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第4章 初めて見た外の世界 前編


日曜日。午前6時30分。俺は久しぶりにこんな早い時間に起床した。

そう、今日はこの間高山さんから話が合った練習試合。どうやら近くの卓球が強い高校とやるらしい。向こうも男女混合なのかな。そして、向こうは前までは3人のこっちに合わせてたっていうから、きっとたくさん部員がいるんだろう。きっと、俺や太陽みたいに、部活初めて1か月ってひとはいないはず。中谷君や高山さんの指導の結果がどこまでついているのか、試す時だな。

「おお!雄太!」

寄宿舎の部屋を出ると、さっそく太陽が待ち構えていた。

「太陽にしては早いじゃないか。ひょっとして、昨日寝れなかったとか?」

「ばかいえ。練習試合の前の日はたくさん寝るだろ!ひさびさに8時に寝たわ。」

「すごいやる気だな。」

「当り前よ!俺の実力、ライバル校に見せつけてやるぜ!」

太陽は高山さんから練習試合の話があって以来、ずっとこんな感じだ。まあ、やる気なのはいいことなんだけど、これってどちらかというと空回りなんじゃ。

「んじゃ、行こうぜ。」

そういうと、太陽は階段に向けて歩いて行った。そういえば、同じ男子寮なんだから、中谷君と3人で行けばいいんだよな、本当は。


「おっす、先輩方。ちゃんときてくれたみたいでよかったです。」

集合場所に行くと、2年生3人、そして金本先生が集合していた。え!なに!集合早くない?俺らでも早いかなって思ったのに。

「おはようございます。先生まで、早いですね。」

俺が卓球部ではあまり使い慣れない敬語で金本先生に話しかける。

「あたりまえだろ。俺が育てた部員たちが練習試合するっていうんだから。俺としても気合が入る。」

金本先生が気合入っているのはいつものことではないかと思ったのは俺だけではないようなきがする。まあでも、めったにない練習試合、各々が緊張したり、やる気になったりしているんだろうな。そういえば、あれは入部してすぐのことだっただろうか。ここにいる一人、江越さんからこんなことを聞いたのを思い出した。


「うちの県って、卓球強い学校がもう一つあるんです。で、たまに団体戦みたいなかんじで練習試合するんですけど、わたし勝てなくて。それで、この前練習試合したとき、一人だけ楽勝みたいなこと言われて…」


あれから彼女は立ち直ったのだろうか。結局、練習はしっかりでているし、球の正確性で言えば部の中で1番だろう。でも、あいかわらず中谷君や高山さんには苦戦している様子。今回の練習試合で、前みたいな落ち込むことを言われなければいいのだが。

「あ、そうだ。高山さん、今日の打順っていうか、出場順っていうか、きまってたりするのか?」

太陽がそんな問いを投げかけて、俺はとりあえず江越さんの心配はやめて目の前の話に集中することにした。

「もちろん決まってますよ。

一番 植田先輩

2番 江越さん

3番 中谷君

4番 藤浪先輩

5番 高山

これでいきます!」

「ええっと、この出場順になんか深い意味はないんだよね?」

「深い意味はないですが、しいて言うなら、中谷君を真ん中に入れておくことによって、流れが向こうに行っていれば断ち切れるし、乗っていればここで流れを一気にうちに引き寄せる。エースが最初とか最後とか古いです。エースは真ん中にいれるものなんです。」

高山さんが出場順について熱く語っていたが…。おかしい。なんで俺が中谷君と高山さんの間?太陽の次でもいいぐらいなのに。

「あのさ、なんで俺4番?」

「それは…。内緒です。自分で考えてみてください。わたしの読みが正しければ、藤浪先輩は4番で正解です。」

「なるほど…」

なかなか納得いかない理由ではあるが、試合しながら考えろっていうんだから仕方ない。ともかく、会場に行ってみるしかない。

「さあ、作戦とか雑談は車に乗ってからだ。みんな乗るんだ。」

金本先生の運転付きだったのか、俺たちの練習試合。でも、それもそのはず。ここにいる卓球部員では、手引きをできるひとが金本先生しかいない。5人全員が金本先生にくっついて電車で移動するより、金本先生の車で行ったほうが楽ではある。

「中谷!前に載れ!」

「ええ!」

金本先生からの突然の助手席指名に、中谷君が抗議の声をあげた。それもそのはず。金本先生の隣って、なんか大変そう。それに、中谷君はきっと高山さんの隣に行きたいんだろう。

というわけで、車中は無難に

中谷君:金本先生

高山さん:江越さん

太陽:俺

の順番で並んだ。

「んじゃ、行くか!!」

その声とともに、金本先生が車のエンジンをかけた。

「ほんと、藤浪も植田も変わったよなあ。1か月で、まさかここまでやれるようになるとは。」

ふいに金本先生が運転をしながら口を開いた。

「そうっすね。体験のときはどうなるかと思ったんすけど、お二方ともしっかり練習してたんで、練習試合楽しみです。」

中谷君がその話題にのった。やっぱ、体験のままじゃ心配だったのか。

「体験の時はどうであれ、今なら先輩たちにもこの練習試合に参加する意義はあると思ってます。絶対、大会前のいい刺激になりますよ。」

高山さんも続いてほめてくれた。

「なるほどな。部長と副部長に信頼されるなんて、体育の授業ではめったに活躍しないお前らが変わったってことだな

「ちょ!先生!活躍しないは余計じゃないですかー!」

太陽が慌てて抗議する。でも、ぶっちゃけ俺も太陽も、体育の成績がいいほうではない。陸上やっても、水泳やっても、球技やっても記録は上がらないし足を引っ張ってばかり。だから、俺は何も言い返せずにいた。

「そこだけとるなよ。後輩に信頼されるようになってよかったねって、俺はほめてるんだから。」

「そうだぞ太陽!誉め言葉はちゃんとありがたく受け取らないと。」

「まあ、そうだけどさあ。」

俺と太陽が話をしている間に、先生は話題を変えた。

「江越は最近どうだ?」

「あ…わたしですか?その…いつも通りです。」

「いつも通りか。今回は勝てそうか?」

「ど、どうですかね。」

相変わらずぎこちないやりとりを続ける江越さん。一緒に頑張ろうって言ってから1か月、まだまだ不安は多いのだろう。

「大丈夫よ、江越さん。今回は2番手だから。それに、部員も5人に増えたんだし、あの人とはあたらないでしょ。」

「あの人?」

俺はすぐさま問い返していた。あのひとっていったい…ひょっとして、江越さんに楽勝って言った相手だろうか。

「ああ、先輩たちには、相手の話もしておたほうがいいですよね。ライバル高校は卓球部員が10人以上いて、大会に出てくる1軍が3人、補欠の2軍が5人、そして3軍まであるんです。今まで私たちは3人だったから、1軍の3人と試合してたんですけど、前回の試合で江越さん相手にパーフェクトやったひとがいて。」

「まじで!パーフェクト!!それって、2セット連続11対0!」

太陽が驚きの声をあげる。江越さんが気にしていたことって、言われたことどうこうより、この負け方なのかな。

「はい。圧倒的でした。見てた私たちも、どうしたらいいかわからないほどに…」

「ああ、わかる。しかも、その前の練習試合の時はそんなたいしたことなかったのに、やつは半年ですべてを変えた。」

中谷君も付け加える。

「まじかよ!そいつ、だれなんだ?」

「阿部って人です。阿部恵子。」

「お、おんなー?」

俺と太陽は同時に声をあげた。まさか、江越さん相手にパーフェクトした人が、女の子だったなんて。男の俺や太陽でも互角だというのに。

「卓球は男女関係なく力を出せるのが魅力みたいなところありますからね。阿部恵子は、スマッシュも早いですが、変化球が多彩なんです。コースアウトからものすごい勢いで曲がってサイドフレームをなめるように動くサーブとか、カットして球が転がる音を消すリターンとか。」

高山さんの話に、俺と太陽は唖然とするしかなかった。卓球は、スマッシュが早いのがすべてではない。でも、そんなプレイをするひともいるのか。

「そういう人だから、3年になってエース格になっているのは間違いないでしょう。実際、3人の時も最後に出てきたし。だから、今回はわたしが敵を討つ。」

高山さんの言葉には力がこもっていた。前回の戦いで江越さんがパーフェクトで負けたことについて、ショックを受けていたのは江越さんだけでなくそこにいた高山さんや中谷君もらしい。

1セットパーフェクトなら、俺も聞いたことある。でも、まさか2セット全部だなんて。

「望…。大丈夫かな。」

江越さんの声はいつにもまして不安気だった。いつもあまりしゃべらないキャラではあるけど、この声は、体育館を飛び出したあの時に似ている。

「大丈夫よ。もうあんなふうに調子に乗らせたりはしない。」

高山さんは強い思いを秘めながら言った。

でも、俺は江越さんの言葉を思い返しながら考える。

「一人だけ楽勝」

と彼女は言われたといった。ということは、高山さんがここで阿部って人に勝ったとしても、何も解決しないのではないだろうか。これは、江越さん自身がやり返さない限り、相手との関係は変わらないのではないだろうか。きっと、相手は高山さんや中谷君の強さは織り込み済みだろうし。

「ありがと!」

江越さんはそれだけ言った。


そのまま車は一つのスポーツセンターに到着!どうやら大会の会場もここらしい。そして、俺たちは体育館に通されるのかと思ったら、一つの会議室に向かった。

「久しぶり。よくきてくれたね。」

ライバル校の選手たちが俺たちを出迎える。これが卓球の強い高校。確かに、俺たちの数倍は部員がいそうだ。練習試合参加しないメンバーも応援とはすごい。そして、生徒だけでなく、先生らしき声もたくさん聞こえた。

「なるほど。生徒が増えると手引きも必要だから、先生まで参戦してるわけか。」

太陽が小さい声で言う。まあ、ほんとそういうことなのだろう。

「みたいだな。ほんと、あらゆる面でうちを超えてるな。」

俺も太陽に対してささやき返した。


「高山さん!今日の練習試合、お互い悔いがないように頑張ろうね。」

あの人がライバル校の部長だろうか。なんか若干上から出むかつくというかなんというか。

「はい、もちろんです。」

高山さんが敬語で返しているあたり、向こうは3年生なのだろう。

「そっちに新入部員が入ったって聞いたから、ぼくたちも楽しみにしてるよ。今回は1軍の3人だけじゃなくて、2軍から二人連れてきたんだ。うちでは話題の1年生エース候補もいるんだよ。」

相手の部長が自信満々に語る。なんという充実度。1年生でエース候補ってまじかよ!

「じゃあ、僕たちのこと知らない人もいるようだから、メンバー紹介もかねて出場順紹介していこうか。」

「いいですよ。みなさん、こちらへ。」

高山さんの指示で、俺たちも横に並ぶ。

「じゃあ、うちから。

1番:岡本君。」

「よろしくおねがいします。」

「じゃあ、こちら。1番:植田さん」

「よ、よろしくー!」

太陽はなんとなく緊張している様子。緊張というより、俺と同じで若干いらいらしてるのかな?

「なるほど。お互い1番目は新入りってことか。岡本君はパワーがあるんだ。彼のスマッシュは、ラケットにあたったとしても、そう簡単に返せないよ。」

「なるほどな。スマッシュなら、嫌って程受けてきたから問題ないぜ!」

太陽が言い返す。確かにそうだ。太陽はずっと、中谷君のスマッシュを受け続けてきたんだ。だから、きっと行けるはず。

「じゃあ次行こうか。2番:阿部さん」

「よろしく」

「……」

こちら側全員が固まった。阿部さんって、まさか、さっき話題になった、阿部恵子さん?高山さんの読みは外れたってことか。どうするんだろう。でも、横に整列してしまっている以上、打順を変えることはできない。

「2番:江越さん」

「よ、よろしく…おねがいします」

「へえ、また君か。今度はエース中谷君と対決したかったのに、わたしったらついてない。」

まじで、なんでこんなとこと練習試合してんのっていうぐらい、むかつく部員ばっかなんですけど…。どうなってんだこれ。何考えてるの高山さん。

「3番:坂本君」

「うっす!」

あ、一番まともそうなのきた。

「3番:中谷君」

「おっす」

キャラかぶってね?この二人。なんて、どうでもいいか。

「へえ。エースは最後じゃないんだ。これは1本とられたなあ。」

これは高山さんの望み通りだろう。

「4番:菅野君」

「よろしくおねがいします」

「菅野?1年生か?」

「中谷君、よくぞ聞いてくれた。彼こそが1年生にして次代のエース候補、菅野君だよ。」

まじかよ。こいつが次代の1年生エース候補。待って。俺こんな相手と戦うの?周り強そうなのに、エース候補ってさらに強いんじゃないの?

「4番:藤浪さん」

「よろしく」

「そちらも見ない顔だね。もしかして、1年生エースとか?」

やべえ。3年なんて言えねえ。絶対ばかにされるって。てか、なんで高山さん落ち着いてるの?

「いえ、藤浪さんは3年です。始めたばっかのひとには始めたばっかの人がお似合いですから。」

「なるほど。こちらが1番と4番に1年生をだすってわかって、あえて1番と4番にそちらも新入りを置いたわけか。さすが、しっかり者の部長は先を読んでるね。」

まじでさ、なんでこんなむかつく部長がいるところと試合すんの?練習試合って、本気だけど仲良くやるもんじゃないの?

「じゃあ、最後は紹介いらないね。ぼく、長野がでるよ。」

「そうですね。もちろん、最後はわたしです。」

「高山さんとか。これは本気で戦わないと勝てそうにないなあ。」

「練習試合とは言っても、大会前の自分の実力を知るというのがここの目的です。全員手加減はしません。」

「そうだね。じゃあ、こっちも手加減はしないよ。」

いや、むしろ手加減するつもりだったのかよ。まじでうちなめられすぎじゃね?あ、でも、そういや3人だったとき、完敗したのは江越さんだけで、ほかの二人はきっと勝ってたんだろう。てことは、手加減するって、ひょっとして俺らに対して?

「じゃあ、始めようか。」

その言葉を合図に、岡本君と太陽が台につく。

「じゃあ、副審をやるので、金本先生主審お願いできますか?」

「いいですよ。」

先生同士も、仲が良いというわけではなさそう。でも、練習試合するっていうぐらいだから、部長同歯科先生同士は連絡とりあってるってことだよな。

「では、植田選手対岡本選手の試合を始めます。サーブレシーブコートを決めるじゃんけんをお願いします。」

結局、じゃんけんは岡本君が勝った。

「レシーブで」

岡本君がレシーブを選択。太陽はコートを客席から見て右側を選択した。

「では、ファーストゲーム 植田トゥーサーブ ラブオール プレイ」

「いきます」

「はい」

太陽が打ったサーブは、センターラインぎりぎりを襲う早いサーブ。太陽、入部した時これできなかったけど、サーブ練習でできるようになったんだよな。

そのままサーブはエンドフレームに当たり、台の上にボールがはねた。

「セーフ ポイント植田 ワンラブ」

「よっしゃー!」

太陽が喜びをあらわにする。いや、まだ1点だから。

「プレイ」

「いきます」

「はい」

今度太陽が打ったのは、サイドフレームを狙うサーブ。ふつうの相手なら、二つのサーブのギャップに対応できず、打ち返せないはずだが…。

岡本君が打ったボールはサイドフレームからまっすぐの方向、こちらから見て6.5番のほうへ。太陽は慌ててそのボールにラケットを合わせてあてに行ったが、ボールは左から外に出た。

「リターンミス ポイント岡本 ワンオール チェンジサーブ」

これが、あっちの部長が言う、とれてもなかなか帰らないスマッシュ。

「プレイ」

「いきます」

「はい」

今度は岡本君のサーブ。サーブはものすごくゆっくりできた。ゆっくりなサーブは、相手に狙われやすい。しかし、あまりにもゆっくりすぎな場合、狙ってスマッシュを打つと、球が浮いてネットにかかる可能性がある。

太陽は自分のもとにボールを引き付けてから思い切って打ちに行った。しかし…。ボールはネットにかかって太陽のほうに戻ってきた。

「リターンミス ポイント岡本 ツーワン」

次も岡本君は同じサーブを打つ。太陽は今度はゆっくり相手がいないであろう斜め方向に打ち返す。しかし、ゆっくり打ち返す球は、相手にとってはチャンスでしかない。岡本君はそのままスマッシュを打つと、太陽が動く間もなく球はエンドフレームにあたってはねた。

「セーフ ポイント岡本 チェンジサーブワンスリー」

「先輩、ちょっといいっすか。」

試合を見ながら、中谷君が小さい声で呼んできたので、中谷君と高山さんの近くへ。

「あいつ、スマッシュ早いですけど、なんか組み立て方がいいっすね。相手がネットしたのをいいことに、今度はゆっくり返させる。そして、そこを狙い撃ちする。まじで向こうの1年できすぎでしょ」

「そうね。わたしたちとの練習で、植田先輩強くなったと思ってたけど、あんなふうにうまく組み立てられたら、試合経験の少ない植田先輩じゃ心理戦にやられてるようなものになる」

そう、確かに岡本君のスマッシュは強くて強敵であることに間違いはないのだが、それよりも太陽を自滅させたり、がら空きなすきをつくところが、岡本君はできていた。

結局、このセットで太陽がそのあととったのは相手のリターンミスによる1点だけ。11対2で岡本君が第1セットをとった。

「植田先輩。もっと自分を信じてください。」

「え!」

「自分の道を貫いてください。」

高山さんはそれだけいうと、第2セットの感染のために言葉を閉ざした。

自分を信じる…。それはつまり、相手の作戦にのらないこと。スポーツでは、そこも重要になってくるのだろう。とくに、太陽の場合、自分のミスをひきずりやすいタイプだから、ミスをひきずって自分のプレイができなくなるぐらいなら、気にせず最後まで自分のプレイをしてみろっていう、高山さんの激励なのだろう。

「へえ。部長はちゃんと部員のこと見てるってわけか。」

長野のそんなつぶやきが聞こえてきたが、なんかむかつくのでふれないことにする。

第2セットは岡本君のサーブから。手の内を知られた岡本君は、今度は早いサーブを打ってきた。

しかし、太陽も冷静だった。サーブは5番の方向へ。真ん中にきたなら、うまく打ち返せばリターンミスになることは少ない。太陽は真ん中でそのサーブを受けると、ラケットにあたってはねかえった高速リターンが、岡本君のエンドフレームを襲った。

「やるじゃん先輩。あのスマッシュが打ち返せないのは、どちらかのサイドによってるから。真ん中に来れば、うまく返せればその勢いを利用してこちら側に有利なリターンになる。」

中谷君が感心したような声で俺たちに話しかける。

「まあ、中谷君のサーブがまさにあんな感じだから、きっと慣れよ。植田先輩、体験の時よりやっぱり強くなってる。」

高山さんも植田を褒めていた。こんなところでひそひそ言ってないで、終わったら本人にも言ってあげてね。

第2セットは5対5までは接戦だったが、岡本君の技術の高さに徐々に差が開き、11対7で岡本君がとった。

「ゲームカウント2対0で岡本選手の勝ちです」

「ありがとうございました。」

「いやあ、難しいなあ。」

太陽にしては珍しい。体験の時中谷君に負けたときは、怒りをあらわにしてたのに。難しいといいつつ、声はなんとなくやりきったような感じがしていた。

「おつかれ。まあ、よくやったんじゃないか?2セット目面白かったよ」

「ありがとう、雄太。お前、俺以下のプレイするなよ。」

「もちろん」

太陽はこれから大会に向けての練習でこなすべき課題もきっと見つかったのだろう。俺も頑張らなきゃな。

「じゃあ、2試合目行こうか。」

という合図で選手が二人でてくる…とおもったら、江越さんがいない。

「あれ、真奈美、いつのまにいなくなったの?」

高山さんがそう言いたくなるのも無理はない。試合中にこっそり会議室から抜け出したんだろうが、だれにも気づかれずに抜け出すってすごいな。感心してる場合じゃないけど。

「お手洗いじゃないか?」

「そうだといいのだけど。」

やはり、江越さんは対戦相手を見て逃げ出したのだろうか。でも、俺と一緒に頑張るって約束したし、そんなことはないはず。ではやはり一時的に出ただけなのか、判断が難しい。

「あの子逃げ出したのかしら。」

阿部さんがいう。

「そういうこと言っちゃだめだよ。対戦相手なんだから。」

長野がそういうが、これはきっと本心ではない。本心では、あいつ逃げたって思ってるに違いない。

「俺、探してこようか。」

きっと、前と同じ感じで逃げ出したのなら、事情を聴いたことがある俺が行くのが先決だろう。しかし…。

「いや、先輩、ここのセンター初めてですよね。さすがに初めてで動き回るのは危険ですよ。ていうか、初めてじゃなくても、視覚障碍者だけで動き回るのは無理があります。」

高山さんにばっちりとめられた。

その時、静かな音で扉が開いた。

「すいません…。遅くなりました。」

扉を開けて入ってきたのは、まさに話題に上がっていた江越さんだった。

「真奈美!どうしたの?体調悪い?」

「大丈夫。もう、わたしのばんだよね。」

まあ、口数が少ないというか、不安げな声というか、そんなんいつも通りなんだけど、やっぱり俺は心配だった。負ければ自信を失うかもしれない。あの時俺と頑張るって言ったけど、不安な今のままじゃ実力をだせないかもしれない。だとしたら、俺が彼女に言えることは一つしかない。

「江越さん。大丈夫。今までの自分を思い出して戦えば、リベンジはたせるよ。」

「藤浪先輩…」

「真奈美!今回は練習試合なんだから。相手は大会であたる可能性もあるのよ。ここで本当の力出せなかったら、大会もきっと同じよ。見せてきなさい。」

「うん」

江越さんは一言だけ返事をすると、台のほうに歩美を進めた。

「では、阿部選手対江越選手の試合を始めます」

といった具合に、またじゃんけんをするわけなのだが、こちらも阿部さんが勝利。じゃんけんで2連敗って、やっぱうちついてないよな。

「じゃあ、サーブをもらうわ。」

そして、審判からプレイがかかった。

「いきます」

「はい」

阿部さんが打ったサーブは、サイドからサイドに行くサーブ。ていうか、あれ?さっき移動速度早くね?変化球?

その球に江越さんは反応ができず…。サイドフレームからそのまま3番の角に当たったボールは台の上にはねた。

「セーフ ポイント阿部 ワンラブ」

「さっそくきやがったか。」

「手の内を知ってても、なかなか返せないのがあのサーブよね。」

二人も返せないっていうんだから、きっと難しいサーブなんだろう。まあ、中谷君も高山さんも、ああいう変化球的なサーブ打たないし、練習試合だからこそだよな、こういうの受ける機会ってさ。

次のサーブも同じサーブが来たが、そこはさすがに江越さんが読んでいた。右サイドに来るボールを狙い撃ち。これならいける…。しかし、江越さんが打ったボールは真ん中へ。それを待った阿部さんのスマッシュ!

ところがそのボールはエンドフレームから外へ。

「アウト ポイント江越 ワンオール」

「な!」

阿部さんの悔しさが混じったつぶやきが聞こえた。まあ、そりゃそうだよな。去年ストレートでラブゲームした相手から1点とられたんだもんな。1点の重みは相当でかいだろう。

「やるじゃん江越。あのサーブを打ち返して、相手のアウトを誘った。」

「誘ったというか、あれは単純に相手のミスよ。これからどうなるか…。」

高山さん、まだ江越さんのこと心配なのかな。確かに、1点とっただけじゃ、試合なんてわからないけど。でも、植田の時は1点とっただけでけっこう盛り上がってた高山さんなのに、なんか今回は慎重になっている。

「いきます」

「はい」

江越さんのサーブ。江越さんは、早いサーブを打つタイプではない。若い人たちはそういう人が多く、中谷君や高山さんが特例らしい。て、そういや前の岡本君も早いサーブ打ってたから、できる組はみんな早いサーブ打ってる説…。

そんなことはさておき、江越さんのサーブを阿部さんが狙い撃ちする。しかし、江越さんはそれを打ち返す。まるで、相手の打つ玉がどんなのかわかっているかのように。そして、最終的にどこに行くかが江越さんには見えているかのように、江越さんはことごとく阿部さんのスマッシュをブロックしていく。

江越さんがブロック負けすることも多いけど、阿部さんのスマッシュがアウトになったり、ブロックして変化がかかったリターンが阿部さんの逆サイドを襲ったりして、試合は一進一退な感じで進んでいった。

「ポイント江越 ナインオール」

ナインオール…。あと1点取ったほうが、セットポイント。これからは1点が重要になってくる。

「なあ、望。」

「なに?こんないいところで。」

「お前、実はわざとやっただろ。」

「なんのこと?」

「まあいい。」

中谷君と高山さんのやりとりを聞きつつ、ラリーを聞いてみる。わざと?いったいなんだろう。

江越さんのサーブ。それを打ち返した阿部さんだったが…。音が…消えた…。そのままゆっくりと球はエンドフレームへ。

「ここできたか。」

「な、なんだよ今の。」

太陽が興味ありげに中谷君に効いている。まじで、なんなの今の。打球音以外の音がほとんどしない。

「あれが球の音を消すリターンっすね。球に横回転をかけて打てば、球は転がるというか、横回転しながら相手のエンドフレームを目指す。中の鉛が上下移動しないから、音が消える。これが、阿部恵子のもう一つの技。」

なるほど。ラケットでうまく回転をかけるって難しそう。そういえば、俺もピンポン玉を手でくるくる回したことある。あれやると、音が変わって面白いんだよな。それをラケットでやったってわけか。

そのまま次のリターンも阿部恵子が決めて、1セット目は11対9でとった。

「真奈美…」

「望!こんな組み合わせに何の意味があるんだよ!確かに江越は成長したよ。でも、このままじゃ。」

「中谷君。静かに。」

中谷君と高山さんがセット間にそんなやりとりをしていた。もしかして、ここで二人が当たったのは高山さんのミスではなく、高山さんが仕組んでわざとこの組み合わせになったってこと?なんのために?江越さんの状態を見ていれば、この組み合わせは避けるべきものだっただろう。なのに…。

第2セットが始まる。今度は江越さんのサーブから。江越さんのサーブはサイドへ。だめだよ。江越さんは球の正確性はあるけど、パワーはない。このサーブは返り討ちに合うだけだ。

でも、実際はそうではなかった。江越さんの絶妙な速度のサーブは、そのままエンドフレームにあたった。

「私が空振りしたというの?」

そして、江越さんは正確性を利用して、相手がいないであろうところに球を打っていく。江越さんがもとから持っている正確性と、部活で鍛えた球の速さが相まって、すべてがうまくいっていた。

「ポイント江越 シックスエイト」

「すげえ。江越が、相手を押している。」

中谷君が言うように、江越さんは先ほどの一進一退な展開から、すこし抜け出していた。これなら、これならいける。このセット、11対8ぐらいでとれる。

相手は手をつくした感じで、変化球やスマッシュを打っているが、江越さんにはそれがわかるのか、正確に聞き分けているのか、ほとんどが江越さんのラケットに当たっていた。そうだ。俺たちは、こうやって練習してきたんだ。球のパワーだけじゃない。正確性もこのスポーツでは大事になってくる。正確性については、江越さんを見本にしろって、先生も言っていた。これが、同じようにこの部活を盛り上げてきた、江越真奈美。

「ポイント江越 イレブンエイト」

「よっしゃー!」

中谷君が、すこし遠慮がちにおたけびをあげた。

「中谷君。さっきの質問に答えるわね。この組み合わせにしたのはわざとよ。真奈美は、ここをこえないと強くはなれない。真奈美は、同じ学校で同じように練習しているならば、わたしの最強のライバルにならなきゃいけない。だからよ。」

そう、高山さんと江越さんは、同じ学年で同じ女子。大会で当たる可能性はいくらでもある。ただの友達じゃなくて、最高のライバル同士。そういう仲間を、高山さんは求めていたんだ。そして、江越さんに強くなる意思があるのかどうか、高山さんはそれを見つつ、ライバルを査定していたんだ。

第3セット。波に乗った江越さんは、ひたすらリターンを決め続けた。強烈な打球ではないのに、相手が空振りしてしまうようなコースに打つ。それが江越さんなんだ。

「ポイント江越 イレブンファイブ このゲーム、2対1で江越選手の勝ちです。」

「そんな…。わたしが負けるなんて。」

阿部さんの悔しそうな声が部屋中に響き渡った。

「阿部さん。半年前の君のプレイが、彼女を引き立てたかもしれないね。」

長野がそういっていたが、まあこれはきっとそんなことはないのだろう。江越さんは0から這い上がってきたんだ。

「江越さん、おめでとう。」

俺は戻ってくる江越さんに真っ先に声をかけていた。

「先輩…。ありがとうございます。」

「ほんと、よくやったよ江越。」

中谷君も、すこし安心した感じで江越さんを迎えていた。

「真奈美、よくやったね。わたしたち後半組も、負けてられないわね。」

「二人ともありがとう。」

試合に勝つって、こんなに感動があるんだな。俺はコートにたったわけではないのに、そんなことを考えていた。そうだよな。今まで勝てなかった相手に、江越さんは勝てたんだもんな。江越さんは、新しい1歩を進んだんだ。

「よっしゃ!次は俺が行くぜ!」

中谷君が気合を入れてラケットをもって立ち上がった。

「ここから勝ち越すわよ」

「おお!任せとけ。」

二人のやり取りはいつもの練習の時と同じだった。上から目線な相手の部長に、もう踊らされたりはしない。俺たちは、絶対勝つんだ。

「へえ。まさか、ツートップ以外にうちが負けるなんて。これは予想外だね。坂本、わかってるね?相手は向こうのエースなんだよ?」

「もちろん。これ以上好きにはさせないよ。」

続く


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