プロローグ:始まりというものはいつも突発的に…
「…梅岡さん!」
「……十郎か」
俺は梅岡…偏差値12という筋金入りの馬鹿で何の才能も持っていない…そして…
「今日も一人で下校ですか…?」
「ああ…お前が来たせいで二人になったがな」
俺の隣で歩く奴、コイツは桜十郎。IT系の大企業の会長の子供で…俺とは正反対だ。
世界で一番偏差値の高い大学のテストは満点
スポーツや格闘技はプロの動きを見るだけで学習して、それ以上の実力を発揮
IQテストは未だに全問正解
容姿は彫刻や絵画に出てくる神や天使のように美形
そしてこれら全ては十郎が5歳の時からの話である
唯一の欠点は身長が低いことのみ
十郎は生まれながらにして全てを握っていた。世界からは“神の生まれ変わり”と呼ばれている…
「…お前…また数学者の作成したテスト全問正解なんだって…?」
「……前とあまり変わってなかったので」
「最新鋭の人工知能と将棋して秒殺したらしいな…」
「まぁ…機械ですから…」
「化け物が…」
俺たちはいつも通り会話をしながら家へ向かった。そして途中で分かれ、俺は一人家へ帰っていった。電気屋のテレビには集団失踪事件のニュースが流れていた。
…
「…ただいま」
俺は親の顔すら見たことが無い孤児だった、そして中学生から一人暮らしを始めた。「ただいま」なんて言っても誰も返さないと思っていたが…
「お帰りなさい!」
「………来るの速いな」
十郎がエプロンを着て玄関に立っていた。コイツは俺が一人暮らしを始めた中学の時から週に5回身の回りの世話をしている。
「…相変わらず小学生の頃から変わってないな…お前は…」
十郎との出会いは孤児院だった。俺のいた孤児院は頭のイカれた大人が支配していた。そんな中コイツの親が助けてくれた…
その後、十郎の親…恩人の桜さんは俺に住居を与えてくれ、家賃も毎月払ってくれていた。感謝しかない。その上、十郎が勝手に俺の身の回りのことをしてくれていた。そのおかげで世間知らずの俺でも生活できていた。
「ご飯できてますよ!」
「何で俺にそこまでしてくれんだよ…お前も…お前の親の桜さんも……お前は俺のせいで時間取られるし…桜さんも俺のせいで家賃毎月払ってるし…」
俺は十郎にハッキリと尋ねた。すると十郎は和やかな笑顔で答えた。
「……僕のお父さんは…昔から困ってる人とか…苦しんでる人を見るとほっとけない性格らしくて……だから僕も…人の為になれる大人になりたいから…です…」
俺は信じられなかった。自分の事よりも他人を優先する人間なんていないと思っていたからだ…
「うわ!…そんな所で膝をついたらズボンが汚れますよ!」
「………ああ…」
俺は十郎の手を借りて立ち、家へ入った。俺はこの温もりが永遠に続く事を願っていた。
しかし、哀しみというものはいつも突如現れる
「…そんな……桜さん…」
十郎の両親は死んだ、交通事故だった。葬式に行った時、実の親でもないのに涙が溢れた。
「……人はいつか死ぬ…分かってる…分かってるけど…」
「………お父さん…」
十郎は俺よりも泣きたいだろう…なのに…涙を堪えていた。
そして、その数年後。俺は勉強を少しはしていたが、桜さんの亡き後、シャーペンを持つ気にもなれずボーッとしていた。だが、そんな時桜さんが亡くなる前、小学生だった俺に言った言葉を思い出した。
『…どんな事でも…何もしない…ってのが一番駄目な事だぜ…!』
俺は思い出した、そして俺は再びシャーペンを持ち、勉強を続けた。
「…ここはさっき言った公式を使えばすぐ解けますよ」
「なる…ほど…」
俺は十郎に教えてもらいながら勉強をしていた。そして、俺たちは目の前の現状と向き合った。桜さんは積み上げたものは崩すなと言った。だから俺はこれから積み上げていく…崩すことなく…
「…嘘…だろ…」
「やりましたね!」
俺はなんと学年順位2位になってしまった。正直実感がないのは十郎の教え方が上手かったからだろう。アイツに勉強教えてもらった同級生にハーバード大学受かってる奴がいたし……まぁ…一人で勉強した次のテストでは最下位だったがな。
しかし、崩壊というものはいつも突然現れる
「…離せ!」
「離さない…!」
俺は十郎を羽交い締めにしていた。目の前には怯え、腰を抜かし、失禁している男がいた。この男は裏組織から邪魔者扱いされた桜さんの殺害を命じられ、事故に見せかけて桜さんを殺害した実行犯だった。俺は十郎を必死に抑えた。今のコイツは…何するか分からない…
「…そ…その先は……一方通行なんだぞ!!」
「悪魔め…僕が…僕が殺してやるぞ!」
結局、俺が十郎を抑えられる筈がなく。現場は赤く包まれた。
「……僕のお父さんとお母さんを殺した裏組織は…このアジアを牛耳る巨大な組織です…梅岡さんに迷惑がかかるかもしれないので……僕は少し消えます」
十郎は表舞台から消えた。世界は混乱し、探し出そうとしたが、誰一人見つけることができなかった。一文無しとなった俺は家賃が払えずに家を失い…夜の東京を彷徨い…十郎は復讐の為…裏社会を彷徨った…
……
俺は弱かった自分…親友を止めることのできなかった自分を恨み…とある孤高の格闘家の元で修行した……十郎は何でも屋を始めて、裏社会で組織の情報を集めた。そしてすぐに名は広まりその凶悪さから裏社会では“死神”と呼ばれ畏れられた……
そしてある日、俺は空手家のおっさんに認められつつある時に十郎にあるメールを送った…
「………あなたでしたか…このメールをくれたのは」
「来てくれて嬉しいぜ」
メールには『深夜に高校に来い』とだけ書いた。そして十郎は来た。髪をくくっているが、それでも長く感じるほど髪が伸びていた。
「…そうでなくとも女顔だったのに…髪が長くなったせいで女と間違えられるぜ…今のお前…」
「……女性を演じるのにウィッグをしてては用心深い人に気付かれますからね…」
俺は十郎と向き合った。十郎のかつての明るい笑顔は無く、光の灯っていた目は闇と化していた。
「…お前…桜さんの殺害に関係してる組織を片っ端から消しているらしいな……」
「……だとしたら…どうします?」
「今の俺は…お前を止められなかった弱い頃の俺ではない……だから…今からお前を…闇から解き放つ!」
俺は拳を握った、十郎はずっと笑顔だ。目は笑ってないがな。
「…今度は俺が…お前を暗闇から助ける番だ…」
「………」
その瞬間、俺の目の前は真っ白になった。