1-7
日が暮れた。
早くも酒場か宿屋らしい場所から賑やかな声がよく響く。
現代日本とは違い街頭らしきものは少なく、辺りは暗い。ふと、真綾は点在する灯りが何かしらの看板を照らしているのに気づく。
そのうちの一つ、剣が矢に合体した弓矢マークが冒険者ギルドの看板だった。しかし建物として大きいことを除けば周囲となんら変わらない外観。看板が無ければ正直分からなかっただろう。
「主、いきなりだが試験をするぞ」
「いきなりだね」
「俺は厳しいと言っただろう?それにちょっとしたものだ。難しく考える必要はない」
「そ、それなら……」
ちょっとしたものならいいだろう。さっきお願いしますと言った手前、断れないだろうし。
「ギルドに入って左側に受付がある。最大で五人いる筈だ。その中で自分の担当を選べ」
「それって、選べるものなの?」
「今は混んでない筈だからな。主がこれと思った相手の前に行けばいい」
「注意点はある?」
「一つは俺のことを気にしないこと。俺は俺でやることがある。もう一つは目的を間違えないこと。主が今ここにいるのは何のためだ?」
「……ギルドに登録するため、登録して身分証を貰うため」
「それを忘れないことだ」
そう言うと目の前のドアを示した。
ここからは一人で行くらしい。
真綾は緊張した面持ちでドアを押し開けた。
視線が突き刺さる。
ギルド内部は混んではいないが無人でもなかった。
真綾が顔を左側に向けると、カウンターにいる何人かが目を反らしたのが見えた。
(あれ、六人いる?)
数え直しても女性三人、男性三人。
キリエは最大五人と言っていたけれど。
と、ここで注意点を思い出す。──キリエのことは気にしないこと。
内心で呟いて真っ直ぐ受付カウンターに向かう。
近づくと、カウンターの人たちは何やら紙を取り出していた。
『護衛依頼 料金表』
『冒険者ギルド 新規登録用紙』
ちらりと見えた内容はこの二つ。
(護衛依頼じゃないし……)
と、上一枚しか取り出していない三人を除外。それ以外で、先程奇異な視線をぶつけてきた一人もなんか嫌なので除外。
残るは厳つい男性と好々爺といった感じのお爺さん。
……お爺さんにしよう。
「ようこそ、冒険者ギルド・オルロ本部へ。担当のギデオンです。今回はどのような用件でしょうか」
「は、はい、冒険者登録の窓口はこちらで合っていますか」
お爺さん口調じゃないことにドギマギしつつ真綾は答える。
「合っておりますよ。身分証はお持ちですかな」
「これで大丈夫ですか」
「結構結構。少しお借りしますのでお待ちくだされ」
表門で発行して貰った金属札を持って行くお爺さんもといギデオン。見ていると、水晶珠に似たものに金属札を触れさせた。
「仮の身分証ですな。冒険者登録が終わりましたらこれの返却と返金ができますので明日行ってみて下さい。表門の詰所ですな」
「わ、ざわざありがとうございます」
「それでは冒険者登録に移りましょう。こちらの紙に名前、出身、種族、技能、職業──戦闘スタイルですな。剣を使うなら剣士というようなものを書いて頂きます。最低限名前欄が埋まれば結構です。必要ならば代筆も致します」
「その、名前欄が二つあるのは何故ですか」
「上が本名、下が通称ですな。通称が書かれていればそちらでお呼びします」
「それじゃあ……」
ペンを手に取り上欄に『三上真綾』と漢字で書く。
「えっと、下の欄に代筆お願いできますか。『まあや』、です」
「ふむ、ではこうですかな」
書かれたこの世界の文字は『マーヤ』だった。ちょっと違うがこれはこれで良いだろう。
「ありがとうございます、辛うじて読めるんですが書くのは苦手で」
「そうでしたか。これからギルドカード、と呼ばれます冒険者登録証を発行しますが、少々時間がかかりましてな。その間に規則等をお話させて頂いても?」
「お願いします」
では、と再び立ち上がったギデオンは登録用紙を背後の機械にセットすると、冊子を手にして戻ってきた。
「文字が読めるとのことですので、これをお渡しして説明させて頂きます」
冒険者ランクは下から順にG、F、E、D、C、B、A、S。
依頼は自分と同じランクの一つ上まで受けられる。
そうして受けた依頼を規定数こなしたり試験に合格することで上のランクに上がれる。
ランクそれぞれの合格ラインは、ランクを上げる際にも説明を受けられるというので割愛。
ランクに応じて所属金という年会費のようなものや仕事を受けないでもいられる期間、登録証紛失時の扱いが変わる。特にD以下とC以上では明確な差がある。
冒険者登録証の提示で各国の通行税が免除または減額されるが、あくまで冒険者活動中が前提である。
依頼を失敗した場合は違約金が発生。あまりに失敗が続くと降格や冒険者登録剥奪もあり得る。他にも各国の法律違反・ギルドの規律違反・依頼独占などなどの禁止事項を破ればペナルティが発生する。
「規則等の全文は地下の資料室にありますので、是非とも一度目をお通し下さればと思います。これで説明は終わりとなりますが、ご不明な点はおありですかな」
「大丈夫です」
「それでは登録証をお渡し致します」
渡されたのは素材不明の白いカード。表面に『マーヤ』と名前が、裏面にはギルドの禁止事項が必要最低限分書かれていおり、角に小さく穴が空いている。
「紛失されますと罰金やランク降格となります。穴にチェーン等を通して肌身離さずが良いかと思いますな」
「は、はいっ」
軽く脅され、真綾はギルドカード用のチェーン、と頭のメモに書き込んだ。
「何か、他にご用はありますかな」
「えと、新人冒険者として知ってると良いことはありますか? オススメの安い宿とか」
言いながら真綾は気づく。今日の寝る場所その他のお金どうしよう、と。
「ご存知かもしれませんが、ギルドの三階を宿泊施設として開放しております。比較的安全に寝るだけですがその分安くなっております。それとここはオルロ・ペイですからな、大体どこの宿屋も冒険者向けになっていますよ」
「あ、ありがとうございます」
「後は、資料室の図鑑なら新人が扱う薬草や魔物がわかりますし、裏手の闘技場では新人向けの武器講座もやっております。よろしければそちらも是非」
「は、はい。ありがとう、ございましたっ」
そう告げてカウンターから一旦離れる。キリエを探すと、強面男性の受付と話をしていた。目が合うと手招きされる。
「キリエ、あの……」
「彼女の先導役に立候補する件だが説明は俺からする。それと、塩漬け依頼の一覧表を明日までに用意してくれ」
「戻ってきても塩漬けか。言っとくが明日こっちからも聞くぞ」
「分かっている」
先導役? 塩漬け依頼?
なんて真綾が首を傾げている間に話は終わったらしい。
「主、先ずは飯だ。話はそこでする」
「あっはい」
そんなやり取りをしてギルドを後にする。
「……ホンッとにあの娘っ子が銘主なのな」
受付男性の呟きは溶けて消えた。