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ぱちぱちと火の粉が爆ぜる。
魔物肉を食べ終わり、真綾はごちそうさまと呟いた。
「なんですか」
「え?」
「今の言葉です。異世界の言葉は知らないので」
「ええと、“美味しいご飯ありがとう”、みたいな? それよりさっきも異世界って言ってたけど……」
「私は創世主の神託を受けました。創世主が異世界から連れてきた愛し子、つまり主を守り支えるように、と。ですので、俺は主が異世界からの稀人だと知っています」
「そ、そう……」
しゅん、と何かが萎んでいくのを感じた。
知らない単語が幾つか出てきたが、つまりはシンくんに頼まれたということ。
いや神託と言うくらいだから命令に近いかもしれない。
少なくとも小説によくあるような、真綾に好意を持ったから助けた、というのではないらしい。
「主?」
「え? あ、うん。あの、知らない言葉があって、多分こんな意味かなって思うんだけど」
「詳しく話しますよ」
「えと、稀人と、創世主」
聞けば稀人は異世界人で合っていた。なぜか必ず普民族と呼ばれる人種らしいので、この普民族というのが所謂普通の人間ってことなんだろう。
創世主は神様の一柱。世界を造った創造神……は別にいて、創造神の造った混沌を今の世界にした英雄が創世主なんだとか。だからこの世界で神様といったらまず創世主らしい。
「主には“シンクン”で通じると」
「やっぱり」
薄々思っていたが、シンくん=創世主だった。
「それと、んー……とさ。敬語とか、主とか、やめない?」
「命令であれば」
「いやそうじゃなくて」
青年は眉をつり上げる。
「互いに自己紹介もしてないうちからって変じゃない?」
「これは失礼しました。鉱石族のキリエ。種別はタマハガネです」
「あっはい真綾です。こっちで言う稀人です……じゃなくて!」
真綾は息を荒げた。
「えっと、なんで主って言うのかわかんないっていうか、私が異世界の感覚だからかもしれないけど、私何もしてないし、なのになんか身を捧げられてて訳わかんないっていうか、」
「主、主、お聞きください」
そっと手をとられて真綾は言葉を止めた。
「鉱石族はその名の通り身体が鉱物でできています。だからその身体を砕き、武器や装身具に作り替える者が後を絶ちません。そうせずに、人の形を取り戻させてくれる者は本当に少ないのです……それこそ、返礼が一生の忠誠になる程に」
ですが、とキリエは続ける。
「昨今は、その忠誠目当てにわざと一度砕いて再臨させる者もいて……前の主がそうだと知った時は既に金打の誓いを立てた後でした」
「それって昼の……?」
「ええ。あれは破ってはならぬもの。奇しくも前の主は私を捨て駒扱いしたことで契約破棄となりました。ですが私も魔物の群れに耐えきれず、再び砕けることに……もし主が来て下さらなかったらそれこそ世界の終わりまでああしていたでしょう。ですから、」
キリエは頭を垂れる。
「主は私の恩人なのです。たとえ主に自覚がなくとも」
触れた真綾の手の甲に本来伝わるべき熱はない。それがキリエの中の鉱石を否応もなく思い起こさせた。
「えっとさ、その、い一端楽にして?」
「はい」
す、とキリエが離れた。
「えーとえーと、あのですね、主従関係云々は保留にしようかと」
「保留?」
「はい。えっとですね、なんでキリエ、君が私を主って呼ぶのかは判ったけど、こう、なんと言いましょうか、私が異世界感覚なだけかもなんだけど、私自身に主って呼ばれるだけの、なんかが足りない気がしてですね」
「私は気にしませんが」
「私が気にします。 てか気にされないのもそれはそれで問題だと、いやいいのか、あーとにかくまだ互いに色々わかってないと思うんで、お互いを色々知ってからまた改めて、ってかんじで、どう、デショウ」
最後はなんとなく尻すぼみになってしまう。
上目遣いに見たキリエはふ、と息をこぼした。
「互いを知る、ならまだ暫くは一緒にいるな?」
「あっはいたぶん」
「わかった。なら主の言うとおり、主従関係は保留にする。だが、主と呼ぶことは譲れない。俺なりのケジメだ」
「はっはい」
がらりと変わった口調に真綾は戸惑う。しかし言い出しっぺは自分だと思い直して頭を下げた。
「こっこれから宜しく!」
「ああ」
ぱちぱちと焚き火が音を立てていた。






