閑話休題編(1) バレンタインの大騒動
え〜今回は本編とは関係のないショートショートです。あまり考えずに読んでくださいませ(^^;
1.
「エマージェンシー! 緊急事態だわさー!」
血相を変えてマリアが宿屋に飛び込んできた。ここは比較的魔族の被害が少ない街道沿いの町、ファミーマ。次の目的地に向かう狂戦姫ことフロリーナとその一行が宿泊していた。フロリーナ姫はお供の魔法使いの少女、マリアと買い出しに行っていた…の、だが。
「何事ですか、マリア? 騒々しいですぞ。」
「マリアちゃん〜、落ち着いてぇ」
宿にいた執事のギャリソンとシスターのルーシーがたしなめる。しかし、マリアの顔には通りすがりの仮面○イダーのような黒くて太い縦線が張り付いたままだ。
「これが落ち着いてなんか、いられるかー! ひ、姫さまが、町のパン屋さんで、お…お菓子を作ってるのッ!」
マリアが叫んだ、その途端。
ブーーーーっ、ズボッ、ブチチチチッ、ガショーン。
ギャリソンは真顔のまま紅茶を全部吹き出した。編み物をしていたルーシーは編み物に腕まで通してしまった。鼻毛を抜こうとしていたカバン持ちのラッキーは勢い全部の鼻毛を引き抜いてしまい正体不明の液体まで飛び散らせ、魔鎧セバスはカバンに入ったまま転がっていた。
――姫の愛すべき短所に、恋に恋する乙女モードの発現と、家事全般のオールマイティな超ド下手、というものがある。掃除をして壊した家具と家、多数。皿洗いをして割った皿の枚数、洗った数の数倍。そして…料理という名の元に恐ろしい何かを生み出し、王様や親族、家臣、兵隊まで食中毒で悶絶した『御館の乱』を始めとする騒動の数、数知れず。
「うえーん、だってお買い物をしてたらパン屋のお姉さんが、姫さまを無理やりお店に連れ込んじゃったんだよー。”一緒にお菓子を作りませんか?”って」
べそをかくマリア。
「姫さまも最初は遠慮してたんだけど、お姉さんが”この辺りじゃチョコレートを好きな男の子やお世話になった人にプレゼントするんですよー”って言ったの。そしたら…」
「ううむ、姫の乙女心がうずいてしまったのですな」
気を取り直したギャリソンが腕組みをする。
「いででで、は、鼻が」
「お店のお姉さんたち、大丈夫でしょうか〜」
ラッキーとルーシーも起き上がる。
「とにかく私だけじゃ、ニッチもサッチもどうにもブルドッグ、じゃーない、どうしようもないよ。みんな、姫さまを止めて!」
その時。つーん、と鼻孔を刺激する香りが漂ってくる。
「む、この臭いは?」
老執事を始め全員が宿屋の窓に集まる。
「わーっ、出た!」
金髪をなびかせ、美しき乙女が夢見がちな表情で歩いてくる。その手には異臭を放つ大鍋、籠一杯の材料や料理道具が。チョコレートだろうか、顔や前掛けに飛び散った茶褐色の液体が血しぶきのようにも見え、籠から飛び出ている包丁と相俟って…羅刹女のようである。
「ひ〜〜〜〜っ!」
普段のんびりしているルーシーでさえ悲鳴をあげた。
いよいよ迫る美しき乙女とチョコ…らしき何か。どうなる?
2.
「皆さん、ごきげんよう」
ズザァ。宿屋に入ったフロリーナに、皆一瞬びくり、と体を震わせ、後ずさった。
「あ、あははは、姫さま、お帰りなさい。ゴメンね先に帰っちゃって。ほ、ほんとうに、ごめんなさいいいぃ…」
「お帰りなさいませ、姫。――その、お買い物は、楽しゅうございましたかな?」
歯の根が合わないマリア。緊張気味に出迎えるギャリソン。ルーシーはと言えば、ずっと神に祈りを捧げている。
「ええ、とっても」
満面の笑みで答える姫。
「それで、皆さんにお土産が…」
ガタタタァ! 椅子からずっこけるラッキー。
「あひゃほふあわ、お、オイラちょほほっと用事が。いや、今婆ちゃんが危篤だって神様の声が!」
がっし。神速で逃げようとするカバン持ちの両足をいち早くつかみ止めるマリアとルーシー。
「あんた、お婆ちゃんは前に亡くなったって聞いてるけどー!」
「神様の声ならあ、もう聞いてます〜。試練を耐えるべし、ですよ〜」
顔色がブルーマンとなったラッキー。
「? 皆さんどうしたのかしら。そうそう、お土産がありましてよ。今アプリコ亭というお店でお菓子作りを誘われましたの。殿方や大切なかたにプレゼントするのが習わしなのだそうで」
全員が凍りつく。異臭が部屋に蔓延するが、姫は気づいていない。
「それで、わたくし一生懸命チョコレートを作りましたのよ。そうしたらお店のお嬢さんたち、泣き出して”材料も道具もあげるから続きはお宅で”って。よほど感動したのかしら?」
ゴボッ、ブクッ…。姫の持つ鍋から、時折マグマのようなガスの盛り上がりや、ありえない発光が見え隠れする。
(きっとお店、凄いことになっちゃったんだ)
(体よく追い払われたようですな)
(でもぉ、まだ誰も食べてないんですね〜、あれ。)
誰も姫と目を合わせない。
「それで、このチョコレートを…あ!」
皆が気を逸らせようとするが姫はおかまいなしだ。断り切れなくなった、その時。
「そうですわ、途中で帰ってきたので、まだ完成していませんでしたわ。ほほほ、わたくしったら」
フロリーナは台所に向かう。やむなく手伝うマリア、ルーシー。
(いい? 逃げたら許さないからねー!)
マリアは残る男性陣を睨みつけ、サバトの現場に入っていった。
3.
台所の扉に聞き耳を立てるラッキー。三人の会話が聞こえてくる。
「…姫さま、なんだかこのチョコレート、色と臭いが」
「あらそう? 先程マリアが使っているヤモリの黒焼きとマンドラゴラを入れたからかしら?」
ぼこぼこ。
「こ、この中で光っているのは? オタマ? 包丁?」
「ああ、お店で作っている時、どこに行ったのかと思ってましたわ。何故でしょう、一生懸命作っているとお鍋もお道具も小さくなってたり消えたりするの」
ガキッ、ゴキッ。
「姫さまぁ、今入れたの、お水じゃありません〜。消毒薬…」
ごぶっ、ごばあ!
怪しげな音と心を削ぎ落とされそうな会話が聞こえてくる。
「な、何が起きたんだァ? ガクガクブルブル」
ラッキーは油汗をたらたら流し、硬直状態である。そして。
ガララ。
いきなり扉が開き出てくる姫。台所はさらに凄惨な状態となっていた。
「――完成ですわ」
姫、目がすわっている。大皿にのったチョコレートケーキ、ババロア、ロールケーキ。しかしそれは姫が目を放すと発光し、ガスを噴出し、ロールケーキの奥で何かが目を見開いている。
(ま、魔界の門が開いたー! 婆ちゃん、オイラ天国へ行けないかも〜)
見ればマリアとルーシーは気絶している。振り返ると…
「ああああーっ! 爺さんとセバスの奴がいねえ! あいつら裏切りやがったなーっ」
はし。
そっとラッキーの肩をつかむフロリーナ。
「その、お慕いしている訳では、ありませんからね。たまたまラッキーしかいないから…」
はにかみながら、茶褐色の物体を差し出す少女。シチュエーションとしては最上級の萌えポイントだ。しかし。
「ひっひひひめ、お、オイラおなかのちょ〜しが」
ギン! 青い瞳が殺気を込めて見据える。行くも地獄帰るも地獄。
「あばばばばばば…ば…」
優雅な仕草で、姫の手でラッキーの口に、今、お菓子が押し込まれた。
4.
危険区域からいつの間にか抜け出したギャリソンと特大カバン。そして、彼の隣りにゆらりと影が立ち上がる。マントとフードで顔を隠した、密偵のジャムである。
「――いいのかよ、皆を残して逃げ出してさ?」
ジャムが聞く。老執事はハンカチに包まれた、固まりかけた茶色の物体を取り出した。
「これが、先ほど姫が作られたチョコレートです。未完成ですが、食べてみますかな?」
(フロリーナ姫の、手作りの…)
普段裏方を務め、情報収集や影の仕事に就いているジャムではあるが、姫への忠誠は敬愛に近い。それが彼の警戒心を鈍らせてしまった。差し出された茶色い固形を見るジャム。そっとなめてみる。
「う? ぐおお! こ、これは…猛毒…だ」
痙攣する密偵。
「お解りいただけたかな。命あっての物種、ということを。後で姫には逆チョコでも差し上げましょう」
さて、完成品の猛毒もとい、チョコレートを口にしたラッキーだが。
「おろろろ〜〜〜んんん!」
バキャバキャ! 宿屋の屋根を突き破り、現れた影。そこには緑色の巨人が暴れていた。
「わーっ、ラッキーがミューテーション起こしたー!」
「突然変異のことですよ〜」
目が覚め、逃げ回る一行。
「ラッキーったら、どうして? …でも、喜んでくれていたみたいでしたわ。ま、また作ってあげようかしら?」
少し頬を赤らめる姫に、こちらも顔色が青を通り越し緑に変色するマリアとルーシーであった。
(皆様、よいバレンタインデーを^^)
・・・おしまい。