1-5
目が覚めたらキリエは居なかった。
否、よく探せば穴の底にいた。
昨日までなかった筈の穴だ。
「……ああ、起きたのか」
「うん。おは、よう? 何してるの?」
「鉱物を少し、な」
「?」
真綾が首を傾げる間に、キリエはアールデ・モンテで穴を塞ぎながら出てきた。
なんでも鉱石族は鉱物に触れ、同調することで周囲の状況を知ることができるらしい。キリエは真綾から離れずに、かつ同調しやすい鉱物を探して穴を掘ったとのこと。
「それで相談なんだが、主には記憶喪失を装って貰いたい」
「分かった。どれくらい忘れればいい?」
「……驚かないのか?」
「まぁよくある設て、ん゛っ、いい年の大人が何も知らないってのは不自然だしね。ある程度覚えるまでは誤魔化さなきゃいけないとは思ってたから」
「いい年? 大人? 待て、主は幾つだ!?」
「前いた世界では三十近くまで生きたよ」
「うそだろ」
そう言ったきり、キリエは固まり──気まずそうに目線を反らした。
「……ちなみに幾つに見えたの」
「……」
「キリエ?」
「……じゅうごくらい」
「半分!?」
そこまで若く見えたのか。見えたのか。そこまで童顔じゃない筈なんだが。
「……そういえば、キリエは幾つ?」
「鉱石族は」
「うん?」
「鉱石族は普民族と違って、本来決まった姿のまま砕けるまで過ごす」
「えーと、つまり見た目よりは上?」
「砕けた間も入れれば、……四十になるはず、だ」
「じゃあ年上だ、」
「……」
ぐうう、と腹の虫が鳴ったのでご飯になった。
昨日の焼き肉を魔物の皮に包んでおいたものだ。こうやると一晩位はきちんと保存できるらしい。
「出発前にこの辺りの大雑把な説明をしておく」
そう言ってキリエは縦長の楕円を並べて地面に描いた。
「この世界には新大陸、魔大陸、旧大陸の三つがあるらしい。今、俺達がいるのは旧大陸南にある迷いの森で、これを取り囲んでいるのがオルロ・ペイだ」
一番右の楕円から直線を引き二重丸を描く。そのドーナツ状の部分を12に区切った。
「オルロ・ペイには壁で囲まれた街が十二ある。時計、は見たことあるか?」
「? あるよ」
「じゃあその、時計みたいに街が並んでる。これからその一番上にある街、ノーリを目指す」
「どれくらいかかるかな」
ふと思ったので聞いてみた。
「……どんなに遅くても日暮れまでには着く、と言いたいが主がどれだけ歩けるかにもよる」
「もしかして、日暮れまでに着けなかったら野宿?」
「魔物の出る森で野宿だな」
ヤバい。何度か雑魚(キリエ曰く)で死ぬかと思った私にはヤバい。
「ちょ頑張る!頑張るから早く行こう!」
「ふ、……そうだな」
何故か笑うキリエについて急いでノーリに向かうことにした。
一面の草原に立ちはだかる白壁。
それが真綾が初めて見る異世界の街、ノーリの外観だった。
「ねぇキリエ、壁の中に巨人がいたりしない?」
「なんだそれは。主の世界はそうなのか」
「いやそういうま……お伽噺があったから」
真綾が某漫画を思い浮かべる、それぐらい大きな壁だった。
この壁は魔物の被害を防ぐためにあるという。
「迷いの森は数十年周期で魔物が溢れる。暴走期と言うんだがな、それに対抗するために魔法で造った壁だと聞く」
「ほへぇ……」
やはり魔法か。
「一人で?」
「流石に複数に分けただろうな。これ程の使い手はそういないし、たった一人に街の防備を任せる訳にもいかない筈、……っと着いたな」
そういう考えもあるのか。
そう納得したところで壁の下に着く。急いだお陰で日は高い。
「じゃあ」
「お願いします」
ここからは打ち合わせ通り、真綾は記憶喪失設定なので基本的にキリエに任せる。
進めば大きな門──壁に比べれば小さいが──の前で門兵に止められた。
「待て。見ない顔だな。通行印はあるか」
「……十年は前のものになる。必要なら冒険者ギルドに使いを出してくれ」
「は?」
怪訝な顔をした門兵が金属札を受け取る。キリエが所属する冒険者ギルドの登録札だ。
「カードの通り、名前はキリエ。種族は鉱石族。オルロ・ペイへの入国は約十一年前にここノーリから。その後各街で活動。約十年前に迷いの森で“砕け”たと記憶している。つい先日彼女により再臨した。詳細は冒険者ギルドに照会してくれ」
「鉱石族……!? わ、わかったが、そっちの女は」
門兵が真綾を顎でしゃくった。
(キター)
「俺の銘主がどうかしたか」
憮然としてキリエが応える。
「身分証の確認を、」
「彼女は記憶喪失らしく、これといって自身を証明できる物も無いそうだ。取り敢えずここの冒険者ギルドで登録する予定だ」
「ならば、表門にある水晶珠での犯罪歴確認と一時通行証発行のための銅貨五枚が必要だ」
「だったら先に冒険者ギルドで俺について照会してくれ。俺の登録が残ってれば、主の通行証だけで済む」
「ならん。表門へ行け」
言われてキリエは眦を吊り上げる。
「何故だ? 詰めている一人を使いに出せば済む話だろう」
「今は忙しい。いつ魔物が来るか判らん」
「生憎鉱石族なんでな、暴走期が終わって閑期なのは知っている。なのに忙しい理由はなんだ」
「……」
「あ、あの、キリエ? 魔物が街まで来るの? 」
「暴走期でない限りそうそうないと思うぞ。俺達みたいに、門に入れて貰えなくてうろうろしてるのを狙って来る魔物はいるだろうが」
キリエが門兵を見やると、観念したようにため息を着いた。
「急げば日暮れには正門に着くだろうに……」
「生憎と主が疲れている」
「どっちにしろ待つぞ?」
「構わない。主も、いいな?」
「待つのは大丈夫」
取り敢えず、きちんと手続きをして貰えることになったようだ。