第11章 ラストイヤーに得たものとは
「おつかれ」
それでも、俺たちが驚いているだけではいけない。少なくとも、俺たち以上に太陽はショックを受けているはずだ。2セットで1点しかとれないというのは、中谷君との試合でもなかったし、菅野君という男は、ひょっとしたら中谷君より卓球がうまいのではないか、瞬時にそう感じさせるできだ。
「…」
やはりというか、太陽から発せられる言葉はなかった。普段クラスを盛り上げる太陽、卓球部の時中谷君にやられても今度こそはと立ち上がる太陽、日常の時の太陽、そのどれもが当てはまらないほど、彼の対応は別人だ。
「次、真奈美の試合ですね。」
高山さんも1試合が終われば何かと話すタイプだったのに、今回は何も言えないといった感じだ。
「うん。頑張ってくるね。」
江越さんは高山さんに一言言った後コートに向かう。彼女だってさっきの試合は見ていたはずだが、この中では一番冷静でいる気がする。意外とこういうのには強いのだろうか。それとも、過去に11対0をやられているから、気持ちというか何かがわかるのだろうか。
江越さんがここで勝つと、準決勝で例の阿部と対戦することになる。江越さん的にはここでうまく勢いをつけておきたいところだ。相手は平田というらしく、最近別の大会でベストスリーをとった実績を持つらしい。成長した江越さんがどこまでやれるか、もし前のことがなければ注目の試合である。
それでも、俺たちはどこかで太陽と菅野君の試合のことを気にしていて、江越さんを応援するどころではなかった。考えても仕方はないが、コートにたった瞬間にすぐ来る早いサーブ。打とうとしても打ち返せない巧みなリターン。彼のプレイの残像は、今でも俺たちの中に焼き付いている。このまま勝ち進めば、準決勝で中谷君と、決勝で俺と菅野君は対戦することになる。どんなに考えても導き出せる結論。それは、前回俺が倒した菅野という存在はどこかに消え、彼はレベルがいくつも上がった別人になった。
そんなことを考えていると、気づけば江越対平田は第1セットが終わり、第1セットを13対11で平田がとっていた。チェンジエンドのコールを聞いた瞬間われに返る。今は江越さんの試合中。それで、江越さんは第1セットをとられた。つまり、次をとられれば太陽に続き江越さんはこの大会から姿を消すことになる。
「お前ら、仲間の試合中だぞ。とくに藤浪。お前が今からビビってたら、この大会面白くないんだよ。江越の試合をちゃんと見ろ。」
固まって試合を観戦する俺たちにそう一声かけたのは金本先生だ。
「あ、はい。」
俺はその場で返事をする。そして、金本先生が言うことはもっともだ。今は江越真奈美という大切な後輩の試合中。それを自分の先のことばっかり考えて応援しないなんて仲間じゃない。まだ2か月だけど、俺はずっと彼女のプレイを見てきた。入部してすぐ、二人で話をしたりもした。そのすべてがあって、江越真奈美は今このコートに立っている。そして、彼女の目標、それは去年の雪辱を果たし、阿部恵子にも、高山さんにも勝って栄光をつかむことのはず。俺は彼女を応援すると決めている。というか、ここにいる仲間全員を応援する。たとえそれがどんな結果になっても。太陽のように、完全な負けだったとしても、俺は最後まで太陽を応援していた。となれば、前のことをずっと考えるのではなく、1歩進んで今やるべきことをやらなければいけない。
俺はプレイ中の江越さんに無言のエールを送る。テレパシーといえばSFっぽいし、うまく伝わらないけど、つまりは心の中で応援しているよと。相手の平田という選手はリターンが早い。強い球をどんどん打ち込んでくる選手。それもあってかリターンミスも多い。つまり、江越さんの普段のラリーが使えれば、簡単に倒せる相手だ。5対3.平田が2点リード。このままずるずる行けば江越さんは負ける。それでも、どこかで3連続ポイント、いや、2連続ポイントを数回とれば逆転できる。まだそんなに点は開いていないのだ。
やがて、江越さんが平田のボールについてこれるようになる。いかに守備をしっかりして、相手選手を抑え、得点を許さないか。それこそが球技というもの。江越さんのプレイは、まさにその典型例だ。相手は力加減をわかっていない。だから、相手の守備ラインさえ超える返しをしていれば、相手はかってにリターンミスしてくれる。
土壇場、9対8と、ついに江越さんが逆転する。逆転することによって自信も生まれたのか、江越さんの球が変わった。守備の中に攻めも加わるようになった。結局4連続ポイントでしめ、このセットを11対8でとってファイナルセットへ。
こうなってくると、つかみかけた流れは相手に渡さない。11対4で第3セットを江越さんがとった。
「おつかれさま」
高山さんが試合終わりの江越さんを出迎える。高山さんもさっきとは考えを変えたのか、さっきより明るい。
「ありがとう。」
江越さんは、勝っても口数が少ないことに代わりはない。それでも、今の俺たちにはその一言で十分な気がした。俺たちは、次の試合に向けて準備を始める。太陽の脱落を無駄にはしない。絶対俺か中谷君が彼を倒して優勝する。まるでみんなで誓い合ったかのように、俺たちの中に先ほどのようなよどんだ空気はなかった。
「よし。中谷行くぞ。」
金本先生に連れられ招集に向かう中谷君。俺たちとライバル校との対決第2ラウンドというわけだ。相手は岡本君。菅野君みたいな例外がなければ、中谷君なら勝てる相手だ。次の菅野君としっかりやりあうためにも、ここはしっかり勝って億必要があるだろう。
そして、時は過ぎ、中谷君の試合前。
「藤浪先輩」
「なに?」
「もう、大丈夫ですよね。先輩も中谷君も、大丈夫ですよね。」
高山さんが聞いているのは、菅野君のプレイを見てからの俺たちのメンタル面のことだ。中谷君の気持ちはよくわからないが、俺は俺なりの答えを出すことにする。
「うん。びびっても仕方ないからね。やれることをやるだけだよ。」
「はい。わたし、決勝で中谷バーサス藤浪見たいです。」
高山さんはそんなことを言うが、見たいとは言ってもこうなった場合、高山さんは中谷君を応援するんじゃない?という冷静な突っ込みが頭に浮かんだ。そんな雰囲気じゃないから言わないけど。
「俺も、退会で仲間と対戦してみたいかも。2か月の成果を出せるように。あ、もちろん、高山バーサス江越も楽しみだけどね。」
「ははは。そうなったら、みんなどっちを応援するんだろ。なんて思っちゃうんですけどね。こんなこと思うって、ひょっとしたら部長失格かもですけど。」
高山さんが考えていることは結局俺と同じだった。仲間同士で対戦をすれば、ほかの人全員が応援してくれるわけではないというリスクもある。それでも、俺は決勝での中谷君との対戦を熱望する。体験入学の時からずっと勝ってはいないけど、この場で精いっぱい彼に挑みたい。
「仕方ないよ。仲間が戦う宿命みたいなものだからさ。とりあえず、中谷君応援し四日。」
「そうですね。中谷君の試合、今日は見れてないから楽しみです。」
俺たちが話をしている間に準備は整い、いよいよ試合が始まる。相手の岡本君はどこまでレベルが上がったのか。
じゃんけんにより、サーブは中谷君。
「いきます」
「はい」
中谷君はいきなり早いサーブを選択。彼の早いサーブは、角にこそ行けばアウトになるが、コースアウトにならない範囲のどこでも決められる正確性がある。だから、5番ぎりぎりに構えれば6.5番ぐらいにきたりと、相手に的を絞らせない。
サーブで2点をとり、スタートダッシュに成功した中谷君。サーブ権は相手に移り、岡本君が打ったサーブは端っこから端っこに動くサーブ。これ、音聞いてるとなかなか不気味なんだよね。たまに方向間違える。それでも、ベテランの中谷君にはそんなの通用しない。ふつうに打ち返してリターンを決める。これこそベテラン。高山中谷コンビは、これだからこの部活を動かす二人だ。
6対2とリードする中谷君だが、俺は何かおかしいことに気づく。それは、先ほどの菅野君との差だ。同じ場所にいて、実力がこんなに違うものなのか。高橋先生が、何人勝ち残るかと挑発するぐらいなら、もっと中谷君といい勝負をしてもおかしくはない。なのに、岡本くんのプレイからは脅威が感じられない。いったいどうなっているんだ?
結局、11対3で第1セットを中谷君がとる。
チェンジエンド中、誰かの視線を感じたような気がするが、きっと気のせいだ。おそらく、ライバル校のだれかだろう。彼らもこの試合を観戦しているはずだ。俺はなんとなく気持ち悪いと思いながら、中谷君の試合の第2セットを見る。このまま中谷君が勝つのか、それとも相手が一矢報いるのか。
「いきます」
「はい」
岡本君が打ったのは、ゆっくりのサーブ。ふつうのひとならネットにかけてしまうようなものだが、中谷君相手にはそれは通用しない。と、おもっていたのだが…。
中谷君はそのボールを見送る。たしかに、エンドにはついていない。これは守備ラインに入っていないのだろうか。
「ストップボール ポイント岡本 ワンラブ」
しかし、結果は守備ラインにボールが到達していたらしい。自分の判断ミスに、中谷君が焦ったように息を吐く。俺はただ落ち着けと彼に無言で訴えかけるしかできない。
「あのボール、守備ラインちょうどだな。」
小さい声で、金本先生に話しかけられた。
「そうなんですか。相手はなんかすごいですね。狙ってそんなことするなんて。」
「ああ、まぐれじゃなくて本当に狙っているのだとしたら、あれは中谷の弱点かもしれない。」
どういうことなのかと金本先生に訪ねようとしたところで、次のプレイが始まる。岡本君が選んだのは、サイドに行くサーブ。これなら中谷君の守備力なら問題はない。しかし、先ほどのようにゆっくりサイドを目指すサーブに対し、中谷君は早めに手を出していく。そんな早いボールじゃないのに、なぜそんなに早く手を出すのか。どこで返したかはわからないが、リターンが早かったように感じる。そのボールはネットにかかり、減速したまま相手コートへ。それを岡本君は見逃さず、リターンを決めた。
「セーフ ポイント岡本 チェンジサーブ ラブツー」
「やっぱりな。さっきのイメージが残っていて、中谷は守備ラインを越えて手を出してる。あれじゃあネットにかかりやすいし、なにしろ体が前に行くから、相手から逆方向にリターンを決められれば対応が遅れる。中谷はできるように見えて、すごく繊細なんだ。同じポイントの取られ方を極端に気にするやつだからな。」
金本先生がそんな説明をしてくれた。となると、2セット目の最初は相手の思い通りだったということか。そして、1セット目を簡単にとった中谷君のリズムを崩したのか、もしくはあえて1セット目を簡単にとったからこそ、守備ラインぎりぎりのボールは見送ってくると判断したのか。
ともかく、岡本君も1年生だから、向こうの1年生はかなりできるということがわかる。でも、太陽と菅野君との試合とは違う。それは、中谷君が1セットを始めにとっているということ。流れを引き戻せば、まだチャンスはある。
結局、点差は5店開き、8対3という形に。これ以上1点も落とせない状況。
「これは厳しいな。」
隣に座る金本先生からそんなつぶやきが漏れる。逆側にいる高山さんも、おそらく気が気じゃないはずだ。
中谷君が打ったサーブは早いサーブ。それはエンドフレームに当たってそのまま台へ。
「セーフ ポイント中谷 チェンジサーブ エイトフォー」
「あいつ、この土壇場でそんなことできるのか。あれ数センチずれてたらアウトだぞ」
金本先生の開設を聞くに、5番ぎりぎりを狙ったのか。さすが中谷君。これが決まれば、中谷君復活?
それからは中谷君はペースをとりもどし、ラリー負けしないようになった。最初にペースを乱すようなかたちになっただけで、もとの実力は中谷君のほうがある。あっという間に9対9の同点に追いついた。
サーブ権は中谷君。そこで選択したのは、サイドに行くサーブ。早い球を主流にする中谷君が、相手をかく乱するときに打つサーブだ。それはうまいこと成功したらしく、相手はその球においつくのがやっとだった。真ん中に帰ってきたボールを、中谷君が素早くリターンする。結果、最大5点開いた差をひっくりかえして、中谷君がマッチポイントをとった。
「いきます」
「はい」
中谷君が最後に選んだのは、ゆっくり動くサーブ。もしかしてこれは、先ほどのやり返し?それに気づいたのか、岡本君が慎重にそのボールをリターンする。しかし、中谷君にはそれは予想で来ていたらしく、そのボールを打ち返す。激しい打ち合いがあり、結果は…。
岡本君が打ったボールがエンドフレームへ。同点か、そう思った瞬間、ボールは外へ。
「アウト ポイント中谷 イレブンナイン このゲーム2対0で中谷選手の勝ちです。」
拍手が巻き起こる中、中谷君がこちらへと戻ってくる。金本先生が手を貸しながら、俺たちのもとへ歩み寄る。
「おめでとう」
高山さんは、先に声をかけることは忘れない。
「危なかった。けどありがとう。」
普段は自信満々な中谷君だが、この試合はさすがにまずいと思ったのか、高山さんの声に対して、すこし照れたように笑う。
「まったく、相手の術中にはまりやがって。ほんとひやひやしたぞ。」
おめでとうムードの中、金本先生だけは的確な指摘をする。
「あはは、ほんとそうっすよね。次は気を付けます。」
さて、次は俺の試合。俺の相手は坂本君。前回大会で、中谷君に破れて準優勝になった選手だ。どうやら同い年らしい。
「んじゃ、藤浪頼んだぞ。」
「はい。」
金本先生の激励に対してうまく返事をして、俺はコートに向かう。
「藤浪先輩、頑張ってくださいね。」
高山さんが客席からすこしボリュームを上げた声で俺に声援を送ってくれた。これだったら、去年準優勝の選手にも勝てる気がする。俺の仲間は捨てたもんじゃない。
「菅野君のプレイ見た?ここで勝っても君は菅野君には勝てない。」
審判が来る前、コートに向かった俺に話しかけてきたのは長野とか言った向こうの部長だ。
「君のところのエースがうちの岡本君に勝ったのは予想外だったよ。あのままずるずると行くと思ったのに。それでも、うちのエース候補には十分。準決勝はもらった。」
やはり、何度あってもこいつは俺たちを挑発することしか考えていない。けど、今この手段にのるわけにはいかない。というか、乗りたくもない。
「そうかね。こっちだって練習してきたんだ。ここで俺が勝って、準決勝で俺と中谷君が二人を倒して終わりだ。」
「へえ。すごい自信だね。しかも、中谷君の勝ちまでも決めちゃうんだ。まあいいよ。ぼくたち4人は、あの時とは違うということを見せてあげる。あ、それと、阿部さんにも気を付けたほうが良いよ。」
そう言って、長野と呼ばれる部長は俺の前から姿を消した。あいかわらずむかつく。それでも、前回の練習試合の時、それで挑発された中谷君が坂本君に破れた。去年までは彼が部長じゃなかったらしく、ライバル校もおとなしかったというから、いかに挑発に乗らずに自分のプレイをするかが重要になってきそうだ。
「それでは、坂本選手と藤浪選手の試合を始めます。」
審判のコールがあったので、俺たちはじゃんけんをしてサーブ権を決める。じゃんけんに勝った坂本君はレシーブを選択した。
始まった試合。俺はまず様子見で何の変哲もないサーブをする。相手はまっすぐリターンを返してくるが、コースにひねりがないので、そのまま手を伸ばしてリターンする。そのボールは相手のラケットをかすめて外へ。
「リターンミス ポイント藤浪 ワンラブ」
2度目に選んだのは、回転をかけたサーブ。これはまっすぐ素直に行くのではなく、横に動くボールだ。ボールはそのまま相手の角で止まる。
「セーフ ポイント藤浪 チェンジサーブ ラブツー」
案外あっけない試合。これは先ほどの中谷君と岡本君の試合に似ている。向こうも様子見なのか。それでも、サーブ権は相手に移る。俺はコースの真ん中に立って相手のボールを観察する。
相手のサーブはふつうのサーブ。この速度なら平気でリターンできる。なんのひねりもない。俺は勝負に出るためにぎりぎりまでボールをひきつけてからリターンする。何度か打ち合いになる。俺が決めに行っても、相手は正確に打ち返してくる。結局、今回は俺がボールをネットにかけた。
「リターンミス ポイント坂本 ワンツー」
このような試合を、俺は前にしたことがある。練習試合の時、菅野君との試合ととなんだか似ているような。確か、あの時は菅野君が打ったリターンは同じ方向にしか返ってこなかった。しかし、今の坂本君は、リターンしながらすこしずつ方向を変えてくる。そのため、動きをともなうリターンでは、ネットにかけやすくなる。
俺はあっさり逆転された。サーブ権が自分に移っても、簡単にサービスエースがとれない。やはり、最初は様子見だったことを知る。
それからも、ラリーが続くだけで、得点はどんどん相手に入っていく。気づけば相手に10連続ポイントを許し、2対10。俺がとった得点は、最初の2点だけだった。そして、練習試合のときにはなかった、あれが降臨する。
「ゲーム開始から10分が経ちました。ここからは促進ルールを適用します。」
そう、サウンドテーブルテニスには、促進ルールというものがある。ゲーム開始後10分が経過し、18点以上の特典がない場合、残りは促進ルールとなる。ルールとしては、サーブを1本交代にすること、そしてレシーバーが13回リターンをすればレシーバーのポイントになるというものがある。今回は俺からのサーブ。つまり、相手が13回リターンをすれば、自動的に俺はこのセットを落とす。
俺はなんとか早めに決めにかかろうと勝負に出る。しかし、それは逆効果だった。ボールはあっさりネットの上を通過し、俺の販促となった。
第2セット。相手からのサーブ。今度は早いサーブ。俺はうまく対応をしようとするが、球は無情にもサイドから外へ。また、次のサーブは俺のラケットに当たったまま後ろへ。まさかの2回のリターンミスで俺は2点を失う。
それからは、もう考えることができなかった。自分がどのようなプレイをしていたのか、相手がどのような試合をしていたのか。そんなことを言葉にできるほど余裕はなく。
「セーフ ポイント坂本 イレブンスリー」 この試合2対0で坂本選手の勝ちです
審判からそのようなコールを聞いたとき、俺は現実に引き戻された。今、審判は相手の勝ちを宣告した。そう、俺は負けたのだ。この部活で5人で練習してきて、手ごたえもあったのに、俺は準々決勝で敗退したのだ。
気づけば金本先生に腕をとられ、俺は待機席に移動していた。
「しばらくうちの試合はない。いったん戻るぞ」
金本先生がそういうと、全員が立ち上がる。俺を含め、全員に言葉はなく、ただただ暗い雰囲気が漂っていた。自分たちが今まで積み上げてきたものとはなんだったのか。この日のためにみんなで練習してきたのではないのか。そんなことが頭をよぎる。
「藤浪 植田 ちょっと散歩行くぞ。」
金本先生がふとそんなことを言い出す。正直、そんな気分ではない。それに、高山さんの試合が近いはずだ。
「え!高山さんの試合が近いんじゃ」
だから俺はそういった。俺たちを励まそうとしてくれているのかもしれないが、もし高山さんまで負けるようなことがあれば大変だ。
「いえ、行ってきてください。わたしは、大丈夫ですから。」
高山さんがそんなことをいう。声からは本人の感情は読み取れない。俺たちが負けてショックなのか、それともあまり気にしていないのか。彼女が無理やり大丈夫だと言っているような気もしたけど、俺は彼女の思いにこたえることにした。
「太陽、行こうか。」
自分で自分の声に笑う。今まで自分がこんなに低い声を出したことがあるだろうか。改めてショックであったことを感じる。
「お、おう」
ずっと口数が少なかった太陽。彼は今、何を考えているのだろうか。
金本先生に連れられ、俺たちはスポーツセンターの周りを散歩していた。とくに車が多いわけでもなく、すこし田舎ような自然の感じがする。
「お前ら、わかっただろ?スポーツってのは、数か月で変わるものじゃない。」
歩きながら、金本先生が口を開く。そして、語りだした。
「中谷も高山も、小学生のころからやっているそうだ。だからキャリアは5年目とか。それで県大会優勝レベルなんだ。二人とも、高1のときに国体に行っている。あの二人でも、優勝はできなかった。それを入って数か月のお前らが抜かせるはずもないし、まあ当然の結果だろう。」
金本先生は俺たちを励ますのかと思っていたのだが、逆に現実を突きつけてきた。二人はキャリアが長い。俺たちはたった数か月。だから勝ち残れるはずもないという。
「3年になってからいきなり部活に入って、勝ち残れると思ったら大間違いだ。とくに藤浪。お前は体験のときから中谷や高山からの評価は高かった。それで練習試合でも向こうのエース候補に勝って、自信があったはずだ。でもな、その自信はいつか油断に変わっていたんじゃないのか?お前は決勝で中谷と戦うことしか見えてなかっただろ?すこし校内で有名になったからって、調子に乗っていたんじゃないのか?」
歩きながらたんたんと語る金本先生。俺には思い当たる節がある。体験の時、中谷君に対して1点もとれなかった太陽。その中谷君を相手に2点を取った俺。俺は太陽と違って部活に乗り気ではなかったけど、なんとなく自信がついて入部した。
部活ではきつい練習メニューをこなし、中谷君や高山さんに打ちのめされながら練習をした。時に太陽と二人でいらいらをぶつけ合うこともあったけど、それでもなんどもなんども乗り越えた。
そして練習試合。俺は相手のエース候補をなんとか倒した。1セットしかやらなかったけど。それで校内で話題になって、今まで感じたことのない、楽しい学校生活を送るようになったんだ。
その一連の過程で、俺はひょっとしたら油断をしていたのかもしれない。俺はできる。大会で優勝できるって。それを振り返ると、自分が情けないし、舞い上がっていた自分にたいして恥ずかしさを覚える。
「植田。お前もだ。お前はあんなに練習頑張って、ぜんぜん勝てないのに部活中は文句言わずにやってたのに、なぜ1試合目勝っただけですべてを忘れたんだ?お前がここまで積み重ねてきた努力を忘れて油断したから、あんなみっともない試合をするんだ。」
「忘れてねえよ」
金本先生の声に対し、太陽はぼそっと口出しをする。
「なんだよさっきから聞いてりゃ。俺や雄太のことを勝手に決めつけやがって。あんたそれでも教師かよ!生徒を応援するのが教師じゃないのかよ!」
太陽は俺とは違い、金本先生に反発する意思を見せる。それでも、心の中は俺とは変わらないことを俺は感じてしまう。俺がずぼしを刺されれば落ち込むタイプだとすれば、太陽はずぼしを言われると逆にかっとなるタイプだ。
「あいにく、生徒に嫌われるのも教師の役目なんでね。だいたい、体育教師ってのはな、一生懸命やるやつは応援するけど、一生懸命やらなかったり、スポーツを誠実にやらないやつは応援できない人種なんだよ。それと、いくらいらいらしてるからって、立場を忘れてもらっちゃ困る。」
金本先生は、あえて太陽を挑発して受け止めにかかる。
「立場がなんだよ。教師だからって偉いつもりかよ。だいたい、あんたの練習メニューやったって、俺は強くならなかった。雄太にだって中谷にだって、女子二人にだって俺は勝てなかった。それで初めて勝ててうれしくない奴なんているのかよ。そんなおかしいみたいな言い方しやがって。」
「植田!考えてみろ。お前よりもキャリアが上で、お前を指導する立場にいた中谷が、お前を馬鹿にしたことあったか?先輩であるお前を、人として下に見たことあったか?立場もそうだし、お前はスポーツマンとしての心が足りない。だからすぐに調子に乗るし、すぐに感情を出すんだ。もしお前が、いつものプレイをして、失点してもあきらめないって思って戦えていれば、少なくともあんな負け方はしなかったはずだ。」
「…」
さっきまでつっかかっていた太陽がおとなしくなる。落として上げる…。よく教師がやることだ、なんて思う。そして、金本先生はとことん愛情表現が下手だなって感じる。
「ともかく、お前たちはまだこのスポーツを始めたばかりだ。これからは受験に全力投球することになると思うが、卒業してからも続けるといい。きっと、数年後のお前たちなら勝ち残れてると思うよ。」
「そうですかね。」
俺は金本先生の言葉に、すこしも期待ができなかった。数年後の自分がメダルをもらっているなんて、あまり想像がつかない。
「藤浪。今日のお前は何点だったと思う?」
「え、えっと、1試合は勝ったけどぎりぎりだったし、30点ぐらいですかね。」
わりと低く見積もった。1試合目だってほぼぎりぎりだったし、2試合目はいいところがなかった。テストで言えば、各大問で5点ずつならとれたといったところだ。
「なんだよ。ずいぶん低いな。2か月で30点なんだ。数年たってれば100点になってるよ。とはいえ、キャリアが長い奴なんてたくさんいるし、中谷を越えなければ、お前らは優勝できないんだけどな。」
金本先生が、冗談だよって言いながら笑う。やっと、俺たちにも明るさが戻り始めてきた気がした。
「俺、また1からやりなおします。受験終わったら、また卓球部行って、金本先生のメニューにひーひー言ったり、中谷君にコテンパンにされたりしながら来年につながる部活ライフを送りたいです。」
「雄太…。お前は立ち直り早くていいよな。まあでもあれだ。まずは目の前の敵から倒すってことで、俺も受験終わったら、雄太にだけは負けないようにがんばろっかなあ。」
なんだよ、俺だけかよ。といいたくなったのだが、まあ言っても意味がなさそうだし言わないことにする。俺だって、太陽にだけは負けないからな。とも言おうとしたが、これも言わないことにする。
「おお。きたねえ、君たち。その調子で、受験頑張れよ。戻ってきたら、望み通り厳しい練習で鍛えてやる。」
そんな立ち話をしながら、俺たちは大会が行われているスポーツセンターへ。あまり長い時間外にいたわけではないが、中は朝よりも人が少ない。大会を終え、先に帰宅した人が多いのだろう。
「ただいま」
俺たちの待機場所に戻り、全員で元居た席に着く。
「おかえりなさい。」
最初に出迎えてくれたのは高山さんだ。高山さんも、さっきより声が明るくなっている。何かうれしいことでもあったのだろうか。
「ごめんね、心配かけて。もう大丈夫だから。高山さんは決勝まで進めた?」
俺は謝罪をしつつ、そんなことを聞いてみる。しかし帰ってきた返事は予想外だった。
「いや、えっと、進めたというかなんというか。先ほど終わりました。」
「え!」
その場にいた太陽も金本先生も声をあげる。確かに、それはおかしい。だって、まだ準々決勝すら終わっていなかったはずだし、俺たちが外に出てから1時間もたっていなかったはず。さすがに終わりが早すぎないか。
「いやあ、なんかほかのコートの進行が早くて、わたしの試合早まったんです。それにプラスして、決勝はわたしが圧勝しちゃったもので。」
決勝…。てことは、相手が江越さんじゃなかったのだろうか。江越さん相手に圧勝できるほどでもないはずだし、何があったんだ?
「え!圧勝って、まさか2セット連続で11対0とか?」
「ああ、ええっと、そもそも試合をしていないというかですね。同じように早まった男子の試合で中谷君が優勝したんですけど、中谷君にチームの人間が3人も倒されたライバル校のひとたち、女子の決勝あるのに、さっさと帰っちゃったんです。」
え!なにそれ?でも待てよ。準決勝で江越さんを倒した阿部さんが、決勝を残して帰宅したってこと?それ、プレイ的にいいのか。
「ていうか、向こうの阿部さん、もとから真奈美にこの間のかりを返すことしか考えてなかったと思います。あのときだけ動きが半端なかったですから。」
な、なんということなのか。あのクールビューティー、だと思う女子、まったくわからん。
「というわけで、今年もわたしと中谷君で優勝ゲットです!」
高山さんは一通り事情の説明を終え、うれしそうだ。まさかの決勝が不戦勝だったという、謎のハプニングに見舞われた割には、優勝は優勝、というとらえ方なのか、とても明るい声で話す。
「あと、わたしも3位に入りました。」
高山さんの話の流れを見守ってから、入賞の報告をしたのは江越さんだ。江越さんは、前回のベストエイトから順位をあげたことになる。
「おお!3人とも、おめでとう。」
自分は全然だったけど、後輩が入賞したのは素直にうれしい。金本先生とのやりとりがなければ、きっとここまで喜べなかったはずだ。
閉会式を終え、俺たちは車に乗って学校に戻った。結局、帰りの車の中ではみんなで雑談をしていたらあっという間に学校についていた。
「じゃあ、本日はお疲れさまでした。金本先生も1日ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
全員で挨拶を言って、帰るべきン場所に帰る。そして、こういう展開になると、どうなるかというと…。
「先輩。」
練習試合に引き続き、江越さんに声をかけられた。
「おお!江越さんもお疲れ様。去年から順位をあげるなんて、すごいじゃん。」
「え、そうですかね。まだまだです。それに…」
言葉を途中で区切る江越さん。俺はその場に立ち止まり、彼女の言葉の続きを促す。
「先輩のおかげです。一緒に頑張ろうって言ってくれたから。いつも部活にきてくれたから。」
「ありがとう。協力で着たって思うと嬉しいな。」
「はい。だから」
ふたたび、江越さんが言葉を区切る。彼女は話すのが得意ではないから、このようなことはよくある。というより、これだけしゃべるときが珍しい。
「明日から受験勉強で部活にこないの寂しいけど、またいい報告ができるように頑張りますね。あと、たまにはラインもしますね。」
どこか寂しげで、耳を澄ませていないと、聞き取れなくなってしまいそうな声。かすかで、弱くて、それでも強い意志を持った声。
「うん。いつでも連絡してきてね。」
俺はそう返し、彼女の気持ちを受け止めた。
「では、また。お疲れさまでした。」
「おつかれ」
今の会話で、俺の今日の嫌なことすべてが吹き飛んだような気がした。それは気のせいなのか、そうではないのか。今はわからない。それでも、数か月前、俺が手を差し伸べた1個下の後輩は、今の俺に手を差し伸べてくれていたような、そんな気がした。
俺がラストイヤーに得たもの、それは何かに優勝するような栄光ではなく、一つの夢に向かうために必要な、大切な仲間だったのかもしれない。そう思えた。今まで、ろくな人間関係を作ってこなかったけど、4月からの居場所になった卓球部の仲間たちは、俺がラストイヤーに手に入れた、最高の宝である、と、みんなに伝えていきたい。
ラストイヤーに何ができる、ここまで読んでくださったみなさまありがとうございました。
こちらの作品は、視覚障碍者の卓球であるサウンドテーブルテニスを使った小説を作りたいという思いで執筆していました。
途中から加わった新キャラがいたり、主人公の人間関係を変化させたり、ラノベ的な要素も試しに入れています。
また、わたしが出版社に評価された、主人公の心の動きに焦点を当てて表現してみました。
青春とは何かを考えたときに、何かに一生懸命になることだとわたしは考えます。だからこそ、藤浪君のラストイヤーは、青春の一部である、とわたしは思っています。
何かをするに早いも遅いもないですが、やりたくなったら今すぐやる。やったことが続けば、立派なあなたの青春です。
改めて、最後までお付き合いくださったみなさま、ありがとうございました。




