伝説の空白部分で一体何が起こったか
人魔戦争の起こる数年前に、悪神の血と魂を持つ赤子が発見された、王達はその赤子の事を[モイラの落とし子]と呼んで育てた。
人魔戦争から数年後、赤子が王達の手に渡った事を知った悪神は赤子を取り返そうと異世界へ渡った。これはそんなモイラの落とし子とエラトマの物語である。
「…お前が悪神の手に渡ると厄介な事になる」
「…………私の身が悪神の力の源…だからか」
「ああ」
悪神は赤子である桜郎を手にして世界に審判を下すという企みをしていた。
「……理由は知らないが…世界を滅亡させるにはフルパワーでなければならない…」
「だから私を取り込もうとしているのか…」
「ああ、お前が悪神の手駒にならないと分かったからか取り込む事にしたらしい」
手駒を作ろうと自身の魂と血で作った桜郎が手駒にならない事を悟った悪神は桜郎を取り込み、魂と血、すなわち自身の半分の力を取り戻そうとした。
「……だが悪神は必ず討伐する」
王達の神殺し、それが実現する事はなかった。悪神は自身が王達に勝てるとは思っていなかったのだ、王達は皆、やろうと思えば上位の神程度なら平気で殺せるような者たちだったからだ。ましてやフルパワーを出せない今の状態では勝ち目はゼロだった。
「……王達は僕に近付いてきている…その中でもムサシとエミリア…特にあの二人はヤバいな…」
「どうするつもりですか?」
「………よし」
悪神討伐の前夜、王達の国を神獣が襲った。神獣とはその名の通り神の使徒、すなわち神と化した獣である。
「……めんどくさい事になったね」
「悪神め……」
王達は国を守る事を余儀なくされたのだった。しかし、桜郎を守るために悪神も倒さなければならない。1日に1匹の頻度で訪れる神獣、王達は大事な国と民を守るか、悪神討伐を達成するか天秤にかけていた。
「……僕達の目的は悪神討伐って決めてたけど…実際は元の世界へ戻る事だよね…真の目的は」
「…だな」
「…………ギルドを雇ってみない?…神獣はともかく…悪神はギルドでも勝てる程弱体化してるでしょ」
神を倒せる王達だからこそ、神獣を倒せる。その王達が国から出れば、神獣を止められる者はいなくなる。そう考えた王達はギルドを雇う事にした、自分達が神獣を食い止めている間に、悪神をギルドが倒すという作戦を考えついたのだ。
……
「……という事で…この中から一人…悪神討伐を引き受けてくれる者は挙手してくれ」
ギルドに来たスカーレットはこれまでの経緯を話した。
「…俺たちが神獣を食い止める事はできないのか?……スキル持ちの」
「………ハッキリと言おう…お前たちでは神獣を倒せない…神獣を倒せるのは私達…王だけだ……だが悪神はかなり弱体化している…お前たちでも倒せる程にな」
すると、ギルドという傭兵派遣会社の社長的ポジションの小鳥遊がスカーレットに言った。
「それなら悪神退治は騎士とか……聖騎士に任せればいいのでは?」
「……悪神の近くには二人の護衛がいる…その護衛は神の使徒…神獣よりは下位だがな……だが…強さでは下位の神に引けを取らん…スキル持ちのお前たちで丁度いい相手だからだ」
「じゃあ、何故一人なんだ?」
「大勢で行けばその事を悪神に勘付かれる……逃げられるというのが最悪のパターンだからな」
悪神を倒せば異世界から元の世界へ戻れる、これは王達を異世界へ縛り付ける神の力の一つ、【魂縛】の解除が術者の死亡だからである。この神術は例外を除いて、解除する事はできない。
「……そもそもの話…そんな事を信じろというのか?」
「…なに?」
「悪神は俺たちを救ったんだぜ?……恩人を殺すわけにもいかないし…なにより…人を無償で助ける善人を殺すわけないだろ…いや…善神か」
「………なるほどな」
スカーレットは呆れた眼差しでギルドの人々を見ると、無言で出ていった。
「…面白い程分かってないな……アイツの事を………めでたい奴等だ」
すると、そんなスカーレットを後ろから呼ぶ声がした。それは手斧と剣を持つ青年だった。
「……引き受けるよ…それ」
「…なんだと?」
その青年の名は、田中 実。ギルドのトラベラーたちの中で唯一、スキルを持っていない高校生だった。
……
「……悪神…俺もアイツの事は前から……悪い奴だとは思っていた」
「へぇ……ほかのギルドの人々は恩人やら善人扱いしてたのに?」
「ああ、人を殺すような奴が善人なわけないからな」
田中は、転生時に見た事を話した。悪神が人を殺した瞬間に時が巻き戻った事を。
「……もう一人…それを見た奴がいたが…もうそいつはこの世にいない…」
王達は田中の話を真っ直ぐな眼差しで聞いていた、そして、田中は話し終えると王達に尋ねた。
「……悪神は…悪者なのか?……だとしたら…どうやってその事を知ったんだ…?」
「彼は稀に見る外道だね!…話せば長くなるけど……」
エミリアはハイテンションでそう答えた。
「…そして…知ったのは悪神によってここへ連れてこられた時だ……あの目を見たからな…あの目を見た瞬間に…私は…コイツは悪人だと悟った」
「……………俺もだ」
「僕も!」
「無論…余もだ…」
王達は全員そう答えた。
「…目……暗い目をしていたが……それだけで分かったのか…」
田中と王達、この出会いが後に伝説として語り継がれる事を当時は誰も知る由が無かった。だが、語られる伝説は始まりと終わりのみで、間を知る者は数人だけだった。これはその伝説の知られざる空白の部分である。




