第二話 青の魔道士
1.
辺境の町ベイシァ。周りを森の木々に囲まれた緑豊かな土地。穏やかな気候で住まう人々も実直で穏やかであった。
…魔族のゴブリンが襲って来るまでは。
「ひ〜〜、姫、早く鎧に着替えて下さいよお」
ゴブリンは醜悪な形相、背丈は高くはないものの筋骨隆々として肌は灰緑食、知能は低いが獰猛残忍の悪鬼である。町に辿り着く手前でフロリーナ一行はそのゴブリンの群れと、からみつく白い霧と格闘していた。伝説の魔鎧を身に纏い、魔族を討つバーサーカープリンセスも、鎧がなければ気丈な17〜18才の乙女である。花も恥じらう乙女だが、従者の痩せぎす男、ラッキーにだけは態度が違った。
「お黙りさい下郎! お前が着替えを覗こうとするから先手を取られたの!」
豪奢な金髪を揺らし、短剣で魔物と対峙する姫。劣勢である。
「そんな、オイラはただ姫を暖かく見守ろうとしただけですよぉ」
臆面もなく話すラッキー。
「ゴブゴブ〜!」
灰緑の鬼、ゴブリンは鋭い爪や石器を振り回し襲い掛かる。
「え〜い」
「おりゃー! ゴブリンなんかあっち行けー」
お供の二人の少女、シスターのルーシーは聖水を捲き魔法使いのマリアは微弱な攻撃魔法で応戦する。だがそれも限界か。
その時。
ごおっ!
「ぐぎゃあ」
「ゴブブッ!」
突風が巻き起こり、ゴブリンたちは皆もんどりうって倒れた。
「旅のひとたち、大丈夫かい?」
霧を吹き飛ばし、目の前に大きな門とそれに続く壁が現れた。どうやらベイシァの入口に着いたようだ。そして、そこにいたのは一人の男であった。黒い長髪に端正な顔、青い魔道士の衣装にいかにもな装飾。
「あ、あ…あなたは?」
フロリーナは顔を紅潮させて言った。
「僕はセフィロス。町の皆は青の魔道士とか、勇者とか呼んでるけどね」
「セフィロス…さま…」
フロリーナ姫の青い瞳は彼しか見ていなかった。
「やあ、美しいひと。名前を聞いてもいいかい?」
「あ、フ…フレアと申します。」
頬を染めうつむくフロリーナ。世を忍ぶ仮の名を言うのがやっとであった。
2.
「ようございましたな。頼もしい正義の味方がおりまして。」
いつもの通りたんたんとお茶の用意をしつつ、ギャリソンが言う。皆がゴブリンから逃げ回っていた時、こっそり門に辿り着き、応援を頼んでいたのだ。
「ふん、なにが青のマゾウシでえ、気障でいけすかねぇヤツ。な〜にが『君、剣の扱いが上手だね。僕と一緒に戦わないか?』…だ!」
ラッキーはすねっぱなしである。
「セフィロスさんが頑張っても、何人かはいつもゴブリンたちにさらわれちゃうんだって。町のひと、みんな諦めているみたい。」
マリアが言う。
「皆さん、ご自分たちで抵抗しよう、とは思わないんですね〜。は〜」
ルーシーがため息をつく。
「まずはお茶でございます」
ギャリソンは変わらなかった。
「へっへっへー。今夜の姫のお姿は、と?」
ラッキーの日課である、就寝前の姫の寝姿の確認。今日は町の人の善意で宿に泊まった一行だが、彼には関係ない。姫の部屋の前まで忍び入る。今夜はまだ起きている様子。しかも爺や付きだ。
「姫、少しラッキーに冷たすぎるのではないですかな?」
「だって…あのケダモノがいつもわたくしの気を病ませるのに…」
「品行方正ではありませんが、あの男も無償で姫の手伝いをしておるのです。民に平等に接せよ、王様もよく仰っていたかと。
それとセフィロス殿がゴブリン撃退を姫には任せず、いつも通り御自分で、言っておられます」
フロリーナがため息をつく。
「下郎に比べて、なんて凛々しいのかしら…。昔、おつき合いしていた隣国…マルエッツの王子そっくりなの、あのかた…」
「存じております」
「町の人々は守りますわ。わたくしの使命ですもの。でも…セフィロス様みたいな殿方がいらっしゃるなら、わたくしもう戦いません。…あのような素敵なかたに魔鎧で戦う姿を見られたら、もう、立ち直れないかもしれません…。」
「姫…」
ギャリソンとの会話の様子を、ラッキーは陰で見守っていた。
3.
翌朝、門の前にフロリーナはいた。魔鎧と、それを覆うマント姿で。
「け、わかってんだろう姫さん。オレ様が他の衣類と一緒じゃ力も出せねえのをよ。」
もの言う魔鎧が毒づいた。霧は晴れない。
「・・・」
「まぁ、普通の鎧くらいの役にはたつかもな。それじゃあ重くて自由に動くことも出来ねぇか。ぎひひひ。」
霧に紛れてゴブリンが襲ってくる。
「ゴ〜ブゴブ!」
外套を被った鎧は重く、大斧を持とうとするがびくともしない。
「くっ」
仕方なく短剣を抜くフロリーナ。絶望的な状況の中、死闘が開始されようとしていた。
20匹はいるだろうか。霧からぬっと現れる異形たち。小柄だがいかつい体格に灰緑の体色、悪鬼の形相。まだまだ隠れているやもしれぬ。
「ゴブゴブー、今夜は鎧の女一人だゴブ。」
ゴブリンの群れが声をあげた。
「さっきもう一人、森にいたガキも連れてきたゴブ」
「"あいつ"、最近エサをあまり差し出さないゴブ」
「構わないから門を破って、たっぷり喰おうゴブ〜!」
どこかに少女が捕らえられているらしい。それでなくとも動くのも精一杯の状態で、フロリーナは闘っていた。短剣も防戦に使える程度。
ガスッ!
石斧が鎧をかすめる。すぐに門まで追い詰められた。
(くう、このままでは…あら、壁の向こうに、誰か…)
外敵を防ぐ分厚い門だが、耳を近づければ中の声が聞こえる。
「そこをどきたまえ」
涼やかな声。
「へ、へへ。姫…フレアお嬢様は、ひとりで戦うってよぉ」
息切れした素っ頓狂な声。
(セフィロス様? ラッキー?)
「いいか、僕はフレアさんを助けようというんだ。なぜお前みたいなクズがそれを邪魔するのさ?」
冷たい言葉の合間に、風ともののぶつかる音。
「うぎゃ! ずっげぇ、痛ぐねえっ!!」
(ラッキー、あなた私の姿を見させないため? !私の誇りを、守るため…?)
「しぶといゴミ虫だな。僕は邪魔をされるのが一番嫌いなんだよ!」
「へ、へへ、ちっちゃい虫にもちっちゃい魂、ってな。東方のえらい先生が言ってた、ってギャリソンが言ってたぜ。うぎゃ!」
ビュオ!
鋭い風が切り裂く音。青の魔道士が得意とするのは風と木を使った魔法と聞く。
「・・・・」
マントを、震える手で掴む。姫は澄んだ青い眼を正面のゴブリン軍団に向けた。
「――わかっています。ゴブリンは倒しますわ。わたくしの使命ですもの。正義のため、…ラッキーの忠義に報いるため!」
フロリーナは外套をばっ、と脱ぎ捨てた。ゆっくりと大斧を手に取り、掌でブンっと回転させる。そうして、華麗に死のダンスを舞い始めた。
「ぎゃははは、そうこなくっちゃなあ姫さん。」
やっと魔鎧も声をあげた。
4.
ズバザバザバズバッ!
「ゴブ」「ゴブっ」「ゴブ〜っ」
大斧を振り回し、ゴブリンをなぎ倒して行くフロリーナ。
「きりがないですわ。―――よろしいかしら、火の鳥の舞。」
「ぎひひ、一体になってるなら言葉はいらねえだろ? それともマリアが名付けた、セバスちゃんって呼んでくれるかい?」
「ものに名前など! …ふん、行きましてよ、セバスチャン。」
「あいよ♪」
甲冑が一瞬緩んだかと思うと、姫の豊かな金髪が中に収められた。継ぎ目の部分も鎖帷子で覆われ、目の部分さえ閉じられる。魔鎧の胸元の口がぱっくりと開き、澱んだ何か…瘴気のようなものが出てきた。
『う・ぅお・おおおおーっ!』
短剣を甲冑でこすり、火花が散ったかと思うと、姫の体は炎に包まれた。そのままゴブリンの群れに突入する。
ごおおぉっ!
群れの中心で爆発が起こった。魔族の残党は文字どおり、四散した。
5.
「姫さま〜、いました〜。ベッキーちゃんです〜」
マリアとルーシーがまだあどけない少女を連れてきた。
そして。
「いやあ、残念だなあ。僕もゴブリン退治のお手伝い、したかったのになあ」
ラッキーを振り切り、セフィロスも現れた。
「! セ、フィロス…様…」
「あ、ありがとうお姉ちゃん。助かり、ま…」
魔道士と少女、二人が並ぶ。礼は述べながらも、その対応は違った。もじもじとし、奇異の目でフロリーを眺めているベッキー。
「お、お願い、見ないで…」
フロリーナは後ろを向き、震えていた。
セフィロスが諌める。
「こら、そんなに不躾に眺めるものじゃない」
「だって、お姉ちゃんのかっこ、へんなんだもん」
「そりゃあ、怖い鎧を着てるからだよ。何が変なものか、悪い子だ!」
フロリーナの顔が強ばる。
「こわい、よろい…? 鎧が、見える…?」
セフィロスが少女を殴りつけようとした、その時。
ドガス!
「へげべし!」
魔道士は大斧の柄で殴られ、奇声を上げながら軽く5メートルほど吹ッとんだ。
「あ〜、やっちゃった」
マリアとルーシーがやれやれ、といった顔をする。
「なにするんだ、姫!」
遅れて現れたラッキーが驚いて叫ぶ。いくら酷い扱いを受けても、彼は町の保護者であり、英雄である。だが、姫は。
「やはり…。私の本当の姿が見えないそこの下種が、何をしていたかくらい見当がつきましてよ。わたくしの下僕や、ましてや弱きものに手をかけるなど、もってのほかですわ!」
冷たく言い放った。
−伝説の魔鎧は心の清き者には見えない呪いがかけられている。そのため清らかな心、純粋な瞳の前ではフロリーナは「裸の王女」となってしまうのだ。−
「ぐ…僕の、顔を」
よろよろとセフィロスは顔を押さえ立ち上がる。勢いで破れた上着から細い腕が見えている。そこには…黒い牙のタトゥーが彫られていた。
マリアが気づく。
「これ、この前のオークと一緒にいた魔法使いも同じのが描いてあったよ! この人、悪い魔法使いの仲間だ!」
6.
「まさか…」
「どうもそのようですな。」
執事のギャリソンが門を開け現れた。
「じい、どこへ行ってらしたの?」
フロリーナが問う。
「少し町で調べ物を。こやつ、人の良い振りをして孤児を集め、それをあのゴブリン共に差し出していたようです。失礼して魔道士の塔にも入りました。」
ギャリソンが証文を持ってきた。魔法の文字にゴブリンらしき手形も見える。
「それじゃあ〜、いつも犠牲者が減らなかったのはぁ…」
「この男が守り切れなかった、じゃなくって、逆に差し出してた。ガビーン!」
ルーシーとマリアは顔を見合わせる。
「どうやら悪辣な魔道士たちが、程度の低い魔族を使って延命と搾取をしていたようですな」
そこまで聞いてラッキーが青ざめる。
「そ、それじゃあ、こいつぁ実はトンでもない悪党、ってことか?」
皆、深刻な顔で頷く。気丈にしている姫も、実は一番傷ついていることだろう。
「ひでぇ!」
ラッキーは泣きながら叫んだ。
「オイラが姫の裸を見せねえようにがんばったのに、その必要がなかったなんて〜!」
・・・
はろほろひれはれである。
「くくく、ばれてしまっては仕方がない。いいかいお嬢さん、世の中持ちつ持たれつなんだ。ゴブリンにも分け前さえ与えれば結構言うことを聞くもんなんだよ。それに僕みたいに才能がある者がいい思いをする、当然じゃあないか?」
ギリギリと歯を食いしばるフロリーナ。
「わたくしが愚かでした。こんな、こんな最低の男をお慕いしていた殿方と重ねていたなんて!」
「何とでも言え。ここで君達は死ぬんだ」
青の魔道士の周りを風が吹く。魔法をかけるセフィロス。強風を起こし、木々を竜のように動かす。そこへ割って入ったのは…
「じゃじゃーん、ここはマリアちゃんの出番でーす!」
なんと魔法使いの見習い、マリアだ。
「皆、吹き飛べ、切り裂け、蔓に巻かれのたうつがいい!」
セフィロスの風魔法が襲い掛かる。マリアが叫ぶ。
「召喚!」
ぽんっと、呼応するように黒猫のナベシマが現れた。
「ん、にゃあ」
すると。
風はマリアたちの直前でそよ風に変わった。太い幹で出来た竜も、ひょろひょろの小枝細工に変わってしまった。
黒猫はにゃあ、と鳴いて木の枝にじゃれついた。
魔道士の起こした暴風やかまいたちも、マリアのスカートを揺らすだけである。
「いやーん、えっちぃ」
どうでもいいようなカボチャぱんつがチラっと見えて風は収まった。
「んな!?」
「あれはカミカゼノジュツといって、東方の絵師フジヒーコ=ホソノが…」
どこかを向きながらラッキーが怪しげなウンチクをたれる。
ぐしゃ、とラッキーの顔がジューシイな音を立てた。フロリーナは手の甲に着いた血を払って、青の魔道士に詰め寄った。
「な、なぜだぁ〜!」
マリアの十八番、アンチマジック…強制キャンセル技である。彼女の魔力は小さなものだが、何故か相手の魔力も同等に下げてしまうのだ。ガチンコのK‐1ルールはお遊戯へと変わった。
「ひいいいい〜〜っ」
身も蓋も無く逃げだすセフィロス。が、何者かが足をつかみ、盛大に転倒した。
「お前だけ逃げるなんて、ずるいゴブ〜〜ぅ」
生き残ったゴブリンである。交渉の相手だった魔道士の顔は覚えていたらしい。
「お覚悟なさい。わたくし、残酷でしてよ!」
姫は優雅にほほ笑み、そして、
「ほ、ほほ、ほほほほほ!」
バーサーカーモード…美しき狂戦姫へと変わった。
7.
戦い済んで。捕らわれた少女ベッキーは不思議そうな顔をしていたが、セフィロスの言動から善悪を見極めたらしく、納得して帰って行った。
「お姉ちゃん、ばいばい。お洋服を着てなかったの、内緒にしとくね」
引きつった笑みでフロリーナは見送った。
ようやく生きている「らしい」もと魔道士の固まりを、ドレス姿に戻った姫は証文とともに町の警備隊に引き渡した。
「貴方がたも人を守る覚悟はもう一度されたほうがよいですわね。人の罪は人に裁いていただきましょう。ただし、ゴブリンより重い罰を!」
町を出ると霧はすっかり晴れていた。いつものように歩み出す一行。
「ここも霧の町ベイシァ、と呼ばれることはなくなるでしょうな。」
「彼らが真剣に自治を考えてくれれば…」
「あの魔道士が作ったとは言え、霧が良いことも悪いこともうやむやにしてしまったのは確かですな。あの娘さんと、民の誠意を信じましょう」
不安の残るフロリーナをギャリソンが力づける。
「おてんとう様が見てたら、そう悪いことも出来ないってねー。きゃはは!」
「すべては〜、神の御心のままに〜」
マリアは明るく、ルーシーは相変わらずマイペース。そして――ぜぇぜぇ、と毎度のようにセバスちゃん入りのカバンを担ぎ、後から来るラッキー。
と、姫は立ち止まり、ラッキーを振り返った。しずしずと近寄り、
「今回は…助かりましたわ。あ、あ、ありがとうラッキー」
頬を染め、ぎごちなく言う。
「! ひ、姫…お、オイラの名を…か、感激っす〜!」
感涙するラッキー。ギャリソンも満足げだ。
「いつまでもわたくしのために、働いてくださいな」
忠誠のキスを許すべく手を差し出す。
「正直、わたくし貴方のこと、誤解…」
べろ。
「んも?」
べろべろ、べろ。出された手をラッキーは「舐めて」いた。
「ひっ、ひいいいいいいいいぃ〜っ!」
フロリーナは総毛立ってラッキーを振り回した。カバンを開け、そして素手では持てないはずの大斧を…
ぐぉば!
*
*
*
「おいたが過ぎましたな、お二人とも。」
フロリーナは答えない。私は悪くないもん、と顔に書いてある。
「姫さま〜、ラッキー、首のところの骨と太い血管がめちゃめちゃです〜」
「でも、すごく嬉しそう。きもいーっ!」
治癒の白魔法と、手当てを楽しそうにするルーシーとマリアであった。
・・・おしまい。
なんとか終わりました、ばさぷり第2話。拙い話を読んでいただき、まことにありがとうございました。続いてはオマケの出演者によるフリートークです。
「おいーっす! マリアだよっ、全員集合ー!!」
「皆さんお疲れ様でした〜。次回の『ばさぷり』は〜?」
「いや、どうもしばらく休みらしいぜ。作者、体力不足の知識不足、要するにネタ切れ。へへへ、お休みできてらっきぃー♪」
「…あなた、生きていらしたの?」
「えーそりゃもー。眠ってるとき死んだ婆ちゃんに会えてラッキーでした」
「・・・・・。」
「姫、東方の漁港にマーフォークが出たらしいですぞ。」
「西の湿地にゾンビが蔓延ってるらしいぜぇ、ぎひゃひゃひゃ」
「んにゃあ。」
「…うわーん!」
という訳で(^^;)、またお付き合い下さいまし。