第9章 決戦直前
大会を1週間後に控えた日曜日。日曜日も体育館が使えるという理由で、卓球部は練習をしていた。普段は休日練習なんてしないけど、これはこれでいいとおもう。
「んじゃ、今日はたくさん時間あるんで、しっかり練習しますかー」
中谷君の掛け声とともに、練習が始まった。
「今日は試合形式の練習もやりましょうね。見えてる人いないけど、まあ音でたいていはわかるので。」
そう、男子同士女子同士では当日対戦する可能性が高い。というより、1位を決めるものだから対戦するのは避けられない。それを踏まえての試合形式の練習というわけだ。明日kらの平日練習は通常通りあるけど、平日練習の時は試合形式の練習ができるほど時間がたりない。そういう意味で、今回の休日練習はやる意味がある。
「なあ、雄太。俺秘密兵器作ってきたぜ。」
「秘密兵器?お前いつの間に。」
「だからこそ今日まで秘密だったってもんだ。見とけよ。」
太陽の言う秘密兵器とはなんだろうか。まさか、変化球の一つでも覚えてきたのだろうか。それとも、強烈なスマッシュでも打つようになったかな?
「よっしゃー!行くぜ秘密兵器」
というわけで、俺と太陽がコートに立つ。
「いきます」
「はい」
太陽のサーブからスタート。サーブはふつうにゆっくり。これなら、ふつうに打ち返せるのでは。そう思い、決めにかかると…。
ボールがネットにかかった。
「リターンミス ポイント植田 ワンラブ」
「みたか俺の秘密兵器。これだけスピードを緩めて守備ラインぎりぎりに転がせば、たいていの選手はネットにかけるかゆっくり返すしかなくなる。」
なるほど。たしかに、あれぐらいゆっくりであれば、たいていの選手は早めに手を出してネットにかけるか、ゆっくり返すしかなくなる。人によっては見送ってしまうかもしれない。
次の太陽のサーブは真ん中を狙った早いサーブ。こいつもほんと成長したよな。努力という意味では一番していたかもしれない。それでも、早さはとっても打ちやすいもので、ふつうにリターンを返した。その球がうまいこと太陽の7番側の角に当たってとまった。
「セーフ ポイント藤浪 ワンオール」
「ち!ふつうに打ってきやがったー!!」
太陽の魅力といえば、けっこうなオーバーリアクションにあると思うが、さすがに大会の時にそれはしないよな?
「いきます」
「はい」
俺が打ったのはサイドを狙う高速サーブ。サーブはあっという間にサイドに到達し、角でとまった。
「セーフ ポイント藤浪 ツーワン」
というかんじで、今回は前と違ってひたすらいろんな技を試す。これがまた面白いように決まるもんで、気づけば11対5で俺が勝利してた。
「雄太、まじやべえ。俺、雄太と当たったら勝てる気しねえわあ。当日は手加減よろしくな。」
「なんで大会で手加減するんだよ。」
俺はすかさず突っ込みを入れることを忘れない。
「そういえば、対戦表届いたんですかね?」
高山さんがそんなことを言い出したので、そういえばと思い出す。確か、団体で申し込んだ場合は、団体で1部だけ対戦表が配られるはずだ。ということは、金本先生あたりがすでに持っているのだろうか。
「それ、すごい気になるな。明日先生のとこ行ってみるか。」
「そうね。私たちで確認してきます。」
というわけで、対戦表は明日発表されることになった。どんな人がくるのだろうか。
「じゃあ、次はわたしと真奈美で入りましょうか。中谷君、審判よろしくね。」
「よっしゃ!任せとけ」
この二人の試合といえば、もうすごかった。やはり江越さんはラリーがうまい。高山さんの速い球についていく。去年まではこの3人だけだったんだよな。ということを考えると不思議ではないのだが、やっぱ力関係的なものを考えるとなんか意外というかなんというか。
結局試合は11対8で高山さんの勝利。それにしても、8はいい試合だった。
「お疲れ様」
中谷君が最後のコールを終えてから二人にかけよる。
「ありがとう。」
「…ありがとう」
「二人ともいい感じじゃないか。こりゃ、当日どっちが勝ってもおかしくないな。」
「真奈美のラリー、手が抜けないわね。どこかで失敗すると、すきを突かれる。」
「え!そうかな。」
「うん。やっぱり決勝までは負けられないわね。」
やっぱり、3人は仲がいい。こうやって一緒に競い合える仲間がいるって大事だよな。俺もそんな競い合える仲間に入れているのだろうか。学年違うし、今年知っただけだし、難しいんだろうな。
一通り練習を終えて片づけをしているときのこと。
「あ、そうだ。これからご飯でも行きません?卓球部、新入部員の歓迎会もしてないし、先輩方ともしっかりお話したいですし。」
高山さんがそう言いだした。確かに、歓迎会といわれる行事はしていない。まあ、それは俺らが1年生じゃなかったからだとおもっていたのだが、高山さんはここでやろうと言い出す。
「お!いいとおもう。大会前だし、部員同士仲良くなるって意味でも。行きましょうよ。」
中谷君もそれにのる。
「じゃあ、行こうかな。」
江越さんものっかったということで、2年生は全員参加。となると、俺たちも行かないわけにはいかないだろう。
「もちろん行くよ。」
俺はしっかり返事をした。普段卓球の話ばかりが中心のメンバーだから、たまにはこういうのもありだろう。
「よし!雄太が行くなら俺も行くかな。」
というわけで、めでたく全員参加でご飯に行くことになった。ここで一人も脱落者出さないあたり、この部活は仲がいいといえる。
「じゃあ、駅をくぐって別の出口から出て先のファミレスでいいですか?あそこならゆっくりできそうだし。」
高山さんが提案したので、全員それに同意する。あそこのファミレス、普段は寮で食事が出るし、めったに行かないんだよな。だから、ちょっと道も怪しかったり。まあ、5人いればなんとかなるだろう。なんとかなるよね?
片づけを終え、すぐに出発。5人まとまると大変なので、学年ごとに別れて動く。そこはやっぱり仕事が早い2年生だ。
「なあ、雄太。」
「おお!どうした?」
「昨日のアニメ見たか?あのやばい展開。」
「ああ、主人公が敵に襲われて一人になるやつだろ?見た三田。」
「試しにだけどさあ、お前が仲間だったらどうする?」
「え?」
太陽の質問がいまいちよくわからなかった。アニメの話をしているはずなのに、なぜ俺の回答を求めるのだろう。
「仲間は主人公を助けるんだろうけど、それは主人公だったからじゃないのか?もし、襲われたのが主人公じゃなくて一般人だったらどうなるだろうか。」
質問の内容はよくわかる。助けるか助けないかなんて、しょせんは人の裁量に任されている。助けなきゃいけないという義務はない。ただたんに、助けたいから助けている以上、助けたくないなら助けないという選択肢も存在することになる。
「もし、脅威にさらされたのが俺みたいないいとこもほとんどないやつだったら、いったいどれぐらいの人間が助けてくれるんだろうな。」
「俺は…助けるよ。」
今の俺にはそう返すことしかできなかった。たぶん、太陽は卓球部での自分の立場のことを言っている。大会を目指す2か月という機関の中で、彼にスポットライトが当たったことはほとんどない。それはなぜかといえば、実力的なものといえば簡単だ。じゃあ、同じように初心者で入ってきた俺はどうだったのか。俺は最初から彼らを驚かす存在だったし、少なくとも女子二人は俺のことを信頼してくれるようになった。同じ土俵に立っている俺と太陽なのに、その差はなんなのか。その答えを、俺は知らない。少なくとも、卓球部という新たな環境の中で、太陽が一人寂しくすごしているということだけは容易に想像ができた。そして、彼は俺と同じように、どこにも居場所がなくて、卓球部という居場所を求めていたはずだ。
「じゃあさ、次の大会でいいとこ見せようぜ。俺を忘れるな!!みたいなさ。太陽ならできるって。」
「できたら今頃やってるだろ。」
太陽の反応は、なんとなく冷たい。俺は、その時卓球部という場所が、彼にとっては居場所になっていなかったことを知った。
「なんて、こんなの俺らしくないよな。雄太がすごいってだけだし、雄太の言う通り、俺が大会で一花咲かせればいいんだよな。」
太陽はさっきまでの沈んだ声とは違い、前をまっすぐ見ている声がした。
「おお!その気になった太陽に負けないように、俺もあと1週間頑張る。」
「よっしゃ!まずはどちらかが2年生エースを倒すところからだな。」
確かにそうだ。俺たちのどちらかは、トーナメントで決勝に行く前に、中谷君と当たらなければならない。どのような組み合わせになるかはわからないが、それは俺たちにとっての一つの壁であることは間違いない。
「そうだな。てか、身内にビビってたら、全国とか行けないし。」
だから、俺は強く宣言する。妥当中谷!そして、まずは東京制覇を夢見て。
「あ、やべ!前のやつらの声が聞こえなくなっちまった。おい、急ぐぞ。」
太陽の言う通り、前で話をしているであろう2年生3人の声が聞こえない。たしかに、そんなに声がでかい3人ではないが、聞こえないのはさすがにまずい。俺と太陽は、近くのファミレスに向けて急いだ。
「いらっしゃいませ。」
二人で中に入ると、店員さんに声をかけられた。
「あ、えっと、さっき視覚障碍者の3人がここにきたとおもうんですけど。」
俺がそういうと、店員さんが3人がいる席に案内してくれた。視覚障碍者という言い方はまあ微妙だけど、ほかにそんなお客さんいないだろうし、案内してもらうにはちょうどいい。
「すまん。遅くなった。」
俺と太陽が3人に謝罪をしていると、
「いえいえ、わたしたちこそ、気づかなくてすみません。じゃあ、真奈美の横に藤浪先輩入ってもらっていいですか?その隣に植田先輩で。」
学校の外に出ても、高山さんは卓球部をまとめるリーダーポジションであることに代わりはない。ほんと、俺たち先輩なのだろうか。
各々飲み物をとって注文をした。5人もそろうと、いろいろな食べ物を頼む人がいる。
「今日はみなさんお疲れさまでした。大会まであと1週間ですね。」
「ほんとそれ。先輩方が入ってきたのがほんと最近のように思えるのに、もう大会なんだみたいな。」
中谷君がいうことはもっともだ。俺たちが入部してから2か月がたとうとしている。だが、体験に行ったのは本当についこの間のように思える。
「いやあ、まじで緊張してきたわあ。どうしよ、初戦で同じ学校対決とかなったら。」
「植田先輩、それはないとおもいますよ。さすがにその辺は調整してくるはずなので。ただ、初出場の人は、けっこう上位の人と当たりやすい傾向にあるので注意してくださいね。」
それは大会の定番だ。初出場の人は、前回の大会で上位を取った人と当たる傾向がある。そうすることによって、バランスの調整をしている。まあ、前回1位と2位が1回戦で激突とか笑えないからね。
「前回って、どんな順位だったの?」
おそらく、この間練習試合をした高校の選手も出ているだろうから、俺はそんなことを聞いてみる。
「男子は優勝が中谷君。準優勝が坂本君っていう、この間の人ですね。で、3位は誰だったかな、わたしたちも知らなかった人で、確か山田って人と、内川ってひとだったような。」
「へえ。あ、そういえば、確か練習試合したとき、向こうは二人が1年生だったね。去年は出てなかったってことか。」
「そうですね。ちなみに、女子は1位がわたしで、2位が例の阿部さん、3位が去年までライバル校にいた松本さんと、片岡さんだったようなきがします。女子のほうは、ライバル校に新戦力もいなさそうだったし、ひょっとしたら意外な人が急に勝ち上がってくるかもしれないですね。」
まだまだ俺たちが知らないような選手が大会には出てくるらしい。プレイスタイルは人それぞれだし、注意していかなければならない。このような試合の時は、いかに自分のプレイをできるかが大事だ。
「まあ、そういうわけだから、俺と望は初出場組と当たるんだろうな。いったい、どんなやつなんだか。」
「まあ、問題はないとおもう。今の私たちなら、準決勝ぐらいまでならいけるよ。そこまでくると、仲間同士の戦いになるから、保証はできないけれど。」
前にも話した、宣戦布告。お互いが全力をもって倒しに行くというあの近い。これが実行される時が、あと1週間後にくるわけだ。
「あの…わたしって、どうなるのかな。前回準々決勝で敗退だったけど、どんな人と1回戦で当たるんだろう。」
江越さんが聞いたことはもっともだ。初出場と上位の人の組み合わせはわかっても、その間の人がどこに来るかは基本的にわからない。ここは、大会事務局に任せるとしかいいようがない。
「どうなんだろうね。前回出場して同じくらいの順位だった人とあたるのかな。まあ、明日確認しましょう。」
結局、対戦相手のことを予想してもブルーになるか何もわからなくて悩むだけなので、やはり対戦相手の話題はここで終わった。
「あ、雄太先輩だ!おおい!!」
俺たちが卓球の話で盛り上がっていると、急にそんな声をかけられた。これは、誰から呼ばれたか確認しなくてもわかる。俺に対してそんな呼び方をするひとは、一人しかいないのだから。
「お、岩崎!まさかこんなところで会うとは。」
俺は声がする右の方向に顔を向け、岩崎の声にこたえる。
「おい岩崎。お前なあ、先輩方は卓球部できてるんだから声かけるなってあれほど言ったのに。あ、邪魔してすいません。」
これまた、だれが言ってるか解説をしなくてもわかる読者が多いだろう。岩崎とセットな男の子といえば、彼しかいない。
「あ、熊谷じゃん。岩崎と熊谷でデート?」
「な、なんでそうなるんすか中谷さん。いや、デートっつうか、ちょっと勉強終わって気晴らしというか。」
「勉強?ああ、そういえばもうすぐテストだったわね。」
話題が一気に卓球の話題からテストの話題に変わる。それにしても、このメンバーが一度に集まることって、今までなかったよな。いったいどんな反応が起こるのだろう?
「聞いてくださいよ雄太先輩。熊谷君ったら、わたしより勉強できるんですよ。いつもはその、なんか不真面目そうな感じなのに、勉強となったらすごいできて、うらやましいっていうかなんていうか。」
確かに、岩崎の言うこともわからなくはない。熊谷君は普段絡んでる感じでは、どちらかというとノリの良い男子という感じで、まじめに勉強をしてそうなイメージはない。
「あのな、岩崎。それ褒めてるの?けなしてるの?まあ、どうせけなしてるんだろうけど、そんなこと先輩たちに言わなくてもいいだろう。」
やはり、この二人はとてもいいコンビだ。二人で助け合いをしっかりしている。こんなペアーいいよな。
「あ、そうだ。雄太先輩も、一緒に勉強しましょうよ。わたし、仲間がいないと集中できないタイプで。けっこう、お互い教えあったり楽しいんですよ。」
「え!じゃあ俺もい…」
俺が岩崎の誘いにOKを出そうとした瞬間、隣の席から強く手を引かれた。なに?とおもいながらそういえば隣誰だっけと思った瞬間、
「藤浪先輩。わたしに勉強教えてください。」
という、江越さんの声が聞こえた。あれ?江越さん声で閣内ですかね?
「ちょ!わたしが先に誘ったんですけど。ていうか、誰ですか?」
あの、岩崎さん?気持ちはわかるけど、卓球部できてるんだから、それぐらいわかろうね?さすがにかわいそうだよ?
「わたし、先輩とライン交換した時、ずっと言ってました。あ、質問にも答えなきゃ。江越真奈美です。」
「まあまあ、勉強はみんなでやったほうがいいっていうし、このさいここにいる全員で…」
太陽が提案をしようとするが、女子二人の圧力には勝てなかったらしく。最後のほうは声が小さくなった。
「まあまあ岩崎。お前が急だったことに代わりはないんだから、ここは俺で我慢しとけ。」
さすが熊谷君。岩崎の扱いには慣れている。
「なんでそうなるの?」
とおもうほうが間違いだった。
「珍しいね。真奈美がそこまで自己主張するの。ていうか、いつの間に二人はそんなに仲良くなっていたの?」
「あ、えっと、練習試合のあとぐらいかな。先輩、わたしがライン送ったらけっこう丁寧に返してくれるんだ。」
あの、江越さん?君も言ってることが余計だよ?そんなことを言うとですね…。
「そんなの、わたしにだってそうですよ。」
となるわけです。
「ていうか二人とも。藤浪先輩は高3で忙しいんだから、そんなわがまま言っちゃだめだよ。試験の結果で推薦とかいろいろかかわってくるんだから。真奈美にはわたしがいるし、岩崎さんは熊谷君にお願いすることにしましょう。」
さすが高山さん。状況をしっかり把握し、俺のためにも場をうまく収めようとしてくれている。
「ま、まあ、受験とか言われたら仕方ないですね。雄太先輩のこと、応援したいから。」
「あ、そっか。先輩受験だったんだ。卓球部ずっといるから忘れてました。じゃあ、受験終わったら頼ろうかな。」
という感じでうまくまとまったけど、これ、事態を先送りにしただけじゃないかな?本当に大丈夫?
「まったく、見せつけやがって。あ、そうだ。江越さんと、岩崎さんって言ったっけ。雄太の秘密を知りたけりゃ、俺がいろいろ教えてやるから。3年間一緒にいて、俺はあんなこともこんなことも知っている。」
太陽が急に自信満々に口を開き始めた。まずい!太陽が言ったらやばい俺の秘密がいくつかあるような気がする。
「なにそれ!わたしも聞きたいです。」
だがしかし、一番食いついたのは高山さんだった。
「おお!いつでも連絡してきて。」
「先輩の秘密、なんか知りたいかも。」
え!江越さんくいつくの?てか、君太陽としゃべれるの?
「わかってないですね。こういうのは自分で見つけるから面白いんじゃないですか。好きな人を追いかけて追いかけて、その人の新たな一面を発見する。そこが面白いんですよ。」
「岩崎!相手は先輩だぞ。もうちょっと態度をだな。」
熊谷君、やっぱ役目が大変そう。ていうか、今好きな人って言った?あれ、気のせい?
「そっか。相手のいろんなところを発見してうれしくなって、自分もいろんなとこ知ってほしいって思うようになって、そうやって人って距離を縮めていくものなのか。」
江越さん?何納得してるの?やっぱりこの子はよくわからない。ふつうに純粋なだけ?
「まあ、確かにいろんなこと知って、いろんなこと知ってもらえて、そうやって距離縮めると、その人は一生大切な人になっていくよな。距離を縮める過程でなんかすれ違ったり、うまくいかないことも多いけど。」
ずっと口を開いていなかった中谷君が急にそんなことを言い出した。中谷君と高山さんがどんな道を通って、今そんな関係になっているのか、俺が知る由はないけど、今の中谷君の言い方からして、二人にもきっといろいろなことがあったのだろう。とくに、だれとでも明るく接することができる高山さんと、どうしても接する人を選んでしまう中谷君の間には、いろいろなすれ違いがあったはずだ。
「そうね。それに、知らないことを知れた時の喜びとかなんとも言えない純粋な感情は、とても癖になるというか、いつ味わってもなんかどきどきするというか。もちろん、その対象はみなさんにですよ。藤浪先輩も植田先輩も、いろいろな一面があって、この2か月楽しかったです。どうしても3人だけで部活やってると、お互い刺激がなくなってしまうことが多いので。」
確かにそうだ。相手に対して恋愛感情を抱いていなくても、よくかかわる相手の一面を知れるたびに、自分はなんかうれしくなる。高山さんと同じく、俺はこの2か月でいろいろな人を見てきた。2年間ずっと一緒に高校生活にのりきれない組を形成した太陽だって、この2か月間で知れた新しいことがある。そして、今までかかわってこなかった高山さんや中谷君、ほとんど話はしないけど数々の一面を見せる江越さん。お互いを知っているからこそ、卓球部という一つの部活にまとまって、みんなで優勝を目指しているはずだ。
「なんか、先輩にいいとことられちゃいましたけど、つまりはそういうことです。お互い知っていくのが、人間関係の基本です。」
「たしかに、わたしも先輩のいろいろを知りたいけど、それはやりとりをしていればわかることか。奥が深いなあ。」
江越さんが隣で、ひとりごとかのような声でつぶやく。江越さんは、自分はあまりしゃべるタイプではないけど、その代わりちゃんと人を見ている気がする。いつか、このことじっくり話をしてみたいな。俺が入部して最初に話してくれたあのときより、きっとたくさん話せるよね。俺はそんなことを考える。
「あ、もういい時間ですし、そろそろ帰りましょう。門限遅れるとか、さすがにありえないっしょ!」
熊谷君のその声を合図に時計を確認してみると、確かに時刻は9時を過ぎている。こうやってファミレスでみんなで話すって、これこそ青春ではないか、なんて思ってみたり。
「あ、本当だ。んじゃ、雄太先輩、わたしと行きましょう。」
「おい、なんでそうなるんだよ。雄太は俺とだな。」
「何言ってるんですか?植田さんは、いつも雄太先輩と一緒じゃないですか。この帰りの数分ぐらいは。」
というわけで、何時間話をしたって、どんなにお互いのことを知っても、結局立場というものは変わらない。やっとつかんだこの楽しい日々が、これからも続くといいな。
「はいはい、植田さんは俺と行きましょう。じゃないと、岩崎怖いんで。」
熊谷君は、やっぱり岩崎のことをわかっている。この二人、本当にいいコンビなんだけどな。
こうして、決戦直前の日曜日は終わった。平日に練習をすれば、いよいよ来週は卓球大会。ここで、俺たちのすべてが試される。きっと、今のままならお互い恨みっこなしで優勝を目指せる。たとえ栄光を勝ち取ったのが誰か一人でも、俺たちはその一人を十分に祝福できる。そんな予感がした。
その翌日、予定通り対戦票を確認した高山さんと中谷君。どうやら、男子は準決勝で植田と中谷君が当たるらしい。女子は高山さんと江越さんは決勝でしか当たらない。トーナメント表はうまく分かれたようだ。
そして時は過ぎ、退会の前日を迎えた俺たち。
「明日はいよいよ決戦の時です。今日は早く寝て、しっかり準備して明日に臨みましょう!」
高山さんの掛け声に合わせて、全員が声を上げる。はたして、俺たち5人を待ち受けるプレイヤーはどのような人たちなのか。そのようなことを考えながら、学校をあと西、自室に入った。