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第七話


「はーい……って、和真? ど、どうしたの、こんな夜遅くに。ま、まさか、そ、その……わ、私に逢いたくなって来てくれ……って、どうしたのよ、その顔?」

「……そんな酷い顔してるか?」

「え、ええ。何と言うか……」

 口ごもるなよ、おい。

「ま、まあとにかく上がってよ」

 リーナの言葉に会釈で返し、俺は部屋の中に歩を進める。

 初めて入ったリーナの部屋は、何と言うか……『お姫様の部屋!』というよりは、街娘の部屋の様な質素な部屋。武人として生きてきたリーナの部屋らしいと言えば、リーナの部屋らしい。

「あ、あんまりジロジロ見ないでよ。は、恥ずかしいじゃない! 部屋、汚いし……」

「何処がだよ?」

「き、汚いよ! ほ、ホラ、窓の桟の所、ホコリが溜まってるし」

「……お前は俺を小姑かなんかと勘違いしてるのか?」

 桟の所のホコリって……言わなきゃ気付かんぞ、そんなもん。

「そ、それに……あ、あんまり可愛くないし」

 少しだけ……ほんの少しだけ、寂しそうな笑顔を見せるリーナ。

「……そうか?」

「……そうよ。アリアの部屋なんか、化粧品とか服とか一杯あるけど……」

 ホラ、と自身の部屋を差し、自虐の笑み。

「私の部屋、何にも無いでしょ? 本当はもっとお洒落とかに気を使うべきなんだろうけど……」

 隅に立てかけてあった木剣に手を伸ばし。

「……こんなのばっかりだもん」

「……ダメなのか?」

「ダメって訳じゃないけど……女の子らしく無いでしょ? これって。まあ……自分で選んだ道だから、後悔はして無いけどさ」

 ……ったく。このバカ。後悔して無いって言うなら……そんな顔するな。

「……良いじゃないか、別に」

「え?」

「この部屋は……お前が、リーナが、自分に出来る方法でこの国を良くしていこうって、そう思って暮らしてきた証が一杯詰まってる、そんな部屋だろ?」

「……うん」

「だったら、何を恥じる事があるんだよ。そりゃ、確かにアリアの部屋みたいに華やかじゃないかも知れないけど……」

 そう言って、ぐるりと部屋を見回し。

「お前の想いが詰まってるこの部屋が、俺は好きだぞ」

「……」

 呆然として、唖然とした後。

「……ありがとう」

 そうはにかみながら笑った顔は、とても自然で。

「ん」

「やっぱり……貴方がこの世界に来てくれて、さ」

 だからその笑顔は必然であって欲しいと、そう思った。

「……良かった」

 思わず見惚れるほどの素晴らしい笑顔を見せた後、慌てたようにリーナが手を左右に振る。

「そ、それより! どうしたの? 急に! こんな夜中に……って言うか、来た事自体、始めてよね?」

「そりゃ、な。ホレ、女の子の部屋なんて緊張するし」

 自慢じゃないけど生まれてこの方、女の子の部屋に入った事なんて片手で数えるぐらいしかねえ。ちなみに、妹の部屋もカウントに入れてだ。

「そ、そう? べ、別に気にせず来てくれたら良かったのに……」

「いや、お前も忙しそうだったし、邪魔しちゃ悪いかなって」

「……むしろ、ドンと来いだったのに!」

「なんか言ったか?」

「な、何でも無い! そ、それより! じゃ、じゃあなんで来たのよ? あ、わかった~。和真、第一騎士団で苛められたんでしょ? なに? 慰めて欲し~いの~?」

 ウリウリと、肘で俺の脇腹をつつくリーナ。

「……」

 対して無反応の俺。

「……ほ、ほれほれ~」

「……」

「……」

「……」

「……え? ちょ、ちょっと! 何よ、その反応! も、もしかして……本当に?」

「いや……別に苛められた訳じゃないんだけど……」

 話はリーナと別れてすぐ、第一騎士団の詰め所の門を開けた所まで遡る。


◇◆◇


「えー……今日から第一騎士団に配属になりました、天草和真です。えっと……まあ、団長なんて役職ですが、出来れば皆さんとは仲良くやって行きたいと思いますので、宜しくお願いします!」

「「「「……」」」」

 詰め所に入ってすぐ。二百人もいると聞いていたので、勢い込んで入って行った第一騎士団詰め所の中には、ほんの五十人ぐらいの人数しか居なかった。

 まあ、それでもと思って自己紹介なんぞしてみたんだが……

 

 ……皆、びっくりするぐらい無反応なんだよ。


 何だろう、こう……諸手を上げて歓迎、とまでは行かなくてもだな。形の上だけでも歓迎の意を示してくれても良いと思うんだ。少なくても、これから自分の上司になる人間の自己紹介中に鼻毛を抜いてるなんてのは、人としてちょっと有り得ないと思うんだ!

「……えっと」

「……お前ら! 団長閣下の挨拶だぞ! 拍手をせんか!」


 パチパチ……パチ……パチ


 しけった花火の様な、微妙な拍手が体育館ほどの詰め所のあちらこちらから響く。い、居た堪れない! 『形だけでも』とか言ったけど、これなら別に要らんぞ!

「……よし」

 何が『よし』なの! 明らかにおざなりに拍手しました~、みたいな拍手だぞ!

「……申し遅れました。私、第一騎士団第一騎士隊隊長のクエーガーと申します」

「よ、よろしく!」

 勢いよく右手を差し出す俺。その俺の手を華麗にスルーして、クエーガーと名乗った騎士は続けた。

「……第一騎士隊は、第一騎士団の中でも団長の側近中の側近と言われております。私はラロッズ団長の下でも副官を務めておりました」

「う、うん」

「お困りの事がありましたら何でもお言いつけ下さい」

 ……差し当たり、今差し出している右手が非常に困ってる。

 あれか? 握手の習慣は騎士団には無いのか?

「……なにか?」

「……なんでも無いです」

 流石に、『握手したいです』なんて言えない。俺は差し出した右手を下げて、クエーガーさんに喋りかけた。

「宜しくお願いします! クエーガーさん」

「クエーガーと呼び捨てで結構です」

「で、でも……」

 精悍な顔つきに、筋骨隆々で年よりも若く見えるけど絶対四十超えてるよな、この人。流石に自分より十個以上年上の人を呼び捨てには出来ないぞ。

「この騎士団の中では貴方が一番偉いのです。上下のけじめは騎士団では絶対ですので、呼び捨てで構いません」

「……」

「例え……どんな抜擢人事だとしても、我ら騎士団は王に忠誠を捧げた身です。貴方が私より十個以上若かったり、騎士団のイロハも知らなかったり、そもそも騎士団出身で無かったとしても……私は一切……気にしません」

 ……おっさん。そんなに唇を噛みしめて言わなくても。

「……え、えっと! それじゃ今日の予定なんだけど……」

「……我々第一騎士隊は、本日鍛錬場での鍛錬となっております」

「そ、それじゃ俺も!」

「団長のご予定は、あちらに」

 そう言ってクエーガーさんに指された方を見ると……机と本?

「……失礼ですが団長、第一騎士団の事はどれぐらいご存知ですか?」

「えっと……『力の第一騎士団』って呼ばれているとか……」

「それでは、第一騎士団には一体、第何騎士隊まであるかご存知ですか?」

「……」

「今、第二騎士隊は何処に駐留しているか、第五騎士隊にのみ与えられたある特殊な任務とは何か、第十一騎士隊長の名前は何か、ご存じで?」

 知る訳ねえだろ! 俺、昨日この団の団長になれって言われたばかりだぞ!

「……そう言った……そうですね、第一騎士団の人間なら、『新人』でも知っている知識を身につけて頂くのが、貴方のお仕事です」

 ……こいつ。『新人』って所に力入れやがって!

「……それでは『団長』。お勉強の方、宜しくお願いしますよ。おい! お前ら、行くぞ!」

 そう言ったクエーガーの号令で、先ほどまでは別人じゃねえかと思うほどキビキビした動きを見せる第一騎士隊の皆さまは、俺を残して詰め所を後にした。


◇◆◇


「……」

「……」

「……な、なによ、ソレ!」

「うお! お、落ち着け、リーナ。なんでお前が怒るんだよ」

「怒るわよ! ホントになによ、ソレ! 私が言ってきてあげる!」

 今にも飛び出しそうなリーナの服の裾を掴み引き寄せる。マジで辞めて!

「何で止めるのよ!」

「よく考えて見ろ! お前が今ソレを言いに言ったら俺、無茶苦茶情けない奴だろうが!」

「既に充分情けないわよ!」

「恥の上塗りという言葉を知らんのか、お前は!」

 いきり立つリーナを手でどうどうと制し、とにかく椅子へ。

「和真! アンタもアンタよ! なんで言い返さないのよ!」

「いや……」

 ……だってな……

「まあ、なんだ。クエーガーの言ってる事も一理あるんだよな。確かに俺、騎士団の事何にも知らないしな」

「そうだとしてもよ! 貴方、世界を救った勇者よ!」

「いや、そうだけど……」

「いい? 『ローレント王国第一騎士団』は、昔からローレント最強の騎士団と呼ばれているわ!」

「いや、知ってるけど……」

「『最強』の二文字は、安易につけられてきた訳じゃない! 才能と、それ以上の弛まぬ鍛錬によってつけられたの!」

「……」

「貴方だってそうでしょ! ううん、貴方は才能だって無かった! そりゃそうよね? 平和な『ニホン』とかいう国に生まれて、剣何か握った事も無かったのに! それでもあの魔王メルバを退けた、英雄じゃ無い!」

「英雄って……」

 いや、その前に才能も無いって。そりゃ有るとは思って無かったけど――

「そんな事はどうでもいいの!」

「……あんまり良くないんだが」

「良いの! 貴方の努力は尊敬に値する! 第一騎士団なんて眼じゃないぐらいに!」

「眼じゃないって……お前、ソレはローレントの第一王姫の言って良い事じゃないぞ?」

「茶化さないで! いい、かず――」

「ああ、分かってるって」

「――まって、ちょ! あ、貴方!」

 いきり立つリーナの頭をポンポンと撫でる。ごめん……じゃなくて、ありがとう、だな。ありがとう、リーナ。俺、ちょっと弱気になってた。

「……だよな。俺、世界を救った勇者だもんな」

「……そうよ」

「第一騎士団が最強の騎士団なら……俺は団長らしく、『最強』でいなきゃいけないよな?」

「……そうよ。貴方はメルバを倒した『最強』の勇者だもん」

「うし! そうと決まれば話は早い! 明日、クエーガーと話付けて来る!」

「……話をつける? 話をつけるって……」

 頭に疑問符を浮かべるリーナに、俺はニヤリと笑って見せて。



「……第一騎士団が最強の騎士団なら……『剣』で話をつけるべきだろう?」


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