午後4時50分の十郎
「………もう残り二ページだけど…どうする?」
「……今日中にやりましょう」
「あはは!…すごい元気だね…!」
十郎が即答すると、ミユキは笑いながらノートを開いた。
「…おっと!……これは僕の好きなやつだね…!」
「……【朧月】…でしたよね?」
「うん!」
ミユキはそのページを見ると、十郎にノートを手渡した。
「これも…どのようにすればいいか文章では分からなくて……」
「……よし…それじゃあ見ててね…!」
「はい」
その時、十郎は瞬きした。するとミユキの姿は跡形も無く消えていた。
「……あれ…?」
気配も足音も呼吸音も感じ取れず、突然なんの前触れも無く消えた、まるで神隠しのように。
「…ミユキさん!?」
すると、十郎は肩をトントンと叩かれた。振り返ると誰もいない。今度は頬を触られたが、誰もいない。
「……これは一体…」
「…これが…【朧月】…!」
十郎が声のする方へ振り向くと、そこにはミユキが立っていた。十郎は何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
「………さすがに分からないかなぁ…?」
「……………はい…」
不思議そうに十郎はミユキをジッと見た。するとミユキは、そんな十郎に説明し始めた。
「…種明かしすると……自分の気配とかを極限まで消していたんだ!……そうするとカメレオンのように周囲の風景へ溶け込み……視認できなくなる…」
「……………」
「たとえ…どんな小さな変化も見逃さない君の目でも…ね…!」
すると、ミユキは納得した風な表情の十郎を見て言った。
「それじゃあ…十郎君もやってみよ!」
「…はい」
十郎はミユキと向かい合うようにその場へ立った。そして、ミユキは十郎の手を握った。
「………今更かもしれないけど…君があのノートを見て出来ない業があるのは…想像したり…文章を読んでどんなものか考えてから会得しようとするからだよ…!」
「……………」
「…『考えるな!感じろ!』……コレハ僕ノ師匠ガ言ッテタ言葉アルネ…!」
「……急にカタコトになりましたね…」
そして十郎は息を殺し、気配を消そうと試みた。
「……ウン!…気配ガ段々と消エテイッテルアルネ!…ソノ調子ヨ!」
「…ここまでは自力で…できました…しかし…これ以上気配を消すことができない……」
十郎はかなり影が薄くなっており、目視では半透明に見える程になっていた。しかし、ミユキのように不可視、透明には至らなかった。するとミユキはそんな十郎に言った。
「…自分ノ体カラ出テル気配ヲ今ヨリモット消スアル……蛇口ヲ閉メルイメージデ…」
『……今よりもっと気配を消す………蛇口を閉める…』
アドバイスを聞いて十郎は蛇口をひねって閉めるように気配を止めて、先程よりも影が薄くなった。
『…もっと…もっと気配を消さなければ…!』
「お?…お?……これは…?」
ミユキは十郎の手を離して、距離を置いた。十郎はミユキが手を離した事に気が付かない程、集中していた。
「なぁ…」
「……ああ?」
「…………あのミユキと一緒にいたガキはどこに行った?」
十郎は先程のミユキと変わらない程までに気配を消していた。
「…さぁ……」
「……視界に出口が入っているから…出たら分かるのだけど……」
ギルド戦士が話していると突然、ギルド戦士は肩をポンと叩かれたような気がした。
「なんだよ」
「…は?…何がだよ」
「俺の肩を叩いただろ!」
「叩いてねぇよ!」
その光景をミユキはジッと見ていた、そしてその後は何も無い場所を凝視していた。
「……出来たようだね…!」
ミユキが後ろを振り返ると、そこには十郎が立っていた。
「…はい!」
「………良い返事だね…!」
「ドラァッ!!」
突然、体育館に響き渡るような音がした。ギルド戦士達が音のした方を一斉に見ると、ミユキがあるギルド戦士の蹴りをガードしていた。
「……俺と勝負しろよ…!」
「…君か…!」
そのギルド戦士は、アガサによって床へ叩きつけられた軽装のギルド戦士だった。
「……よし!…丁度いいや!…【朧月】の使用例を見せてあげるよ!…十郎君!」
「ああ?」
「…何してるの?…早く来なよ!」
「……チッ…このクソガキがァ!!」
軽装のギルド戦士が殴りかかろうとした瞬間、ミユキは消え、軽装のギルド戦士は虚空を殴っていた。
「あ……?」
「ほいッと!」
「グギッ!」
ミユキはいつのまにか背後へ回っており、軽装のギルド戦士に向かってジャブをした。軽装のギルド戦士は白目を剥いて倒れた。
「うお…ヤッバ…」
「……まぁ…こんな感じだけど…少し騒ぎすぎたみたいだ…!……行くよ!…十郎君!」
十郎の腕を掴んで、ミユキは小走りで外に行った。
……
「……それじゃあ…ついに最終ページか…!」
十郎とミユキはギルドの外で、ノートの最後のページを開いた。
「…………最後の技…これがこのノートの中で一番理解不能でした…」




