第5話 偽狂戦姫、現る(後編)
6.
空ではガーゴイルと姫のぶつかり合いが続く。鋭い爪や牙で襲う無数のガーゴイル。絶対的な硬度と強さの狂戦士も、怒りに任せての攻撃のため精度がない。
「もしぃ、地上の人を狙うようになったら…」
ルーシーがつぶやく。
「今、お助けしますぞ姫…。さ、このピンチを救えるのは貴方しかおりません。」
ギャリソンがラッキーに向かって言った。
「へ? オイラ?」
ギャリソンを中心にマリア、ルーシー、ラッキー4人のミーティングが手短に進む。
「ちょっと待て! その作戦、オイラ死ぬから!」
青い顔で猛反対するカバン持ち。
「いやいや、大丈夫ですあなたなら。それと…」
ごにょごにょ。さらに男二人の密談。
「・・・! やりましょう!」
ギャリソンの耳打ちにラッキーの瞳が燃えだした。
バルン、バルルルル。軽いエンジン音。それはこの時代にあってはならない機械の音。形は箒のようだが後部から白煙が上がっている。
「こっちもオッケー。この魔法機、ちゃんとマリアの言うこと聞いてくれる。お師匠、ありがとう…」
マリアも準備が整った。
「ではマリア、頼みましたぞ!」
魔法機はブースカ音を立てマリアとラッキーを乗せ、ゆらゆらと上昇した。急発進急停車の繰り返しだが、次第にスピードを上げていく。
「ガー!」
「ぐぉおおおおぉ」
空では狂戦士…暴走した魔鎧に囚われたフロリーナが吠える。魔鎧の胸の部分にある悪鬼の顔が火を吹き、何割かのガーゴイルを焼き払う。瞬間周りに魔物がいなくなった、その時。
「どわわーーーっ!」
ぎゅーん! そのまた上空からマリアとラッキーを乗せた魔法機が急降下してくる。そして姫に向かってラッキーが飛び出した!
「ぎゃー! おっかねえよーおーぉー!」
「ぐぉ?」
狂戦士が気づいた、その瞬間。コンマ数秒の戦いが始まった。魔鎧の攻撃をすり抜け、止め金具を外し、紐を解き、鎖帷子を脱がす。
「が!・・・・ああぁ・・・・」
がしい!
一瞬の攻防。勝ったのはラッキーであった。彼の得意技、服脱がし。そして魔鎧を片付けるラッキーだからこそ出来た離れ業、瞬間鎧脱がしである。命がけだが、無論その報酬は…
「ぃやったー! 超うるとらスーパーらっきー!!」
彼の腕の中には生まれたままのフロリーナ姫がいた。気絶している。
「あああ、やっぱ姫は柔らかいなー! う、嬉しくて涙が、涙が止まらない〜っ」
感涙にむせぶラッキー。だが。
「! あ"あ"あ"、涙でくもって姫の、姫のヌードが見えないーっ! んなバカなーーー!」
きゅるるるるる…る… ズバッシャーン!
そのまま真下の沼に落下した。
「姫!」
「姫さま〜!」・・・・・
7.
パノレコの病院で。
ガーゴイルの襲撃で負傷したものが担ぎ込まれている。姫たちも奥のベッドに担ぎ込まれた。魔鎧は隔離され、地下室に置かれた。
「あたたた。まったくヒデェ目に会ったぜ」
赤い髪の傭兵、ミミたち一行がぼやく。彼女たちは魔物ではなく、フロリーナによる被害であるが。
「まさかバーサーカープリンセスの正体がこのお嬢ちゃんとはな。ちぇ、契約はパアだな」
そこへ居合わせた男たちの横槍が入る。
「魔物もそうだが、半分はこのぶっ倒れている女のせいだぜ!」
「こいつ悪魔じゃねえか?」
「国がしっかりしてねえからだ」
闘技場にいた元兵士たちも口々に騒ぎ出す。
「うるさーい!」
今まで我慢に我慢をかさねて黙っていたマリアがとうとう怒鳴った。
「なんだいなんだい! みんな魔物が怖くて逃げ出したくせに! 姫さまはなー、姫さまはいっつも1人で魔物たちと戦ってるんだゾ! 呪いのかかった鎧で、こんなに傷だらけになっちゃっても、王国のみんなのために戦ってるんだ! ぐすっ、ひ、姫さま悪く言うなー! び〜〜!」
泣きながら抗議する。
「ちょ、ちょっと待てよ。姫…ああ! 見覚えがある。隣国に向かう時の王の行列にいた、フロリーナ姫だ!」
兵士のひとりが気付いた。
「ほ、本物の王女様か?」
周囲がざわつく。
「オレ、姫様は魔軍との戦いの後、婚約破棄されたショックで逃げたって聞いてた…」
「お、オレも。」
「…俺達が逃げちまった化け物相手に、1人で戦ってたなんて…」
「王様だって行方不明なのによ…」
罵声がなくなった。
ルーシーは一心不乱に姫を看病し、ギャリソンは見守っている。ラッキーは、
「うーん見えない〜」
全身ギプスで寝ながらうなされている。
「な、爺さん。」
ミミ、そして彼女とともに偽狂戦姫パーティを演じていた褐色の肌の美女ぬー、カールした栗毛色の髪から尖った耳が飛び出した少女イーノが前に立つ。
「その、すまなかった。あんた達の名前を利用したこと」
「それと今まで誤解していたこと」
「ごめんなさーい」
ギャリソンはいつもと変わらず淡々と。
「テンジク傭兵団のミミ、ぬー、イーノ。東方から流れてきた盗賊、傭兵、トレジャーハンター…要は何でも屋さんらしいですな。」
ぎくっとする三人。
「あ、ああ。」
「連れのお二人は、亜人…上級人種の血をひく者たちですな。ダークエルフ、ドワーフ、彼らは極端に人と交わることを避けます。しかしながら極まれに人と愛し合い、まれに子孫を残す場合があります。ミミ殿は…猿のハーフですかな?」
「アタイは人間だよ! 悪かったなサルみたいで!」
「これは失礼。つまはじき者だったあなたたちが軍に入隊を拒否されてから、国を恨んでいるのも判ります。しかしながら国も民を見捨ててはおりません。もう一度ご自分が出来ること、考えてみてはくれませんかな?」
「・・・・・」
ミミたちは昏睡状態の姫を見つめた。
暖かい、柔らかな光の世界。
(…ここは?)
フロリーナは意識だけの世界にいた。
「君が新しい王女かい? 美しいね」
頭に声が響く。低い弦楽器のような美しい男の声。
「こらゼル! 何言ってんのよ! 浮気者!」
もう1人明るい女性の声が響く。
「何怒ってるんだいティア。愛の対象は君だけなのに」
「もう…あ、あはは、ごめん。人間の王女よ、私はティア。この世界の天界を統べる者」
「我はゼル。魔界を統べる者」
(神様と、魔王…?)
「驚かないで。創造主たる神様、とはちょっと違うの。彼らはもう一つ高い次元にいます。」
「我らはその代行。本当は人間に転生する予定なんだけど、別の大陸で起きた魔力の暴発事件と魔界のごたごたがシンクロしちゃってね。急遽人界の窓口になったって訳さ。早く終わらせて愛し合いたいね、ティア」
どうも二人は相思相愛らしい。神と悪魔、というにはあまりに人間臭い。
「やだぁ、ゼルったら、おあずけ! コホン、人間の王女、あなたには大いなる役割があります。苦しい道のりでしょうが、勇気を持って進みなさい」
「魔鎧は使い方を間違えば大きな災禍となる。あせらないで、ね」
フロリーナはまどろみから覚めた。すごく俗っぽい神様の夢を見た気がしたが、よくは思い出せない。
「姫さま! 目が覚めたんだね!」
「あ…ごめんなさい。私がことを急いたために、大変なことになってしまって。闘技場で…急に怒りが…あの者達やガーゴイルと…気が遠くなって…」
己の行いを徐々に思い出し、蒼白の顔でつぶやく姫。マリアが手を握る。
「姫さま、いいんだよ。もういいの。もとの姫さまに戻ってくれただけで!」
「よかったです〜。ふぁあ〜…」
ルーシーがあくびをする。
「彼女は二晩、寝ずの看病と浄化を行いましたからな。マリアもよくお手伝いが出来ました。姫、お帰りなさいまし」
ギャリソンが微笑む。
「ありがとう、皆さん」
ぼろぼろと、涙が姫の頬を伝う。ルーシーとマリアが照れながら抱きついてきた。
ゴゥン!
外から響く振動、魔物の鳴き声と人の叫び声。
「! ガーゴイルは? 町の人は?」
「町民はほぼ避難しました。今はミミ殿や元兵士、傭兵の皆さんがこの病院への襲撃を食い止めております。負傷者や病人は動かせませんですからな」
フロリーナはドレスに着替え、病室を飛び出る。外で倒れいる者に駆け寄った。ミミ、ぬー、イーノもいた。全員力尽き、虫の息だ。しかし目は死んでいない。皆が他を守るため、自らを犠牲にし闘っている。
ミミ達も兵士達も、死に場所を見失った戦士なのだ。
「へ、へへ、ごめん、やられちまった。」
「あなた…」
「一応バーサーカープリンセスを名乗った者だからな、正義のために戦わなきゃ…ぐっ」
「もう話さないで、怪我に響きます。ミミさん、あなたたちも立派な戦士です。わたくしこそ…もう少しで愚かな偽者となるところでした。」
ミミは笑顔を見せ、気を失った。
「大丈夫、後はわたくしが戦います。わたくしの使命ですから!」
病院の地下。セバスチャンの入ったカバンが鎖に巻かれて置いてある。姫から剥がされた後、危険回避のために閉じ込められたのだ。
「ぎひひ、またオレ様を着る勇気があるかい?」
鍵を開ける姫に、魔鎧が中から問う。
「もちろんですわ。わたくしが勇気を示さなくて、どうして皆を励ますことが出来ましょう。薬の力など借りなくとも、お前を御すことは出来るはず。正義の心があれば!」
「――ぎっひっひ、さすが姫さん、やれるもんならやってみな」
どこか嬉しそうなセバスであった。
ドン!
病院の扉が開き、悪鬼の顔を胸に持つ禍々しい鎧が現れた。兵士たちは中に収容済みである。飛び回るガーゴイルの見下ろす中、鋼の戦乙女が凛々しくも立つ。
「父なる天を汚し母なる大地を襲う魔の者ども、バーサーカー・プリンセスが掃討する! わたくし、残酷でしてよ!」
8.
「ガー! またあの鎧が出たガー」
ガーゴイルが騒ぎ立てる。
「見ろよ、翼はないガー」
「ならすぐ倒せるガー!」
狂戦士状態…無意識のとき、操れた翼はもうない。今の彼女にはまだ制御できないのであろう。
「翼がない? それがどうしまして!?」
ギュオゥ! 鋭い爪が牙が姫を襲う。しかし姫は身軽な動きでかわす。跳躍し病院の屋上で、背中に回していた新しい武器を構えた。
ジャラン。
いつもの巨大な戦斧よりふた回りは小さい、それでも標準サイズの斧、二つである。先ほどまでカバンに巻き付いていた鎖が繋がれている。
「うおおおおおーっ」
ブン、ブォッ!
二つの手斧を交互に投げつける。魔物を叩き切り、鎖で手元に引き寄せ、さらに回転させて投げつける。あたかも凶悪なヨーヨーのようだ。
「ガガガーッ」
石のように硬いガーゴイルの表皮が切り刻まれる。バランスを崩した魔物には容赦なくセバスの炎が襲う。魔物の半数はたちまちササミになり、つくねになり、ローストされ、丸焼きとなった。残った上空の半数は…
「おーい!」
マリアが箒型の飛行機、魔法機で駆けつけた。
「乗って! 姫さまを乗せて、飛べる!」
マリアを前に、器用に柄の上に立ち空を滑空するフロリーナ。攻撃をすり抜け、薄く狙いやすい場所、翼を着実に切り裂いていく。
「ぎゅぎゅーん♪ 飛びます飛びますー」
堕ちそうになってもマリアが回りこんでそこを踏み台にジャンプする。
「わたくしたちには勇気と知恵と団結の翼がありますわ。魔族の翼など、小さい、小さすぎますわ! ほーっほっほっほ」
数匹の魔物の影に隠れ、雷鳴のような声が。
「ガガー! あいつを叩き落せ!」
ふたまわりは大きいだろうか。ボス格らしいガーゴイルが現われ叫ぶ。
「マリア、離れなさいっ。はあーーっ!」
行動を起こしたのは姫の方が早い。躊躇無く狂戦姫はボスに向かいダイブした。
「ガぁ?」
ボスの肩に乗り、「ほーほほほほ!」翼の付け根に二つの斧を叩きつける!
ズガガアァ!
「ガあああー…」
落下するボス。さらにジャンプするフロリーナ。集まってきた手下どもに回転しながら炎を吐き出す! 手下もまた業火に包まれた。とうとうすべてのガーゴイルが叩き落された。炎の噴射で後ろ向きにホバリングする狂戦姫。
「行きますわよ、セバスチャン。炎の…たつまき!」
「ギヒャヒャヒャヒャ」
落下したボスの周りを焼け出された手下の火の輪が囲む。そこに魔鎧の炎が螺旋状に壁を作る。逃げ場はない。短剣を両手で掲げ、そのまま自らも回転、ボスに突っ込む!
「炎の…スピン!」
ギュルルルルララララララアァ!!
「ガガガァアガガ〜〜っ!」
ズドオ!!!
鋼のドリルはボスガーゴイルを貫き、木っ端微塵に粉砕した。
「やりました〜」
ルーシーとギャリソンが窓から見上げる。
「姫さま完勝ー! ぶいぶいビクトリー!」
魔法機のマリアも歓声をあげた。
9.
戦い済んで。
「ええと、フレアお嬢さん、マリアちゃん、ありがとよ!」
「ルーシーちゃん、手当てしてくれてサンキュー」
「またなー」
パノレコを後にする一行を、傷だらけだが明るく見送る兵士たち。
「ごきげんよう」
手を振り踵を返すフロリーナ。
「じゃーねーバッハッハーイ」
ルーシーが進み、マリアが振り向いてウィンクする。姫には正体をばらして
しまったことは内緒、の意味で。
病み上がりもなんのその、ラッキーとギャリソンが続く。
「行った、な」
「ああ」
ざっ。姫たちの姿が見えなくなると全員が整列し、剣を前に差し出す。真摯な面持ちで永遠の忠誠を誓った。
「フロリーナ姫!」
「我らが王女よ」
「王女様、我らは今度こそ誇りある死を選ぶ。」
「ともに歩み、ともに戦う日まで、この場所を守り鍛錬いたします!」
「どうぞ、どうぞ御武運を!」
旅立つ姫を、誇りある者たちは何時までも、いつまでも、見送っていた。
9.
パノレコを出た路上で。
「空の敵は苦労しましたわ。マリアや皆さんのお陰ね、勝てたのは」
「いやー、てれるわん」
「でも、もう少し空からの敵襲を防ぐ手立てを考えなくては。やはりラッキーを弾にして投げつければ…」
「いや死ぬってオイラ! 死ぬから、姫!」
ギプスも取れ、またカバン持ちに復帰したラッキーが姫に突っ込む。
「しかしながら、あの闘技場のかたがたも改心されたようで何より。きっと王国軍再興の時には、手を貸していただけるでしょう」
「…だとよいのですが…」
ギャリソンはちらと後ろを見る。離れた場所に山猫の影が見えた。影は一瞬人型に姿を変え、うなずくとまた猫の動きでするりと消えていった。
街道まで出ると、何者かが待ち伏せている。
「よう」
「はあい」
「んちゃー」
現れたのはミミ、ぬー、イーノの三人だ。そのいでたちは…
未だに顔の落書きがある革の鎧、魔女の服、シスターの衣装である。
「―あなたがた、まだ偽者の服を着ているの?」
姫がにらむ。
「決着をつけなきゃな。フロ…フレアお嬢ちゃん、闘技場の続きだ。負けたら金輪際この服は着ねえ。ただ、食い扶持がかかってるんだ。そん時は…もう一度、軍に志願してみるさ」
少し照れ臭そうに言うミミ。
「! 判りました。それでしたなら、正々堂々と戦いましょう。あなた方を正しき道へ導いてみせますわ」
姫が身構えようとした時、
「待ってください。こいつら姫が出るまでもない、オイラで十分です」
なんとラッキーが止めに入った。
「あなたが?」
訝しむフロリーナを横目に余裕の表情で前に出るトリガラ男。
「そこの猿っこ、かかってきなさーい」
「ンだとコラ、なめたらいかんぜよ!」
ダダっ!
ミミが猛ダッシュで突き進んでくる。ラッキーは…
指先だけをくんにゃらくんにゃら高速で動かしだした。そして。
ガシュ!
二人がぶつかり合った、瞬間。
「アレ…? あああ、いやあー!」
ミミはものの見事に下着だけになった。高速の鎧脱がしは健在である。
「ふふーん、絶好調」
ラッキーの手には革の鎧と上着が。
「こここ、こんにゃろ! ちきしょう、覚えてろ! お前、ラッキーっていったな。必ずお前よっか素早い盗賊になってみせるぜ!」
ミミは真っ赤になって退散した。
「あー、ミミちゃん待ってよー、おなか空いたよー」
「それじゃまたね〜、ウフン」
イーノとぬーも後を追い消えていった。
「へへへ、役得ぅ〜らっき〜〜♪・・・おぎゃ!」
ぺぺぺぺぺぺぺン!
ラッキーに向けてフロリーナの無限往復ビンタが始まった。顔がガーゴイル以上に険しくなっている。
「その破廉恥な技は封印です! せっかくあの者たちも更正できると思ったのに! オロカモノ!」
穏やかな日差しの中、リズムよくビンタの音だけが木霊していた。
ぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺぺ・・・・
・・・おしまい。