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第10章 ついにきた!大会の日

「おはよう。」

時刻は午前7時。今日はついにやってきた大会の日ということで、いつもの休日よりは早起きをする。8時から朝食なのに、それでは間に合わないという理由で、朝食を7時45分からにしてもらった。それでも、時間的にはぎりぎりらしく、5分で食事をしなければならないという、とても大変な日程である。

「おお、おはよう雄太。ちゃんと起きれたか。」

そして、誰一人遅刻するわけにはいかないので、男女に別れて、お互い起こしに行こうというわけだ。俺は太陽の部屋を訪れ、一言挨拶をして、今真ここというわけだ。

「んじゃ、中谷君の部屋行こうか。」

俺がそういうと、太陽は自室から出て、俺のあとに続く。

「そういや、中谷って、誰かと同室なんだっけ?」

「そうだよ。1年生の、えっと、だれだったかな。」

「起こしに行って大丈夫なのか?同室者から怒られたりとか」

この学校では、1年生と2年生の一部は二人部屋に入ることになっている。3年生と、運がよかった2年生は一人部屋に入ることができた。中谷君は運河悪かったのか、今年は1年生と二人部屋を組んでいる。

「まあ、何も言ってなかったし、大丈夫じゃないかな。」

そんなことをしゃべりながら、俺たちの部屋がある4回から中谷君の部屋の2回まで下りる。

「ここか。んじゃ、雄太、あとは頼んだ。」

「え!なんでそうなるんだよ?」

「だって、お前が前にいるだろ?やっぱここは、前の人がノックをだな」

相変わらず、太陽は扉というものが苦手らしい。卓球部の時も、進んで体育館の扉を開けようとしない。進んで開けるのは、自分たちの教室と、俺の部屋ぐらい?

「あの…何してるんですか?」

扉の前で言い合いをしていたら、勝手に扉が開き、なかから人が出てきた。

「やべ!あ、えっと、俺ら中谷に用があって。」

太陽がそういうと、

「ああ、中谷さんか。てことは、お二人って卓球部の。」

彼は理解がいい。それとも、俺たちって意外と有名?

「あ、騒がしいと思ったら、もうこんな時間すか。先輩方、ありがとうございます。」

俺たちが同室の彼と話をしていると、中谷君が割って入ってくれた。

「おお!これで男子組はクリアだ。あとはその時を待つだけ。んじゃ、またあとで。」

俺はそういうと、太陽を引き連れて中谷君の部屋を後にした。女子組はまあ二人だけだし、真面目そうな二人だからきっと大丈夫だろう。あ、ふりじゃないからね。


「おはようございます。いよいよですね。」

本当に女子組はなんの問題もなかったらしく、ふつうに食堂にいた。

「そうだね。どんな戦いになるか楽しみ。」

食事を受け取りながら、俺と高山さんはそんなことを話す。これ、道中でゆっくり話さないと、話すネタなくなるのでは?なんて思ったりする。

「時間ないけど、しっかり食べて準備していきましょう。」

高山さんがそういうと、各々朝食を食べ始める。今日は日曜日ということで、パンのメニューだ。パンとスクランブルエッグとサラダ、デザートにヨーグルトという組み合わせ。飲み物は牛乳だった。パンなだけあって、急いで食べるには食べやすい。

なんとか早めに食事を終え、正面玄関へ。どうやら大会の会場はこの間の練習試合と同じところらしく、また金本先生の車で行くことになる。

「おお!こっちだこっちだ。」

俺たちが正面玄関につくと、金本先生が向かい入れてくれた。やっぱり、ベテランなだけあって、視覚障碍者の扱いには慣れている。

「全員揃ったな。じゃあ、前に女子二人、後ろに男子3人乗ってくれ。」

金本先生の車は、最大8人まで乗ることができる。卓球部は5人だから、金本先生の隣という恐怖の場所を使わなくても、ふつうに乗車することができた。

「じゃあ、行きましょうか。」

高山さんの声を合図に、車は出発する。これから約1時間の旅が始まる。俺たちの知らない大きな世界に向けて。


「ひさびさに来たぜ、スポーツセンター」

というわけで、とくに渋滞に巻き込まれることもなく、車は大会会場に到着した。受付は9時半までらしく、ぞくぞくと受付をすませる選手たち。中には一人で来ている人もいるが、視覚障害ということで、誰かしらと来ている人が多い。県内だけでも、こんなに視覚障碍者がいるのかと感心するほど、今日のセンターはにぎわっていた。

「ちょっと、人多くない?」

俺はこんなもんかと大会常連の2年生に話を聞いてみる。

「毎回こんなものじゃないですかね。男女で別れて、1部と2部もありますし。」

そういえば、卓球には1部と2部がある。前に聞いた話によると、1部が40歳未満、2部が40歳以上と区分けされているらしい。2部の試合というのは見たことがないけど、どうやら2部はベテランばかりで、1部で勝っていた人が2部に行くと勝てなくなるというのが毎年恒例のことらしい。まあ、現在17歳の俺からしてみれば、2部に行くのなんて遠い未来の話だ。というか、そのころまで卓球やってるかわかんないし。

「あ、桧山君じゃないか。今日の大会にきたんだね。」

金本先生が誰か知らない人に声をかけていた。

「あ、金本先生。どうも。いやあ、今年からぼくも2部ですよ。いったいどうなることか。」

2部?ということは、この人は40歳になったということなのか。

「あ、先生は卓球部の引率ですか?」

「ああ、そうだよ。今年から部員が二人加わって、卓球部もにぎやかになったんだ。」

「あ、どうも。」

金本先生に紹介され、俺たちは桧山さんという男の人に挨拶をする。

「おお!高山さんや中谷君の連覇を阻止する新メンバーなのかな?あ、紹介が遅れたね。ぼくはもう20年以上前に同じ高校を卒業した桧山です。金本先生が新任で入ってきたころに生徒をしていて。いやあ、金本先生も立派な先生になったもんだよ。」

「こら、現役の生徒の前で、そんなこと言わなくてもいいだろう。」

20年も前にこの学校を卒業した人か。20年以上たっていれば、きっと学校の雰囲気も違ったんだろうな。それにしても、今年から2部ってことは、去年まで中谷君と戦っていたということになるのだろうか。それでも、確か1週間前に高山さんから言われた昨年の順位に、桧山という名前は入っていなかったような。

「いやあ、おととしまではぼくがメダル常連だったのに、おととし1回戦であたった中谷君に負けて、リベンジしようと思ったのに去年は仕事の都合で行けなくて、今年からは部が変わってしまった。しばらく、退会で中谷君にはリベンジできそうにないなあ。」

「リベンジってそんな。いつでも学校で待ってますよ。」

やはり、二人は対戦をしたことがあるのか。中谷君って、1年生のころから強かったんだな。

「みんなもし興味があれば、各地域の視覚障碍者協会に入るといい。そうすれば、全国大会とか出場の可能性があるから。とはいっても、この大会とは違って、年齢の区分けとかないから、ベテランと真っ向勝負しなきゃいけないけどね。中谷君が乗り込んでくるの、楽しみに待ってるよ。」

「あ、はい。お金の都合がつけば。」

さすがに年が離れすぎると、中谷君も緊張しているようだ。俺や太陽と接するときとは対応が違う。

「じゃあ、そろそろ開会式に行こうか。」

金本先生の呼びかけに全員が反応し、体育館に向かう。ついに始まる、年に1度の大イベント。


開会式では来賓の紹介とあいさつ、選手宣誓、ルールとスケジュールの確認が行われた。どうやら、今回は男女1部2部合わせて80人以上が参加しているらしい。男子1部が20人、女子1部が22人と発表された。ルールについては、とくに変わったところはない。タイムアウトはもとからないし、促進ルールは適用されるらしい。あとの反則やチェンジエンドのルールなどは、いつも練習でやってるときと変わらない。そして、3部屋でうまくスケジューリングされており、どうしても男女で試合が重なっているところがある。つまり、負ければ別として、仲間全員の試合を観戦できることはない。唯一救いなのは、勝ち進めば男女の決勝は同じ部屋で行われる。ここだけはしっかり観戦できる可能性があった。

開会式を終え、とりあえず何人かが固まれる場所に全員で向かい、待機する。やはり、金本先生一人では男女の引率が難しかったらしく、現地に何人かの臨時スタッフがいた。どうやら、教員免許をとるための、介護等体験の一環らしく、大学生が何人か派遣されたらしい。

「今日1日よろしくおねがいします。」

お互い挨拶をして、とりあえず何でもないことを話す。まず、試合があるのは江越さん。その裏で太陽の試合が別部屋で行われる。高山さんと中谷君はスタッフとともに江越さんのほうへ。俺と金本先生は太陽の試合を観戦しに、会場に向かうことにした。

「やべえ。1試合目終わったらしい。俺4試合目だから行かなきゃ。」

ルールでは、試合の2試合前に召集がかかる。何度かの呼び出しにも応答しなければ、選手は棄権扱いになる。先に太陽が立つ予定のコートの1試合目が終わったらしく、消臭がかかった。

「大丈夫だって。気楽にいこうぜ。」

俺は太陽の背中をぽんとたたき、自信をつけさせる。

「よっしゃ!一人だけ1回戦敗退とか笑えないしな。んじゃ、行くか。」

こうして、チームは二つに分かれ、お互いの行くべき場所に向かう。太陽の対戦相手はどんな人なのか、とても気になる。大会の対戦一覧には所属団体が書いてあるが、聞いたことのない団体名が書かれていた。

2試合目も終わり、3試合目。2試合目の終了後、なんか聞きなれた声がすると思ったら、どうやらこの間俺と対戦した菅野君が勝ちあがったらしい。さすがライバル校の1年生エース候補というべきか。彼とは順調に勝ち進めば準々決勝で太陽が当たることになっている。彼はラリーがうまいので、その打ち合いをどう抜け出すか、それがカギになるだろう。


ついに始まった太陽の試合。相手は緊張をしていないのか、召集の席で何度か太陽に話しかけていた。これがふつうの光景なのだろうか。サーブは太陽から。

「いきます」

「はい」

太陽が打ったサーブは真ん中へ。スピードもそんなにないので、相手からリターンが返ってくる。しかし、太陽の読みはするどく、返ってきた球を狙い撃ちしてポイントをとった。

「セーフ ポイント植田 ワンラブ」

それからも太陽の快進撃は続く。俺たちは比較的一人ひとり打つ玉が早い。それもあってか、普段はあまり勝てない太陽でも、今回の相手の球の速度は簡単に返せるようだ。それに、客席から聞いていてもわかるとおり、相手の返しはワンパターンだった。とくにリターンをずらすとかせず、すこし速い球がストレートで返ってくる。それがわかれば、怖さはほとんどない。

「セーフ ポイント植田 ツーセブン」

太陽が5点差もつけているのはとても珍しい。これこそ籤運のよさというやつか?20人もいれば、強さはきっと様々なのだろう。去年ベストスリーをとった4人以外については、とくにデータもないし、高山さん曰く、今回の太陽の相手は初出場らしかった。

第1セットを11対4でとった太陽は落ち着いて第2セットに向かう。第2セットでは、1セット目とは違い、力で押すのではなく緩急をうまくつかい、相手のミスを誘う。まじで、学校で練習しているときより生き生きしてないかこいつ。

結局、第2セットも11対2でとり、太陽は初戦を終えた。

「ありがとうございました。」

挨拶を終え、それぞれ引率のひとのもとに向かう。

「よっしゃ!なんとか勝った。俺、人生で初めて試合に勝ったわあ。」

太陽はとてもうれしそうだ。ただ、近くに対戦相手がいることだけは気をつけようね!なんて言おうと思ったけど、とてもうれしそうだからやめた。

「まだ1回戦だろ。お前はあと4回勝たなきゃいけないんだ。しかも、準々決勝は菅野君、準決勝は中谷と当たる可能性があるんだから、まだ気を抜くな。」

金本先生の指摘は的を射ていた。今回は人数も多いから、そのぶん勝たなければいけない相手は多い。そして、中谷君や菅野君、去年のベストスリーに輝いた選手たちと、敵はまだまだたくさんいる。

「まあ、それもそうっすね。よし!このまま突き進むぞ!!」

太陽は金本先生にくぎを刺されても、あまり動じなかった。乗ってる人は手が付けられないというのは、まさにこのことなんだろうな。

太陽の試合を終え、待機場所に戻ると、まだ江越さんの試合に行ったチームは戻ってきていなかった。まあ、試合のルールは同じでも、かかる時間は人それぞれだ。江越さんが特別てこずっているというわけでもないだろう。

それから数分すると、無事にみんなが戻ってきた。

「勝ちました。」

江越さんは一言だけそういうと、先ほど座っていた席に着く。無事に二人は1回戦を突破というわけだ。

「真奈美の相手、初出場の人だったね。対戦票はわたしたちがどこで当たるかしか見てなかったから気づかなかったけど、いきなりすごい相手と当たらなくてよかった。」

「うん。なんとかなった。」

二人は先ほどの試合について会話をしている。この様子だと、太陽同様、試合は余裕だったのだろう。どうやら昨年優勝した中谷君と高山さんはシードらしく、次は俺の試合が待っている。ちなみに、初出場だけど、人数の関係か、俺もシードにされていた。

「次は1コートで藤浪の試合か。この試合は全員で見れるな。」

金本先生が対戦票を見ながらそんなことをいう。

「いえ、わたしの試合、ひょっとしたらぎりぎり招集に被るかもしれないです。藤浪先輩の試合見たかったんですけど。藤浪先輩、試合終えたら、わたしの試合見に来てくださいね。」

高山さんは俺に応援してほしいというのだろうか。こんな風に頼まれると、なかなか断るわけにもいかない。

「お!藤浪さん、望のほういくんすか。戦うかもしれない相手のほう行かないなんて、勇者ですね。こりゃ、絶対負けるわけにはいかないな。」

「おい、待てよ中谷。その前に俺がいることを忘れるな。」

なんか、チームの中でも戦いムード?いいんだか悪いんだか。ただ、1回も中谷君に勝ったことのない太陽だけど、今回はなんか新しいことが起こりそうな気がしていた。

「お!試合終わったみたいだぞ。藤浪、行くか。」

招集に呼び出されたので、金本先生のあとについて待機場所へ。どうやら相手は去年の大会に出場して1回戦を突破した、鈴木という選手らしい。

「中谷くんの先輩なんですね。中谷くんに教えられたということは強いんだろうなあ。」

なぜか試合前に相手選手から話しかけられる。こういう風景、さっきの太陽の時にも見たけど、案外ふつうなのだろうか。俺の立場からすれば、対戦相手とそんなすぐに仲良くなっていいのか?とおもうのだが。まあそれでも、冷淡にかえしたらそれはそれで敵意むき出しみたいに思われそうだし、なんとなく会話に乗ってみる。

「どうですかね。あまり対外試合をしないので。」

「そうなんだ。お互い楽しくやりましょうね。」

「はい、お願いします。」

こうして、会話は途切れる。やっぱり、試合前にそんなに会話って交わすものじゃないよな?


前の試合が終わり、中へ。事前にじゃんけんはしておいて、相手にサーブ権がある状態だ。

「それでは、鈴木選手対藤浪選手の試合を始めます。」

いよいよ試合が始まる。いったい、相手はどんな選手なのか。

「いきます」

「はい」

相手はゆっくりサイドにくるサーブ。打ちにくいところを狙っているのだろう。様子をみていると、やはり玉はサイドに来た。そこをうまく返そうとするが、ラケットがサイドにあたったことによって、打球音が消えた。

「ホールディング。打球音がしません。ポイント鈴木 ワンラブ」

次に相手が売ってきたのも、同じようなサーブ。このひと、同じようなサーブしか使えないのか?今回は、サイドに当たるぎりぎりまで球を引きつけてから、あえてクロスに球を返す。サイドから逆サイドを狙った攻撃。相手はそこに読みがなかったのか、俺のリターンはうまく相手のエンドフレームに到達した。

「セーフ ポイント藤浪 ワンオール」

同点のまま、俺にサーブ件がうつる。こうなってくると、すこし刺激がほしくなる。というわけで、真ん中を狙った早いサーブを選択。目論見通り、相手はこの球を返せなかった。

「セーフ ポイント藤浪 ツーワン」

其のあとはサーブネットで点を落としたが、相手のサーブにバリエーションがなく、徐々に点差をつけていく。其のセットは11対6でとった。

第2セット。俺からのサーブ。相手は速い球ならとれないと判断し、速い球を選択。

しかし、相手も読めるようになったのか、簡単にリターンされてしまった。速い球を打った場合、リターンも早く帰ってくる。これに対応ができるかできないかが、大会で点をとれるプレイヤーかどうかといっても間違いではないはずだ。

それからも、俺の手はいいように読まれていき、点差が離れることはない。9たい9。もうすぐセットの結果がつくころになって相手のサーブ。ここで相手が使ってきたのが、守備ラインぎりぎりにくるゆっくりなボール。これをうまく返そうとするが、其の玉はネットにかかって相手のコートには届かなかった。

「守備ラインに達しません。ポイント鈴木 テンナイン」

相手が次売ってきたのは、やはりサイドに行くボールだったが、たまにはスピードと回転があり、俺が撃ったボールは場外へ。

「リターンミス ポイント鈴木 イレブンナイン。このセット鈴木選手がとりました。第3セットに行きます。」

自分のできなかったところを次のセットで修正する。このひと、けっこうできる。さすがに、去年の大会で1回戦を突破できただけのことはある。2回戦だって、どうやら準優勝の坂本くん相手にいい試合をしていたみたいだし、気を抜いたらこの相手には勝てない。

第3セット。サーブは相手から。相手はこちらの動きを探るのか、前と同じサイドを狙うサーブ。この場合、第1セット同様、相手のクロスをついて攻撃するか、まっすぐ強烈なリターンを返すかになる。前者の選択はすでに読まれている。となると、場所がわかっても返せないであろう速いリターンで勝負するしかない。俺はサイドから相手の左角7番よりすこし右を狙ってリターンをする。

相手は球を返そうと売ってきたが、その玉は横からら台の外へ。

「リターンミス ポイント藤浪ラブワン」

俺の戦略は通用しない。なら、読まれても打ち返せない速いリターンを打つしかない。サーブも、一定の速さと緩急を使えば、相手を圧倒することもできるはず。小手先のテクニックだけではこの相手は倒せない。お互い初の試合ではあるが、こんなに緊張するのが対外試合というものなのだろう。

それでも、思うように得点が奪えず、4たい3で俺のサーブ。ここでとればチェンジエンドとなる。俺がうったのは、サイドに行く速い玉。これはアウトになるリスクもあるが、うまくいけば相手を撹乱することができる。結果、サーブは見事に成功。俺は5点目をとり、チェンジエンドした。

それからも工房は続く。相手も徐々に速いサーブを混ぜ、俺は早めの勝負で応戦する。3点以上差が開かない。正直、負けてもおかしくない。このまま2点差を保てば勝つことはできるが、はたして。

10たい9。ここでとれば俺の勝ち。とられれば同点になり、ジュースになる。この大事な1級に、俺は速いサーブを選ぶ。しかし・・・。球がエンドフレームに当たった先は

「コースアウト ポイント鈴木 テンオール」

決められなかった。土壇場で2点差を同点に追いつかれた。俺は勝てないのか。1回戦から壮絶な試合をして、この先あと3試合大丈夫なのか。そんなことも考える。この先に待っているのは強敵ばかり。こんなところで負けていいのか。

相手のサーブから始まったラリー。この1点を落としたら負けに近づくのはお互いわかっているから、必死にボールに食らいつく。速いのでも、逆サイドにきても、必死にボールをおいかける。すると、相手が打ったボールが俺のラケットに触れることなくエンドフレームへ・・・。それでも、そのボールはそのまま台の下へ。

「アウト ポイント藤浪 イレブンテン」

再びマッチポイントで迎えた俺のサーブ。今度は、ふつうに速いサーブをうつ。返される可能性は高いが、相手の手は読めている。相手の選手は、サーブからのリターンで、斜めに打ち返すことをしたことがない。つまり、半分で構えていればとれる。其の読みは当たり、相手のリターンはまっすぐくる。俺は其の球を狙い撃ちしてリターンする。そのリターンは相手のラケットにあたって俺のもとに帰ってくるが。

「ストップ ダブルヒット ポイント藤浪 テュエルブテン。セットカウント2たい1で藤浪選手の勝ちです。」

「ありがとうございました。」

お互い握手をして、部屋から退場する。どのくらい試合をしていただろうかわからないが、最初の試合にして、たくさん体力を使った気がする。

「おつかれー!」

太陽が出迎えてくれる。

「ありがとう。」

「いやあ、どうなるかと思ったけど、なんとかなってよかったわー!まったく、ひやひやさせやがって。」

まじで太陽の言う通りだ。周りからしてみればヒヤヒヤした以外の何物でもない。正直、消臭に行った高山さんに報告しづらい。

「藤浪、お前高山の試合見に行くんだろ?上だはここで中谷の試合みるよな?」

金本先生も、なんとなくほっとしたような声で俺に声を掛ける。いやあ、機体の新人初戦で姿を消すとか、部活にとって評判悪いからやらなくてよかったー!

コートをうつろうと、金本先生と移動していた時のこと。

「金本先生、お久しぶりです。」

なんだか聞き覚えのある声。とおもえば、先ほどの菅野くんの顧問、高橋先生だった。

「ああ、どうも。」

「ずいぶん順調に勝ち進んでいるようでよかったです。それでも、今回のトーナメント表見て驚きました。準々決勝で、そちらの3選手と、こちらの3選手が対戦することになっている。長野と、女子の阿部はおいといて、他の3人と準々決勝で当たるなんてね。はたして、お互い何人残ってることやら。」

高橋先生が言っているのは組み合わせのことだ。準々決勝で、太陽は菅野くん、中谷くんは岡本くん、俺は前回準優勝の坂本さんとあたることになっている。

「試合前にそういうこというのはルール違反だと思うんですけどね。選手が目の前にいますし。」

金本先生が言っていることは正しい。ルール違反かどうかはおいといて、これはライバル校からの挑発に当たり、大会的に許されたことではないはずだ。

「そうですね。これぐらいにしましょうか。それでは、楽しみにしていますよ。」

そういうと、高橋先生は俺たちのもとから離れた。

「まったく、うちに負け越したくせに、よくいうよ。まあ、植田は心配だけど、中谷と藤浪には期待してるんだ。頑張れよ。」

「は、はい。」


こうして俺と金本先生は高山さんが試合を行うコートに向かう。ぎりぎりまだ招集中だったらしく、高山さんは外にいた。今回の対戦相手は、1回戦で勝ち上がってきた相手。よくいうのだが、1回戦を勝ち上がってきた相手には勢いがあり、2回戦からシードで対戦した相手が油断すると結果が変わってしまう。しっかりものな高山さんに限ってそんなことはないだろうが、一応注意が必要というわけだ。相手の選手は、どうやら宮崎という選手らしく、この大会初出場に当たるらしい。初出場から1回戦を突破したとのことで、やはり気は抜けないことになる。

「高山、藤浪勝ったぞ。」

まだ試合も始まりそうになかったので、金本先生が高山さんに声をかける。

「本当ですか?やりましたね、藤浪先輩。わたしも頑張らなきゃ。」

高山さんはめったに喜ぶタイプではない。というか、しっかりしすぎていて、自分の感情を出すタイプではない。それでも、こんな風にたまにすごい元気に喜んでくれることがある。なんか、人の意外な一面っていいよね。なんて思ってみるけど、意外さで言うと、高山さんを超える奴が卓球部にはいるわけで。

「先輩、勝ったんですか?やった!」

という具合に、江越真奈美という存在も、俺の勝利を祝福してくれる。だが、間違えないでいただきたい。あと3回勝たなければ優勝はできない。このうちからすげえ喜ばれると、あとあとこいつら表現方法なくすんじゃない?みたいなことを考えたりする。まあ、よくあるよね、びっくりしすぎて声が出ない、みたいなシチュエーション。ひょっとしてそうなるの?


なんてどうでもいいことを考えているうちに、高山さんの前の試合が終わったようだ。俺たちは慌てて中に入る。このサウンドテーブルテニスというのは、普段協議中にしゃべれないせいか、試合と試合の間はものすごく騒がしくなる傾向がある。プレイヤーも応援している人も、試合の結果についてしゃべりたいのだろう。その気持ちはなんとなくわかる。

そして、高山さんの相手、宮崎さんもその場に登場する。声からして、俺たちよりは年上なんだと思った。39歳までがこの部で出れるから、年上がいてもおかしくはない。実際、太陽の相手をしていた人も、俺の相手だった鈴木さんも年上だったに違いない。所属団体、高校じゃなかったし。

じゃんけんの結果、高山さんのサーブで試合はスタートする。ちなみに、前回の練習試合の時、高山さんのシーンだけ少なかったから、今回の大会は高山さんにスポットを当てて行こうと思う。まあ、優勝するなら4回戦うわけだから、詳しくやらなくてもいい、と突っ込みがきそうだけど。

「いきます」

「はい」

高山さんが打ったのは緩いサーブ。これはきっと様子見なのだろう。相手はそれを察したのか、一気に勝負に出る。それでも、高山さんの読みがそのリターンをあっさりはじき返した。はじき返された球は相手のラケットに当たって後ろへ。

「リターンミス ポイント高山 ワンラブ」

さすがというかなんというか、やはりできるベテランは違う。しっかり自分が打った後の相手の動きを予測してその通りに動いてしっかり返す。これが高山さんが部長をやっているという証拠に違いない。高山さんとよく一緒になるけど、彼女は背が高いほうではないし、スポーツ向きな体格ではないとおもうが、卓球に関しては台に近いほうが有利なこともあってか、高山さんの動きはすばらしかった。

ツーファイブとリードしている高山さん相手に、無効から打たれたサーブは早いサーブ。それはラケットにあたることなくエンドフレームに当たったように見えたが、結果はコースアウト。コースアウトを瞬時に見分けて撤退する。これもベテランがなせる業だ。俺には絶対できない。球早いし。

そして、さらに1点を追加してセブンツーからの高山さんのサーブ。これは早いサーブであり、相手のラケットを狙ったかのようなサーブ。相手はその速さに対応することができず、ダブルヒットになる。これ、高山さんエンジンあげすぎじゃない?

結局、そのセットを11対4でとった高山さん。試合は第2セットへ。俺は第2セットでひどい目にあったから、高山さんにはそんな思いをしてほしくないと思っていた。

しかし、そんなことを思っていたのは俺だけだったようで、さっきよりも点差が付き、試合は9対0で高山さんがリード。結局、卓球界のおきてに従ったぐらいで、高山さんが11対2でこのセットをとった。あまりにも完璧すぎる。完璧すぎて、描写をするのを忘れるというか、決勝までネタがもたなくなる。なんて言ってみたり。

「おつかれ」

高山さんが戻ってきたのを確認して、俺はそう声をかける。

「ありがとうございます。中谷君、どうなったんですかね。」

「戻ろう。たぶんあっちも決着ついてるから。」

金本先生のその言葉を合図に、俺たちは待機場所へ。予想通り、中谷君と太陽、介護スタッフは俺たちの待機場所にいた。

「無事突破しました。そっちは?」

「こっちも無事に勝ちました。」

中谷君と高山さんはお互いに試合の結果を報告する。これこそまさにお互いが応援しあってるって感じだよね。

「よっしゃ!んじゃあ、全員ベストエイト進出っすね。」

「そういうことになるわね。男子は、やっぱり向こうの人たちも全員勝ったよねきっと。」

高山さんが言うのは、先ほど挑発を仕掛けてきたライバル校のことだろう。金本先生が対戦結果を見に行くと、やはり全員勝ち進んでいた。

「ベストエイトで3対3か。まあ、お互い選手数が多いんだから仕方ないよな。ていうか、向こうは4人全員ベストエイトに残ってた。」

「そうなのか。あの長野ってやつも残ったのかあ。」

向こうの婦人は、部長の長野、昨年準優勝の坂本、1年生の岡本、そして期待のエース候補の菅野と続く。俺たちとの組み合わせとしては

太陽:菅野

中谷:岡本

俺:坂本

となる。もちろん全員強敵ぞろいではあるが、こちらも負けてはいない。少なくとも、こちらには去年優勝の中谷君がいる。太陽だって俺だって、この2か月で実力をあげたんだ。

「あの、わたしの間違いだったらいいんですけど、菅野ってひと、たぶん厄介な人です。」

高山さんが急に口を開く。

「え!でも、菅野君は俺でも倒せたんだよ?俺にできるなら太陽にだって。」

「そ、そうですよね。やっぱり、私の間違いですよね。忘れてください。」

高山さんのこんな迷た感じ、俺はどこかで遭遇したことがある。たしか、練習試合の帰り、勝ち越すのがいいのか練習試合だからこだわる必要もなかったのではないかとトークをしていた時だ。そのとき、高山さんは微妙なトーンで話していた。いったい何を考えているのだろうか。

「安心しなって。高山は俺の今日の試合見てないから心配してるだけだ。今日の俺の感じなら、菅野は倒せる。全員で相手倒して、ベストスリーうちらでとりに行こうぜ。」

「確かに、今日の太陽ならいけるかもしれない。俺もそうおもうよ。」

高山さんの話はひっかかるが、無駄な心配をしていても仕方がない。俺たちは目の前の相手を倒すだけ。そう思った。


まずは太陽の試合。そのあと江越さんの試合がある。

「植田先輩のあとに真奈美なのもそうだし、同じ部屋でラッキーですね。さっきみたいにどっちがどっちに行くとか考えなくていいし。」

「そうだな。やっぱ、俺たちだって仲間の試合は見たいし。」

そう、これからは女子と男子の試合が交互に組まれているところもある。とくに、うちがでる試合はうまいこと交互に同じ部屋で組まれていて、移動の手間が省ける。

「んじゃ、行ってくるわ。」

そう一言残して、太陽がコートに向かう。

「頑張れよ。」

「頑張ってください」

俺たちは口々に彼を激励してから、席につく。

サーブはじゃんけんの結果菅野君から。この時まで俺たちは知らなかった。これからが地獄の試合の始まりだったことを。


「いきます」

「はい」

菅野君が打ったのは早いサーブ。といいきいめちゃくちゃ早いサーブ。それはあっという間にエンドフレームに到達し、太陽の頭ぐらいの高さまではねた後台の上に戻った。

「セーフ ポイント菅野 ワンラブ」

まじかよ。あいつ、あんな早いサーブ持ってたのか。俺との対戦の時使ってなかったぞ。いったいどういうことなんだ?

そのあとも、彼のサーブはラケットに充てるのが精いっぱい。打ち返した球が相手のコートに帰ることはなかった。

ラブツーからサーブ権は太陽に移動。太陽も負けじと早いサーブで応戦するが、あれだけ早いサーブを使える相手にとって、俺や太陽が打てる早いサーブは早くないはずだ。しかも、リターンはうまく斜めに乗せ、4番から4番に来た。かとおもえば、次のリターンは6番へ。相手の動きを読むことすらできない。これではどうすることもできない。

8対0から打った相手のサーブ。今までとは違い、ゆっくりくる。しかし、これも策略だ。この場合、勝負を焦ってネットにかける人が大半で、太陽なんてその典型例なわけで。彼は卓球界のおきてを無視して第1セットを11対0でとった。

第2セットでも、1本だけサーブミスがあったが、それ以外は彼のものに。11対1で菅野君がとった。結果、2セットで太陽がとったのは1点だけ。見るのがかわいそうになるぐらいの圧倒的な試合だった。



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