第5章 初めて見た外の世界 後編
というわけで、後輩ちゃんが頑張った後は主人公に頑張っていただきます。
「じゃあ、3試合目行こうか。確か、そっちはエース君が登場するんだったね。」
「そうだ。」
中谷君は、闘志をあらわにベンチから立ち上がる。さっきまでさんざんばかにされて、江越さんが勝利したとはいえ、うちはまだまだなめられているはずだ。
「怖い怖い。練習試合なんだから、もっと力抜こうね、中谷君。」
「…」
やはり、相手の部長、たしか長野とかいったっけか、あいつはこちらを必要以上に挑発してくる。ほんと、「練習試合なんだから」ていうのは、こっちのセリフだわ。まあ、中谷君ならきっと余裕で勝てる相手だろう。
「中谷君さあ、坂本君に負けたことってあったっけ?」
「ないですけど」
「そう。じゃあ、余裕ってわけだ。エースが勝てないとそのあとに弾みがつかないから、君真ん中にいるんでしょ?あ、そっか。この出場順を決めたのは、高山さんか。」
「出場順の策略なんて、今は関係ないんじゃないですか。」
ここぞとばかりに、高山さんが立ち上がる。彼女の言う通り、出場順に隠されたこちらの策略なんて、向こうが知る権利はない。というか、そんな話をするべきではない。
「そうだね。じゃあ、今度こそ始めようか」
そういうと、中谷君と、相手の坂本という選手が卓球台につく。
じゃんけんの結果、サーブは中谷君から。中谷君のサーブなら、きっと相手は返せない。少なくとも、このセットはもらったも同然だろう。
「いきます」
「はい」
中谷君はやはり、早いサーブを選択。これならきっと。
しかし、サーブは相手に狙い撃ちされ、あっという間に中谷君のエンドフレームに戻った。エンドフレームに戻ったボールはそのまま飛び出て外へ。
「アウト ポイント中谷 ワンラブ」
「ち…」
なんとかアウトになったとはいえ、中谷君のサーブが狙い撃ちされたのはまぐれだろうか。たまたまラケットにあたっただけなのだろうか。それとも、音をしっかり聞いて、もしくはサーブの方向を読んで、相手が狙い撃ちしたのだろうか。
中谷君はもう1度早いサーブを選択。さっきより方向を真ん中より二。
しかし、やはり相手のリターンが高速で帰ってくる。今度は中谷君もなすすべなくたまはエンドフレームにあたって台に残った。
「セーフ ポイント坂本 ワンオール」
なんでだよ。俺や太陽だけじゃない、高山さんや江越さんだって、あんなきれいにリターンできないサーブを中谷君が打っているのに、相手はあたかも自分の読みの方向にボールがきてるかのように、そして球が見えているかのようにリターンしてくる。
次は相手のサーブ。向こうも早いサーブを選択。サーブは中谷君のラケットにあたって真ん中へ。基本的に、このような場合、しっかりリターンしなければ球は速度が落ち、相手からしてチャンスボールになる。それを相手は見逃さない。真ん中から強烈なストレートへのリターン。そのボールは中谷君のラケットめがけて転がってきて、中谷君のラケットに2度当たって跳ね返った。
「ダブルヒット ポイント坂本 ツーワン」
「中谷君…。今までこんなことなかったのに」
高山さんが早くも神妙な面持ちで中谷君のプレイを見守っている。相手の部長がここまで中谷君に挑発をしてきたのは、この坂本っていう選手が、中谷君に絶対勝つという自信があったからなのか。
そのまま次も相手が決めてカウントはワンスリー。中谷君のサーブに戻る。
「いきます」
「はい」
中谷君はサーブを打ったが、それはセンターラインをすこし外れてコースアウトへ。
「コースアウト ポイント坂本 ワンフォー」
「中谷君、相手のペースに巻き込まれてる。今まで負けたことのない相手にやられてるのだから、きっと冷静じゃないはず」
「高山さん。なんであんな学校と練習試合するの?あれじゃあ、プレイがどうとかじゃないきがする。完全に挑発されてるっていうか」
俺はやっと疑問に思っていることを聞いてみることにした。まあ、プレイ中だから、あまり長くは話せないんだけどね。
「それは…仕方なくて」
それからも相手の圧倒的なプレイは続き、イレブン湾で中谷君は第1セットを落とした。
「んでだよ。俺が積み重ねたものは、この程度だったって、ことなのかよ」
チェンジエンドの間、中谷君がそのようなことを言っていたのが聞こえてきた。やっぱり、向こうはこちらをつぶす気でいる。俺たちが選手として立ち直れなくなりそうなことをやろうとしている。
「藤浪先輩。ちょっといいですか。」
高山さんがそういうと、俺と高山さんでいったん部屋を出て外へ。まあ、公式戦じゃないから、いったんでても得点の間にさっと入り込めるんだよね。これ、公式戦だったら、試合の間しか部屋開かないみたいな情報あるし、移動は気を付けないとな。
「あの人たち、大会にでたら上位をとるような人たちだったんです。それを、わたしと中谷君が阻止した。それ以降、この練習試合は続いてきました。わたしも、読みが甘かったんですかね。相手が正々堂々卓球をするんじゃなくて、こうやって挑発とかしてわたしたちを超えようと思っていたなんて、わたし知りませんでした。」
高山さんが、やっと練習試合が開かれるようになったいきさつを話してくれた。でも、そんなはずはない。だって、現に半年前、江越さんがつぶされかけていたのだから。
「そうなんだ。でも、江越さんのことを考えたら、半年前で終わりでよかったとおもうけど」
だから、俺は思ったことを高山さんにそのまま聞いてみた。疑問に思ったことはその場で解決する。そうしないと、今後部活というものが成り立たないと思ったから。
「真奈美の県は、先ほども言った通り、真奈美のためにでした。あれは、本当に実力の差があったから、真奈美に強くなってほしかった。でも、第3試合の中谷君への向こうの部長の挑発はそれを超えてますし、なにより、それで中谷君のすべてが狂ってしまった。あの様子だと、中谷君はしばらく立ち直れないです。それは試合前のことだけじゃなくて、ここにきてからほぼ全員が感じていたであろう、向こうの部長へのいらいらも含めて、彼はすべてを消化しきれないはずだから。」
そうなのか。やっぱり、高山さんも中谷君も、これははじめてのことなんだ。でも、その中で俺ができることって…。
「藤浪先輩。お願いです。次の試合、相手に惑わされないでください。向こうの1年生エース候補がどの程度かはわからないけど、自分のプレイができれば勝てない相手じゃない。真奈美はそうやって勝てたし、今までの私たちがそうだった。だから、先輩が流れを変えてください。そして…」
高山さんは一呼吸おいてから、続きを告げた。
「わたしが、あの部長を倒します。もとからそのつもりで出場順組んでますから、それは不可能じゃないです。だから、絶対に勝ってください。それは最高学年の先輩ができることだから。」
勝つ…。相手はエース候補の1年生。1年生とはいえ、中学の時から卓球は経験しているのだろう。1か月前まで授業程度にしか卓球をしていない俺が、はたして勝てる相手なのか?中谷君や高山さんならまだしも、俺がそんなことできるのか?
「でも、俺、そんなことできるかな」
ここは先輩としての威厳を…。なんて言っている場合じゃないので、高山さんに正直な気持ちをぶつけてみた。
「できます、先輩なら。わたしたちや金本先生の練習に必死に耐えて、前よりレベルが上がった先輩なら、相手が経験者だろうと、エース候補だろうと、互角に戦えます。」
高山さんは、俺の不安な気持なんか吹き飛ばすように言った。俺がうちの高校に流れを引き寄せる…。俺に課された高山さんからの最初のミッション。そして、大会前の俺が超えるべき壁。迷ってる時間はない。決戦はすぐそこだ。
「セーフ ポイント坂本 イレブンツー このゲーム2対0で坂本選手の勝ちです」
俺たちがちょうど部屋に戻ったころに試合は終わった。中谷君はすべてをつぶされたのか、ほとんど無言だった。試合後のありがとうございましたも、心持ち震えているような気がした。前回の江越さんほどではないとはいえ、2セットで3点しかとれなかったんだもんな。それは相当に悔しいに決まってる。悔しいというか、下手したら、相手に対する恐怖というものが芽生えてきてもおかしくはない。
「さて、部長対決を前に、こちらが勝ち越しを決めることになりそうだね。菅野君、あとは頼んだよ。」
「長野さん。こちらは相手のデータはないんですよ。なのにどうしてそこまで自信があるんですか?」
「やだなあ菅野君。相手に脅威でも感じるの?大丈夫だよ。相手はさっきの中谷君より格下なんだから。中谷君をうまいこと料理する坂本君が見れただろ?君は彼と互角に渡り合っているんだから、ぜんぜん問題はないよ。」
「そうですかね。」
「うん。むしろ、遊ぶ余裕だってできるかもね。なーんて、それは相手を下に見すぎか。」
あの、すべて聞こえてるんですけど?俺、どんだけ下に見られてるの?中谷君の時とは違って直接言ってこないあたり、かなりむかつく。これで大会で上位とるっていうんだから、スポーツってほんとよくわからない。
「藤浪先輩!信じてますから。」
おっと、そうだった。あやうく俺も相手のペースに飲まれるところだった。俺は高山さんとの約束がある。ここで流れを変えるために相手を倒すって。それを果たさなければいけない。
「それでは、菅野選手対藤浪選手の試合を始めます」
審判は相手の高校の先生。審判によっても販促の判定とか違うだろうし、ここは注意していこう。
じゃんけんの結果、相手が勝って相手がサーブを選択。あれ、じゃんけん、俺ら1勝3敗じゃない?まあ、このさいどうでもいいか。
試合は始まった。しかし、今までの相手とは違い、菅野というエース候補はしょっぱなからせめてこようとしない。サーブはふつうにゆっくりだったし、リターンがめちゃくちゃ早いわけでもない。ただ、一つ言えるとしたら、レシーブがうまい。俺がどんなにサイドを狙っても、逆を突いても、相手はうまいこと球を返してくる。しかも、全部同じ方向に。同じ方向…。同じ方向なら、そこに構えていればいいのではないか?なんて思うわけだけど、俺がどんなに打ちに行っても、相手はうまいこと返してくるからラリーが続くだけで、何も変わらない…。
結局、20回近くラリーをしたところで、俺がボールをネットにかけた。
「リターンミス ポイント菅野 ワンラブ」
なんなんだこれ。今までの相手とは違う。変化球を混ぜる阿部さんはともかくとして、うちのメンバーも含めてみんな勝負が早い。サーブもリターンも基本的に早い。なのに、今の相手はそんなことがない。なのに、自分にはない何かを感じる。
それからも、俺のミスで失点することが多く、合計120回ぐらい打ち合ったところで5対2で菅野君がリード。確か、10分以上試合が続くかなんだったか忘れたけど、促進ルールってなかったっけ?あのレシーブが勝つみたいなやつ。俺がレシーブ側だから、このまま持ってれば勝てるような気がするが、そうでもないのかな?あ、でも、練習試合だから促進ルールないのかな。
得点は7対5。今ならまだまだ追いつける。そんな点差の時、相手にサーブ権がある。もう300回以上打ち合いをしただろうか。お互い体力と集中力はぼろぼろのはず。まだ第1セットだし、1セット目をとったほうが流れをつかむのだろうとおもった。
しかし、相手はそこからエンジンをかけた。突如真ん中に来た早いサーブ。俺はそのサーブになすすべもなく、ただただ見送るしかなかった。
真ん中に来たなら、真ん中にラケットを構えていればきっと次は打ち返せるはず。そう思って真ん中に構えてみたが、相手のサーブは俺のラケットよりすこしサイドよりにきた。その球も打ち返すことができず、試合は9対5で相手がリードするという、点差が開いた展開に。
俺は、やっぱりだめなのか。相手の策略にやられて、ここで終わるのか…。高山さんとの約束も守れずに、こんな無様な負け方するのか。
10点目をとられ、あと1点とられれば第1セットが終わる。このままずるずる行くに決まってる。俺には、この流れをとめる能力なんてない。ていうか、ラリーで疲れて、相手の球を読むことも、球に合わせて動くことも、もうまともにできない。
でも……。俺は卓球部に入って変わった。今まで楽しくなかった高校生活が楽しくなった。一緒に力をつける仲間ができた。そして、後輩から頼られるようになった。まだ1か月だけど、それでも、俺が今まで努力した結果がついているのであれば、ここで負けたとしても、俺の成長を感じたい。そして、大会につなげたい。太陽は、卓球なんかぜんぜんできなかったのに、すこしずつ変わった。江越さんは半年前の相手に雪辱を果たした。中谷君は、エースとしてチームを強くしつつ、俺たちを育ててくれた。高山さんは、俺たちが成長するためのポイントをわかって、チームをマネジメントしてくれている。もし、俺にもみんなに何かができるなら、俺はこの試合で相手に向かうところをしっかり見せたい。そして、そのプレイの先で相手に勝ちたい。
そんなことを思いながらプレイをしている間に11点目をとられて第2セットへ。でも、もう迷ったりはしない。俺が、俺が流れを変える。
俺からのサーブ。俺が選んだのは、高速でサイドに行くサーブ。今まではネットしたり、サイドから飛び出すことが多かったけど、きっと今なら。
サーブはそのままサイドを伝うように進み、エンドフレームでとまった。
「セーフ ポイント藤浪 ワンラブ」
俺がひさびさに決めたエースポイント。ここから、ここから反撃だ。
「向こうの新入り、なんか雰囲気変わったね。でも、うちの菅野君なら」
周りの声もなんとなく聞こえるけど、今はプレイに集中する。相手が打ってきた早いサーブ。ラリーに持ち込めば、前のセットみたいに自滅する。リターンをネットにかけるか、それともネットを通るか。そんな確率わからないけど、今なら思いっきりストレートに打つしかないって思った。俺が打つリターンは、第1セットの時より威力が増してるような気がした。それがなんとなく自分が持っているもやもやを吹き飛ばしてくれた気がしている。相手もラケットに充てるのが精いっぱいで、よくて真ん中に帰ってくる程度。そのリターンのほとんどが、俺のコートには帰ってこなかった。
結局そのセットを11対3でとって第3セット。
サーブは相手から。早いサーブがくると、俺は分かっていた。相手のサーブはリターンし続け、チャンスを待つか、ミスを誘う。そして、俺のサーブの時は、多彩なサーブで相手をほんろうする。これが、中谷流練習方式で生み出された俺のサーブ。真ん中を狙った早いサーブと、はじを狙ったサーブ。そのどちらも練習をするからこそ、多彩なサーブができる。今の俺には、そんな力があった。
10対8。3セット目は相手もわかってきたから接戦になりかけたけど、俺はこれで決めるつもりでサーブの動作に入る。コースもネットも外れないように、俺が打ったサーブはライン上を襲って相手のエンドフレームへ。
「セーフ ポイント藤浪 イレブンエイト このゲーム 2対1で藤浪選手の勝ちです。」
「よっしゃー!!」
俺は試合の終わりと同時にその場で叫んでいた。
「よくやったな、雄太!お前まじで最高だぜ!」
太陽もベンチから立ち上がり、俺を出迎える。
「先輩…。すごいです」
普段はあまり会話をしない江越さんも、すごくうれしそうな声で俺に話しかけてくれた。
「中谷君…。わかったでしょ?うちはまだ終わってない。こうやって立て直すこともできる。その点は、藤浪先輩にあとから話を聞くといいとおもうよ。」
「そうする。先輩、まじすごいっす。」
中谷君も、さっきよりは幾分か元気を取り戻していた。
「藤浪先輩。約束守っていただいてありがとうございます。流れは変わりました。あとは私に任せてください。」
高山さんも、しっかりして部員をまとめる部長というのは変わらずだけど、その場ののりに合って楽しそう。自分でも信じられなかった。いつもは負けてばっかの俺が、外の人との試合で勝つことができた。これはすごく自信になった。
「すいません…。」
「菅野君。君はまだまだ練習が必要だね。というより、気持ちで負けた試合だったね。第2セットになって、敵が変わったの、君はわかっていただろ?その時に敵に何があったかは僕たちが知る由もないけど、ともかくエンジンがかかった敵の流れをとめるぐらいの力が、君にはなかったってことだね。」
「はい。」
「彼らはきっと次の大会に出場してくるはず。ちゃんと対策考えなきゃだめだよ。」
俺、相手に対してもけっこう脅威になったんだな。あ、でも、脅威になったってことは、次回からは中谷君みたいに直接つぶされるのかな?
「これで2勝2敗。長野さん、最後の試合行きましょうか。」
高山さんが前に出て相手の部長を促す。今まで上からな部長にやられっぱなしだったけど、やるじゃん高山さん。
「そうだね。」
あれ?相手の口数が少ない?嫌味言わない?なんで?
という理由はすぐにわかった。
「あの部長、あんなでかい口たたいてますけど、自分はたいしたことないんすよ。5人の中では最弱かもしれないっすね。まあでも、最高学年だから部長やってるみたいな。」
と、中谷君が教えてくれた。なるほど。自分は後輩を育てつつ、本当は表舞台に出ないってことか。それだったら、菅野君で勝ち越し決めて、高山さんの動揺を誘いたかったってところはあるんだろうなあ。
てなわけで、高山さんの圧倒的なプレイで試合は11対2と11対3で高山さんの勝利。まあ、高山さんの試合描写が少ないっていう突っ込みが読者からきそうなんだけど、本当に圧倒的過ぎて書くところないんだよね。てか、相手がとった2点と3点って、全部が高山さんのサーブミスっていうんだから、事実上ストレートで勝ったようなものだよな。あ、それとも、わざと点数上げたのかな?んなことないかあ。
というわけで、俺たちの練習試合は終わった。結果は3勝2敗。まあ、それぞれ収穫はあったってことで、きっと有意義な時間になったはず。
「いやあ、ほんとよくやったよ。」
金本先生が帰りの車の中で安堵に満ちた声で話す。
「ほんと、真奈美と藤浪先輩のおかげです。ありがとうございます。」
高山さんはそういうが、俺が勝てたのは、ほんとみんなのおかげだから。なんて、絶対に言えないけど。
「でもさあ、練習試合なんだし、勝ち越しとか考えなくてよかったんじゃね?」
太陽が何気なくそんなことを聞いていた。確かにそうだ。相手もこちらも、なんとなく勝ち越しというのにこだわっていた。それは、いったいなぜなのか。それに関しては、高山さんに聞いていなかった。
「ああ、うちと向こうは伝統的に練習試合してるんだが、やっぱ勝ち越しってロマンがあるだろ?そんなところさ。」
金本先生はそういうが、その理由はなんか引っかかる。確かに、勝ち越しって大事だけど、そんなに重要?
「まあ、そうっすね。勝ち越すか負けコスだったら、勝ち越すのがいいに決まってる。」
太陽も納得して返事をしていた。
「そう、ですね。卓球は個人競技ですし、団体の勝ち越しとか負け越しは本来なら関係ないです。」
その時、高山さんの声が微妙なトーンだったのを、俺は聞き逃していない。
車が学校について俺たちは各々の部屋へと戻ろうとしたのだが…。
「先輩!」
なぜか江越さんに呼び止められた。え!江越さんって、そんなキャラ?
「おい、雄太、どうした?」
「わるい太陽。先行ってくれ。」
というわけで、太陽と中谷君が男子寮へ向かい、高山さんも女子寮へ向かい、3人の足音が聞こえなくなったぐらいで俺たちもゆっくり歩きだす。
「わたし、あれでよかったんですよね?みんなもう、わたしがこの学校で一番弱いなんて思ってないですよね?」
江越さんは心配症というか、自己否定が強いというか。でも、今の江越さんには、自信をもってこういえる。
「うん。江越さんは強いよ。江越さんが勝ったから、俺も勝てた。ありがとう。」
「先輩…。これからも、よろしくおねがいします。」
江越さんの明るい声、俺は初めて聞いた気がする。一人の女の子が、一つのつらさを乗り越えたっていうことを、俺はその時実感した。
「うん。こちらこそ。」
俺も笑顔で返す。
「あ、あの…。よければその、連絡先とか聞いてもいいですか?」
まじで!高山さんとは連絡の関係で連絡先を好感していたが、江越さんにまで連絡先を聞かれるとは。俺、なんかいいことありすぎじゃない?
「いいよ。」
というわけで、最近はやりのラインとやらで連絡先を好感してみた。ちなみにだけど、視覚障碍者同士でQRコード使ってライン追加するのって、けっこう大変なんだよ?フレームにQR合わせるって何?ということなので、俺たちは「ふるふる」なんていうものを使って好感してみた。これ、なんか面白い。
というわけで、今度こそお互い部屋に戻った。
半日の練習試合だったけど、まじで疲れた。
大会まであと1か月。明日から、また頑張るとするかな。目指せ優勝!!なんて、太陽と中谷君がいるから、感嘆にはいかないんだろうな。
時刻は午後11時。
俺と太陽は、練習試合について俺の部屋で振り返っていた。
「いやあ、まじで雄太すげえわあ。」
「いや、だから、俺がすごいんじゃなくてだな」
「いいねえ。ヒーローはみんなそういうこというからー!明日からも期待してるぜ!」
なんていう会話をしていると、ラインから通知がきた。相手は江越さん。一応、連絡先を追加してからあいさつ程度に送ってみたんだが、
『よろしくおねがいします。あ、先輩に自己紹介ちゃんとしてなかったですよね。江越真奈美です。わたし国語と社会は得意なんですけど、数学はぜんぜんできないんです。先輩はなんの強化が得意ですか?あ、数学が得意ならぜひ教えてください』
てな感じで、文字だとすごい積極的な江越さんであった。やべえ!数学苦手とか言えねえ!
あ、もちろんイヤフォンしてるから、太陽にはこのラインは聞こえていない。聞こえてたら、なんか突っ込まれそうだし。
というわけで、卓球部員との関係が進展した(とおもわれる)1日だった。
てなわけで、日付もそろそろ変わるのでおやすみなさい。