表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第三話


「「「「かんぱーい!」」」」

 ローレント王城の中にある大広間。そこでは、今宵何度目になるかの乾杯が行われていた。

「さすが、『ローレントの三美姫』! 噂に違わず美しく、そして強い!」

「いや、これはローレント王国も安泰ですな! 三美姫に加え、魔王メルバを討伐した和真様までおられるのです!」

「そう! 今ではリーナ姫の剣技にも勝り、アリア姫の魔法にも比肩すると言われる和真殿! 彼こそがこのオーランドの英雄ですぞ!」

 そこかしらから漏れる談笑に、俺の顔も思わず綻ぶ。ああ、俺は……この笑顔を見る為に今まで戦ってきたんだ、という充足感が体中に溢れてくる。


 俺達は、魔王メルバを倒した。


 決して、楽な戦いだった訳ではない。リーナの剣は折れ、アリアの魔法力はつき、シオンも傷つき、そして俺も。最後は死すら覚悟した俺達だが、それでも諦めず、最後まで死力を尽くし……ついに、魔王メルバを討伐した。ローレント王国への帰り道、数々の国で祝福やらお礼をやらを言われてきた俺達は、ようやくこのローレントに戻って来て、休む間もなく祝賀会……という名の宴会に駆り出されているってわけだ。

「……こんな所で何してるの?」

 皆を眺めていた俺に声をかけて来たのはリーナ。真紅なドレスは、その彼女の真っ赤な髪に良く似合っていた。

「ほら、主役がそんな隅っこでしみったれてるんじゃないわよ」

「そうは言ってもな……元々苦手なんだよ、こういうの」

「世界を救った勇者様の言葉じゃないわね、ソレ」

「そう言うなよ。お前は平気なのか?」

「こう見えてもお姫さまよ? こんな場面には慣れているわ。ホラ」

 そう言って広間の中央を指差すリーナ。そこには純白のドレスに身を包んで、談笑するアリアの姿が。

「アレぐらい楽しんでなんぼでしょ?」

「……何と言うか……流石だな」

 元々、目立つの大好きなお姫様だ。皆に注目されて、しかも今日の主役とくれば有頂天になっても仕方ない。

「……まあ空元気だけどね、アレ」

「そうなのか?」

「何年あの子の姉をやってると思うの? すぐわかるわよ」

「へー……でも、何で? アリアにしてみれば、今日なんかすげー喜びそうなシチュエーションだけどな?」

「……鈍い鈍いと思ってたけど、やっぱり貴方も大概よね」

「何が?」

「寂しいからに決まってるじゃない。貴方……もう、帰るんでしょ?」

 不意に、世界から色が消えた様な、そんな感覚。

「……貴方の暮らして来た世界から、無理矢理貴方を召喚して、私達の世界の為に戦って貰って……そして救ってくれた。これ以上、貴方を引きとめる事なんて……出来っこない」

「……用が済んだから、さっさと帰れってか?」

「バカな事を言わないでよ!」

 俺の軽口に、会場中に響き渡る大声でリーナが怒鳴った。何事か、と注目する皆に、何でも無いと手を振り、注意を散漫させる。

「ご、ごめん。大きな声出しちゃって」

「いや……こっちこそすまん」

「……そうね。今のは和真が悪いわ」

「……」

「私達が……どれだけ貴方に支えられ、貴方を頼りにして、貴方と共に生きたいと願っているか……その想いを、茶化したんだもん」

「……すまん」

「……本当は、ずっと……貴方と一緒に居たい。この世界を守ってくれた貴方に、今度はこの世界の素晴らしさを教えて上げたい……」

 そう言って、俯くリーナ。

「……ごめん。しんみりしちゃったね」

「……いや……」

「でも、この思いは私達三人とも一緒。アリアだって……」

「アリアも?」

「昨日、宿屋でずっと泣いてた。貴方の名前を呼びながら。帰らないで、側に居て、って」

「……」

「プライド高いから、あの子は絶対言わないだろうけどね」

「……そっか」

「うん」

「……」

「……」

「……なあ、リーナ」

「……なに?」

「俺は……少しは役に立ったのか?」

「……何バカなこと言ってるのよ? 貴方が居なかったら、絶対に魔王を倒す事なんて出来なかったわよ」

「でも……お前ら三人でも……」

「出来る訳無い。私達三人だけじゃ、絶対に無理だった。貴方が居たお陰で、私達は一つになれた。最も……貴方のお陰で喧嘩も増えたけどね」

 そう言って、茶目っけたっぷりに笑って見せるリーナ。

「喧嘩って……俺がへなちょこだから……」

「そんな訳無いじゃない。私とアリアとシオン。姉妹だし、一緒のパーティーだったし、はたから見ても仲の良い姉妹だと思うけど……同時にライバルだったのよ」

「ライバル? 何の?」

「鈍感な勇者様には教えて上げな~い。ね、それよりシオンの所にも行って上げたら?」

「シオン?」

 リーナにそう言われ、会場を見渡す。さっきまで俺と同じ様に隅っこの方にいたシオンだが、気付けばその姿は会場内の何処にも無い。

「さっき、『少し召喚装置の整備をしてくる』って出て行ったわ。ほら、貴方が初めてこっちの世界に来た場所」

「……主役の一人が何やってるんだよ」

「貴方を無事に元の世界に送り返す為の機械だもん。最後は自分の目で整備の善し悪しを確認したいんでしょ?」

「……」

「ほら! ボーっとして無いで」

「あ、ああ」

 リーナに背中を押される様に俺は会場となる大広間を抜け出し、一路召喚の間へ向かう。地下にあるその空間は、上で行われているパーティーなど、あるで別の世界の様に静寂していて、その中にポツンと機械に向き合うシオンの姿があった。

「……シオン?」

「……和真か?」

 俺の声に、機械に向けていた顔をこちらにやる。青の飾りっ気の無いシンプルなドレスを着たシオン。

「どうした? 主役がこんな所に来て」

「それを言ったらお前もだろ? 何してんだよ、こんな所で」

「機械の整備だ」

「他の科学者は?」

「皆、パーティーに行って貰った。和真、残念だがお前の評判はすこぶる悪い。『何もパーティーの日の翌日に帰る事は無いのに』と皆ブツブツ言いながら整備をしていたぞ」

「っぐ」

「勿論、私もだ。何もこの晴れの日に、何が悲しくて一人で機械になど向き合わねばならん」

「じゃ、じゃあ、そんなの放っておいてパーティーに出れば良いだろが」

「『そんなの』? 和真、コレは君の命を預かる大事な召喚装置だぞ? そんなの呼ばわりはあんまりだろう?」

 くそ、正論を……確かに異世界を移動中に別の異世界に飛ばされました、今度は竜王を退治して下さい、とかだったら目も当てられん。

「そう思えば、人任せには出来ん。真剣な目で整備もするさ」

「それは……どうも」

「分かったら黙ってろ」

 そう言って、シオンはまたも黙って機械に向き合う。青のドレスを油で汚しながら、一つずつ、丁寧に。

「……よし」

 二十分ほどそうして、シオンが顔を上げる。何処となく顔が満足そうだ。

「……終わったのか?」

「ああ」

「そっか」

「明日は動かない様にして置いた」

「おい!」

「冗談だ」

 笑えねえよ! 鬼か、お前は!

「そう怒るな。むしろ、酷いのはお前の方だぞ?」

「俺?」

「ああ。何も、この晴れのパーティーの翌日に……皆が楽しく、生還を喜んだ次の日に、私達の前から姿を消さなくても良いと思わないか?」

「……」

「折角、メルバを倒して……世界は平和になって、これから楽しい事が沢山待ってる。そりゃ、辛い事もあるさ。でも……お前と……和真と……一緒……な……ら」

 シオンの目に、みるみる涙が溜まった。その涙が床に落ちないよう、軽く上を向く。

「……すまん。取り乱した」

「……いや。こっちこそすまん」

「いいさ。和真を召喚した日から、この日が来る事は分かっていた事だ。今さら、泣いても、拗ねてもどうしようもない事は理解していたつもりだが」

 そこで、言葉を切る。

「……頭で理解するのと、感情で納得するのは、また別の話だ」

 やれやれ、と肩をすくめて見せるシオン。

「その……シオンは……俺が居た方がいいのか?」

「……」

 俺の言葉に『何を言ってるんだ、コイツは?』みたいな目をするシオン。

「……和真を初めて召喚した時の言葉を覚えてるか?」

「……こ度の失敗は、ってやつか?」

「……今でも、そう思ってる」

 ……マジかよ? 凹むぞ、ソレは。

「勘違いするな。和真を召喚出来た事は、私の人生の中でも最高の成功といえる」

「オーバーだろ? まだ若いのに」

「何年生きようが一緒の事だ。和真という人間を召喚し、魔王メルバを一緒に倒した。その事実は、私の中で光り輝き、色褪せる事は無い。だから……君には感謝してるし、もっと……ずっと一緒に居たいとも思う」

 ……そっか。シオンもそう言ってくれるか。

「……だから……和真を召喚した事を後悔もしてる。私自身……別れがこんなに辛いとは思いも寄らなかったさ」

 そう言って、寂しそうに……本当に寂しそうに笑うシオン。

「……なあ、シオン」


 ……本当に良いのか?


「物は相談なんだけどさ」


 ……後悔はしないのか?


「その……こっちの世界に……居ても良いかな?」

 

 ……ああ、後悔なんてしない。ソレは、驚いた顔をした後、喜色を浮かべるシオンの顔を見て分かった。


「シオンが居て、リーナが居て、アリアが居て……平和になったこのオーランドで……ずっと一緒に暮らしたい」


返答は、無かった。


目に一杯涙を湛えたまま、シオンは俺の胸に飛び込んで来てくれたから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ