第3章 頼られても答えられない時もある
この章は卓球シーンなしです。その分4章でしっかりやります。
この本が青春ものであるということを表すのが3章です。お楽しみに
卓球を始めて早1か月。県大会まではあと2か月。時がたつって早いものだ。あれ、今までの2年間って相当長かったような気がするんだけど、なんか三日ぐらいしかたってないとおもったら1か月たってる。
高校生活って、意外と楽しいんだな。て、それを受験生の時に感じるって、その時点で俺なんか損してるような。
ていうか、まじで受験どうしよう。卓球に打ち込みすぎて若干忘れてる。まあ、大会終わるまではいいよね。
そんなことを考えながら、俺はいつものように授業を受ける。
「では、この文章を書いた作者の気持ちはなんでしょうか?」
現代文の授業の時間、先生がいつものように答えを求めた。
「はい」
そのときに手を挙げたのは植田だった。あれ、あいつ手を挙げるようなタイプだったっけ。
「はい、植田君どうぞ!」
先生が植田をさすと、彼はいった。
「作者はたぶん、当時の現状に満足してなかったんですよ。だから、自分を変えようとするためにこの作品を書いた。ぼくはそう思います。」
一瞬、先生が考え込んでから、
「なぜそう思うんですか?」
と聞いた。
「この文章では、親子の関係が描かれている。母親との喧嘩をきっかけにいろいろな感情を表す娘。作者もきっと、自分が言えない感情みたいなのがあったんですよ。」
植田にしては何か珍しい。普段適当で、こんな風に心について語るような奴じゃない。彼もきっと、俺と同じなんだ。新しい学校生活の中で、何かをつかもうとしているんだ。
「なるほど。それは新しい視点ですね。植田君は、今まで感情を出せなかったことがありますか?」
先生の意外な質問。うん?カウンセリングなのかこれ。
「いやあ、感情出すかどうかってより、俺人とかかわるのが得意じゃないから、感情を知らないっていうか。」
まあ、妥当な答えだ。先生は、すこし考えてから言葉を返した。
「てことは、今の答えがでるのは、君自身に何かの変化があったからだね。これから高校生活がいいものになって、いつか感情を知れるといいね。じゃあ、次の人。」
感情を知る…か。俺と植田は、やっぱ似てるところがあって、今まで仲良くしてるんだよな。とはいえ、いつもその場しのぎの関係で接しているばかりで、お互いの悩みとかを話したことがない。それは俺たちが感情を知らなかったからだろうか。それとも、ただ一緒にばかやる友達から、なんでも話せる友達になることを拒絶しているからなのだろうか。
答えは決まっている。今まで、俺たちが友達になるなんて考えていなかった。お互い、深く踏み込まないようにしていた。でもきっと、新しい居場所を見つけて、新しい感情を知った俺たちなら、今から本当の友達になることができるんだろうな。
その日の放課後。
「雄太!部活行こうぜ!」
「おお!今日はどれぐらいコテンパンにされるんだろうな。」
「おいおい、それいうなよ。がちでテンション下がるから。」
そんな冗談を言い合いながら、俺と植田は体育館に向かう。
「なあ、雄太!」
「どうした?」
「お前さ、なんでいつも俺のこと植田呼びなんだよ。俺は下で呼んでるのに。」
「いや、お前が下で呼んでるのは、藤浪っていう名字が長いからだろ?」
俺はごくあたりまえのことを言ったつもりだったが、
「おいおい、そうじゃねえだろ。つまりはあれだ……俺も下の名前で呼んでほしいんだよ。」
俺は思った。これが友達への1歩ってやつだ。植田は、俺が気付くより前から、俺と友達になりたいって思ってたんだな。
「まあいいけど、でもお前の名前長いんだよな。植田のほうがしっくりくる。」
「ほんとそれな。太陽って、かっこいいとは言われるけど長いよな。」
「まあ、そこは仕方ないか。わかったよ。太陽って呼ぶ。」
「よっしゃ!」
てなわけで、俺たちは楽しい気分で体育館に突入した。うん、テンションあげるの大事。
「こんにちは」
俺と太陽が同時に入る。
「先輩!こんにちは」
後輩3人…じゃない!違う人がいる。
「え!君は…」
太陽が驚きの声をあげる。そりゃそうだ。今俺たちに挨拶したこの招待…それは…。
「先輩、本当に卓球部に行ったんですねえ。中学の時、私とバンドしてたのに、急にどうしたんですか?」
この子、そういえばうちに入学したんだっけか。自己紹介で名前聞いたときに、うちきたのかって思ってたけど接点がなかったからすっかり忘れてた。
「いや、まあそれはいろいろとありまして。」
とりあえず、俺はこの子に説明をする必要もあるし、太陽にこの子を紹介する必要もあるだろう。
「岩崎さん、その話はあとでゆっくりする。とりあえず、今から部活だから。」
「知ってますよ。だからここにいるんじゃないですか。」
なに!岩崎さん、俺を待ち伏せしてたの?なんのために?
「おい!俺を忘れるなあ!岩崎って言ったっけか。俺は植田太陽!雄太の同級生だ!」
「ああ、すいません。雄太先輩と話してて、植田さんのこと忘れてました。私は岩崎百合です。雄太先輩とは、中学からの中で。」
おい!今、完全に俺と太陽使い分けたよ?雄太先輩と植田さんっていったよ?そんなあからさますぎて大丈夫?
「へえ!雄太、こんなかわいい友達いたんだな。うらやましい。」
太陽は意外と冷静だった。こいつ、俺に嫉妬したりしないんだな。まあでも、今はそれがありがたい。
「そんなー!かわいいだなんて。それともあれですか?女の子みんなに言ってるとか」
「んなわけあるか!ていうか、なんだよこの待遇の違い!」
結局そっちの話に行くわけですね太陽さん!きっと、腕を動かして抗議してるにちがいないな。
「まあまあ、初対面と、昔からの中だったらそんな感じじゃないかな。」
「さすが雄太先輩!私の気持ちわかってるー!」
「あ、いや…。当たり前のことを言っただけなんだけど。」
こんなやり取りを続けていれば、あとで太陽にいろいろ聞かれるor太陽が泣き出す可能性があるので、俺は本題に入ることにした。
「で、俺を待ち伏せしてどうしたの?」
「ああ、そうでしたそうでした。先輩!私に卓球教えてくれませんか?」
え!俺が教えるの?始めて1か月の俺が?え?冗談だよね岩崎さん?
「先輩、中谷さんや高山さんといい勝負するって話題なんですよ。だから、私も卓球やってみようとおもいまして。でも、やるなら先輩に教わりたいです。」
「いや、俺初めて1か月だし。二人といい勝負ってのは、二人が手加減してるからかもしれないし、まだ頭で考えてるだけっていうか、技術的にはぜんぜんだから。」
こればっかりはこうするしかない。初めての大会が控えてる中で、俺が教える立場になることなんてできるわけがない。
「ええ!一緒に強くなりましょうよ!」
こんなこと、中学の頃もあったよな。たしか…。
「先輩!私にギター教えてください!」
「え?ギター?でも、たぶん岩崎さんはボーカルやったほうがいいんじゃないかな?」
「そうですか?先輩がそういうなら、私歌います!二人で武道館目指しちゃいましょうよ。」
この子は、俺が興味あることに興味持つタイプなのかな。いや、そんなの考えすぎか。でも、なんでいきなり卓球なんだろう。
「あのなあ、俺と雄太は、大会に向けて忙しいんだ。卓球やりたいなら、大会が終わった後に高山さんにでも教えてもらえよ。」
と、太陽が行った。現時点で、それは最善の答えだろう。俺がこのタイミングで彼女に卓球を教えることは不可能に近い。てか、中谷君に怒られそう…。
「別に、植田さんには聞いてないです。雄太先輩、どうですか?」
ここはしっかり断っておいたほうがよさそう。いつか、この埋め合わせはすると約束したうえで。
「岩崎さん、ごめん。今回は協力できないや。俺も高校入って初めて熱中すること見つけたんだ。だから、7月の大会に向けて練習しなくちゃいけない。」
すると、岩崎さんはすこしだまってから口を開く。
「そうですか。そうですよね。雄太先輩、頑張ってるから。」
その声は、すこし震えているように聞こえた。気のせいかな。それとも、本当に落ち込んで、涙が出そうなのかな。
「わかりました。余計な邪魔をしてすみません。大会、頑張ってくださいね。」
そういうと、岩崎さんは扉を開けて体育館から姿を消した。
「まあ、あれだ。あの子には悪いことしただろうけど、俺らだって今は自分の実力を高めるときだろ。あまり気にするなよ雄太。」
太陽は、こういうとき優しい。実際問題、俺はけっこう気にしてる。もっと他にいいやり方があったんじゃないかって思うし。でも、きっとあの子のことを傷つけたよな。
「ありがとう。」
俺はそういうしかなかった。やっぱ、今度別のことで埋め合わせしよう。彼女がもう1度、俺の前に姿を現してくれるなら。
俺がそんなことを考えていると、体育館のドアが開いた。
「こんにちは。お二人とも早いですね。」
そう、今度はちゃんと部員の後輩。高山さんである。あれ?でもなんで一人?
「なんていうか、最近卓球が楽しくて早く来ちゃったっていうか。」
あれ、なんか返し違った?なんかデートの待ち合わせの時みたいになってない?気のせい?
「そうですか。私たちの練習についていきながら楽しいって、先輩たちすごいです。今日はちょっと部長としてのお仕事っていうか、1か月たって先輩たち実際どうなのかなあって思いまして。中谷君がきついとかあったら、ぜんぜん言ってくれていいんですよ?」
リーダーって大変だなあ。部員全員に気を遣わなきゃいけないんだもんな。しかも、3年から入部するっていう、このだめだめな先輩たちを。もし俺が同じ立場だったら、そんなんやってられない。ていうか、先輩怖い…。
「いやあ、なんだ、確かに中谷君は強いし厳しいけど、練習で言えば金本先生メニューが怖いから今更って感じだし、あいつには絶対俺が体験入部の時の雪辱を果たすって決めてるからな。」
「ああ、植田先輩、あの事いまだに気にしてたんですね。たぶん今なら、11点勝負で3点ぐらいはとれるんじゃないですか?」
「おい、それ褒めてないだろ。」
「褒めてますよ。藤浪先輩はもとから感が良かったりでできるひとだなって思ってましたけど、植田先輩は本当に不安でしたから。」
「やっぱ褒めてないだろ!」
二人がこんなやりとりを続ける。高山さんも中谷君も、太陽の扱いにもうすこし慣れればいいなあっておもう。まあ、実際体験の時はどうしようもないぐらいだったんだろうし、いいところだけとれば本当に太陽は成長したのだろう。
「藤浪先輩はどうですか?練習大丈夫ですか?」
高山さんが話に見切りをつけて俺に話を振ってくる。
「大丈夫だよ。日に日にできることが増えて、今が一番楽しい。」
「そうですか。なら、よかったです。藤浪先輩のプレイは、安心してみてられるし。これから期待してますね!」
なんて優しいお方なんだ!高山さんは俺のことを褒めてくれるのか。1度も自分が負けたことがない相手を褒めるというのは、高山さん、やっぱいい人だ。さすが部長!
「それでなんですけど、急で申し訳ないんですが、日曜日に練習試合に行こうと思うんです。」
「練習試合?」
太陽が即答する。そりゃそうだ。卓球部で練習試合なんてあまり聞いたことがない。バレーとかがやってるのは聞いたことあるけど。
「ああ、あまり公にしてないんですけど、県内にもう一つ強い高校があって、たまに交流と称して練習試合するんですよ。昔は部員3人のこっちに合わせてもらって3対3でやってたんですけど、こっちも5人になったから、5対5でやろうとおもいまして。別に、勝ち越したからどうとかじゃないんですけど、力試しにどうですか?」
練習試合!これは力を付けたものたちが、公式の大会を前に力を試すために行われる行事のこと。つまり、俺たちは高山さんたちに試されている。でも、なんか楽しそうだな。ずっと同じ相手とやってたら飽きるだろうし。
「いいんじゃないかな。俺も1回外の人たちと戦ってみたい。」
「いいんじゃね?いつもコテンパンにされてるだけじゃないぜ!1か月で高めた俺の実力、見せつけてやる!」
俺も太陽もやるきだった!そうだ。これこそが運動部!これこそが青春!
「わかりました。連絡はあとで流しますね。じゃあ、中谷君たち呼んでくるので、練習始めましょうか。」
そう、こうやって俺たちの日常は青春というものに変わり始める。高校生最後の1年に彩を与え続ける。そして、笑って卒業するんだと思う。いや、卒業する!そのためにも、まずは卓球、目の前のことをひたすらやっていくしかないとおもった。