午後4時の梅岡
「……さっきのゴタゴタも片付いた事だし…」
「…僕に殺しを教えてくださるのですか?」
「まぁ…そうだね」
十郎がミユキさんに尋ねると、ミユキさんはノートをパラパラと見ながら答えた。
「………じゃあ…今すぐにでも教えようか?」
「はい…!」
「…マジか……疲れてねぇの?」
ミユキさんと十郎は、部屋を出て体育館に向かった。俺はというとかなり疲れており、修行などできる状態ではない。
「…秘技の会得は明日からにするか?」
その言葉を聞いて、俺はベッドから起き上がると即答した。
「今日からだ!」
「………そうか」
昔から「じゃあやめるか?」「今度にするか?」みたいな事を言われたら「やめない!」「今する!」と言ってしまうのが俺だ。何故だかそう言われるとムキになってしまうんだよな。
「…それじゃあ俺達は外へ出るぞ」
「ああ…」
俺は伍城さんについていくように部屋を出た。
……
「……兎にも角にも…まずは見た方が早かろう」
「まぁ…そうだな」
そう言って伍城さんは赤い平原に立つと構えた。
「…フンッ!」
「うお!」
そして、正拳突きをした。一見すると普通の正拳突きだが、突きの際の風圧が突風のようだった。
「……これが秘技…【一爪】…」
「…ただの正拳突きのように見えるが……身体全体を捻って威力を爆上げしているな……」
「うむ…だがそれだけではない」
俺が思った事を話すと、伍城さんは構えた。右腕は曲げている、しかし力は入っていない。
「……構えの際には力を入れず…拳を突く瞬間に…身体全体の力の流れを腕に集中させて放つのだ…」
「なるほど……」
早速やってみようと思い、俺は立ち上がって構えた。
「…よし……」
構える時の力は抜き、そして放つ瞬間に力を腕に集中させて放つ!!
「……アラ?」
【一爪】をしようと正拳突きをしたが、普段するような正拳突きと変わらない。
「…やはりな」
「え?」
伍城さんは俺の構え、そして正拳突きを見て呟いた。
「…形は悪くない……問題は…さっきも言ったが集中力が無い事だ」
「集中力…」
「ああ…【一爪】は極限まで集中しなければ威力は期待できない……たとえ…形が完璧でもな…」
どうやら、極限まで集中しないといけないらしい。集中してるつもりなんだけどな……
「修行はどうだ?…梅岡!」
声のする方を向くと、ミノルさんと桜郎が歩いてきた。
「見ていた…一部始終を」
「……ご感想は?」
ミノルさんは、俺に近付いてくると言った。
「……樹一郎さんが言っていた『本気で本気になれば勝負で負ける事は無い』と…」
「…………」
するとミノルさんは伍城さんに叫んだ。
「…伍城さん!……俺が梅岡に【一爪】を扱える程の集中力を入れてやるよ!」
「そんなガソリン入れるみたいに……」
「……実際そんなもんだ…集中力を手にするなんてな…」
伍城さんは、そんなミノルさんに言った。
「……手間が省ける」
「それじゃあ梅岡…!……樹一郎さん流の集中方法を教えてやる!」
「オーケー!……すぐに集中力を手にして…【一爪】も手にしてやるよ!」
そうして【一爪】会得の前に【一爪】を会得するのに前提として必要な集中力会得が始まった。
……
「…それで?……極限まで集中できる程の集中力を手にするにはどうすればいいんだ?」
「………極限まで集中力を引き出す方法…それは……」
「……それは…?」
ミノルさんは、少しの沈黙の後にハッキリと言った。
「無い」
「……無い…!?」
「ああ…勘違いするな……確実に手にする為の方法が無いだけだ」
「なんだって?」
俺がどういう事かを尋ねるとミノルさんはゆっくりと口を開いた。
「……極限まで集中するには…一度…極限まで集中せざるを得ない状況に追い込まれなければならない…」
「………ふむ…」
「だから…ここをこうしてこうすればできるというわけではない」
ミノルさんはそう言った。しかし、そんな状況に追い込まれる事などあるのか?
「…俺の師匠である樹一郎さんは……若い頃に極限の集中力を手にした…」
「……………ふむ……」
「…それによって無喰流を創る事もできた……ちなみに樹一郎さんは極限まで集中する事を『本気本気になる』と言っていた」
ミノルさんが呟いていた『本気で本気になれば勝負で負ける事は無い』という樹一郎さんの言葉。
『本気本気になる』……あれは極限まで集中していた状態の事だったのか。
「…しかし……『本気で本気になる』状況に追い込まれる事なんてあるのか?」
「……今から俺が言う事をすれば…嫌でもその状況に追い込まれるさ」




