暗闇の中へ
「…私に腕相撲で勝てば山の中へ入る事を許可しよう」
「隊長!?」
隊長は他の騎士を見て頷いた。
「……そんな事でいいのですか?」
「…余裕そうだな…自身があるのか?」
「はい」
十郎は頷いて隊長の手を握った。すると隊長の目付きが変わった。
『…持った瞬間に力量というものは分かるものだが……この子は…』
「……レディ…ゴー!!」
隊長と十郎の腕は動かない。しかし、隊長の顔は仁王みたいに険しくなっている。あの顔からして本気でやってるな……十郎は…
「……結構強いですね」
十郎は涼しい顔をして隊長を見ている。これだと力は殆ど入れてないだろうな……バケモノめ。
「…う…嘘だろ…!?」
「隊長が…」
『…う…動かん…ッ…この力は……昔やった…力自慢の聖騎士……いや…それ以上…!?』
「…これで…分かりましたか…?」
「…………ッ!」
十郎が隊長と手を離した。隊長は信じられないという表情で自身の腕を見ている。
「……分かった………許可しよう…」
「…ありがとうございます」
隊長は十郎を見て言った。周りの騎士はどよめいている。そりゃあそうか…
「…力自慢の隊長が…腕相撲で全く歯が立たなかった…だと!?」
「一見…少女にも見えるあの少年のどこに…そんな力が…」
「…何者だ…!?」
十郎は隊長に礼をしてスタスタと歩いていった。俺も「ありがとうございます!」と言って十郎についていった。
「……き…気を付けて……ください」
山の入り口に立っていた騎士は道を開けてくれた。俺たちは騎士に見送られ、山の中へ入っていった。
「…隊長…いいのですか…?」
『……あの力を持ってすれば…或いは…』
「………ああ…」
…
“もし…生存者がいたら連れ帰ってきてくれ…”
「……生存者いるかな…いたらいいな」
「………そうですね」
俺たちはモンスターがいると言われる山の中の洞窟の目の前に立っていた。
「…血の匂い…近くに負傷者または死者がいる可能性があります」
「生きてるといいが…」
俺たちは洞窟の中へ入っていった。中は暗く、前が見えない。しかし暗闇でも視界がハッキリと見える十郎はスタスタと進んでいく。
「ちょ、待てよ!」
「どうしました?」
「…俺……暗い所苦手だったろ…お化け屋敷でもやってたの今回もやってくれ…」
「……そうでしたね…すみません……それじゃあ今回もしましょうか…明かりに使えそうなものも無いですし…」
俺は暗闇が苦手だ。あの何が来るか分からない空間が、だが、それよりも…俺は孤児院時代のトラウマがあるからだ。
夜の暗闇が周辺を包んだ時によく悲鳴が聞こえた。後から分かったがそれはあの野郎が他の孤児を虐待していたからだった。しかしそんな事は知らず、俺はいつも暗くなるとお化けだと思ってガタガタ震えていた。それ以来、暗闇が苦手になったんだ。
「これで大丈夫ですよね?」
「…あ…ああ……ありがとう…」
だから俺は夜寝るときは完全に暗くせず、いつも少し明るくする。そして学校とかで運が悪く、暗闇を移動しないとならない時はいつも俺と帰ってくれる十郎の手を握っていた。恥ずかしい話だが…そこまで俺は暗闇が苦手なんだ…
「……ここ段差あるので気を付けてください」
俺は体を丸めて移動していた。見えるのは十郎の背中だけだ。だから正直、今モンスターが襲ってきたら俺は一瞬でやられる。
「…!」
ハンマーで肉を打つ音が聞こえたと思ったら地面に人型のモンスターが倒れていた。
「…こ…コイツは…」
「オーク…危険度Eのモンスターです」
[オーク]
危険度E
洞穴などを住処にして動物を狩るモンスター。モンスターの中でも比較的知能が高い。上位種となると人間とコミュニーケーションが取れ、そのようなモンスターは獣人と呼ばれる。中には人間と共存している者もいるが、アルトリアなどの最先端諸国からは差別や偏見の対象となっている。
「…なんか……差別ってのはどんな世界…にも…あるのだな…」
「……梅岡さん…震えながら喋ると舌を噛みますよ…?」
そして、進むにつれて十郎がモンスターを倒す音が頻繁に聞こえ、俺も震えながらも周囲を警戒していた。そうしていると段々とモンスターの気配が消えたと思えば前方が明るくなった。
「あ…光だ…!」
「もう…大丈夫ですか…?」
「ああ…ありがとう…」
俺が前を見るとそこは空洞だったが、天井の隙間から光が射していたから結構明るかった。
「…騎士だ!」
「血の匂いはこの人たちのものだったのですね…」
俺たちの前には五人、傷だらけの騎士が倒れていた。
「…大丈夫か!?」
「う…ぐぐ…」
「これは…少しヤバいですね…」
そして十郎は近くを見渡すと落ちていた救急箱で騎士達を応急手当した。十郎曰く、命には別状が無いらしい。良かった…
「…ここで安静にしていてください…」
十郎は騎士たちを隅で寝かせた。その瞬間に、空間の奥からズシンッと大きな足音が聞こえた。