第六話
「あれ? 和真?」
練兵場に現れた俺に、一瞬驚いた様な顔を見せた後、笑顔を浮かべてリーナが近寄って来た。
「よっ。久しぶりだな」
「本当ね。なんかずっと部屋から出てこなくて、腐った眼をしてるって聞いてたから……今日あたり、貴方の部屋を訪ねるつもりだったんだけど……」
……腐った眼をしてるって。いや、否定はせんが。
「んー……まあな。だってお前、する事も無く日がな一日あのやたらめったら立派な部屋でぼーっとしてたんだぞ? そりゃ眼も腐ってくるさ」
若干、自虐気味に言ってみる俺に、苦笑を浮かべるリーナ。
「それもそっか。ごめんね、ホントはもっと早く貴方の部屋を訪ねるつもりだったんだけど……」
「気にするな。忙しかったんだろ?」
なんせ、王様を守護すると言われた近衛騎士団の団長だ。引き籠りの相手をしてる暇はねえだろう?
「忙しかったと言うか……こっちに居るのは私だけだし、抜け駆けはずるいというか……『協定』があったりして……」
なにやら口の中でボソボソ言うリーナに、俺は頭に疑問符を浮かべる。協定って何だ?
「な、なんでも無い! そ、それよりどうしたのよ、練兵場なんか来たりして。あ、もしかして久々に体を動かしたくなった? それなら私、付き合うけど?」
手持ちの木剣を掲げて見せ、笑顔を浮かべるリーナ。あれ?
「聞いて無いのか? 俺、今度騎士団に配属になってな」
「……」
「……」
「……え?」
「だから、騎士団に配属になったの。これから宜しく頼むぞ、リーナ」
まあ所属は違えど、騎士団という括りでは同僚みたいなものだろう。いや、騎士団同士の横の繋がりなんかは良く分からんが。
「え、ええ! き、聞いて無いよ! 和真、騎士団に配属になったの! いつから!」
「一応、今日からだが?」
「そ、それ、ホント? 嘘じゃないよね!」
何を言ってるんだ、お前は。こんな事で嘘をついてどうするんだよ。
「か、和真が騎士団! って、言う事は、よ? そ、その……わ、私の副官とかして貰ったりして、『リーナ、背中は預けた!』『任して、和真!』みたいなそんな嬉し恥ずかしな事もあったり! で、でも『協定』違反に……う、ううん! これはお父様の意志だもん! べ、別に私が頼んだ訳じゃないし! で、でも……え、えへへへ……」
……。
「思えば……騎士団に入ってからいつもいつも最前線で戦って来たもんね……メルバの時もそうだったし……べ、別にただ守られるだけのお姫様に憧れてた訳じゃないけど……で、でも! 私だって女の子だもん! そ、そりゃ少しぐらい良い事があっても罰は当たらないわよね!」
……リーナ、帰って来い。
「……リーナ」
「え、えへへへへへへへへ~」
「リーナ!」
「……はっ! な、なに!」
「いや、何じゃ無くて……まあ、とにかくこれから宜しく頼むぞ?」
「う、うん! こちらこそ宜しく! そ、それじゃ和真、取りあえず貴方には私の副官をして貰おうと思うわ! そ、その……だ、団長と副官は戦術面でも戦略面でも一体になる必要があるから、こ、これからは……い、いいい一緒の部屋で寝起きをして、親交を!」
「あれ? 第一騎士団って、近衛の副官扱いなのか?」
「そ、そうよ! 第一騎士団は、近衛騎士団の副官あつか……って、へ?」
あ、そうなんだ。まあ、王族が率いる騎士団だからな。そりゃ、格式は他の騎士団よりも高くてとうぜ――リーナ?
「……え?」
「どうした? 呆けた顔して」
「か、和真? 貴方、今何て言ったの?」
「だから、第一騎士団は、近衛の副官……って言うか、指揮下って言ったらいいのか? まあ、そういう扱い何だろう?」
「……」
「……ん?」
「……ごめん、和真。ちょっと整理させて貰ってもいい?」
「いいぞ」
「まず……貴方は近衛騎士団に配属されたのよね?」
「いいや」
「私の考えてた前提条件から違う!」
顎が地面につきそうな程大口を開けるリーナ。おい、美少女がそんな顔をしちゃダメだ。
「だ、第一騎士団って……何でよ! 和真、貴方は王太子、つまり王族なのよ! なんで王族が近衛騎士団じゃ無くて第一騎士団なのよ!」
いや、何でって言われても……
「王様がそうしろって。第一騎士団の団長さん、結構いいお年何だろ?」
「え、ええ」
「だから、その後任って事で」
「あ、貴方……第一騎士団の団長になるの……?」
「そ、そうだけど……?」
「……有り得ない」
膝を地面につき、天を仰ぐリーナ。お、おい! どうしたんだよ?
「……折角……折角、和真と一緒に居れると思ったのに……神よ! なんか私、悪い事しましたか! そ、そりゃちょっと、妹たちに差をつけれると思ったりしましたけど……で、でも! それぐらいは良いでしょ!」
……リーナ。頼むから、帰っておいで。
「……で、でも……団長会議とか、そう言うので和真と一緒に居る時間は増えるし……そ、それに……良く考えたら私の副官より、第一騎士団の団長の方が……守って貰える気がするし……うん! そうよ、モノは考え方よ、リーナ! これはむしろ天祐! そう思う事にしましょう!」
折った膝を地面から離し、いい笑顔をこちらに向けながら手を差し出すリーナ。
「和真! これから宜しく!」
「あ、ああ」
何だか巧く自己解決を果たしたらしいリーナに、若干ついてイケない(イってはイケない、か?)モノを感じながら俺はその手を握り返す。
「そ、それで……第一騎士団はどの辺で鍛錬してるんだ? 挨拶なんかもしておきたいし……」
「第一騎士団の詰め所はあそこよ」
リーナが指差す先に見えるのは、少し大きめの体育館ほどの建物。
「あんなでかいのか、第一騎士団の詰め所って」
「近衛は貴族出身者ばかりの騎士団だけど、第一は本当に実力のある騎士ばかりだからね。人数も二百人ぐらいは居るんじゃない?」
「にひゃ……マジかよ」
「そりゃそうよ。いざ戦端が開かれた場合、真っ先に赴くのは第一騎士団何だから。足りないくらいよ」
二百人の命を預かるのかよ、俺。日本ではタダの高校生だったんだけどな……出来るのか、俺に。
「なに言ってるのよ。貴方は世界を救った勇者よ? 第一騎士団の団長職は相応しいと思うわ」
「……そっか?」
「自信、持ってよ?」
「……うん」
「ま、いじめられたら言って来なさい。慰めてあげるから」
そう言って、にひひと笑うリーナに苦笑で返し、俺はリーナに教えて貰った詰め所に向かって歩きだし――
「和真!」
「ん?」
「そ、その……何があっても、私は貴方の味方だから! 困った事があったら言っておいで!」
頬を赤く染め、そんな可愛い事を言ってくれるリーナに、俺は苦笑を笑顔に変えた。