第九話
「……待っていましたわよ」
「よ。久しぶりだな」
「貴方が立太子してからですから……そうですね、概ね一か月と云った所でしょうか。久しぶりです、和真」
そう言ってにこやかに笑うアリアの姿に、俺の頬も少しだけ緩む。
魔法都市、リデニア。
王城から馬車で丸二日、街全体を高い壁で覆われたこの街こそ正にローレント魔術の聖地と言われる場所である。街自体が正円を描き、一種の魔方陣を模しているとか、いないとか。
「つうか態々出迎えに来てくれたのか? 悪いな?」
「で、出迎えなどでは――」
そんな魔法都市リデニアの城門付近でなんだかそわそわした顔で街道を眺めていたアリアに、少しだけ意地わるく聞いてみる。こう言えばこいつ、顔を真っ赤にして『べ、別に貴方の事を待っていた訳じゃありませんわ!』とかなんとか言うからな。うん、ナイスツンデレ!
「――……そうですわ。出迎えに来たのです。だって、一か月も逢ってなかったのですもの。ダメですの?」
真っ赤に染まった顔はそのまま、それでも俺の予想の斜め上の回答をしてくるアリア。無論、いい意味で。
「……アリア」
「な、なんですの?」
「嫁に来ないか」
「よ、よめっ――ええ、望むところですわ!」
「冗談だよ」
「酷いっ!」
なんて小芝居をしながらアリアと二人、アリアの先導で街を歩く。
「……これが魔法都市リデニアか。なんか、スゲーな」
「そうですか?」
「なんというか……独特?」
「正円の中心部にローレント魔術学院を配置し、それを取り囲む様に街が造られていますわ。巨大な魔方陣を模しておりますので、道や建物の配置に至るまできっちりと決められた街になります」
「……だから、あんな道のど真ん中に家があんのか?」
「そうですわ。最初に来られた方は和真、今の貴方の様に一様に驚いた顔をされます。ですがまあ、慣れればどうという事は御座いません」
空中写真でも見て見たい感じだな、これ。恐らくあの家、魔方陣で言う所の『・』みたいな役割をしているんだろう――うお! 家の中からぞろぞろと人が出てきたぞ?
「ちなみにあの家は一階部分は街道で、二階以降が住居となっております」
「……二階の人、落ち着かねーな」
「ですのでまあ、ある程度家賃などは安くなっておりますわ」
ほーん。アレか? 線路の近くの家は家賃が安くなるのと同じ理屈っちゃ同じ理屈か。そう思いながら少しだけおっかなびっくり、『街道』部分である一階を潜り抜けると真正面にバカでかい白亜の建物が見えた。
「正面に見えるのがローレント魔術学院です。ローレントが誇る智の結晶、魔術師の聖地になりますわ」
「……でけーな。つうか、白? なんつうか、魔術師は黒なイメージだが」
「なんですの、その偏見。まあ、どちらかと言えば黒に近いイメージはありますが、『魔術師は黒? 誰が決めたのよ、んなこと。白魔術師知らんのか』と初代学院長が仰られて」
「……そいつ、絶対転移者だろ?」
「詳細については判明しておりません。ですがまあ、人知を超える膨大な魔力を持っていらっしゃった方らしいですので、その可能性はありますわね」
「なるほど。それなら初代の学院長にも慣れるか……と、っていうかさ? 俺、魔術学院で何すれば良いの? 王様に『行け』って言われたから来たけど、俺ぶっちゃけ魔法理論とか全然詳しくねーぞ?」
「貴方は私の側にさえ居て――こほん。そ、そうですわね。正直、私も寝耳に水の話でして……まあ、正道で行くなら臨時講師という肩書でしょうね」
「いや、だからさ? 魔法理論とかさっぱりなんだってばよ」
「別に魔術学院は理論だけを教えている訳ではありませんわよ? 実習の方もあります」
「実習?」
「魔術は強い力であり……その強い力はなんの為にあると思いますか?」
……ああ。
「戦い、って事か?」
「そうです」
「なーんかイヤな感じ」
「戦争に利用された魔術により人々の生活が豊かになる事もあります。ファイアの魔法の劣化版が食卓の料理を温める様になったのは有名な話ですわ」
軍からの流用品でファッションが変わる、みたいなモンだな。いや、そもそも軍事技術が転用された便利電化製品なんて枚挙に暇がないし。
「魔術師同士の戦いは基本、遠くからの打ち合いになります。それはつまり、自身は全く傷付く事なく、一方的に相手を叩きのめすという事です。そして、何処の国も『それ』を抱えているとなると……和真はお気に召さないかも知れませんがある程度、抑止力な所もあるのですよ?」
核兵器みたいな話だな、おい。
「私が言うのも何ですが、魔術学院はどうしても理論先行で実戦経験が圧倒的に少ないです。魔王は倒したとは言え、魔族や魔物はまだ荒野を歩けばうろついている事もありますわ」
「まあ、全部殲滅って訳には行かなかったしな~」
「ある程度生態系もありますので、仕方の無い事ですわ。ですが、だからと言って私が教えている生徒たちが傷ついても良い話ではありません」
「まあな」
「人間同士の戦いもそうですが、魔族や魔物とばったり出会った時、ある程度自衛が出来る様にはなっていて欲しいのです。そう云った意味では貴方はうってつけでしょう?」
「一理あるな、それ」
「それに貴方は才能が無い所を努力でカバーした方です」
「なんだ? 魔術学院には落ちこぼれが多いのか?」
俺の言葉にいいえ、と首を左右に振り。
「そんな貴方に比べれば、私の生徒は優秀ですわよ? 皆、魔法の才能もありますし。貴方があれ程出来たのです。ならば、皆貴方以上の勇者になるかも知れませんわよ?」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑うアリアに少しだけ、苦笑。
「……んじゃまあ、『勇者』でも養成してみますかね~」




