1-8
キリエが案内したのは元々贔屓にしていたという宿屋だった。そこは親爺さんの飯が旨いのだという。
入ると客でごった返していて、賑々しい。
「ようこそ《闘士の創世亭》へ。飯かい?」
声をかけてきたのは恰幅の良い女将さんだ。
「飯も要るが泊まりたい。空きはあるか」
「悪いけど一人部屋は空いてないんだ。二人部屋でいいかい」
「主」
空いてないなら仕方ないだろう。
「お願いします」
「これが鍵さ。無くすんじゃないよ。飯は座って待っとくれ」
「ああ、飲み物は酒以外で頼む」
「あいよ」
キリエがささっと支払い──この時点でお金について考えるのは諦めた──、凹凸のある木札を渡されていた。真綾が木札をキリエから貰って肩掛け鞄にしまう。空いてる席を探すと、真ん中近くに辛うじて一つ見つかった。
「早速だが主、何故あの担当にした?」
……そういえば試験とか言ってたね。
「えっと、私を変な目で見てなくて、ちゃんと登録させて貰えそうな人を選んだらあのお爺さんともう一人だけで、後は話しかけやすかったから」
「もう一人ってのはエドガー……強面の奴か」
「キリエを担当した人なら、そうだよ」
「……なら、いい」
そう言うとキリエは顔を真綾に近づけた。
「……主を担当したのは恐らくギルマスだ」
「ギルマス……ギルドマスター?」
「ああ」
「……ここのギルドの一番上?」
「少なくとも十年前はあの人がそうだった」
「なんでそんな人が受付してんの……」
今更ながら色々大丈夫だっただろうか。受け答えとか諸々。
「多分いつも受付にいるわけじゃないだろう。馴染みにするならエドガーにしておけ」
「他の人がダメな理由は、私が除外した理由と同じ?」
「そんなところだ。後は俺の馴染みでもあるからな。色々融通が聞く」
「……今更だけど馴染み、って?」
「大体言葉通りなんだが……そうだな、依頼を毎回決まった受付に持っていけば自然とそうなる。馴染みを作った方が色々便利だ。向こうが愛着を持ってくれれば、こちらの事情を理解してくれたり、依頼の時に助言や忠告を貰える。今まで色んな冒険者を見てきた経験から来るから、貴重な情報源だ」
現代日本の感覚からすればかかりつけ医をつくる感じだろうか。
そう一人納得したところで料理が来た。
見た目はラザニアに似ていた。赤色のソースと黄色のとろっとしたチーズらしきものが、大きな黒い器でくつくつ音を立てている。その端から覗く肉はソーセージか。
「どうした、食べないのか」
「あっ、頂きます」
スプーンを入れればジュワッとソースが鳴る。広がる香りに期待しつつ、火傷しないよう一口。広がるのはトマトソースと、チーズと、肉。
「~~~~おぃひぃ」
「……何よりだ」
よくよく考えれば異世界に来てから初めてのお店ごはん。これまでは魔物肉の串焼きしか食べていなかったわけだから、異世界初めてのしっかり手を加えた料理でもある。
「主、それで話の続きなんだが」
「ふぁい」
「……飲んでからでいいぞ」
あっという間に冒険者向けサイズを完食した真綾はそこでやっと飲み物に手をつけた。柑橘類の風味付けをした水は、さっぱりしていて濃い料理の後に良い。
「それでだな、高ランク冒険者の仕事の一つに先導役とか指南役とか呼ばれるものがある。具体的には後進の育成だ。最も、やり方は色々で……ギルドに常駐して武術指南する奴、新人とパーティーを組んで教え込む奴といるな。聞いた話だが凄腕の依頼アドバイザーってのもいるらしい」
「へぇ」
「へぇ、じゃない。本当に凄いことなんだからな? 瞬時にそのパーティーの力量を判断して適切な依頼を薦めるってのはベテラン受付でもそうできることじゃないんだ」
「ごめん、実感わかなくて」
キリエは溜め息をつく。
「とにかく、俺は主の先導役として主とパーティーを組もうと思っている。その許可をくれ」
「それは良いんだけど、普通に組むのとは違うの?」
「基本的に、寄生……低ランクが強い奴にただ着いていってランク上げするのは、禁止じゃないが嫌われる。ランクと実力が離れてると、協力するような場面で色々厄介になるからな。たとえ主にそのつもりが無くても寄生と勘違いされると面倒だ。その点、先導役と新人なら問題ない。ギルドに申請する必要はあるがな」
「せんどーやくだぁってー?」
突如、下品な声が割り込んだ。
「ナニナニ、お兄ちゃん先導役すんのー?」
「そんな年じゃねぇじゃん」
「早いってか、ぎゃははは」
絡み酒の冒険者らしい三人組だ。気のせいか一気に辺りが酒臭くなる。
「お嬢ちゃん新人だロー? 早く上に上がりてぇよなー?」
「俺らもうBランクってトコロだかんな、色々教えてやんぜ」
「勿論夜もな! ぎゃははっ」
(……気持ち悪っ)
美少年美青年美中年がいたら今すぐ来なさい目と耳を口直しさせなさい。
「主、部屋行くぞ」
「ええ行きましょう」
「おいおい兄ちゃん、今話しかけてんのは俺たちだぜ、」
酔いどれその一が真綾に手を伸ばす。
しかしキリエが庇ったため、キリエの服を掴むに止まった。
「生憎と俺の連れだ」
「邪魔すんじゃねぇっ」
「キリエ!」
酔いどれその一がキリエを殴り──。
「い゛っでぇぇええぇぇぇ!!!!」
「フン」
痛みで叫んだのは男の方だった。
「あ、あれ?」
「主、金属の塊を力の限り殴ったらどうなると思う?」
「あー」
「鉱石族を殴るとはそういうことだ、っ」
直後、酔いどれその二とその三が殴りかかった。
そして、酔いどれ三人が揃って転がることになる。
「……学習しないの?」
「全くだな。主、ちょっとこいつらから離れて待っていてくれ」
そう言うとキリエはおかみさんの元へ向かった。
「騒いだ詫びだ。これで他の客に酒の一杯でもサービスしてくれ」
「騒いでたのはあいつらだってのに律儀だねぇ、ってこれじゃあ釣りの方が多いじゃないか。この店買い取る気かい?」
「まさか。これから泊まる分また迷惑かけるかもしれないからな。前払いだ」
「そういうことなら仕方ないね。取り敢えずそこのお嬢ちゃんと“鋼入り”のアンタがいるときはあいつら出禁にしとくよ」
「知って……ああいや、頼む」
エールの一杯でも、の辺りで歓声が湧き起こった。うん、タダ酒なら確かに飲みたい。