閑話休題編(2) 温泉の大騒動
閑話休題編(2)温泉の大騒動。
1.
現代。とある高校の医務室で。
どて。
背後の物音に、白衣の女性は振り返った。化粧っ気のない整った顔、ショートヘア。神秘的な鳶色の瞳が涼やかに降ってきた物体を見つめる。
「どこに行ってた? ん?」
足代と黒猫だ。
「てっへっへ。ただいまっス。」
ナベシマは女性の脚に絡みつく。
「な〜お」
医務担当の安芸山素子女史だ。異常な事態にも平然としている。
「なんだか良い思いをしてきたみたいね。」
「相変わらず鋭いっすねー。素子せんせ」
「顔がにやけてるわよ。誰だってわかる。相変わらずナマ傷ばかりだな。手当てするからこっちこい」
「へーい。やっぱここじゃ、敵わねえなぁ…どうしてるかな? あのこ」
足代は何も無い中空を見上げ、呟いた。
2.
「全国の女子高生&女子大生&OL&奥様こんばんは、みなさんのアイドル、ラッキーです。4話ではちょっと恥ずかしいところを見せちゃったかな? オイラの魅力はこんなもんじゃないよ。次回を楽しみにしててね〜。」
フロリーナ姫一行のカバン持ち、ラッキーがどこかを向いて話している。何の話をしてるのかは知る由もない。
「…なんだかラッキーがまた意味不明語しゃべってるけど無視! 姫さま、目が覚めてからも超ションボリなの。あ〜あ、アジロ兄様、また来てくれないかな〜」
お供のマリアとルーシーは不安げだ。
「姫さまもアジロさんが好きになったのに〜、セバスちゃんが見えなくて…見られちゃって…もしまた来てくれても恥ずかしくて会えない〜ってぇ…可愛そうですう」
「ねねね、姫さま、温泉に連れて行こう! 気持ちよくってハッピーになるよ!」
「そ〜ですね〜元気が出るといいですねえ〜」
「でもその前に、あのスカプラチンキにおしおきだべー!」
きらん。マリアとルーシーの目が光った。
3.
ちゃぷん。
「はあ…」
月明かりの中、先のヴェニマールでのゾンビ戦で傷ついた体と心を癒す為、天然の温泉にフロリーナは浴していた。
「わたくし、殿方にもご縁がない呪いがかかっているのかしら…くすん」
少しべそをかいていた時、湯気にまぎれて何者かが近寄ってきた。
「え? いや!」
ざば。大きな水飛沫があがる。
「姫さまー、私たちだよん♪」
ぴょこんと現れたのはマリアとルーシーだ。
「姫さま〜、元気でそう?」
「ありがとう。心配をかけましたね。大丈夫です。わたくしには使命がありますもの」
「さっすが姫さま! 大好きー」
暖かな湯気の中、三人は微笑みあった。
「ところで、あの、害虫は?」
「あ・ラッキーのこと? 近くにいるど、大丈夫。ちゃちゃーんと罰を受けてまーす」
そのころラッキーは。
「もごもがもげー!」
「ぎへ、なんでオレ様がこいつと一緒にいなきゃならねえんだ?」
セバスちゃんのカバンの中、猿ぐつわと全身縄でくくられたまま、監禁されていた。カバンの上ではギャリソンが紅茶を飲んでいる。
「もがー!(なんでオイラがこんなケダモノ臭い中にいなきゃならないんだー! 姫、オイラが、お背中流しますー!)」
遠くから三人の楽しげな声が聞こえてくる。
「姫さまの背中って〜、スベスベで気持ちいいですぅ〜」
「あは、ふ、二人ともお止めなさい、くすぐったい」
「むー、姫さまのナイスバディは私のものだ。おっぱい、もみもみー!」
「あは、あはははは、やめてマリア〜・・・」
「もがぐげごげごぎゃ〜〜!!(あああ、こんな事ならボコ殴りされたほうがマシだ! 生き地獄じゃー! いっそこの耳と目をつぶしてくれーっ! 転送装置、だれか直して〜〜〜〜〜!!!)」
…懲りないラッキーであった。
4.
「こりゃ! 温泉は静かに入らんか!」
いきなりしわがれた声が響き渡った。
「きゃ! ど、どなたかいらしたんですか?」
「ごめんなさ〜い」
「ショボーン」
岩ひとつ離れた別の温泉から声が。
「わかりゃあいいんぢゃ。こっちも先刻来たところだし、用事に間に合わんかったでの、湯治にしたわけぢゃ。あゝ極楽々々」
都々逸にブードゥーの呪文を混ぜたような鼻歌が聞こえる。
「なんの御用かわからないけど、お爺ちゃん間に合わなくて良かったよ。昨日はこのあたりタイヘンだったんだから!」
マリアの声に。
「なんぢゃ、そっちも子供二人の連れがいるんかい? うちの助手も双子なんじゃが、水が苦手での、先に帰ったわい。心配してくれるのか、嬢ちゃん、あんがとよ。ひょほほほ」
「あ、どうぞごゆっくり。わたくしたちは上がります。」
「わしゃマスタ…ドクター=へヴン、ぢゃ。この先の町、パノレコで薬を調合しておる。」
「フレアと申しますわ。ごきげんよう」
フロリーナはそそくさと温泉を後にした。何かしら予感めいたものが、またこの老人に会うかも、と告げていた。
後に残った醜悪な顔の老人。その二の腕には――黒い牙のタトゥーがあった。
その頃ラッキーは。相変わらず魔鎧に押しつぶされ、もがもが言っていた。
「モガー!(マジ酸素が足りねえんすけどー! あ・背骨みしみし言ってるし! あれ? なんか気分よくなってきた…らっき〜〜…)」
・・・今度こそおしまい(^^)。