解き放たれた怪物
「一度…人を殺せば病み付きになるからよ…!」
「さぁ…殺せ…」
「え…嫌だよ…」
「………この男は…お前をあの男色家の元へ売り飛ばした…人身売買組織のリーダーだ…死んでも誰も悲しまない」
目の前にいるのは、僕をあのおじさんへ売り飛ばし、お兄さんから離した張本人だ。
「……お…やるか…?」
「静かにしてろ」
気付けば僕は、ナイフを持ってその男に馬乗りになっていた。
「…ッ!」
しかし、僕はナイフを刺さなかった。憎くても、胸にナイフを刺す勇気、度胸、殺意が無かったからだ。
「………駄目だったな…おr…」
僕の持つナイフは男の心臓を正確に貫いていた、アスモが、僕の腕を掴んで無理矢理ナイフを突き刺したんだ。
「……あっ……」
溢れる鮮血が顔に付いたその時、全身が何とも言えない高揚感に包まれ、僕はその場で喘いでいた。
「…ふむ……」
「アハ…アハッ……アハハハハハッ…!」
「…ここまで化けるとはな…」
だけど、僕はアスモに嘘を付いていた。
「…………ごめん…ごめんね…」
殺したように見せかけて、動物は殺していなかった。
「今…治してあげるから…」
動物を殺したかのように見せかけて、付けた怪我を治していた。そんな時に、怪我をしていた僕の血が動物の怪我の部分に付着すると、その怪我が治っていた。その時に、僕の血の効力を知った。
「……隙を見て逃げないとな…」
初めて人を刺した時は、本当に気持ち良くて喘いでしまったけど、あの後に、シラフへ戻ることができた。
「…まぁ……俺達はまんまと騙されていたってわけだ」
「私すらも欺くとはな…」
しかし、僕の演技はすぐにバレてしまった。
「……僕は…アンタらとは違う…!」
「同じだ」
するとアスモは、僕に何かの肉を見せてきた。それを見ると、僕の身体の中が熱くなった。
「…やっぱりな……お前は人間の血肉に興奮するようだな…」
「変態じゃねぇか…!」
「……ッ…ぅ…ぅ…」
そしてアスモは、拘束されている僕のすぐ近くに肉を置いた。すると、兄さんが僕に言った。
「お前は血が好きな……イカレ野郎だ…俺達と同じようにな…!」
「い…いや……僕はち…違う…!」
しかし、いくら否定しても僕は血の誘惑に、魅力されていった。
「ほら…お前コレが好きなんだろ?……認めろよ…お前は人間を殺して…溢れる血に興奮する…サディストだと…!」
「……違うぅ!!…僕は…僕は…ッ!!……ぁ…」
「やっと……自分の欲望に素直になりやがったな…」
その瞬間、僕の脳内は血に対する渇望に満たされ、僕はアスモや兄さんと同じような、イカレ野郎になっていた。
「これは…想像以上だ…」
「スゲェな…」
この時の僕は狂っていた、このあまりにも異質な状況に飲み込まれ、自らの欲望に負け、気付けば、僕は僕で無くなっていた。
そしてそれからは、動物を殺す事に何も感じなくなっていたんだ。殺したくなくても、身体が勝手に動いた。
「……ッ…」
だけど、かつての僕の意識は少しだけ残っていた。ほんの、残りカスだけど。
「……………ッ…!!」
明日は、ついに危険すぎるこの頃の僕が、人々の前に解き放たれる。ここでやらなければ一生、元に戻れない気がしたから、僕は最後の力を振り絞って自分の喉をナイフを切り裂いた。
「…おっ!……起きたか!……ッたく…もう人殺すのが待ち遠しいからって…自分の喉を切り裂くなよ!」
「………ア…ハハ……アハハ…」
首には糸が縫ってあった、傷も完全に塞がっている。僕は、死ぬ事もできないのかと、絶望した。
「しかしスゲェな…ゴッデスヒューマンは……再生能力が異常だぜ……糸も…再生の際に皮膚に張り付いてしまって取れねぇし…」
そして、僕が孤児院に入れられる日に、アスモは言った。
「……そろそろ頃合いだろう…」
「…?」
「お前の父親は…………私だ」
「…………え…?」
アスモは、自分の子を人身売買組織へと流していた。そして、そんな過酷な環境の中で生き残った優秀な子を、息子として正式に認めて、一族の人間として引き取る、そんな事をしていたんだ。厳選とは、その事を指していた。
「それじゃあ…あなたが…僕のお父さん…?」
「…血縁関係ではな」
そんな事をしたアスモが憎い筈なのに、何故か怒りは湧かなかった。この時の僕は、そんな事よりも血を求めていたから。
「……まぁ…それはいいや……さっさと孤児院に入れてよ……早く血を見たいからさ」
ある程度まで技術を会得したら、孤児院に入れられた。これは、凶暴性を飼い慣らす理性を持っているかのテストだ。
どれだけ凶暴で殺しが好きでも、暗殺者はそれを表に出してはならない。内に潜む凶暴性を上手くコントロールできるか、それを確かめる為に、アスモは僕を孤児院に入れたのだ。




