第三話
「「「「かんぱーい!」」」」
ローレント王城の中にある大広間。そこでは、今宵何度目になるかの乾杯が行われていた。
「さすが、『ローレントの三美姫』! 噂に違わず美しく、そして強い!」
「いや、これはローレント王国も安泰ですな! 三美姫に加え、魔王メルバを討伐した和真様までおられるのです!」
「そう! 今ではリーナ姫の剣技にも勝り、アリア姫の魔法にも比肩すると言われる和真殿! 彼こそがこのオーランドの英雄ですぞ!」
そこかしらから漏れる談笑に、俺の顔も思わず綻ぶ。ああ、俺は……この笑顔を見る為に今まで戦ってきたんだ、という充足感が体中に溢れてくる。
俺達は、魔王メルバを倒した。
決して、楽な戦いだった訳ではない。リーナの剣は折れ、アリアの魔法力はつき、シオンも傷つき、そして俺も。最後は死すら覚悟した俺達だが、それでも諦めず、最後まで死力を尽くし……ついに、魔王メルバを討伐した。ローレント王国への帰り道、数々の国で祝福やらお礼をやらを言われてきた俺達は、ようやくこのローレントに戻って来て、休む間もなく祝賀会……という名の宴会に駆り出されているってわけだ。
「……こんな所で何してるの?」
皆を眺めていた俺に声をかけて来たのはリーナ。真紅なドレスは、その彼女の真っ赤な髪に良く似合っていた。
「ほら、主役がそんな隅っこでしみったれてるんじゃないわよ」
「そうは言ってもな……元々苦手なんだよ、こういうの」
「世界を救った勇者様の言葉じゃないわね、ソレ」
「そう言うなよ。お前は平気なのか?」
「こう見えてもお姫さまよ? こんな場面には慣れているわ。ホラ」
そう言って広間の中央を指差すリーナ。そこには純白のドレスに身を包んで、談笑するアリアの姿が。
「アレぐらい楽しんでなんぼでしょ?」
「……何と言うか……流石だな」
元々、目立つの大好きなお姫様だ。皆に注目されて、しかも今日の主役とくれば有頂天になっても仕方ない。
「……まあ空元気だけどね、アレ」
「そうなのか?」
「何年あの子の姉をやってると思うの? すぐわかるわよ」
「へー……でも、何で? アリアにしてみれば、今日なんかすげー喜びそうなシチュエーションだけどな?」
「……鈍い鈍いと思ってたけど、やっぱり貴方も大概よね」
「何が?」
「寂しいからに決まってるじゃない。貴方……もう、帰るんでしょ?」
不意に、世界から色が消えた様な、そんな感覚。
「……貴方の暮らして来た世界から、無理矢理貴方を召喚して、私達の世界の為に戦って貰って……そして救ってくれた。これ以上、貴方を引きとめる事なんて……出来っこない」
「……用が済んだから、さっさと帰れってか?」
「バカな事を言わないでよ!」
俺の軽口に、会場中に響き渡る大声でリーナが怒鳴った。何事か、と注目する皆に、何でも無いと手を振り、注意を散漫させる。
「ご、ごめん。大きな声出しちゃって」
「いや……こっちこそすまん」
「……そうね。今のは和真が悪いわ」
「……」
「私達が……どれだけ貴方に支えられ、貴方を頼りにして、貴方と共に生きたいと願っているか……その想いを、茶化したんだもん」
「……すまん」
「……本当は、ずっと……貴方と一緒に居たい。この世界を守ってくれた貴方に、今度はこの世界の素晴らしさを教えて上げたい……」
そう言って、俯くリーナ。
「……ごめん。しんみりしちゃったね」
「……いや……」
「でも、この思いは私達三人とも一緒。アリアだって……」
「アリアも?」
「昨日、宿屋でずっと泣いてた。貴方の名前を呼びながら。帰らないで、側に居て、って」
「……」
「プライド高いから、あの子は絶対言わないだろうけどね」
「……そっか」
「うん」
「……」
「……」
「……なあ、リーナ」
「……なに?」
「俺は……少しは役に立ったのか?」
「……何バカなこと言ってるのよ? 貴方が居なかったら、絶対に魔王を倒す事なんて出来なかったわよ」
「でも……お前ら三人でも……」
「出来る訳無い。私達三人だけじゃ、絶対に無理だった。貴方が居たお陰で、私達は一つになれた。最も……貴方のお陰で喧嘩も増えたけどね」
そう言って、茶目っけたっぷりに笑って見せるリーナ。
「喧嘩って……俺がへなちょこだから……」
「そんな訳無いじゃない。私とアリアとシオン。姉妹だし、一緒のパーティーだったし、はたから見ても仲の良い姉妹だと思うけど……同時にライバルだったのよ」
「ライバル? 何の?」
「鈍感な勇者様には教えて上げな~い。ね、それよりシオンの所にも行って上げたら?」
「シオン?」
リーナにそう言われ、会場を見渡す。さっきまで俺と同じ様に隅っこの方にいたシオンだが、気付けばその姿は会場内の何処にも無い。
「さっき、『少し召喚装置の整備をしてくる』って出て行ったわ。ほら、貴方が初めてこっちの世界に来た場所」
「……主役の一人が何やってるんだよ」
「貴方を無事に元の世界に送り返す為の機械だもん。最後は自分の目で整備の善し悪しを確認したいんでしょ?」
「……」
「ほら! ボーっとして無いで」
「あ、ああ」
リーナに背中を押される様に俺は会場となる大広間を抜け出し、一路召喚の間へ向かう。地下にあるその空間は、上で行われているパーティーなど、あるで別の世界の様に静寂していて、その中にポツンと機械に向き合うシオンの姿があった。
「……シオン?」
「……和真か?」
俺の声に、機械に向けていた顔をこちらにやる。青の飾りっ気の無いシンプルなドレスを着たシオン。
「どうした? 主役がこんな所に来て」
「それを言ったらお前もだろ? 何してんだよ、こんな所で」
「機械の整備だ」
「他の科学者は?」
「皆、パーティーに行って貰った。和真、残念だがお前の評判はすこぶる悪い。『何もパーティーの日の翌日に帰る事は無いのに』と皆ブツブツ言いながら整備をしていたぞ」
「っぐ」
「勿論、私もだ。何もこの晴れの日に、何が悲しくて一人で機械になど向き合わねばならん」
「じゃ、じゃあ、そんなの放っておいてパーティーに出れば良いだろが」
「『そんなの』? 和真、コレは君の命を預かる大事な召喚装置だぞ? そんなの呼ばわりはあんまりだろう?」
くそ、正論を……確かに異世界を移動中に別の異世界に飛ばされました、今度は竜王を退治して下さい、とかだったら目も当てられん。
「そう思えば、人任せには出来ん。真剣な目で整備もするさ」
「それは……どうも」
「分かったら黙ってろ」
そう言って、シオンはまたも黙って機械に向き合う。青のドレスを油で汚しながら、一つずつ、丁寧に。
「……よし」
二十分ほどそうして、シオンが顔を上げる。何処となく顔が満足そうだ。
「……終わったのか?」
「ああ」
「そっか」
「明日は動かない様にして置いた」
「おい!」
「冗談だ」
笑えねえよ! 鬼か、お前は!
「そう怒るな。むしろ、酷いのはお前の方だぞ?」
「俺?」
「ああ。何も、この晴れのパーティーの翌日に……皆が楽しく、生還を喜んだ次の日に、私達の前から姿を消さなくても良いと思わないか?」
「……」
「折角、メルバを倒して……世界は平和になって、これから楽しい事が沢山待ってる。そりゃ、辛い事もあるさ。でも……お前と……和真と……一緒……な……ら」
シオンの目に、みるみる涙が溜まった。その涙が床に落ちないよう、軽く上を向く。
「……すまん。取り乱した」
「……いや。こっちこそすまん」
「いいさ。和真を召喚した日から、この日が来る事は分かっていた事だ。今さら、泣いても、拗ねてもどうしようもない事は理解していたつもりだが」
そこで、言葉を切る。
「……頭で理解するのと、感情で納得するのは、また別の話だ」
やれやれ、と肩をすくめて見せるシオン。
「その……シオンは……俺が居た方がいいのか?」
「……」
俺の言葉に『何を言ってるんだ、コイツは?』みたいな目をするシオン。
「……和真を初めて召喚した時の言葉を覚えてるか?」
「……こ度の失敗は、ってやつか?」
「……今でも、そう思ってる」
……マジかよ? 凹むぞ、ソレは。
「勘違いするな。和真を召喚出来た事は、私の人生の中でも最高の成功といえる」
「オーバーだろ? まだ若いのに」
「何年生きようが一緒の事だ。和真という人間を召喚し、魔王メルバを一緒に倒した。その事実は、私の中で光り輝き、色褪せる事は無い。だから……君には感謝してるし、もっと……ずっと一緒に居たいとも思う」
……そっか。シオンもそう言ってくれるか。
「……だから……和真を召喚した事を後悔もしてる。私自身……別れがこんなに辛いとは思いも寄らなかったさ」
そう言って、寂しそうに……本当に寂しそうに笑うシオン。
「……なあ、シオン」
……本当に良いのか?
「物は相談なんだけどさ」
……後悔はしないのか?
「その……こっちの世界に……居ても良いかな?」
……ああ、後悔なんてしない。ソレは、驚いた顔をした後、喜色を浮かべるシオンの顔を見て分かった。
「シオンが居て、リーナが居て、アリアが居て……平和になったこのオーランドで……ずっと一緒に暮らしたい」
返答は、無かった。
目に一杯涙を湛えたまま、シオンは俺の胸に飛び込んで来てくれたから。