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一旦門の中に入れて貰う。
壁の直ぐ内側が門兵の詰所らしく、その一室で待つことになった。
椅子二脚しかない狭い部屋は酷く簡素だ。
勝手に応接室みたいなものを想像していた真綾は戸惑う。
「えと、こういうのがこの辺りでの普通? 」
「冒険者や旅人の、中でも身分が低い奴向け……おまけに裏門だからな。表と違ってどうしても格が落ちる。身分の高い相手は危険な場所に来ない」
「成る程」
つまり、裏門から入ってきた私達は必然的に低い身分に見られる、と。
「そういえばこの辺りの身分ってどうなってるの? 貴族とかいる?」
「いるぞ。国によっても違うがだいたい下から順に奴隷、平民、貴族、王族だな」
「奴隷もいるの」
「主の故郷にはいないのか」
「うん、ていうか、制度自体廃止されてるの。身分もそうガチガチなのは今はない筈」
「……それってどういう国なんだ? 」
「んー、詳しく話したら本が何冊も書けるから私の国だけ簡単に言うよ。身分は強いて上げれば王族と平民だけ。全ての国民は最低限の教育は受けてて、その能力に応じて好きな職業に着く。政治は国民が投票で選んだ代表者達が行う。王族は国民の象徴としての役目を担うけど、政治には直接介入しない」
「……よくわからんが、それで生活できてたんだな」
「まぁ、うん」
生活はできていた。生活は。
(国も人も、問題を一つも抱えてないなんてないだろうし)
だから余計なことは言わなくても良いだろう。
丁度扉が荒々しくノックされ会話は終了した。
兵士に連れられノーリに踏み入る。中には典型的な中世ヨーロッパの町並みが広がっていた。
「おお……!」
「止まるな、はぐれる」
「ひゃ」
急に右手をとられて真綾は声をあげた。しかしそれに構わずキリエは進む。
(イケメンと、手を繋いで、歩いているッ……!)
転移前ではあり得なかった状況に戸惑っていたため、真綾は町並みや人々を観察する余裕などない。
そのまま壁の内側を半周。
表門に到着早々、真綾はボウリング玉サイズの球体に触るよう言われる。
塞がれた右手に代わり左手で触れれば透明なそれは白く濁った。それが無罪証明らしく、表門の門番に小さな金属札を渡された。
『オルロ・ペイ 一時通行許可証 ノーリ発行』
読めた。
日本語でも英語でもないにも関わらず、そう読めた。
「主」
「ふぁい!?」
「いくぞ」
言語の謎を解明する間もなく、手を引っ張られその場を後にする。
「えっえっキリエのは!?後お金、」
「ギルドの登録が生きてたんでな。口座を使えた」
「払ったってことだよね!? わわわ、ごめん、稼いだら返すから!」
「………主、これから冒険者ギルドに行って冒険者登録をするつもりだが……その先はどうする?」
「えっと?」
キリエは立ち止まる。それに合わせて真綾の足も止まった。
「冒険者には危険が多い。盗賊なんか相手にすれば人殺しもあり得る。だが主は……多分だが色んな意味で戦ったことがないんじゃないか? そんな人間が無理に冒険者をする必要はない、と思う。稼ぐなら、冒険者身分だけ手に入れたらどこかの下働きにでもなる方法もある」
すっ、と頭が冷える。
また、浮かれていたようだ。
危険とか、人殺しの可能性とか、よくある話の筈なのに。
顔色が悪くなったのにキリエは気づいたらしい。
「……ここに来たばかりの主には少し早かったな。金を取りにギルドに行く必要はあるが、今日のところは登録は見送って、」
「あのっ」
急に大声を出した真綾にキリエは押し黙る。
「あ、えと、遮ってごめん。あのね、確かにキリエの言うとおりで、私は戦ったことなんてない。故郷じゃ戦う必要もなかった。でもここはもう故郷じゃない、戦わなきゃいけないことだってあるかもしれない。そりゃ積極的に行く気は今のところないけど、全く戦わないつもりじゃないし。戦う力もあった方がって思うし。えーとえーと、うまく言えないけど、一回冒険者やってみて、色々学んで、それでやっぱりダメそうなら他の下働きの仕事とか探してみる、ん、じゃ、ダメ……かな」
恐る恐るキリエを見る。
「別に主の思いを否定するつもりじゃない。それが主の考えなら俺は従う」
「いやいやそんな重いアレで言ったわけでは……」
「主は戦う力が欲しいんだったな?」
「え、あ、うん」
「……俺は厳しいぞ?」
キリエは微笑う。
「っ そ、それでも!!」
「なら、登録からだな。行くぞ主」
「待ってこの手」
繋いだままだった手が中で浮いた。
「あ……すまん、つい」
「えっいやいいんだけど、うん」
「……」
「……」
「……取り敢えず行くか。はぐれるなよ」
離された手を少し寂しく感じながらも、真綾はキリエを追いかけた。