ライド大陸の家族
「多分…行く必要は無いわよ…」
「は?……なんで?」
「……私…魔族がレイド大陸へ攻めていくのを見てたの……一昨日にね…」
「一昨日!?」
アザミはその時分かった、自分が2日も眠っていた事に。
「…それじゃあ……俺は…2日も眠っていたのか…」
「まぁ…そうね…」
するとアザミは、ベッドの方へ戻っていって寝転がった。
「……魔族が攻めたのを見てたんだよな?」
「うん」
「…どうなったんだ?」
「…………レイド大陸へ渡る事すら出来なかったわよ……橋には精鋭部隊が待ち構えていたから…」
アザミはそれを聞くと、無言で天井を見つめていた。するとカスミが、アザミへと尋ねた。
「一つ聞いていい?」
「…なんだ」
「今更だけど……何故…私を殺さないの?」
カスミが尋ねると、アザミはため息をついて答えた。
「………俺の身体の傷…治してくれただろ……だからだよ…」
「え?」
「…俺は恩人を手にかかるような真似はしねぇ……たとえそれが…人間でもな……」
そう答えた後、アザミは冷めた声で続けて言った。
「だが……恩人でも…そっちから手を出せば…俺は容赦しない……」
「…心配しなくても……私は戦えないわよ…」
「ならいいがな……」
窓の外を見ながらアザミは、カスミへと言った。
「……一つだけ言おう…俺以外の魔族は……人間だと分かれば女子供問わず殺そうとしてくる……」
「怖いわね…」
「…お前の事は言わないから……殺されんうちにこの大陸から離れな…」
するとカスミは少しの怒り、苛立ちの混じった声でアザミへ言った。
「……戻れないのよ…もう……あの場所には……」
「…何故だ」
アザミが尋ねると、カスミは少しの沈黙の後に、椅子に座って話し始めた。
カスミは産まれながら強いソウルを持っており、魔法使いの才能もあった。しかし、カスミは回復系の魔法しか扱えない事が分かった。
戦えない魔法使いとして、他の魔法使いにも馬鹿にされた。当時は回復魔法に特化した魔法使いは、必要とされなかったのだ。
「……そして…あの私を嘲笑う目に耐えられなくなって…逃げるようにこの大陸へ来たの……ここにいたら…誰も蔑まないから…」
「…うぅ……」
「え?……何で泣いてるのよ…」
話を聞いたアザミは、大粒の涙を流していた。
「想像したら…悲しくて………」
「……ほら…この魔族は危険じゃないわよ…ヒルガオ…」
「…ッ!!」
アザミが気配のする方へ向くと、斧を構える少年がアザミを睨んでいた。
「……なんだお前!?…いつの間に!?」
「…姉ちゃん……やっぱり信じられないよ…」
「大丈夫だって…私の話を聞いて涙を流す魔族が…危険なわけないよ!」
ヒルガオは構えを解くと、その場で呟いた。
「………姉ちゃんが…そう言うなら……」
「…弟か?」
「そう…私についてきたの……『姉ちゃんが行くなら俺も行く!』…ってね…」
「……へぇ…」
するとカスミは、立ち上がってアザミへと言った。
「…もう動いても大丈夫だと思うから……仲間の元へ戻ったら?」
「………いや…」
アザミは立ち上がって、二人へと言った。
「……帰りたくても……俺は…まだお前らに恩を返してない…」
「…別に返さないてもいいわよ…」
「いや…返させてくれ……」
そしてカスミへと近付いて跪くと、カスミへと言った。
「………俺は…今日からアンタの…手下になる!」
「え…ええ!?」
「何言ってんだよ!」
アザミはしっかりとした目線で、カスミへ続けて言った。
「…今日から一年……俺はアンタの言う事をなんでも聞く……命を助けてもらったんだ…それくらいして当然だ…」
「……どうすんの?…姉ちゃん…」
「…仕方ないわね……分かった……一年よろしくね…」
「……ああ…!」
そうして魔族と人間の、奇妙な関係が始まったのだった。
「それは…そこに置いといて」
「ああ」
最初の頃は、お互いに気を遣ったりしていた。
「……これ…あげるよ…」
「なんだこれ…」
「…………虫…一応食べれるよ」
「お前…こんなの食ってんの?」
しかし年が経つにつれ、溝は段々と狭まっていった。アザミも、カスミも、ヒルガオも、打ち解けていった。
「……一ついいか?」
「…うん?」
「なに…?」
アザミは食卓の上で、二人へ言った。
「……最初は…一年……アンタの言う事を聞いて…出て行こうかと思ったが……」
「………うん」
「…ここに来て……忘れていた家族の温もりを思い出せた……」
照明の下で、カスミとヒルガオは、静かに話を聞いていた。
「……ずっと…ここにいても……いいか?」
「いいけど?」
「いいんじゃない?」
「お前ら…即答だな…」
カスミとヒルガオがそう答えると、アザミは少し嬉しそうに言った。
「…それじゃあ……これまで通り…手し」
「いや…家族だ!」
「え?」
ヒルガオがアザミへと叫んだ、アザミは目を丸くしている。
「もう手下じゃない…お前は……家族だ!!」
「…そうだね……ずっとこき使うのも疲れるし……」
「……………ッ…」
「泣くなよ…相変わらず涙もろいな…」
目から液体が流れるアザミへ、カスミとヒルガオが寄り添いながら言った。
「…泣いて…ッ……ねぇよ…ッ……」
「思い切り泣いてじゃないか…」
「ふふ…改めて……今日から…よろしくね!」
「…………ああ……」




