは犬だからいいか。
「そこを何とか、何とかお願いします! ほらこれ、このダイヤで変身してっ!」
「だからやら……」
ダイヤ。その言葉とともに腹の袋から駄犬が取り出したのは、ゴルフボールより一回りは大きい巨大なダイヤモンドだった。原石、ではない。しっかりとカットされた、博物館にあるような巨大な宝石だ。
「おま、それ」
「こ、これはその、マジカルジュエル」
「いくらになんだよ……」
「えっ? これはジュエルランドの国宝だから……」
「い、く、ら、だ?」
「さ……三十億です……」
3,000,000,000円。私が一生かけて手に入らないような大金がこのチンケなファミレスの便所に存在していた。
「三十億か、三十億……」
「ヒカリさん、ロバリィズの連中と同じ目をしている……」
誰だってそうなるだろうとはあえて言わない。だがあえて言いたい、これ私の物にならねぇかなという当然の感情を。ジュエルランドの世界がどうだかは知らないが、おそらく国の防衛費としては激安の部類に入る金額だ。貰うか、交渉するか? でも魔法少女、少女(26歳無職)か。
「あっ、まずいワン! ロバリィズの連中が現れたワン!」
突然額の宝石を点滅させて、そんな事を言い出す駄犬。
「た、頼むワン、ヒカリ! ジュエルランドの危機を……!」
「ワン? ヒカリ?」
「……マジお願いしますヒカリさん」
「ただ働きか?」
「あの子達はそういうの求めてこないんで……」
「おい違法だろ」
「こっ、この世界のルールは難しいワンッ……!」
わざとやってんなこいつ。
「あのっ、じゃあ流石にコレは無理なんで、ジュエルランドから小粒の持ってくるんでそれで……何とか」
「おういくらだよ」
「質屋で二万ぐらい……」
こいつやってんな? もう換金試してるな?
「あの、お願いします……今回だけでいいんで」
「どうすっかな……」
二万。無職にとってはとても魅力的な数字である。それもせいぜい数時間の労働とくれば割りのいい話でしかなかった。
「ヒカリさん! 二万ですよ二万、二十スロでランプ光らせられる額っすよ!」
こいつパチスロ行ってんな? ジャグ○ー打ってんな? いやでも確かに一理ある、二十スロで稼いでしまえば暫くは親の目も気にならないし、少しは贅沢できるし……となると。
「こ、今回……だけだぞ!」
「あざっす!」
「オレの名前はクライド! 絶賛彼女……募集中だあっ!」
駆けつけて先はファミレスから程近いところにある公園。クライドと名乗るハットにスカーフで口を隠した怪人が水鉄砲を乱射していた。
「そこまでよ、ロバリィズ!」
「アタシらの思い出の公園を……あんたなんかに壊させやしない!」
「みんなの場所を独占するだなんて……わたくし許せません!」
思いの丈をぶつける三人。私はと言えば、あぁクライドかこいつグラビアの切り抜き集めるのが趣味だったよなぁみたいな事しか浮かんでこない、
「あの、ヒカリさん……何か一言」
「えっ、わ、私もかー……」
リングに背中を突かれ、何とか動く私の口。
「そ、そこまでだくらいどー」
恥ずかしっ。
「そ、その姿はまさか……ブラックダイヤ様!?」
「あ、ああ……」
面と向かってブラックダイヤとか言われるのが辛いし、認めるのはさらに辛い。でもこれは2万のため、2万もらうためだから。
「違うわ、クライド! この人は優しさを取り戻した……ヒカリさんよっ!」
でも睦月ちゃんのフォローが一番痛い。ここに立っているのは優しさのためじゃなくて、GOGOラ○プを光らせる為なのだから。
「みんな行くよっ……今こそヒカリさんに、私たちの今の姿を見てもらうんだから!」
「よっしゃ、見てて下さい……アタシらの勇姿を!」
「もうわたくしたち、弱虫じゃないんですから!」
いや見てたようん、一番近いところでとは言えないよね。
「「「変身! マジカルジュエルパワーーーーーーッ!」」」
辛い。なんか私がやらせたみたいでとても辛い。教えてないよ私、マジカルジュエルパワーーーーーーとか。大学サボるついでに公園で遊び相手になっていただけだからね?
とか考えてる間に、変身が始まる三人。体が光に包まれて、こうレオタードみたいのとか出てきて、髪とスカートとフリフリが生えてステッキくるっと一回転。最後にウィンク、決めポーズ。
「ヒカリさんもやるんすよ」
「えっ!?」
小声で話しかけてくるリング。やるのか、アレを。齢26にして。ほぼダブルスコアの私が。
「……なんとかならんのか」
「無理です。輝き込めてください」
無理かぁ。帰りたい、でも2万貰えるあと5分ぐらい頑張れば2万貰えるそれでジャ○ラー打ってランプ光らせるランプ光れランプ光れランプランプランプ!
「……変身っ!」
瞬間、光に包まれる。どこからともなく現れたレオタードが出現して、いつ着たか思い出せない競泳水着のように体に張り付く……かと思えば、めっちゃ髪伸びて白く光る。怖い、なにこれヤバい技術でしょ絶対LEDとかそういうレベルじゃないでしょこれ。
そして現れる……フリフリスカート。着てきたリクスーがパンツスタイルだからと一縷の望みを持っていたが、死刑宣告のように現れたフリフリのスカートが憎い。もう敵だった頃よりもこれが憎い。
「燃える思いは真っ赤な決意! マジカル・ガーネット!」
「青いこの星守ってみせる! マジカル・アクアマリン!」
「あの日見た黄昏を、いつまでも追い続けて……マジカル・トパーズ!」
名乗る三人。この流れは。
「ヒカリさんよやるんすよ」
「おまっ、それ死刑と変わんねぇだろ……」
「やるんすよ」
ジャグ○ー打ちたい26歳、とかじゃダメだよな絶対。ええい、でもこれもパチスロに行く為だ。
「え、永遠の輝きを忘れない……マジカル・ダイヤモンド!」
ーー死にたい。
舌噛み切って死にたい。26歳無職の口から永遠の輝きとか、もう色々ヤバイ。
「ヒ、ヒカリさんも変身を……!」
ブワッという擬音が聞こえて来そうな泣き顔を両手で覆う睦月ちゃん。見ないで、今だけは私を見ないで。
「睦月ちゃん、敵を見て!」
「は、ハイ! 油断するなって事ですね!」
違うそうじゃない私を見ないで。そして対峙するクライド。洗脳されてたとは言え、感覚的に言えば前の会社の同僚とか、そういう感が拭えないクライドが構えて、一言。
「うわ、キッツ……」
それな。
けどそれは他でもない私が一番わかっているから。やるべき事なんてもうわかりきっていたから。
「光れランプ……GOGOラ○プ……さっさと全部を終わらせる!」
元ヤンで良かったと今だけは本当に思う。何せこの武器の、拳の使い方だけは。
永遠に忘れられない気がしたから。
「ダイヤモンド……アッパーーーーーーーーーッ!」
全力殴り。さらばクライド、星になれ。彼女は多分、無理だろう。
「フッ……造作もないわね」
とりあえず思い切り殴れたおかげで、かなりスッキリした私。と、ここでどんなファンシーな要素より私を殺しにかかってきていた変身が解けてくれる。
「流石です、ヒカリさん!」
「ほんと、ビックリよヒカリ姉ちゃん! いやー、強いなー! アタシらの何倍も強いなー!」
「その強さの秘訣……いつかわたくし達にも教えて下さいね?」
抱きついてきて、思い思いの言葉を口にする三人。
その笑顔を見て、思う。こんな私だけど、まだ出来ることはあるんじゃないかって。気まぐれで知り合った三人だけど、またこの場所に集まった事を少しぐらいは誇りに思っていいんじゃないかって。
互いに顔を見合わせて、三人は笑う。そうだ、せめて大人らしく。この子達の笑顔くらい、守ってもいいんじゃないかって。
「「「これからも……よろしくね!」」」
ーー微塵も思わないんだよなぁ。
「あっ、ヒカリさんちーっす」
「お前、まだ開店して五分だぞ.……」
翌日、私は近所のパチスロ屋に向かっていた。そして念願の2万を握り締め、ジャグ○ーの前に腰を下ろせば横にいるのはどこかの糞犬。
「だってあの子達の学校についてくるなって言われてて……時間潰さなきゃならないんすよ」
「時間潰しに二十スロ打つって発想がやべぇよ」
せめて一パチとかにしとけよ。
「くっそ、マジ光れよランプ……輝けってんだよほんと」
「まぁ……私も打つか」
とりあえず万札を突っ込み、回すこと数回転。
「っしゃ光った! これだよこれこれぇー!」
これはもう勝ったな今日は。下手なバイトより時給のいい仕事がこれから幕を開けーー。
「あ、ヒカリさんボクも光りました」
「へぇー良かったじゃん」
「いや、GOGOラン○じゃなくて額のが」
「え……」
それってさ、敵が現れたら光る奴だよね。
「た、大変だワンヒカリ! ロバリィズが商店街の宝石店に現れたワン!」
「あ、テメェ自分が負けてるからって!」
「ヒカリ! ここはボクに任せて先に行くワン!」
「おま、それ私の台!」
「……行かないと26歳無職のコスプレ女が暴れてるって通報するワン」
くそがっ、こいつ初めからそのつもりで。やっぱりこの世界の方法熟知してんじゃねぇか。
「くそっ、クソがっ……!」
子供達には聞かせられない汚い言葉を口にしながら、私はパチスロ屋を後にする。ありがとうございましたの店員の声をその背後に受けながら。
「行けばいいんだろーーーーーーっ!」
◆◆◆
戦え落合ヒカリ(26歳無職)! ジュエルランドの平和を守り、いつの日かジャグ○ーのランプの輝きを灯す日まで!