第四話 狂戦姫VS高校生
呪われた魔鎧を駆り、魔族を倒す亡国の美姫フロリーナ。魔族を操り、陰で暗躍する魔道師の集団『黒い牙』も現れ、苦闘は続く。
シスターのルーシーが受けた神託を頼りにフロリーナは湿原の町、ヴェニマールへとやって来た。そこに現れた怪物は? そして謎の異邦人は敵か味方か?
第四話 狂戦姫vs高校生
1.
「あ”〜〜〜」
「う”〜〜〜…」
のろのろと、腐臭を漂わせながら、おぞましい姿の怪物が続々と現れた。変色し腐敗した体表、胡乱な目。生きる死者、ゾンビである。
「困りましたな。もう日が暮れてしまいました。あやつら、よりパワーが増してまいりますぞ」
執事ギャリソンがつぶやく。
「ええ、でもなんでこんなに大量のゾンビが…」
むんず。
その時フロリーナの両腕を背後から掴む者がいた。
「キャア!」
薄く月が照らす黄昏時。シスターのルーシーが受けた神託を頼りに亡国の王女フロリーナとその共の一行は西部にある湿原の町、ヴェニマールへとやって来た。低級魔族から、愛する民を守るために。
2.
どっぐぉし!
「きゃ! あ、あなたでしたのラッキー。驚かせないで下さいな」
姫のローリングサンダーが炸裂した。軽く2〜3メートル吹っ飛んだラッキーに忠告は届いているか。顔、のど、ボディの急所にくっきりパンチのあとが残っている。
「姫ぇ〜、お着替えを〜あ”〜〜」
失心した。
「…このしぶとさ、ゾンビ以上かもしれませんわ」
魔鎧に着替えている時間もない。緩慢だがゾンビの群れは着実に回りを取り囲む。
「え〜い〜」
ルーシーが聖水を撒き、祈ることで安全領域を作った。とはいえこのままではそれももたない。
「姫さま、ここはわたしが頑張っちゃいまーす!」
マリアが腕まくりした。とはいえ対魔法使いのアンチマジックは得意な彼女だが、逆に魔物撃退用の魔法の腕は稚技に等しい。
「んん〜召喚ー。ナベシマより強いの、なんでもいーから出ろっ!」
マリアの祈りが天に届いたか。中空にいつもより大きな空気の歪みができ、閃光が走った。
ぱり、ぱり。
「ンニャア〜ゴー」
ぽんっと、白煙とともに現れたのは。…いつもと同じ黒猫のナベシマだった。だが、その尻尾だけが実体化していない。
「?」
マリアが、皆が、ゾンビが見上げる中、ずるりと尻尾をつかんだ手が現れ、そのまま真下に人間が吐き出された。
どさ。
「おーいてて。なんだよナベシマ、人をどこまで…おい、ここ、どこだ?」
黒髪、小柄だが筋肉が寄り合わせられた体躯。足は短いが腕と胴が長い。身なりはシンプル過ぎる制服である。石を削ったような強面にギロギロと目が動いた。
「あんた、だれ? ナベシマの…お友だち?」
マリアがおずおずと聞く。
「オレ? 足代ってんだけど。ナベシマ、ありゃペットだペット。非常食でもいいけどな」
凶悪な物言いにも当の黒猫はいつも通りだ。
「わあ〜、神様のお告げど〜り〜」
ルーシーが微笑む。
「なんだあ? 映画の撮影か? それともコスプレパーティー?」
別世界からの来訪者、足代秀雄は盛大に勘違いをしていた。
3.
「な、なんですの? この野蛮人」
あからさまに不審な男にフロリーナはマリアに聞いた。無論かけだし魔女には答えることなどできない。
「なんだぁ? このケツとデコと態度ばっかデカイ女は?」
ギロリとにらみ、逆に足代と名乗った男が問いただす。
「な! なんですって! あ、あああなたそこに直りなさい。斧の錆にしてさしあげますわっ!!」
気絶しているラッキーを除き、みなドン引きである。質素とはいえ貴族の容姿振る舞いをする者にタメぐちをきく異邦人。皆がバーバリアン=野蛮人という言葉を頭に浮かべていた。その時、
「あ”ぁーーーーー!」
聖水の効力がきれたか、ついに先頭のゾンビが円陣に入って来た。フロリーナは短剣を抜く。だが対角線上の位置のマリアが狙われた。
「いやーん!」
「! マリア!」
ドシャ!
ゾンビの上半身は見事に吹っ飛び、リングアウトとなった。
「ふぇ?」
足代の上段回し蹴りがマリアの頭上をかすめゾンビに炸裂したのだ。
「びーっ、怖かったよーう」
「なんでぇ、こいつらモノホンの化け物か。”実体のあるバケモン”は初めてだな。ま・いいか、行くぞぉ、チェースト!」
どかばきぐしゃ!
手当たり次第ゾンビを粉砕する野蛮人。しかも徒手空拳である。さすがの姫も呆然とその様子を眺めていた。ギャリソンが声をかける。
「ささ、今のうちに町まで参りましょう。少し砕かれても奴らはダメージを感じません。死体ですからな。月が濃くなれば力を増してくるでしょう」
「え、ええ。そこの、野蛮…あなた、西方に町があります。そこまでの護衛を命じますわ」
「なーに言ってんだいデコねえちゃん。ものの頼み方を知らねえなあ」
器用に返事をしながら敵を倒す。しかし頭部の粉砕が適った相手しか倒せないことを知るや、これまた器用にラッキーとセバスちゃん入りの巨大バッグを担ぎ、全速力で西へ走りだした。
「に、二度までも愚弄を。許しません、許しませんわ! きーっ!!」
三白眼になった姫も皆も後を追う。悔し紛れに目の前の布を噛みしめる。
「姫さま〜下着が丸見えですう〜〜」
噛んでいたのは…スカートの裾だった。
狂戦姫と異邦人、最悪の出会いであった。
4.
ヴェニマールの宿屋で。
「うえっ、気持ちわり。血だかなんだか付いてやがら。」
「先程のご活躍、お見事でした。感謝しますぞ、アジロ殿。ここヴェニマールは水も豊富で温泉もあるとか。姫…フレアお嬢様の依頼に応じた報酬はお支払いいたしますが、まずはお体を清めてまいられなさい。」
天から湧いた破天荒な男にギャリソンは動ずることなく契約をした。マリアが呼び出した以上、元の世界に戻す方法も探す必要がある。
マリア本人も実は召還が成功しているのはナベシマのみ。いつもほっておくと帰ってしまうため、返し方が判らないという。召還の最中は「いつもより頭が熱かった」とは言っているが。
もっとも、足代本人はそんなことはおかまいなしだった。宿屋を見回し、こねくり、花瓶の花をそのまま食べたりしていた。ルーシーやギャリソン、別世界の雰囲気にももう馴染んでいる。
「アジロ兄さまー、きゃいきゃい」
急遽足代ファンとなったマリアが聞いたところでは…、
彼は見かけより若くまだ姫と同い年。ここよりもっと文明が進んだ世界で、基本的に王は執政をせず、庶民の代表が取り仕切っているという。
「デタラメですわ。あんな原始人がそんな所にいたなんて。貴族でもないのに働かず、勉強だけの暮らし? しかも王制が取られていない? 誰が命懸けで国民を守るというのです?」
フロリーナは憤懣やるかたない、というところである。来訪者の何もかもが気に入らないようだ。
もう一人彼を快く思わない者がいた。
「あんのやろ、人が寝てるスキにカバン持ちの仕事を奪いやがって。許せんっ、靴に画鋲入れてやる。それとも靴を隠してやろうか、水虫うつしてやろか」
…大きなことを考えられないラッキーであった。
月も雲に隠れた深夜。足代は公営の浴場で汗を流し、制服も洗った帰りである。先の戦いでボロボロだが、ゾンビの汚れた血や体液といったものは見当たらない。通常魔界の汚れを落とすには相当の洗濯か聖水による浄化が必要なのだが。
「お待ちなさい」
暗がりから声が聞こえる。
「なんだい? おでこ姉ちゃん。せっかく風呂上がりでいい気分なのに、よ」
「…」
「ぎひひ、はじめまして〜セバスちゃんだよー」
人気も無い町外れ。フロリーナは魔凱を装着し、野蛮人と対峙していた。
5.
雲の切れ目から月明かりが漏れ、禍々しい鎧に包まれたフロリーナを照らし出す。足代は一瞬驚いたが、しばらくじっとフロリーナを凝視する。そして。
「なんだお姉ちゃん、そのヘンテコな鎧はよ?」
「――ふ、やはり思った通りですわ。この魔鎧が見えるお前は邪なる心の持ち主。なにが狙いなの? 白状なさい!」
ぶん!
フロリーナの鉄拳が飛ぶ。バク転でかわす足代。
「なんでえ、訳分からねえまま呼び出されて、今度はケンカか? いいぜ、相手になったらあ!」
斧も、火炎攻撃もしないがパワーと抜群の身体能力を引き出す魔鎧である。しかし矢継ぎ早に繰り出される姫のパンチとキックを受け流し、重みのあるキックを足代は放つ。堂々とした戦いっぷりである。
「くっ、意外とやりますわね。」
「姉ちゃんもなっ」
二人の激しい格闘が続く中。
「姫さまー、アジロの兄さまー、ケンカは駄目だよう」
マリアとナベシマが飛び込んできた。二人は寸止めで拳を収める。
「ふう、命拾いしましたわね」
「け、どっちがだ」
ラッキーも飛び込んできた。姫へ一直線に。
「ひめさまあ、だめだよ〜う…グボゲハ!」
時は動き出す。姫の見事なブーメランフックがラッキーのテンプルに直撃した。
「…なんだかな、この棒っきれみてえなの。おもしれーやつ」
足代も呆れている。遅れてルーシーとギャリソンがやって来た。
「ケンカどころじゃないですよ〜、大変です〜。アレンって男の子が、森の奥の墓場に行っちゃったんですぅ〜」
6.
「なんですって! すぐ行かなくては。あ、どうしましょう、鎧を脱がなくては。あ・でもそれでは間に合わないかも…あ、あ、あ」
ぷしゅー、
と湯気が上がり、最強の狂戦姫は機能停止した。
魔鎧セバスちゃんは悪人にはその恐ろしい姿を見せ、善人には影すら見えない。言い伝えでは魔界の勇士がこれを使い、それを外しても天使に発見されないよう魔法をかけた、とも言われる。真相は不明だが、この意思持つ鎧は高貴なる魂を持つ者が好みであることは間違いない。それゆえ心正しき姫が着用するとき、彼女はよい子のみんなにはスッポンポンに映ってしまうのだった。
自尊心と正義の心の葛藤にオーバーヒートを起こし、フロリーナは硬直したまま動かなくなってしまった。
「だーっ、めんどくせえ! やいデコっぱち、後で運賃払えよ、足代様の超特急だーっ!」
いらいらしていた足代はひょいとフロリーナを抱えると、猛然と走りだした。墓場がどこか、わかっているのだろうか。その走りに澱みはない。魔鎧は彼女が装着することで軽減するとはいえ、かなりの重さであるが。
「ちょ! 降ろしなさい、野蛮人!」
暴れる姫に、
「あんたガキにはその鎧を着て会いたくねえんだろ? 俺がなんとかしてやるよ。決着はその後だっ」
「…礼は言いませんことよ。」
「上等。」
町を抜ける間際、民家の取り込み忘れた洗濯物のシーツを強引にむしり取り、姫ごと体に巻きつける。
「くっ」
一瞬鎧の重みがぐんと増したが、その足は止まらなかった。
(…殿方に抱っこされるなんて、父上と、じいだけだったのに…)
とくん
(え? わ、わたくし今なにを…? こ、こんな悪党にトキメクなんて。セバスチャンを長く着ていたから、悪い子になってしまったのかしら…)
遅れて二人を追うギャリソン、マリア、ルーシー。そして…
ずる、ずる、
「うーん、ツンデレ反対〜…」
三人に引きずられているラッキーが、うなされながら寝言をもらす。
「ラッキーはなに言ってるんでしょ〜?」
「うーんん、ツンデレ気候…ツンデレーのリスト…ツンデレラ姫…」
「さっぱり判りませんな」
先んじた二人に、はたして霧にむせる墓場が見えて来た。少年が見える。そしてもう一人。アレンによく似た顔の大人。身なりはさほど汚れてはいないが、目に生きる証しの光がない。抱き締める少年を、ゆっくり、咬み砕こうとしている。
「危ねえ!」
足代が叫んだ。姫を降ろし、再び駆け出す。死者と生者、親子の絆を救うべく。
7.
どこであろうか、暗がりの中、怪しげな呪文と舞を踊る影が。
「ひょほほほ、今夜は生きのいいゾンビが出来そうぢゃわい」
カラスのようなしゃがれ声が祭壇に響く。立ち込める香、奇怪な装飾。
「マスター、その地区のお墓の死体はもう全部ゾンビ化しちゃったみたいなの。」
「みたいなのー。」
マスターと呼ばれた老人は狂乱のダンスを止める。
「む、そうぢゃったな。されば死霊を呼び出す番ぢゃ」
灰色のガウンを着なおし、今度は魔杖を片手に厳かに呪文を唱えだす。
「ねえ、マスター=ヘル、貴方は呪術師なの?」
「ネクロマンサー(死霊使い)なの?」
白と黒の衣装の少女二人に、
「さあな、わしにもよくらからんのぢゃ。もう150年はやっとるからのう」
醜悪な老人はひょほ、と笑った。
「早く魔力を献上しないと、ゴー…あのかたがお怒りになりますよ」
「ふん、わかっとるわ。あんなぽっと出の女に牛耳られるようになるとは、黒い牙も潮時かのう」
ぶつぶつ言いながら黒い水晶を眺める老人。
「それより、面白いものを見つけたわい。生涯のライバル、賢者プロメテウスの魔道具ぢゃ。西方におびき出した死霊どもを使って見つけ出すのぢゃ! 行くぞ、エボニー、アイボリー!」
ずかずかと歩いていく老人。エボニー・アイボリーと呼ばれた双子の少女が追いかける。
「マスター、西は反対なのー」
9.
事件の張本人である黒い牙のメンバー、マスター=ヘルとその部下エボニー&アイボリーがまだ隠れ家でウロウロしているころ。
「危ねえ!」
足代がスライディングを仕掛ける。間一髪、ゾンビ化した父親からアレン少年は救い出された。しかし。
「あ…」
あどけない顔の少年は、激しく抵抗し、父の元に戻ろうとする。
「いやだ! お兄ちゃんたち、父ちゃんをやっつけに来たんだろ! 広場で聞いたんだ。ゾンビを退治する人たちを町長が雇ったって」
シーツを鎧の上から巻きつけ、体を引きずるようにフロリーナが到着する。
「ぼうや、聞いて。もうお父さんはいないの。あれは…」
「違わい! 僕、何日も父ちゃんの声が聞こえたんだ。父ちゃん、狩りの途中で、崖から落ちたって…でも死んじゃなかったんだ。僕のところに帰ってきてくれたんだ!」
「ち、ちがいますわ…」
泣きながら抗議するアレンにフロリーナの言葉は届かない。
「あ”あ”あ”〜〜」
獲物を横取りされたゾンビは本能のまま怒り、ゆうらりと近寄ってくる。首には大きな裂傷…落下した時の致命傷だろう…が生々しい。
「おい」
ごり。
太い指がアレンを掴む。
「よく見ろ。あの目はお前の知ってる父ちゃんの目か?」
足代が無理矢理少年の顔を父親だったものに向ける。
「父ちゃんにお前の声は届いたか? 父ちゃんは、お前を食いたいと思っていたか?」
アレンは震えている。
「そ、そん…そんなこと、父ちゃんはしない…」
足代はがっしりと、アレンを抱きしめた。
「俺な、ちょいとだけ変わっててさ、死んだやつやこの世のものじゃねえモノも見えるんだ。この世界じゃそれが強くなっててな、声も聞こえる。この墓場に案内する声が」
「え、じゃ…」
「ああ、お前の父ちゃんの声が聞こえた。墓場で息子が自分の抜け殻に殺される、助けてやってくれってよ」
「!」
はっとするアレン。
「お前の父ちゃん、自分が死んで、お前がいつまでもメソメソしてるから心配で天国へ行けねえんだ。このままこの世に留まっちゃあ悪霊になっちまう、てのに」
少年は震えた。熱い涙が抱えた足代の手に降りかかる。
「僕の、僕のせいで父ちゃんが天国へ行けない…」
「いいか、今目の前にいるのはお前の大事な父ちゃんを侮辱しているやつだ。大事な親子の絆を食いちぎろうとしている、ひっでえヤツだ! 見た目にごまかされるんじゃねえ!」
少年が顔を上げる。目には燃えるものがあった。フロリーナは二人を眩しそうに見る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ゾンビを…ゾンビをやっつけて。父ちゃんを助けて!」
ばさっ。フロリーナがシーツを投げ捨てる。
「ここからは見なくていい。よく頑張った、アレン」
少年の目を異邦人はそっと隠す。
ごお!
魔鎧セバスチャンの炎がゾンビを包む。どさりとくず折れ、死者はあるべき静かな死を取り戻した。
「あ…と、父ちゃん!」
その時、アレンは聞いた。父の別れを告げる声を。上る煙と星空は自分とそっくりの父親の笑顔を象り、消えていった。
「あ”、あ”〜」「お”お”ぉ」
続々とゾンビが押し寄せる。地中からもなりたての死者が這い出してくる。生きた餌を求めて。
「大群ですわね、アジロ様。」
言いつけ通り、シーツを頭から被ったアレンを背に回し二人は周りの絶体絶命の状況を見渡した。上空には悪霊と化した死霊が半実体化している。
「どおって事ねえや、えーと」
「フロリーナとお呼びになって」
緊張と、少しはにかんだ声で。ちら、と足代を見ようとする。すると、
「ああああーっ! あかん!」
そこにいたのはラッキーだった。
「きゃああ!」
「姫、そのテロンとした目、ぽっとした頬、そわそわした態度! 何度目ですかっ!? なんでそんなに惚れっぽいんだ―――っっ!」
ドギャン!
なぜか「JET」の文字がきらめき、必殺のアッパーカットがラッキーを宙に飛ばす。
「な! ラッキーでしたの? いきなり現れるなんて、び、ビックリしましてよ」
どうやら姫も照れ隠ししたいらしい。ラッキーはすでにいないが。
「姫さまー! 凄いの、私の帽子、いろんな所に行けるの!」
他の3人も到着する。どうやって瞬間移動をしたのだろうか?
「マリア? ギャリソンたちも…事情は後で伺いますわ。ルーシー、この子の手当てをお願い。皆さん、行きますわよ!」
姫が亡者に向き合い見得を切る。青い瞳に炎を燃やし、ギャリソンから渡された斧を構えなおす。
「悪を挫き魔を断つ者、バーサーカープリンセス、参る! 不浄の者よ、去りなさい!」
10.
フロリーナが大見得を切っていたその頃、怪しげな魔法使いマスター=ヘルは。
「うむ、夜が明けそうぢゃな。いつの間にか戻って来てしまったわい。やっぱ行くのはやめぢゃ。ひょほほほほ」
「マスター、お休みなさいなの」「なのなのー」
弟子ともども道に迷い、床に就く準備をしていた。
フローリーナ姫の反撃が始まった。
巨大な斧がまるで舞踏会の扇のようにひらひらと舞う。
ズバッ! グシャ!
「ぐあ"あ"ぁ…」
死者たちは粉砕されていく。かたや足代も回し蹴りと正拳突きが炸裂する。よくしなる体はリーチの短さをカバーし確実にゾンビの頭部を打ち砕いていった。
ブォン!
半実体化した死霊が宙より襲い掛かる。髑髏のような面相に鋭い牙が見える。爪がうなり、冷気を撒き散らしては二人のパワーと闘志を奪い去ろうとした。流石の巨斧をもってしても実体化しない時の霊を斬ることは出来ない。しかし、
「うぉおおらあっ!」
ごしゃ! 足代の拳が一瞬光り、死霊を文字通りぶん殴った。
「んなムチャクチャな!」
ラッキーを含め皆が突っ込む。霊は白い泡状になり四散した。
「あれは…エクトプラズム、ですかな? アジロ殿は己の生命力をそのまま打ち出し、霊を活性化して殴りやすくしているようです」
「はっはっは、ユーレイって殴るとカマボコみたいだぜえ!」
姫もバーサーカーモードが始まる。
(背中を気にせず戦うことが、闘う友がいることがこんなに心強いものなんて!)
高笑いと共に二人は回転しながら死者の軍団を打ち砕く! 切り裂く! 大詰めである。
「アジロ様、私を高く宙に上げて下さいまし!」
「おお!」
勢いをつけ、フィギュアスケートのペアよろしく姫の腰をつかみスピンをかけ放り投げる。
「ギヒャヒャヒャーっ、炎の独楽、ってか?」
セバスチャンが吼える。3回転、4回転、高速スピンをしながら姫は炎を纏い、ナパーム弾のように回りに撃ち出す。
「あ”あ”ああぁ〜〜〜〜…」
業火は地上のゾンビを一掃した。中空の死霊も恐れをなし、寄り固まって逃げようとする。
「フロリーナ、俺をあの塊に向けてブン投げろ!」
「ええ!」
ブン!
足代本人が霊を貫く弾丸となった。宙で向きを変える。必殺の空手の蹴りの型が決まった。
ドシャアアアァ!!
流石の悪霊軍団も宙に散って行った。
落下する野蛮人。
「アジロ様、やりましたわ!」
狂戦姫が待ちきれずにジャンプして抱きとめる。死者の宴は終わり、炎がゆっくりと消えていく。いつの間にか朝が近づいていた…。
11.
朝焼けの中。
「お兄ちゃんお姉ちゃん、ありがとう。僕、父ちゃんのぶんも頑張って生きる! まだ、何もおれい、できないけど…」
「いいんだよ。元気でな」
「お元気で」
着替えも終え、アレンが帰るのを見届けた後。マリアが自分の駆けつけた。自らの魔法使いの三角帽子を脱ぎ、それを姫に見せる。
「姫様、この帽子のお星さま、凄いものだったんだよ。ビックリ!」
彼女が言うには一か八かで瞬間移動の呪文(師匠のモノマネだという)を唱えたところ、突然帽子の飾りと思っていた五芒星が光り、ここまで来れたと言う。
「前からマリアから名前は聞いていたのですが、どうも彼女の師匠というのは伝説の魔導師錬、賢者プロメテウスのようです。そうでなければ、このような恐ろしい発明、考えられません…。これは瞬時に物体を別の場所、異世界や別の時代へも送れるようですな」
ギャリソンの言葉に姫は納得した。姫も聞いたことがある。天候や地形さえ変える絶大な魔法を使い、また科学にも明るい錬金術師であるプロメテウスの名を。
思えばマリアの絶大なるアンチマジック、それも伝説の魔導師が魔物より恐ろしい人の欲望から弟子を守るため、授けたのではなかろうか。
「んじゃ、これを使えば俺、もとの世界に戻れるんだな」
「あ…」
足代は少し寂しそうだった。
「アジロ様。わ、わたくし…あなたあえ良ければ、い、一緒に…」
「あ、オイラにやらせて! こいつが帰るんなら何でも手伝うし。」
ラッキーがひょいとマリアの帽子を取る。
「駄目だよ、魔力のある者じゃないと」
「え? なに? なんだかボタン、押しちゃったけど」
「! ああああ!」
稀代の魔導師、プロメテウスの傑作は幼い弟子でも扱えるよう、
『行く← →帰る』
のボタンが片隅にあったりした。大の大人が無理矢理押し込んだそれは、「ぺき」っと軽い音を立て…右側で矢印が壊れていた。
「バカーッ! これじゃあ、もうアジロ兄様、帰ってこれないよー」
「そんな! ああ、アジロ様!」
ぱり、ぱり、異邦人の体が帯電し、徐々に薄れていく。
「ラ〜ッ・キ・イ・イ〜〜〜!」
鬼の形相を見せるフロリーナ。
「ひ、ひいいいいぃぃぃ〜〜」
次にどんな惨劇が起こるかは容易に想像できる。そんな中でもちょっとラッキー、と思ってしまう彼であった。
「あー、こりゃ駄目だわ。せっかくこんな世界なら、いてもいいかなって考えたのによ」
「びーーーっ、帰っちゃやだよー」
泣き出すマリアに足代は頭をなで、慰めた。
「泣くなよマリア、縁があったらまた会えるさ。フロリーナ、ケンカの続き、またしような! そ、それと…」
アジロの顔が赤い。初めて見せる表情。
「え? な、なにか…」
どきどき。姫も頬を染め、次の言葉を待つ。
「その、鎧、気合い入れて霊力をためないとドンドン透けて見えちまうんだ。ゴメン、裸、見ちまった」
・
・
・
どっかーーーん!
彼は悪人ではなかったが、偽悪的ではあったようだ。足代は来たときと同じ、ナベシマと共に消えていった。
「わー、姫様倒れちゃった!」
「姫!」
「姫さま〜〜・・・」
わたわたする一行。いきなり芽生え砕け散った恋に、またもフリーズしてしまった姫であった。
・・・おしまい。
お読みいただきありがとうございました。
今回登場の霊感高校生、アジロは別作品からのゲスト出演です。
「扉の向こうの あなたは だあれ?」
http://syosetu.com/pc/main.php?m=w1-4&ncode=N1873G
「養護教諭 安芸原素子」
http://syosetu.com/pc/main.php?m=w1-4&ncode=N2603G
こちらもよろしくです(^^