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第六話 海から来た旅人(前編)

1.


 渓谷に沿った隣国マルエッツの国境。以前は友好関係にあった兄弟国だが、今はいたる所に警備の塔が立ち、門と城壁が行く手を阻む。

「…戻りましょう。これなら彼の国に魔物が侵入することはないでしょう」

豪奢な金髪に碧眼、端正な顔立ち。亡国の王女フロリーナの顔がせつなげに歪んだ。


 彼女が伝説の魔鎧まがいを着込み初めて活躍したのがここである。婚約の決まっていた王子を魔物が誘拐し、それを救出したのだ。しかし、魔鎧を着た姫を見た彼の目は冷ややかだった。

清廉潔白な王子だったからこそ、呪いによって肌も露な姿になってしまった姫を許せなかったのだ。婚約解消後、自国を守るべくバリケードを立て、鎖国状態になったマルエッツ。そびえ立つ壁を、寂しそうに見上げるフロリーナであった。


「姫さま、行こう。」

お供の魔法使い、マリアがそっと手をひく。

「ええ…」

そこにシスターのルーシーが手を重ねる。

「もう少し南に行けばぁ、次の目的地、港町ウォルマーです〜。きっとお魚の美味しい料理もありますよぉ」

「うふふ、そうですわね。」


じょり。


そこに鞄持ち、ラッキーがヒゲづらを重ねる。

「姫、オイラが慰めてあげるよ〜ん」


ドゴン!


毎度ながら容赦なき膝の一発が入る。完璧な椰子の実割りである。

「ぐふ! まだ何にもしてないのにぃ…」


ゲシ!


2発めが炸裂した。



 国境沿いに南下した先にある、観光と貿易の港町ウォルマー。かつては人の行き来も多かったが、ここも魔族の襲来後は閑散としている。今は国外へ逃げる船も減ったものの、入港する船はさらに少ない。まして観光で来る者など皆無…のはず、

だったが。


「潮の香りがしてきましたな。ウォルマーも間もなくですぞ」

執事のギャリソンが目をこらす。

「む、潮だけじゃない。女性の香りもしてきた。らっきー」


ゴン!


姫の重い肘鉄がラッキーの鳩尾みぞおちに決まった、その時。

「きゃあ!」

道を外れた森から少女の可憐な悲鳴が聞こえる。

「トク!」

「大丈夫? ナミ!」

年の頃は15〜16か。軽やかな亜麻色の髪を揺らして少女が飛び出してきた。大きな葡萄ぶどう色の瞳。異国の軽装だが、動きやすいパンツに護身用の短剣と、それは旅行より探検のいでたちだ。続いてもう一人。こちらもほぼ同じ容姿だが、薄い金髪に空色の瞳である。


ズボッ!


逃げる二人の足を地中から白い手…白骨だ…が、掴む。


「ケケケ、カモがやってきたケル」

「地中へ引き込むケル」

地中から這い出たそれらは剣や盾で武装している。

「ケルケル〜」

乾いた声で白骨の戦士が叫ぶ。

「やだ! 助けて!」

「スケルトン…人骨に魔界の瘴気が当たり誕生した魔物ですな。再生能力がやっかいかもしれませんぞ。――しかし妙ですな。胃袋も何もない、破壊活動が原動力ですから、捕食のために誘拐などしないはずですが?」

ギャリソンがいぶかしむ。

「じい、魔鎧の用意を。久々に暴れたい気分ですわ!」

「かしこまりました」

爽やかな潮風が届く港町に、狂戦姫の新たな戦いが始まろうとしていた。



2.


「行くよールーシーちゃん、空中散布っ」

「は〜い」


魔法機…およそこの時代に相容れない機械を使った魔法のほうき。マリアの師匠、賢者プロメテウスの残したものだ。軽く白い煙をあげ、二人を乗せて宙に舞う。スケルトンに追われた二人の上空までたどり着くと、ルーシーが聖水を振りまく。

「ケルケル、なんだお前ら?」

「ギタギタに引き裂いてやるケル!」

骸骨が叫ぶ。しかし聖水に守られた少女たちも、まして空のマリアたちも追うことは敵わない。その隙にラッキーが二人を連れ出す。相手が女性なので積極的だ。

「あ、あなたたちは?」

「ちょーっとガキんちょだけど、ぎりぎりセーフかな? 美少女がしかも二人! ダブ〜ルらっき〜! …失礼お嬢さんたち。オイラたちは正義の味方、フレアお嬢様と勇敢なるラッキーと従者たちです」

きりきりとラッキーが答える。途端に少女の顔が明るくなった。

「えーっ! 正義の味方? 勇者様? 嬉しい〜会いたかったんだ。怪物やっつけるとこ、見せて見せて!」

「へ?」

「わたし、ナミ。向こうはトク。父様と一緒に魔物と戦う英雄、見に来たんだ。」

ナミと名乗る少女は葡萄色の瞳をきょろきょろさせ、亜麻色の髪をぱたぱたと揺らせはしゃぎまわった。トク、と呼ばれたもう1人はやれやれ、という顔つき。

「ラッキー、もーーっと離れなさい! さもないと斧の巻き添えになりましてよ!」

姫はすでに魔鎧に着替えているのだろう。遠くから声が聞こえる。

「わっ、やべやべ! いいから二人とも逃げるんだ。バーサーカープリンセスの攻撃は半端じゃないからな!」

「バーサーカー…プリンセス! 素敵!」

少女は好奇心いっぱいの目を戦場に向けるがもう届かない。轟音と叫び声。


 嵐は一反去った。風変わりな二人の豆台風を残して。

                               


3.


 スケルトン2匹を粉砕し、着替えの済んだフロリーナのところに線が細く、柔らかな物腰の異国の旅人がやって来た。

「あの、助けて頂いてありがとうございます。ボクはトク。あっちで騒いでるのが妹のナミです。父と三人でこの国に来たんですが、森で迷ったところをさっきの怪物に襲われて…父とはぐれてしまったんです。」

寂しげに顔をふせる。

「きれいな人ですね〜。」

「ちょっときつめの発音は、ドグル国の女の子かな? ボク、って言い方も、カッコイイ」

ルーシーとマリアがはしゃぐ。少し窘めてから姫が声をかけた。

「わたくし、フレアと申します。こちらはギャリソン、ルーシー、マリア。お父様がご心配でしょう。もしよろしければ、一緒にお捜ししますわ。」

「本当ですか? ありがとうございます!」

少し涙ぐむトク。

「とにかく日が暮れる前に町へ参りましょう。闇雲に夜の森を探すより、お父上もそちらに戻っているかもしれませんぞ。何より先程のスケルトン、倒したとはいえ魔力が増す夜には再生するかもしれません」

ギャリソンの提案をのむことにした一行。ただ、話を聞いていない者も。


「うわー、すごいラッキーさん。本当にそんな怖い魔物を?」

「もちろん。チョットはフレアお嬢様に手伝ってもらってますがね。」

ラッキーは相変わらずのビッグマウスで快活な美少女、ナミの気をひこうと躍起だ。セバスチャンの秘密は口外してないが。

「それからそれから?」

大きな瞳で鼻先まで顔を寄せてくるナミに、目尻が下がり鼻の下はのびっぱなしだ。

「…でもってお供のマリアに命じて空を飛んで、こーんな高い所からダイビングでお嬢様を助けたり。いやあヒーローはつらいよ…あ”〜〜〜〜!」

ナミのリクエストで森の木の上から翼魔ガーゴイル戦を身振り手振りで再現するラッキー。案の定木から落ちていやな角度で腐葉土に墜落した。


(馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが、あそこまでとは…)

(馬鹿、でございますな)

(バカまるだしだー。アタシャ恥ずかしくて涙出てくらー)

(おばかさんですね〜)

皆が白い目で見る中、赤面したトクがあわてて止めに行く。

「す、すいません。妹ったらお婆ちゃんの英雄物語を聞いて育って、そういうのに夢中なんです。ぼ、ボクも大好きだったけど…。」

「なーによう! トクだって研究好きで本当の魔物が見たいって言ってたじゃなーい。」

妹が反抗する。トクはまた赤くなった。



4.


 ウォルマーの宿屋についた一行。姫、ギャリソン、トクがテーブルについている。卓上にはギャリソン手製のミルクティー。

「どうやら旅行客が二人の子供を探しているようですな。お父上でございましょう。自警団に問い合わせてみましょう。」

「よかった…ありがとうございます。」

トクが頭をさげる。

「なんの。せっかく我が国に来たのですから少しでもお助けせねば。それと、ウォルマーではここ最近スケルトンの暴行以外にも誘拐未遂が続いているようです。フレアお嬢様、ご注意を」

「ええ。でも、何故なんでしょう?」

バタン。大きくドアが開いてマリアとルーシーが飛び込んで来た。

「姫さま、たいへん! ラッキーとナミさんが」

「セバスちゃんを持ってぇ、出かけちゃってます〜」

「どうしよう…きっとナミがそそのかしたんだ」

トクが蒼白になる。

「なんですって! しかたありません。皆で探しましょう。」

「魔物に見つからねばよいのですが」

「ナミのばか! いっつも心配かけて…」


 夜も深い町のはずれで。

「だ、だめだよナミちゃん、バーサーカープリンセスは誰でもなれる訳じゃーないんだ。それに今言った通り服を…ああっ、らっき〜、じゃなくて!」

どうしても鎧を見たいと言うナミに説得され、魔鎧セバスを持ち出したラッキー。鎧を着ようとするのをやめさせようとするが、なんの躊躇もなく服を脱ぎ出そうとする天真爛漫な彼女を煩悩男は止める事が出来ない。

「どれどれ、正義の味方の鎧を拝見〜…? 何も入ってないわ?」

カバンを開けたナミが不思議がる。

その時!

「ケルケル! いました。こいつらです。」

「ぎく。ひ、姫っこれには訳が…っって違う! 魔物だ!」

そこには大勢のスケルトン兵が。

「きゃあ! ラッキーさん、助けて」

上着のボタンも外したままの美少女に抱き締められ、逃げるも何もできない。

「あああたまにラッキーだとやっぱこうかー!」

どこかを見ながら泣き叫ぶラッキーであった。



「ラッキー、ナミさん、そこにいらっしゃるの?」

駆けつけたのは手分けして探していたフロリーナとトクの二人である。

「ひべ〜、ごべんださ〜い」

ボコボコにやられたラッキー。これでも少しはナミを守ろうと抵抗したらしい。気絶した。後には連れて行かれたらしいナミの短剣と魔鎧、そして虎視眈々と姫とトクを狙う骸骨兵。

「くっ、しかたありませんわ。トクさん、同じレディなら、恥を忍んでお願いします。鎧の着用を手伝って!」


例え女性にでも魔鎧で戦う姿は見せたくないが、背に腹は変えられない。眉と口元を八の字に曲げながら、てきぱきと服を脱ぎ、鎧を着ける。早い動きではないが骸骨兵は眼前まで迫ってきた。

「トクさん、しっかりして! 妹を助けたくないの? あなたお姉さんでしょう?」

トクは、見ると真っ赤になり、目の焦点があっていない。

「ぼ、ぼ、ボク、男の子です〜、ナミの”兄”ですよ〜! フレアさん、なんで服を脱いでそのまま立ってるんですかぁ?」

「・・・・・え? お、女の子じゃない? 殿方ですの? うそ〜〜!」

姫は失神した。男性に肌を見せることが羞恥心を通り越してトラウマになっているのである。

「ケルル! 女を連れて行け。こっちは男だそうだ」

「わあっ」

美少年、金と力はなかりけり。トクはあっけなく魔物に倒され、そして、女性の誘拐が目的だったのだろう、フロリーナは鎧ごと地中にひきこまれた。

絶体絶命の危機。辛うじて意識の戻ったラッキーが二人が引きずり込まれた大地をにらむ。


「ぐう、ひ、姫…ナミさん。きっと、きっとオイラが助け出すからな…!」

 


5.


「もー! ラッキーのバカ! ウルトラパープーっ! 姫さまがさらわれちゃったあ」

マリアがぽこぽことラッキーを殴る。遅れてやってきたルーシー、ギャリソンとともに、ようやく二人を救助したのだ。

「すまねえ…マリア、みんな。なァ、なんか土ん中を潜る道具ってないか? 魔法でパパっとさ?」

「それが出来れば苦労はしないよ。お師匠にお祈りしてるけど…」

帽子を逆さに振るマリア。

「ご、ごめんなさい…ナミのせいでフレア様まで…。ボク、何もできなかった…」

ようやく回復したトクが青白い顔でつぶやいた。

「気にしないでください〜。私たちはなれっこですから〜」

治療を終えたルーシーがなぐさめる。

「しょうがねえ。姫たちの連れ込まれたこの穴の跡を掘りまくるんだ。オイラ、ツルハシ借りてくる!」

ラッキー、マリアが町に戻ろうとしたとき。素っ頓狂な声がした。現われたのは…


「ミミちゃーん、見っけた! ばーかーさープリン!」

「あら、そっちのプラチナブロンドの髪の子、美味しそう」

「お前らだまってろい! いたなラッキー、勝負だ!」

赤毛に傭兵姿のミミ。褐色の肌に喪服のような黒のドレスのぬー。巻き毛に少年のような軽装のイーノ。テンジク盗賊団だ。相変わらずである。


「猿っこかー。いま忙しいからあとあと」

「るせえ! サルって言うな! いいか、アタイが一発でも殴れたら勝ち、お前はアタイのものを何でもいいから盗めたら勝ち。負けたら何でも言う事聞いてやる。行くぞー!」

「お前ホント負けず嫌いだなー。んじゃ」

ミミが殴りかかる。


しぱーん!


「い、いやあー!」

案の定、下着姿になったミミ。ラッキーの妙技、服脱がしで勝負は一瞬のうちに決まった。

「ぬふふーん、次は下着も取っちゃうよーん」

「ぐぐっぐやじーい!」

真っ赤になってうずくまるミミ。


「負けず嫌いの上に異常に恥ずかしがり屋だよな。けっこう肌の露出、多いくせによ。まるで…姫みたいだ」

「ちちち違わい! ちぇ、負けは負けだ。何でも言う事、聞いたらァ!」


ピン。


ラッキーの頭上にぼんやり光った電球が浮かぶ。

「本当か? んじゃ、体で返してもらおうかなー」

ドキ。ミミの心臓の音が聞こえる。

「え? ちょ、ちょ〜〜〜〜〜〜〜! 待っ」

髪と同じくらい真っ赤になる。

「も少し暗いところ、行こか」

「そ・そんな急に! あ、アタイだってここ心の準備が! そりゃ盗賊としちゃあお前の技のキレって憧れるし黙って立ってりゃちょっと好みかも…」

しどろもどろだ。がし。ラッキーがミミの手を掴む。


「お願い。穴掘り、手伝って。」


「・・・・・へ?」


                                   <つづく。>

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