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第5話 偽狂戦姫、現る(前編)

1.


 大陸の西部にある、隣国マルエッツとの境界にある町、パノレコ。

もともと王国軍が警備する役割であったが、魔族の攻撃による被害、王都の崩壊と王族の行方不明、それに加えてマルエッツの王子とフロリーナ姫の婚約破棄…もろもろの要因で見捨てられ、今では荒くれ者や軍人くずれの吹き溜まりとなっていた。彼らは昼から博打と酒に溺れ、闘技場は賭け試合の場所となっていた。


「…この町も、隣国に行く際寄ったことがあります。こんなに荒れ果てるなんて。」

質素だが上品なドレス、豪奢なブロンド、澄んだ碧眼。フロリーナは見えてきた町並みを望み、溜め息をついた。

「姫、ここでフラレたんですか? オイラでよければ慰め…ぐば!」


ズギャギャギャギャギャギャギャアァ!


能面となった姫からくり出される百裂拳。お供のラッキーは前面に見事に拳のあとが隙間なく並びブッ飛んだ。


ひゅーんんん…


「オラオラ100連発! この話題に触れることは死を意味する!」

お供のひとり、魔法使いの少女マリアが弧を描くラッキーを見上げつぶやいた。

「あれ〜? ラッキー、鳥かなにかに捕まってますよ〜」

もうひとり、シスターのルーシーが天を指差す。


ギャー


遠くで叫び声が聞こえる。近づいてくるラッキーと翼の持ち主。悪鬼の形相、蝙蝠の如き翼、褐色の表皮。足の爪で器用にラッキーを掴み、地上のフロリーナ一行を目に留めた。

「ガガガ、エサがいるガー」

執事のギャリソンが気付く。

「あれは…ガーゴイルですな。姫、ご注意を。奴らは群れで狩りをします。まだ仲間がいるに違いありませんぞ」

姫は気を取り直し、暗雲垂れ込める空を睨んだ。


 荒廃の町に、バーサーカープリンセスの新たな戦いが開始されようとしていた。


2.


「くっ、間に合うかしら…? じい、魔鎧の用意を」

「待ちな」

その時、近くの森から声が聞こえてきた。着替えようとする姫の手が止まる。

「ど、どなたですの?」

そこに現れた三人の影。

「はっはっはー! お困りのようだね、お嬢さんがた。どう? アタイ達を雇わないかい?」

張りのある大声とともに木陰から姿を見せた、赤毛の少女戦士。わずかな布で筋肉質な肢体を隠し、あとは皮の鎧だけ、しかも胸にはどう見ても落書きにしか見えない「顔」が描いてある。

「我こそは『バーサーカープリンセス』! いいから金だしな! てか出せ!」

トパーズ色の瞳が光った。

「な…な、なんですって…」

あまりの事に二の句が次げない。そしてあと二人、木陰から現われる。

「ふーん、ガーゴイルに捕まったの、あんまイイ男じゃないねえ。助けるんなら高いわよ」

発育の良すぎる魔女姿の女性が現れる。ブロンドのロングヘアーに褐色の肌。緑の瞳にややとがった耳。

「あははは、あのコウモリさん、食べられる?」

逆にもうひとりはシスター姿のまるまっちい少女。カールした髪に満面の笑顔。お子様タイプだがやはりとがった耳と大きな犬歯が見える。どう見ても三人ともやっつけ仕事のコスプレの域を出ていない。


「あ、あなたたち! バーサーカー、それって、わたくしたちの真似…」

憤る姫を制し、ギャリソンが交渉する。

「せっかくですが我々も自衛くらいは出来ますので。それと町で稼がなければ御代は払えそうもなく。」

赤毛の少女が因縁をつける。

「おうおう、このミミ様を怒らせると怖いぜぇ? 何しろすぐプッツン切れる賞金稼ぎ、バーサーカープリンセス様だからな!」

「な、な、な…」

フロリーナは耳まで真っ赤になっている。姫をなだめつつ淡々と相手をするギャリソン。

「姫、ここは事を荒立てぬよう。――ミミ殿、と申されましたな、判りました。御代はパノレコで工面する、ということでよろしければ。」

「ふん、わかりゃあいいんだよ。行くぜ、ぬー、イーノ!」

二人に声をかける女戦士。

「うふん、町ならイイ男いるかしら?」

「おなかすいたー」

好き勝手なことを言っている。

「お前ら黙ってろい!」


 姫の意に反し、偽者一味と魔物の戦いが始まった。


3.


 パノレコの宿屋。勢いよくきった啖呵の通り、ミミたち偽者一味はガーゴイルを一蹴した。「へへ、んじゃ、代金は後で、割増でもらうからな!」

支払いの約束を取り付け、3人は町に遊びに行く。

「よ、よくも私の闘う姿に泥を塗るような行いを!」

姫の怒りは収まらない。

「ぶー、私もあんなセクシーならいいのになあ」

「私は〜、あんなにポチャポチャしてないかな〜」

マリアとルーシーも不機嫌のようだ。ラッキーは…

「うーん、夏目雅子がいない〜…」

うなされて意味不明なことを言っている。上空の魔物をぬーが放った見えざる力で叩き落し、そこから森に落下、命だけは助かった。が、全身包帯姿である。


「実際魔鎧を出すまでもなく、事なきを得ましたからな。ミミ殿の棒術と怪力はたいしたものです。ぬー殿…あれは魔術ではありませんな。もともと念動力を持っているようです。それとイーノ殿、あのスコップ使いも達人級です。私より早く防空壕を作りましたぞ」

ギャリソンは紅茶を煎れつつ、予想外の出費の工面する方法を調べていた。

「そんなことより! あの者たちの心根が腐ってますわ。わたくしの名を語り、しかも恐喝まがいの方法で契約料を取るなど、言語道断ですわっ!」

「少しずつですが姫のご活躍が実を結んできた、ということでしょう。姿を見せず魔族を倒す賞金稼ぎ『バーサーカー・プリンセス』…それを悪用する者も出てくるほど」

「だったらなおの事、あの者たちを裁かないと!」

「姫、万が一にも善良な者が魔凱を見れば傷つくのは姫ですぞ。姿を見せずに去る、それが得策なのです。」

「…判っては、いますけど…でも!」

姫もギャリソンの正論が判るがゆえに、怒りの向けようがない。居ても立ってもいられず外に飛び出す。

「姫、お一人ではこの町は物騒ですぞ…」

ギャリソンが宿屋を出たときには姫の姿は見えなくなっていた。


(せめて、せめて魔凱を人目気にせず使いこなせたら…)

街中を行く当てもなく歩くフロリーナ。立ち並ぶいかがわしい店、賭博場に隠れて、小さな薬屋があった。姫の目が留まる。


【ドクター=へヴン薬局・魔法が使える薬あります】


4.


 フロリーナを見失った老執事がつぶやく。

「しかたがない。ジャム。」

町の雑踏をすり抜け、大柄な猫が足元にやって来た。しかしそれにしては大きい。しなやかに動くその姿は一瞬にしてマントを翻す小柄な男へと変わった。

「呼んだか」

山猫の如き鋭い目付きと異相。動きも無駄がない。

「相変わらず仏頂面ですな。」

「密偵やむさ苦しい諸侯どもとの交渉、軍の立て直しを任されている。こうもなる」

「お前の曾祖父殿はまだ愛嬌がありましたぞ」

「ふん。姫は町内にいるんだ、自分で捜せ。――『深紅の竜』より報告。別大陸のドグル公国、アビス共和国とも我が国の状況を静観。魔軍との対戦中に逃走した貴族どもに不安はあるが概ね意思を統一できそうだ。それもフロリーナ姫健在、切り札の魔鎧あればこそ、だがな」

ギャリソンもジャムと呼ばれた男も視線は合わせない。

「引き続き監視を頼みますぞ。姫も多感な時期でな、こちらもいろいろ忙しい」

「ああ。それと…ウィルとマシューの兄弟は親たちと荒野にサピオ村を再興。ベイシアの少女ベッキーは魔道を習い始めた。漁村ジャスコウは漁を再開。ヴェニマールのアレンは自警団に入り父親譲りの弓の腕を磨いている。以上だ」

ジャムの褐色のマントはするりと撓み、あたかも猫が身を翻すように雑踏に消えていった。


「さて。姫、ここは我慢の時ですぞ。無茶をしなければいいのですが」

執事は天を仰ぎ、つぶやいた。


 ドクター=へヴン薬局。そう書かれた小さな小屋で。

ようやく春めいた外とは打って変わって、屋内は身も凍る寒さと暗さである。灰色のコートを纏った醜悪な老人、そして白と黒の衣装の双子の少女。三人は直立不動の姿勢だ。彼らの視線の先には…1人の妖艶な美女が黒水晶を眺め座っている。

「ふうん、これで献上品は終わりかい?」

闇の中金色に光る目、蛇のように波打つ髪、血のように赤い唇。それは漁村ジャスコゥでフロリーナたちと戦った、恐るべき魔女。

「は、ゴーゴン様。この辺りの墓場すべてを探り、ゾンビと死霊から魔力を吸収して作った闇の水晶ぢゃ…でございます。途中邪魔が入ったものの集めた分は純度が高うございます」

「なのなの…です」

妖女ゴーゴンは髪を逆立て、両手に余る程度の球体を――

ごきん

口が裂け、顎が外れ、見る見るうちに呑み込んだ。

「…少ないね。まだ魔力が足りない」

固唾を呑んで見守る三人。

「手っ取り早い方法を教えてやる。そのへんの人間を殺して即席で幽体を引き剥がし、ゾンビと死霊を作るんだよ。恨みをたっぷり残させてねえ」

先の割れた舌が唇を舐める。

「・・・・・」

「まだ人間に未練があるなら、もっと稼ぐ方法を自分で考えることだね、御老体」

そのままどす黒い闇の中にゴーゴンは消えていった。


「…ふえーん! 怖かった、なのー!」

双子が泣き出す。老獪なマスター=ヘルも冷や汗をぬぐった。

「ふん、わしゃ研究が自由に出来ると思って『黒い牙』に入ったんぢゃ。殺すのが好きなわけぢゃありゃせんわい! 仕方がない、また出稼ぎぢゃの。」

部屋の中の黒い霧が晴れたとき、フロリーナ姫が店に入ってきた。

ガチャン。

「いらっしゃいませなのー」

「マスター、お客様なのー」

双子の出迎えに続き、凶悪な顔を無理に笑って顔面崩壊している老人が現れた。

「ひょほほほ、いらっしゃーい…ん? お譲ちゃん、見かけん顔じゃな」

「覚えてます? ヴェニマールの温泉でお話させてもらった、フレアです」

フロリーナは仮の名を使い、お辞儀をする。

「あー、あの元気な。わしゃ元気なのは苦手ぢゃからな、あの時は失礼した」

「い、いえそんなこと。それより、お店の看板、魔法が使えるって…」

「ああ、正確には魔法道具が使える、ぢゃがの。魔道書を読んだり、箒に乗ったり。修行いらずぢゃ。ひょほほ」

自信たっぷりの老人の言葉に身を乗り出すフロリーナ。

「あの! 呪いのかかった魔法道具を操ることは?」

「出来るはずぢゃ! わしゃ天才、マスター…ドクター=へヴンぢゃからの。よかったら試供品を持ってきなされ」

「よ、よろしいんですの?」

「どうせしばらく店を空けるでな、置いてあるものはこの町では盗んでもお咎めなしぢゃ。なくならないうちに持って行け」

「ありがとうございます! 必ずお礼に参りますわ」

フロリーナは小瓶を胸に抱き、走り去っていった。


「やっぱり元気なお嬢ちゃんぢゃな。わしゃあ死体の相手のほうがいいわい」

「マスター、柄にもなく良いことしましたね」

「一言余計ぢゃ! …ぢゃがあの薬、副作用があったような…? 忘れてしもうた」


限りなく曖昧なグレーゾーンのヘルであった。

「では行くぞエボニー、アイボリー。次は…どこぢゃ?」


5.


 パノレコ闘技場。健全なスポーツの広場も今では賭け試合の場所である。試合は過激で血を見ることも少なくない。


「へへへ、次はどいつだい?」

「くそ、この娘つええ」

荒くれどもがすでに何人も倒されている。赤毛に革の鎧、棒をかまえたミミである。

「へん、こちとら身内の食費と交際費が異常に高いんだ、しこたま稼がないとな」

控え室ではイーノが食べ、ぬーが男を物色している。


「わたくしがお相手します」

低く響く声がする。

「誰でえ!」

そこには、禍々しい面持ちの鎧の戦士がいた。ローブを纏い、悠然と歩いてくる。

「バーサーカー、プリンセス…」


 宿屋で。戻ったギャリソンは叫び声を聞いた。

「たいへーん! セバスちゃんがいなくなったよー!」

「盗まれたのかよ?」

マリアの声にラッキーが聞く。

「違います〜、わたし、見ましたぁ…姫が鎧を着こんで出て行くのを…」

ルーシーが奥から出てきた。蒼白な顔で。

「へ? どこへ?」

「…それは一大事ですぞ!」

珍しくギャリソンに顔色がない。

「? なんで?」

「ラッキーのバカ! 私やルーシーにはセバスちゃん、見えないもん! それなのに鎧が見えるってスーパーへんてこりんだよー!」

「・・・・あー! もしかしたら、オイラには見えないかも!」


ドガン!


マリアとルーシーのダブルキックが決まる。

「セバスに異変が…姫!」


ドガガッ!


棒と剣がぶつかり合う。激しい格闘が続く闘技場。

「こいつが本物の…バーサーカープリンセスか! きしょう、ホントに強いや!」

さすがのミミも圧倒されっぱなしである。闘技場で貸与された木刀だが、狂戦姫の一撃にはためらいがない。他の戦士たちも、観客の女子供も、その姿に恐れを抱いている。

(なぜ、皆わたくしを怖がるの…この不真面目な者たちを懲らしめるだけなのに…)

フロリーナの心を闇が蝕む。マスター=ヘルにもらった薬を飲んでから憶えた、暗い高揚感。そしてそれは怒りに代わり、闘争本能に火をつけ、攻撃に酔いしれるようになった。

「がああああああぁ!」

もはや姫ともセバスチャンとも違う叫び声が闘技場に響き渡った。

「加勢するよ!」

ぬーが念動力を放射する。見えないその力を掴み、姫は片手で押し返す。

ブォン!

ミミとぬーが闘技場の壁まで吹き飛ぶ。

「ぐうううううぅ」

唸り声とともに狂戦姫…今や正真正銘の狂戦士が迫る。

「今さらゴメンって言っても駄目っぽいな」

「ミミちゃんナイスぼけ」

二人が苦笑いをした。覚悟を決め姫を睨みつける。互いに最後の突進を開始した。

「!」

ズボ。

姫の姿が地中に消える。イーノが落とし穴を掘っていたのだ。

「えへへー、穴掘りならイーノにおまかせ〜。ミミちゃんぬーちゃん、今のうちに逃げよう! あのコウモリがまた来たよ!」

皆が空を見上げる。何十匹もの翼が空を覆う。

「うわああ、ガーゴイルだあ!」

腕に自慢…のはずの猛者たちが逃げ出す。

「ちっ、これだから軍人くずれって馬鹿にされんだよ、お前ら!」

ミミは空に向かいガンをつける。

落とし穴からそれを見たフロリーナは…

めりっ、めりめり…バサア!

あろうことか、背中から鋼の翼が生えたのだ。

「嘘だろ…」

ミミたちも戦慄する。叫び声とともに空を舞う姫。

「ガー! なんだこいつ!」「どこの魔物だガー?」

ガーゴイルたちさえ驚いている。狂戦士は誰彼構わず襲い掛かる。闘争本能をむき出しにして。


追いついたマリア、ルーシー、ギャリソンそしてラッキーもあまりの光景に立ちすくんだ。

「姫さま、あんな怖いお姿に〜」

「ぐず、あんなの姫さまじゃない。セバスちゃんもあんなんじゃないよー!」

「おそらく魔力を増大する薬かなにかのせいでしょう。セバスの呪いはそん

なに簡単に制御できるものではありません。逆に制御されつつある…姫が狂戦士に同化されようとしている!」

一同は顔を見合わせた。

「ギャリソンの爺さん! なんとかなんねーのか?」

「方法はないでもない…ただ、空を飛ぶとは予想外でした。」

マリアが天を仰ぐ。

「お師匠ー、姫さまを助けてよーう!」

行方不明のマリアの師匠、大賢者プロメテウス。魔術にも錬金術にも科学にも詳しいとされ、先のゾンビ戦ではマリアの帽子に転送装置が付けていたことがわかった。ラッキーの手違いで壊れてしまってはいるが。

ブーン…軽い振動音。マリアの願いがまたも通じたか。

「あれ? れれれ? 帽子の、中から…なんか出てきたよう!」

それは機械仕掛けの箒であった。エンジンを震わせ、白い煙を上げてはいるが、ちゃんと宙に浮いている。

全員が叫んだ。


『らっきー!!!』

               


・・・後編へ、つづく〜♪

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