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第2章 何事も気軽に目指してはいけないと知った日

というわけで、卓球部に入部した俺たち。世界を目指す3人の練習っていったいどんなのだろうかと気になってみていると、それはもうすさまじい。

「よっし!望!本気でこい!」

「中谷君、先輩たちもいるんだから、部活中は名字で呼びなさい!」

「あ、やべえ!やらかしたあ!…改めて、さあ、こい!」

なんか、高山さんって面白い。これが部長の貫禄というやつか。それにしても、中谷君はあんな感じだけど、高山さんはどんなサーブ打つんだろう。

「いきます」

「はい」

高山さんがサーブを打って1秒もしない間に、ボールはエンドフレームに当たって台の上に載った。

「まじかよ!」

植田がびっくりしている。それもそのはず。この卓球ではサーブがネットにかかるとサービスミスになるが、今の高速サーブはネットにかかっていなかった。

「あれが通るのかよ。」

ネットを確認している植田は、まだ信じられない様子だった。

「さすがだぜ高山!4.5番ってとこだ。」

「そう。ありがと。」

うん?4.5?何が4.5なんだ?俺はなんとなく疑問におもったので聞いてみることにした。

「あの、4.5って、なにかな?」

俺の質問に、待ってましたとばかりに答えたのは高山さんだった。

「サウンドテーブルテニスは、自分のコートに2本の線が描かれてるのわかりますか?一つは、サーブの良し悪しを決めるセンターライン。もう一つは、自分が打つべきボールかを判断する守備ライン。そして、守備ラインより手前側にはサイドフレームがあるじゃないですか。右サイドフレームの先端が1番。真ん中が2番。角が3番。

エンドフレームにうつって、右が4番、ちょうどセンターラインが5番、センターラインと左角の間が6番。

左角が7番、左サイドフレームの真ん中が8番、そして左サイドフレームの先端が9番になります。」

「先輩たち、よければ台触ってみてください。そしたらわかるとおもいますよ。」

というわけで、中谷君に案内されながら、1番から9番まで台を触ってみる。すこし納得したところで、4.5というのは、ほぼほぼセンターラインぎりぎりを表していることに気づいた。

「すげえな!こんなところにサーブ打てるのかよ。」

植田が再び驚きの声をあげるが、それについては俺も同感。こんなところに早いサーブ打ち込まれたら、波の相手では返せないと思う。

「先輩方!このサーブ練習は、うちの基本です。このサーブができるかできないかで、試合の戦況は大きく変わります。というわけで、先輩たちにもマスターしてもらいますよ。」

そう、中谷君の言う通り、この部活は世界を目指してる。まだパラリンピックの正式競技にすらなってないこの協議で、世界に行こうとしている。本当に俺たちでやれるのか。

「まあまあ中谷君。ゆっくりやていこうって言ったばかりでしょ?いきなりそんなことできるわけじゃないんだから、ひろい視野を持って選手は育成するものよ。」

高山さんが俺たちにフォローを入れてくれる。これはすごいありがたい。

「じゃあ、とりあえず、私がサーブ練習の続きやろうかな。まだ1本目だし。早いサーブはあと9本。サイドフレームに行くサーブをあと10本やらなきゃいけないから。」

というわけで、高山さんの練習が続いた。やはり、高山さんの打つサーブは正確だった。こういうのって、女性のほうが得意そうだよな。

続いて中谷君もサーブを打つけど、まあ、1度対戦したからそこまで驚くこともなく。これまたふつうに安定感のあるサーブだった。

「じゃあ、真奈美、行ってみようか?」

あ、そうだ。二人の掛け合いばっかり聞いてて忘れてた。卓球部には、江越真奈美という存在もいるんだった。

「え、わたし?でも…」

だが、どうやら俺が存在を認識できなかったのは、単純に静かだからというわけではないようだ。

「わたしはいいよ。先輩たちも入ってきたことだしさ。」

そうか。この子には、二人みたいに世界に行こうっていう思いが感じられないんだ。たしか、江越さんは、高山さんに連れられてッて言ってたよな。それが影響してる?でも、俺らが体験で入ったとき、たしか3人で目指してるって聞いたはず。どうなってんだ?

「おい江越!お前もここの選手だろ?練習しないと、うまくならないって。」

やはり、この空気に耐えられていなかったのは中谷君だった。まあ、こういうの苦手そうだもんな。

「まあまあ、俺らもいるんだし、練習は個人に合わせて気軽にやればいいんじゃねえの?」

そこでフォローを入れたのは植田だった。植田の言うことはもっともなんだが、こういう展開の場合…。

「先輩はだまっててもらっていいっすか。」

やっぱこうなるよねえ。

「江越さんは、どうしてサーブ練習したくないの?前の練習の時まで、しっかりやってたじゃない。」

高山さんが優しく問いかける。うん。この場合は、これが正解だろう。

「それは…。二人にはわからないよ。」

「おい!俺たちにわかんねえってどういうことだよ!」

「中谷君!」

「ずっと3人でやってきただろうが。それなのに、俺らにはわかんねえってどういうことだよ!」

だめだ。この展開、なんの解決もうまない。そして、事態は最悪な方向に向かう。

「そうだね。でも、今の二人に、わたしの気持ちはわからない。もう、ほっといて!」

そういうと、江越さんは足早に体育館から出ていった。

「なんだよあいつ。この練習の何が気に入らないっていうんだよ。」

「中谷君、あんな言い方はないでしょ。せっかく聞こうと思ってたのに。」

「けど!!」

二人もなかなか手を焼いている様子。一つわかっていることは、彼女はこの状況に取り残されている。何かがある。前までちゃんと練習をしていたということは、俺たちの入部以降、彼女の中に変化があったのだろう。

その変化とはなんなのか、俺にはわからないけど、俺にできること、それは…。

「俺、ちょっと探しに行ってくる。」

「藤浪先輩!あてあるんですか?それに、私たちに話せないんだから、先輩じゃ。」

「だいたいこういうときに行くとこって言ったら限られてるから。それに、彼女は二人には話せないって言ってた。俺なら、彼女の話を聞けるかもしれない。」

「待て雄太。俺も言く。」

「植田!悪い。今回は一人で行かせてくれ。お前がいるとややこしくなりそうだし。」

「おいおい、そういうこと言っちゃう?まあ、わかったよ。その代わり、ちゃんと話聞いてやれよ。」

「ああ、もちろん。じゃあ、行ってくる。」

こうして、俺も江越さんを追って体育館を飛び出した。


とおもったんだけど、俺は二つのことに気が付いた。この後者には、体育館裏みたいな隠れるところがない、そして、俺は目が見えないから江越さんを見つけられない。

なんてことだ。困ってる後輩を救うために体育館を飛び出したというのに、俺が生まれ持ってしまった障害のせいで、俺はかっこいいヒーローになれないのか。みんなすまぬ…。

とはいえだ、そんなこと言って戻るのもなんか悪いので、一通り捜索してみることにした。もしかしたら、いったん寮の部屋に戻ってるかもしれない。それだったら追いようがないんだけど、それならそれでみんなに報告すればいい。となると、いったん寮に帰るのが先決なわけだが、間に教室がある。ひょっとしたら、教室で誰かにぐちってる可能性もあるし、いったん2年生の教室に行ってみることにした。

「失礼しまーす!」

とおもったが、電機は消えていた。ここじゃないのか。ていうか、2年生は放課後残ってしゃべったりしないんだな。

ここが外れて、じゃあ次となると、まあないとは思うが、こういう場合の定番と言ったら屋上になる。一応、屋上そのものは進入禁止だし、鍵垢ないと思うけど、屋上のドアの前ならだれもいない。そこにいる可能性も十分ありそうだよな。というわけで、屋上に向けて行こうとしたが、

「君、そっちは立ち入り禁止だよ。」

おじさんに呼び止められてしまった。

「あ、すいません。さっきここに女の子きませんでしたか?」

「女の子?何ばかなことを言っているんだ。ここはぼくしか使わないよ。さあ、帰った帰った。」

というわけで、強引に追い出されてしまった。まあ、あれだけ厳しくやってりゃ、ここから上に行くのは無理だろう。

とうとう選択肢を使い果たした。やはり寮に帰ったのだろうか。でも、荷物を持っていなかったから、どちらにせよいったん体育館に戻ることになるはず。

くそ!話を聞くとか言って、本人に会うことすらできないのか俺は。このまま何も収穫ありませんでしたっていって、体育館に戻るのか。

それだけは嫌だ!俺だって先輩だ!卓球部員だ!後輩を支えるんだ!!

俺はもう1度2年の教室に向かった。俺は大事なことを忘れていた。もし、俺が同じ状況になったら、だれにも存在はばれたくない。この学校であれば、音をたてなければ、見つからない可能性も高い。ということは、江越真奈美が、俺と同じ施行を持っているとしたら、教室をもう1度隅まで捜索すればでてきてくれるかもしれない。

そして、今度は抜き打ちできましたというように、何も言わずドアを開いた。

すると、びっくりして椅子をがたっとさせる音がした。あたりだ!ここに誰かいる。

「江越さん?俺だよ。3年で卓球部の藤浪だけど。」

当たり前だが、表情は見えない。少なくとも泣いてはいない。さあ、何か声を発するんだ。

「ど、どうしてここに…」

きた!これしかないだろうという、模範解答的な質問が。待ってろ!俺が気持ちを引き出してやる。

「そんなの、心配だったからだよ。俺だけじゃない。植田も、中谷君も高山さんも心配してる。江越さんは、中谷君や高山さんが嫌い?」

俺の問いかけに、しばらくだまったままの江越さん。

好きか嫌いかなんて聞くものじゃなかったかな。好きか嫌いかで言ったら、そりゃ好きだろう。ここまで部活やってきたんだし。きっと彼女が嫌いなのは、二人ではなく、二人の部活運営方法だろう。

「二人のことは…好きですよ。同じクラスで楽しいし。」

まあ、妥当な答えだ。となってくると、やはり原因は部活。

「卓球部で何かあったのか?」

そう、彼女がさっき体育館で残した言葉、「二人にはわからない」という言葉の意味。二人にはわからないこと、それはある意味この状況に取り残されているものの心。できるひとは、できないひとの気持ちがわからなくなるときがある。二人はきっとそれなのだろう。だから、ここは俺が聞くしかない。

「えっと…その…。」

そう、彼女はもとからしゃべるタイプではない。こんな俺に気持ちを打ち明けるには時間がかかるだろう。でも、この場は離れてはいけないとおもった。

「うちの県って、卓球強い学校がもう一つあるんです。で、たまに団体戦みたいなかんじで練習試合するんですけど、わたし勝てなくて。それで、この前練習試合したとき、一人だけ楽勝みたいなこと言われて…」

そうだったのか。そりゃ、俺は彼女のプレイをちゃんと見たわけじゃないけど、あの二人の仲にすこしでも実力が劣るやつが入っていたとしたら、そうみられるのも無理はない。

「でも、だめですよね。だったら実力で見返してみろって感じですよね。サーブもラリーもちゃんと練習して、実力つけて見返さなきゃだめですよね。」

本当にそうなのだろうか。彼女の生き方が、卓球がすべてというものになっていいのだろうか。きっとよくはない。たまたま卓球が不得意なだけで、ほかにも得意なことが彼女にはあるかもしれない。それを卓球で強制していいのだろうか。

「やりたいこと、ほかにあるの?」

だから、俺はこう聞くことしかできなかった。

「やりたいこと…ですか。なんなんですかね。わたしがやりたいこと、もしくは輝けることって。だから卓球始めたのに。」

このこ、きっと俺と同じだ。俺も、楽しい学校生活が送れなかったから、3年になって植田と卓球を始めた。このこも、俺と同じように苦しんでる。何か自分が夢中になれることを必死で探してるんだ。

「やりたいことってさ、なかなか見つからないよね。俺だって、高山さんや植田に誘われたから、今卓球やってる。江越さんはさ、去年の俺のこと、覚えてる?」

「え…すいません…覚えてないです。」

覚えてないことが悪いんじゃない。それは俺のせいだから。でも、今江越真奈美が、藤浪雄太という人間を知ってくれたとしたら、俺は卓球やっててよかったっておもう。だから伝える。

「そうだよな。俺も謝るけど、江越さんの去年の印象って、ぜんぜんないんだ。だから、一人だけ部活で取り残されてるのも知らなかった。こう考えると、俺たち、めっちゃ似てるな。あ、お前なんかと一緒にするなって言いたくても、それは心の中にしまっておくこと(笑)」

「あ、えっと、つまり…なんですか?」

俺は、彼女を元気づけられるように、力を込めていった。

「もう、きみは取り残されてない。たぶん、俺のほうが下手だし、だから、そんな思いつめずに、楽しく卓球やろう!楽しんでるうちに、きっとうまくなる。まあ、高山さんも中谷君もきつそうだけどな。でも、みんなで世界に行くの、俺はすげえって思った。」

俺が言い終えてからすこしして、江越さんが口を開いた。

「藤浪先輩…。ありがとうございます。」

口数は少なくても、俺にはこれで十分な気がした。彼女はきっと、もう立ち直った。一緒に上を目指せる。

「もどろっか。早く戻ってやんねえと、植田が中谷君にコテンパンにされてるだろうしな。」

「あはは、だいぶリアルなこと言いますね。」

なんだ、笑えるじゃん。初めて笑ったとこ聞いた。彼女がもっと笑顔になれば、卓球部の雰囲気ももっと明るくなる。俺は、まずはそれを目指そうかな。


体育館に戻ってみると、植田がコテンパンにされている…とおもいきや、全員疲れてる?

「おお!江越と藤浪か。遅かったじゃないか。」

あ、忘れてた。今日から顧問の先生見に来るんだっけ。そういえば、顧問が誰だったか、最初に高山さんに言われたような。

「遅くなってすみません。」

俺も江越さんもとりあえず頭を下げる。

「まあいい。3人の練習はちょうど終わったところだ。これから、私のプログラムの練習をしてもらう。2年生3人にはおなじみの、卓球用のピッチングマシンがある。これをエンドフレームにセットすると、ボールがでてくる。このボールが右と左に10回ずつくるから、それをしっかりこちらに返すんだ。返れば、またマシンの中にボールが戻る。返らなければ、アウトになったということだ。

そして、ボールのスピードは10段階に分かれているので、スピードがどんどん上がる。と見せかけて、下がる時もある。リターンの成功率が半分行かなかった場合、もう1度やってもらう。」

一応補足しておくけど、実際のSTTの世界に、そんなマシンは存在していない。てか、あったらすげえ。作者が書いた、理想のシステムとして、読者の皆さんは読み飛ばしてほしい。

「雄太!気をつけろ!俺なんて、これ4回もやったから。」

もしそれが本当だとすると、植田は80球もボールを受けたことになる。練習、半端ない。

「じゃあ最初に江越!やってみろ。」

というわけでコートに立った江越さんだったが、ラリーは巧みにこなす。はじにくるボールをうまく真ん中に返し、リターンを決めていく。スピードがゆっくりになっても、リズムを崩すことなくリターンをしていく。なんだ。やっぱりできるじゃん。

「江越の結果は右成功8、左成功9で合格だな。お!これは最高記録じゃないか。」

最高記録?高山さんや中谷君を、彼女は上回ったのか。江越さんはそれでも無言だったけど、内心は自信になったとおもう。

「じゃあ、藤浪!やってみろ。」

俺はコートにたったが、やはりこれは難しい。10本ずつとはいえ、交互にくるとは限らない。スピードも変わる。リターンミスになるボールも多かった。これで半分とか無理だろ絶対。

「藤浪の結果。右成功4、左成功7。トータルは半分こえてるが、右が半分を下回った。右苦手化?」

「え!いや、始めたばっかなんでわからないです。」

「そうか。じゃあもうワンセット行くぞ!」

まじかよ。トータル半分じゃだめなのかよ。

というわけでもうワンセットやるわけだが、さっきよりも感覚がつかめてきた気がする。真ん中に、もしくはミスにならないように角を狙うスタイル。これが確立されていき、右の失敗が減った。

「右左ともに成功6。合格だ!」

「お前、2回でできるのかよ。やっぱすげえや。」

「そうですね。ぎりぎりとはいえ、これを2回でクリアする人はすごいとおもいました。中谷君なんて、始めたころ5回ぐらいやってたもんね。」

「そ、それをいうな!俺はリターンミスじゃなくて、アウトが多かっただけだ。」

こうして、1日目の練習はなかなかユニークというか、ハードというか。金本先生オリジナルのプログラム、まだまだいっぱいあるんだろうな。これから試合形式の練習も始まるだろうし、これから気を引き締めていかないとな。


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