風立ちぬ
「……貴様ら…」
悪神の遺体を抱きかかえる鎧を着た眷属が、俺たちの方を睨んだ。
「…まさか……このまま無事に帰られると思っているのか…?」
「…………まぁ…そうなるわな…」
俺は刀を構えた、さて、どうしようか。神の眷属なんて【オーバー】が使えない俺の手に負えない。
「………あッ……アっ……あーー…アー…」
「……ッ…!?」
突然、倒れている悪神が声を出した。何故…死んでいる筈……
「…おぉ……エラトマ様が…!」
「甦った……!」
「………………ウそ…ダろ…?」
悪神は、起き上がった。目には光が溢れており、肌にも艶が出ている。馬鹿な、ありえない、何故生きているんだ!?
「……な…ッ…」
「…“何故?…どうして生きているんだ!?”……って思ったでしょう?」
「………たしかに…【双殺】で……」
「うん、たしかに僕は君の【双殺】によって死亡した。それは紛れもない事実だ」
それでは何故…生きている!?……俺の脳内は混乱状態だった。
「……奇遇だね……君の使ってた…ソレ………僕と…お…そ…ろ…い!」
そう言って悪神は、俺の持つ[蘇ノ魔札]と全く同じものを取り出した。まさか、それを使っていたのか!?
「…どんなものか試したかったから使ってたケド……いいね…これ…!」
悪神は偶然、蘇ノ魔札を持っており、それを使っていた。偶然、ほんの偶然、悪神は蘇ノ魔札を持っていた。
「…そんな……」
「………運ってのはさぁ…僕に味方してくれたようだネ!!」
「……クソ…!」
ここまで来て、蛇の命を無駄にしただけ、だとはな。クソ…蛇に顔向けできねぇぜ……
「…ねぇ……」
「……ッ!!」
瞬きした瞬間、悪神は目の前にはいなかった。まさか、まさか!?
「………ミノル…これ…」
「……桜郎…ッ!!」
悪神は、桜郎の背後にいた。そして、桜郎の胴体には、悪神の腕が貫通していた。
「……還してもらうネ」
「…桜郎!!」
腕を引き抜くと、桜郎の胸には黒い穴が空いていた。まるで、あるべきものが、無くなったかのように。
「…ミ…ノ………ル……」
「桜郎!…そんな…おい……嘘だろ…!?」
蛇と桜郎は、俺の前からいなくなってしまった。
「神の力…確かに還してもらったヨ!」
いつもそうだ。戦いってのは、死んでは駄目な奴が死んで、俺みたいな死んでも良い奴が生き残る。
「……手に…戻したのですね…!」
「…おお……エラトマ様の身体が……光に包まれて…!」
死んでは駄目な奴が死ぬのは、全て俺のせいだ、俺が弱いせいだ。だが、そんな嘆きよりも、大事な人を奪った奴に対する底知れぬ怒りが俺の感情を支配した。俺の仲間を、友達を奪いやがって、今すぐにお前をぶっ殺してやる!!
だが、無情にも、俺の身体は神の力を取り戻した悪神を前にして動けなかった。身体中の震えが止まらない。
「…エラトマ様……この人間は…」
「どうしようか…」
俺が震えているこの間にも、王達は悪神の放った神獣を倒している。国の兵士が、自らの何億倍も強い神獣を討伐しようとしている。
「……処理しておきましょうか…」
「うーん……ミノルがもっと苦しむ姿を見てみたいなぁ……」
兵士や王が戦っているというのに…俺は一体何をしているんだ?……ビビって震えているだけか…?……そんなの駄目だろ……ここで俺が悪神を斬らねば……!!
「………試しに脳内に桜郎君とか…蛇とかいう子が苦しむ映像でも流し込んでみようかな…」
動け…動け……俺の身体……王達…そして兵士達…そしてこの世界の人々は……俺達の帰りを……悪神を倒したという報告を…待ってる……だからこそ…ここで俺が立ち上がらなければ……誰が立ち上がるというんだ……!!
“…死ぬなよ”
“頑張ってねー”
“…………………必ず帰ってこい”
“良い知らせを待っている”
その時、様々な記憶が流れ込んできた。すると、途中に一際強く流れ込んできた記憶があった。
“………もし…負けそうになっても………決して…諦めるな…”
“…何故だ?”
“……極限状態に陥った人間を突き動かすのは…闘争心だと…いつの時代も決まっている…”
「……アレ?」
悪神の手首がボトリと音を立てて落ちた。俺は全身から血を流しながら、立ち上がり、刀を振っていた。それと同時に、風が吹き始めた。
「…ミノル……もう動けないと思ってたけど…」
「………風立ちぬ…いざ生きめやも……」
「……!………なるほどね……君は…ソレを持つ器だったのね…」
俺のパラメータを見ると【Sign of Over】そんな名前の魔法?が、俺の身体に自動的に付与されていた。




