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第三話 渚の可能姉妹

1.


 大陸の北東にある寂れた漁村ジャスコゥ。亡国の美姫フロリーナと一行は海風吹きすさぶ漁港にやってきた。


「姫、着きましたですぞ。」

執事のギャリソンが声をかける。

「ふー、しんど。おいルーシー、ホントにこんなショッパイ村に美人のおねえさん、いんのかよ?」

荷物持ちのラッキーが早くもぶうぶう言い出した。


ドゴシュ!


強烈なナックルと間髪を入れずにスピニングバックブローがラッキーを叩く。

「ありがとう、じい。皆もお疲れ様。」

何ごともなかったかのように、豪奢な金髪を揺らせて姫は微笑んだ。お供の魔法使いマリアとシスターのルーシーも笑う。姫の甲に着いた血飛沫をふき取る。きっちり5秒後にラッキーは己の血で作ったプールに顔を浸す雑巾となった。その時。


「ギョー!」

遠くで人外の者の鳴き声と、助けを求める声が聞こえる。

「あれです〜。お告げに出てきた、海の魔物…マーマン」

魚の顔に人に似た四肢、しかし指には水かきと鉤爪がのぞく。

「魚人族でも好戦的なマーフォークですな。さ、お着替えを。」

「ええ、民の救助は皆にお任せいたします。その、遠くへ下がらせて。」

少しだけ頬を染めて。

「かしこまってございます」

「オッケー!」

「は〜い」

きっ、と姫は声の方向を睨む。

「マーフォークを薙ぎ払いますわ。それがわたくしの使命ですから!」

荷物の巨大な鞄から口笛が聞こえる。バーサーカープリンセスは潮騒の地に降り立った。


2.


「ギョー!」「ギョギョ〜〜!」

10数匹はいようか。浜辺を魚人に追われる3人の漁師たちがいた。

「ひ〜!」「たた、」「助けてくんろー」

ひゅ…うー…ーぅう・・・・

「ぎょ?」

ズゴオオン! 巨大な岩がマーフォークの上に降ってきた。

「急いでお逃げなさい!」

姿は見えないが、凜とした声が響く。間もなくマリア、ルーシーが現れ、村人を誘導する。

「大丈夫〜、わたし達のご主人のフレア様はぁ、有名な賞金稼ぎなんです〜。」

「へ、へえ」

三人が避難した後、小柄だが無骨な鎧が現われた。鈍く光るその甲冑は禍々しさに満ち、胸の蛇の顔ような意匠は生々しい。兜から覗く澄んだ碧眼。手には巨大な斧。

「残った魔の者どもも立ち去りなさい。さもなくば…ずたずたにしてさしあげますわ!」

鎧の顔は間違いなく笑っている。

「ギョギョー!」

それでも向かってくる魔族に、殺戮は無慈悲にかつ速やかに行われた。


 遠くから一行を見つめる影がふたつあった。

「…あの者たちは手ごわい。それに、あの幼い魔法使い。妙な能力を使うようだ。」

女性だろうか。長い髪がざわざわと蠢き逆立った。蛇のように。

「どうやって片付けようか? くくく」

「・・・・・・。」

残忍な笑みを浮かべる女。もう一人は黙っている。


 がば。

いきなりラッキーは自ら作った血のため池から蘇生した。

「今、女の声が聞こえた。ラッキー、オイラのこと噂してたのかな?」

「なにワカランチンなこと言ってんの? 行くよ」

マリアに引きずられ、ラッキーもまた村へと進んでいった。


3.


「ありがとうごぜえやす。オラたちはここの漁師でミックリー、シュモーク、ジンべーと申しやす。」

助けられた漁師の三人は一行を宿屋まで案内した。最近増えたマーフォークの被害でジャスコゥの村は寂れたまま。あらくれ漁師も怯えて酒を飲む日々だという。

「楽しみは、最近あんたがたみたいにやって来たべっぴんの姉妹の占い師に会いに行くくらいかなあ」

「助けてもらったのに本当にすまんですが、みんな貧乏で村長さんでも雇えるかどうか・・・」

「あ、宿屋も自前でお願ぇしますだ」



 潮の香りもきつい、古い宿屋で。

「とりあえず、食費を稼がなければ、民も我が身も救えませんですな」

ギャリソンは宿代を払い、淡々とお茶の準備をする。

「…皆さん、ごめんなさいね。賞金稼ぎのお仕事で実入りがもう少し、あればよいのだけれど」

フロリーナ姫は申し訳なさげに言った。

「姫は金策などお考えにならなくとも。あ・私、地主のお屋敷の経理の請負業を引き受けて参りました。ここ3年の出納をちょっと計算してみましたところ、いたく仕事ぶりを気に入って頂きまして。では、失礼致します」

恭しく礼をし、執事は外出した。

「わたしとラッキーは街頭で手品の興行に行ってきまーす!」

「あ、オイラ野暮用が…いでででで!」

マリアがラッキーの耳をつかんで出て行った。

「わたしはぁ、お医者様と教会のお手伝いに〜。」

ルーシーもゆっくりと外へ向かった。


 フロリーナは少しだけ目頭を押さえた。実際、魔族に城を追い立てられるまでは帝王学や学問、礼儀作法と身を守る程度の武術を学んでいただけのハイソな身分である。実生活では役立つ事のほうが少ない。だが、女王としての威厳や立場を守らせるため、ギャリソンは彼女には戦闘以外では包丁1本さえ持たせなかったのだ。

「――ありがとう、皆さん。」

宿には姫とイビキをかく鎧、そして紅茶のポットが残った。 


4.


 ジャスコゥの街角で。

「もー! ラッキーのバカ! 役立たず! すかぽんたーん!」

「おっかしーな、うけると思ったのに」

自在に黒猫を出し入れする『手品』…実際は召喚術なのだが…を見せて好評を得ていたマリアは、結局お代も取れずに逃げ出すことになった。ラッキーがご婦人がたのヒップをなでただけで下着を抜き出す『手品』を披露してしまったのである。


「犯罪だっつうの、そういうの!」

ばらばらに逃げる二人。路地裏に飛び込んだラッキーはいきなり人とぶつかった。

どっしん!

「あたたた。ばっきゃろどこに目つけてんだ! …あ?」

「す、すいません。ぼおっとしていたもので」

そこには若く美しい村の娘がいた。黒のショートカットに青白い肌、海色の大きな瞳。身なりはお世辞にも裕福なそれとは言い難い。

「! 大丈夫? ケガはない? オイララッキー。なんだぁ美人ちゃんだって言ってくれればー。家まで送るよいいだろ?」

そしていきなり真顔でくどく。

「うふふ、面白いひと。わたし、メロディ。体は大丈夫だけど、こちらこそお詫びしなくちゃ。よければ家まで寄ってください。姉がいますけど。」

「ええっ、いいの? ラッキーー!! ところでお姉さんも、美人?」


 夜。ギャリソン達が戻ると打ち身、切り傷だらけの姫がいた。

「どうされました!?」

さすがのギャリソンも狼狽気味である。

「あ、あの、1人で留守番してるだけでも、と思いまして…少し家事を、してみようかと」

見れば部屋は荒れ放題、キッチンも散らかりっぱなしである。

「姫、どうぞお気になさらずおくつろぎくだされ。」

しょんぼりしているフロリーナを、ギャリソンは慰めた。


 その後、でれでれにとろけたラッキーが帰宅した。フロリーナのお説教も馬耳東風、である。

「いやー、美人の姉妹で、占いも出来る、巷じゃ渚の可能姉妹って呼ばれてるらしいっすよ。お姉様のゴーザさんもむっちむちでべっぴんだけど、妹のメロディちゃんも清楚で可愛いんだよなあ。でへへへ」

「ふむ、ラッキーに優しくするとはよほどの人格者なのですかな。私めも姫と我が国のことをみてもらいますか」

フロリーナは憮然とした顔で男ふたりの会話に水をさした。

「どうせ騙されてお金を搾り取られるのが関の山ですわ、ふん」

「あれ、姫、妬いてるんですかぁ? 困ったなーオイラもてもてで♪」

「・・・・・・(ぶち)」

どかーん! 夜中に大きな流れ星が地上から天に上った。


 翌日。

「あ、わ、わたくし、包丁より斧のほうが上手に使えると思いまして…」

魔鎧を着込んだ姫が消え入りそうな声で弁解した。野菜とキッチンがみじん切りになっていた。

(修繕費を稼がねば、ここを出ることも出来ませんぞ)

ギャリソンの耳打ちに神妙になるマリア、ルーシーであった。

「ぎひひ〜、オレ様も手伝ったんだがな、やっぱ姫さんはお姫様だわ」

つつつ、とルーシーが姫の胸元に近づき、ささやく。

「セバスちゃん〜、ふざけた真似をするとぉ、継ぎ目に聖水を流し込んで、十字架をぶち込みますよ〜」

「ぎ! …ゴメンナサイ」


5.


 翌日も、その翌日もマーフォークは現れず、一行は日々の糧を得るのに奔走していた。

「はい、つぎのかた〜。」

医療所で。ルーシーは村の医者の治療の手伝いをしていた。

「あんれ、この前のお嬢ちゃんでねえか?」

現れたのはいかつい顔の漁師、ミックリーである。マーフォークに付けられた傷の治療を受けに来ていたのだ。

「こんなにちっちゃいのに、偉いなあ。御主人もおなごさんだけど、魔物が恐くはないんだか?」

ルーシーは朗らかに応えた。

「お嬢様はご家族の皆さんが魔物に襲われた時、何も出来なかったことをすご〜く後悔してるんです。ですから、こわい武器と鎧をつけて、こんな思いをする人達が少しでも減るようにと頑張ってるんです〜。私は記憶をなくして、マリアちゃんも師匠とはぐれて、困ったところをお嬢様に助けていただきました。だからどんなに大変でも、みんなで一緒なら大丈夫なんです〜。」

「・・・・・・。」


 診療所を出て、教会へ行ったルーシーをミックリーは見ていた。何時の間にかシュモークとジンベーもいる。

「ぐす、ええ子たちだなあ」

「なんだお前ら、聞いてたのか? んだな…村民会議をするぞ。」

「なんで?」

「たわけたこと、ぬかすでねぇ! あの子たちを助けるんだ!」


 ラッキーは毎日姫やマリヤにどやされながらもふらふらと占い師のテントに向かった。メロディは歌もうまく、ラッキーのどんな下世話な話も喜んで聞いた。

「メロディとラッキー、名前も似た感じ。私達お似合いかもしれませんね。」

「でしょでしょー。やっぱメロディちゃんみたいな子がいいなあ。オイラの主人なんて気が強くってお高くとまって、すぐ暴力ふるうしな。ホントにここに住んじゃおーかなー」

「…でも、ラッキーさんっていつもそのご主人のお話ばかりですね」

「ん、そう?」

その時、艶のある声が隣の部屋から聞こえた。

「なら、あなたもここで働きなさいな」

長い黒髪をくゆらせ、やって来たのは…占い師であり姉であるゴーザある。

「美しいお姉様、またお邪魔してます!」

妹と違い胸の大きく開いた華やかなドレス姿。

「一緒に占いの店をやらない? 妹も喜ぶわ。ねえ、メロディ」

「…はい。」

少しだけ顔を伏せてメロディが応じる。

「い・い・いーんですかー!?」

ラッキー、この世の本当の春をむかえたように聞き直した。

「ええ、その代わり…」

 占い師の目が、妖しく金色に光った。


6.


「わーん、助けてラッキー!」

ゴーザの口車に乗せられ、人気の無い場所にマリアを連れ出したラッキー。二人は簡単にマーフォークに囚われてしまった。

「ギヒャヒャ、やっとオレ様の出番かよ?」

駆けつけるフロリーナたち。様子がおかしいラッキーをギャリソンが察し、魔鎧をすでに着せている。

「どういうつもりだよお姉様! あんたマーフォークの仲間か? まさか、メロディちゃんも…」

メロディは顔を伏せたまま。ゴーザは冷笑した。

「当たり前さぁ。お前達クズどもは私が力をつける為の、エサそのものなんだよ。村人も、お前も、このメロディもね!」

黒髪が波打ち、蛇のように鎌首を上げた。所々に金に光る目らしいものが見える。彼女の正体は高い知能を持ち魔法も操る魔族、ゴーゴンであった。金の目からの光でみるみる石化する一行。

「ラッキー、本能のままに生きたいなら協力するんだねぇ。メロディとつがいで飼ってもいいわ。はっはははぁ!」

 高笑いする妖女ゴーゴン。狂戦姫、絶体絶命!


7.


 フロリーナは驚きを隠せない。

「そんな…嘘ですわ。なぜゴーゴンが?」

 石化より、彼女を驚かせたのはその"高階級魔族の存在"である。


――人界と魔界、侵攻が終わったのは初代女王と魔鎧の活躍が大きいが、恒久的な不可侵条約が取り決められたのは天界の関与があったからである。

時の天使長ティアと魔王ゼルは階級の高い魔族の地上への往来を禁じた。それを破れば天界との対峙、つまりハルマゲドンとなる。さすがにリスクが大きい為、魔界の反乱分子も条約を飲むしかなったのである。


「あら、私は人間さ。古代魔術で魔界の力を吸収し、変身しただけのねぇ。」

しゅうしゅうと唸り、先の割れた舌をくねらせてゴーザ=ゴーゴンが言った。

「驚きましたな。変身の魔術は聞いたことがありますが、高位転生など禁断のまた禁断。」

ギャリソンもほぼ固まったまま感心した。石化しても違和感がない立ち姿だ。

「村の馬鹿どもは明日が大漁、しかも魚人の来ない日って占いを信じている。そこをマーフォークどもが漁をするわけ。魚人に貢いで魔力をわけてもらう話はついてるのさ。高級魔族へ転生するためにね! あんたら邪魔な存在には消えてもらうよ。しゃあっ」

「マーフォークが大人しい、と思ったら、あなたが操っていたんですね?」

哄笑するゴーザ。

「助けが来るなんて期待しないことだね。漁師のやつらは骨抜きさあ、今日は家で皆ガタガタ震えてるだろうさ。」

捉えられたラッキーはメロディに向かい叫んだ。

「メロディちゃん、君もあのゴーゴンと一緒なのかぁ? メデューサだったり…いや、それより君もオイラをだましてたのかよ!」

「…許して。ゴーザ様にはさからえないわ。私の仲間もマーフォークに狙われているの」

彼女はうつむいたままだ。

「…そっかあ。わかったよ、んじゃオイラもゴーザ様の部下になるわ。魚のオッサン、手を緩めてよ」

簡単に仲間を見捨てるそぶりのラッキー。フロリーナは悲壮な顔で拘束を解かれるラッキーを見た。だが。


ひゅん。


「ギョ?」

気が付くとラッキーは忽然と消え、マリアも上着だけで中身はなかった。

「メロディちゃん、ごめん。オイラ、自由に生きたいけど、自分で決めた自由じゃなきゃダメなんだ。それに他人を見殺しにしてもカッコワルイし」

遠く離れた場所で、ラッキーは下着姿のマリアを奪還していた。こういった手品…縄抜け、抜け駆け、コソドロ、はなんでも来いのラッキーである。

「ふわ! ラッキーのばかばかエッチ〜! …でもサンキュー」

石化しかけた姫、ルーシー、ギャリソンの前にキャミソールとかぼちゃパンツ姿のマリアは立ちはだかった。石化は途端に解消し、パラパラと砂がかかっただけになる。

――彼女の能力、敵対する魔力のレベルダウン、アンチマジックが発動したのだ。


「マリア、ラッキー、大儀でした。よくも、やってくれましたわね。覚悟なさい、魔に魂を売った者よ!」

ぎん! 青く澄んだ瞳が正義の怒りに燃える。バーサーカープリンセスの逆襲が始まった。


8.


 魔鎧から瘴気が発せられる。

「どぉおおりゃああぁ!」

巨大な斧が舞い、鉄拳が唸り、炎が撒き散らかされた。


ズシャ! グォ! ぶわっ!!

「ギョギョギョギョ〜!」

身近な魚人が刺し身になり、タタキになり、焼き魚となった。さらなる追撃をしかけようとした時。

「おおい、おらたちも加勢するだあ。」

遠くからジンベーの声が。ミックリー・シュモークたち三人の漁師を筆頭に村人たちが大勢やってきたのだ。

「え? い、いやあ〜〜っ!」

へなへなへな。善意ある人々の行動に、フロリーナは身がすくみ動けなくなった。

彼女のトラウマである。魔鎧セバスチャンは善良な人々には見えない『真逆の裸の王様現象』を起こす。近くには浅瀬の海、隠れる場所すらない。


「うん、どうしたんだい? 急に動かなくなってさ。まあいい、マーフォークよ、やっておしまい!」

ゴーゴンが命令する。魚人族が襲いかかってきた。

「くそ、一難さってまた一難か! こんなんだったら姫の入浴も覗いておきゃ良かった…」

ぽく。

軽くギャリソンの制裁が入り、ラッキーは気絶した。

「ふむ、入浴か…そうですな、湯気を作れば。おおいセバス、海辺で火を吹きなされ」

ギャリソンの声に魔鎧が応える。

「ぎひひひ、了解。姫さんよ、オレ様を海に向けな」

ブォオオオオッ! 蒸気が辺り一面を覆う。うっすらと影が見える程度の白い霧。姫も理解し、涙をぬぐい立ち上がった。

「あ、ありがとう、じい。行きますわよ、今度は容赦しません!」


9.


「ジャスコゥの皆さ〜ん、フレア様ぁ、こわ〜い状態になりますので近寄らないほうがいいですよ〜」

ルーシーが声をかける。蒸気でまわりも見えない漁師たちは躊躇し立ち止まった。

「んでも、お嬢さん一人じゃ…」

「ほーっほっほっほっほ! こんな腐れ魚や外道の魔女なんて、わたくし一人で充分。その勇気、明日からの自らの漁と戦いにお使いなさい!」

口調が変わった狂戦姫にギョッとして漁民は引き下がることにした。

「わかったあ、おらたちは明日の漁の準備だ。おらたちの戦いの!」

「お嬢さんたちー、負けねえでくんろ」

「死なねえでくんろー!」

漁師たちの声にフロリーナは通る声でええ、とだけ返した。


「はん、やせ我慢していいのかい?」

ゴーゴンが皮肉混じりに問う。

「あの方達からは信頼と勇気を分けていただきました。これ以上何が必要でしょう!」

ルーシーが祈り、マリアがありったけのアンチマジックをかける。魔鎧が吼え、ギャリソンはのびたラッキーを引きずり安全圏へ向かう。

「人を信じず、欺き傷つけるあなたは、魔術など使わなくても人外の魔物に成り果てたのですわ。いざ、浄化を!!」

「…つくづく気に入らない娘だねえ。魚人ども、八つ裂きにしな!」

ざぶんっ。

フロリーナは海中に飛び込み、急激に水温を上昇させる。煮魚になるのを免れたマーフォークの残党はたまらず海上へ飛び出した。

「逃がしませんことよ!」

「ぎひゃひゃひゃ、いい感じだぜえ」

ぶんっ、ぶんぶんっ、斧を振り回す。

「うおおおおおおおっ、トマホーク・ブーメラン!!」

ギュララララララララララッ! 大回転し、振り投げた巨斧は弧を描き飛ぶ。

「ギョ〜〜〜〜」

ズガガガガッッ! 逃げ出したマーフォークを切断し、ゴーゴンの手前で反転、残りをさらに切り刻んだ。見事な三枚下ろしである。

「く、しょうがないね。まだ魔力が足りない。撤退だ。」

睨み殺しかねない憤怒の形相で、蛇の魔女は闇に消えていった。 


10.


 戦いすんで。

「メロディちゃーん、ゴーゴンは逃げちゃったよ。もう自由の身だよーん。どこだー…」

ラッキーは残された彼女を探した。しかし、そこにいたのは…

「い?」

ぴちぴちと尾鰭が浅瀬をたたく。浜辺に倒れていたのは、蒼く輝く鱗に包まれた下肢をもつマーメイド(人魚)であった。

「キ? チチチチ、キュウゥ。」

しかしながら階級は低い種族なのだろう、人魚姫は人語を解することも発することも出来なくなっていた。

「え、え、えええー!?」

ラッキーにキスをすると、人魚は海に帰っていった。


「――おそらくあの魔女が人化の魔術をかけ、操っていたのでしょう。恐るべき奴ですな」

「本当に。ゴーゴンも"黒い牙"だったのかしら。だとすれば奴らの狙いは…」

「人界の支配…まさか、三界の支配では?」

ギャリソンと姫が深刻な話をしているとき。

「ああ、メロディちゃん、下半身が魚だなんてー!」

はらほろひれはれ。傷心のラッキーは別の次元の苦悩に身を焼いていた。


「しかたがないですわ。マーメイドは単体生殖と聞きますし、種族が違いますもの、ね」

フロリーナが慰めようと近寄った。

「ぐずぐず、姫ぇ〜…え?」

「?」

ラッキーが目をこする。目の前には鎧姿のフロリーナがいる、はずである。ところが。

「え、え、え”!」

みるみる鎧が透けだし、姫は一糸まとわぬ姿となった。


「き・き・きゃああぁー!」

皿のような目に鼻血を滝のように噴出したラッキーに、姫は全てを理解した。


11.


「一瞬ですが、お肌を見てしまったようです。姫を裏切らずマリアを助け、良い人になりましたからな。神様からの御褒美だったのでしょう。ま、すぐ見えなくなったようですが」

ギャリソンが淡々と言う。

「姫様ぁ、かわいそうです〜」

「わたしもナイスバディを見られちゃったけど、ま・いーんでないかい。キャハ」

ルーシーとマリアが治療の用意をする。無論、これから瀕死の目にあうカバン持ちのためだ。

「今見たことを忘れなさい! 忘れて死ぬか、死んで忘れてしまいなさーい!」

ぼかぼか、がすごき。泣きながらラッキーを殴るフロリーナ。

「いやだー! 死んでも忘れるもんかー! 女体の神秘やー!」


 海からは微かに歌声が聞こえる。夕闇の迫るジャスコゥの浜辺に、なかよく喧嘩する二人がいた。


「びええぇーん!」



                                  ・・・おしまい。


「ハッ!? ゆ、夢か…イタタ? ねえ姫、オイラの頭にすっごいデカイこぶがあるんですよ」

「・・・あら、そう?」

「でね、メロディちゃんが人魚になって消えたあたりから、どうも記憶があいまいで」

「ど、どうしてかしら」

「すんげえショックなのに、そのあと超ラッキーな何かが・・あったような・・・」

「気のせいですわ! あ、む、村にあなたのことを素敵な殿方と言っていた女性がいましたわよ」

「なんだって! ラッキー!」

「・・・行きましたわね。あんなケダモノでも、真人間になれることもあるのですね。これからは更に厳しく躾けて、完璧に更正させなくては!」


ちゃんちゃん♪

(読んでいただき、ありがとうございました^^)

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