1-3
やがて青年はゆっくりと目を開ける。
その瞳は鈍く光る鋼色──彼の髪と同じ。
そして何度か瞬きしたあと数拍。
青年は飛び起きた。
呆然と自分の手を握ったり開いたりする。まるで自分の存在が信じがたいかのように。
「この魔力……」
一頻り確認したのか青年が真綾の方を向いた。
「あんた……いえ、あなたが私を助けて下さった“愛し子”ですね」
「……い、いとしごってなんでしょう?」
「ああそうか、創世主が無知と仰っていたな……」
青年は見た目に違わず、声も美しかった。
聞き惚れて最低限しか返せない真綾にまるで構わず青年は跪く。
「《我、鉱石族はタマハガネのキリエ、この度再臨叶いし故に、我が肉体を御身に捧げん》」
キィィイン、と金属を打ち合わせ続けたような音が響く。それが青年の発した声だと真綾にはなぜか判った。その意味までも。
「今の声、は? それに捧げるとかなんとか……」
「主は金打の声を聞き取れるのですね」
「あ、主っ?」
「私は鉱石族ですから」
(主? メタリカ? 金打なら武士が約束するときに鍔とか鳴らすっていうのだったけど? )
既に真綾の頭の中はクエスチョンマークだらけである。そんな彼女を置いて話は進む。
「……詳しく話した方が良さそうですが、先に聖樹へ向かいましょう。“森”の深部で夜を越すのは自殺行為ですから」
「せいじゅ? もり?」
「話は後に」
ひゅん、と真綾の頬を何かが掠めた。
ゆっくり横を向く。細く枝分かれした鋼が、鋭い角付きのウサギに似た生物を貫いていた。
「ホーンラビット──弱いですが素早く、十分に殺傷能力を持つ魔物です」
鋼を腕に戻しながら、青年──キリエが言う。
「急いで魔物のいない安全な場所に行く必要があります。いいですね、主」
「ハイ!」
青ざめた顔で、真綾はキリエの後を追いかけた。
その後、魔物(青年曰く雑魚)に襲われること十回を超え、何回か死ぬかと思った(でも青年のおかげで無傷)後。
青年は結構強いらしいと知った夕暮れ時に、やっと聖樹へと辿り着いた。
一見、草原にぽつんと生える大樹である。
しかしそれだけではないとすぐに知ることになった。
「丁度日が沈んだな。……主、聖樹に魔力を流して頂けますか」
「えと、とりあえず触ればいい?」
「それで結構です」
青年を直した時のように魔力の流れを意識してみる。
ぼう、と触れたところから幹が光り始め。たちまち聖樹全体が淡く光った。
不思議な光で、聖樹の周りだけ昼間のように明るい。
「これでいい、の……っ!?」
青年が鋼の手でホーンラビットの皮を剥いでいた。
(……そうだよね。よくあるネタだもんね。血抜きだってしてたもんね)
今夜の夕食なのだろう。多分。
昼間から魔物をさくさく倒していた(青年が)ので、大分感覚がマヒしているようだ。
「なにか?」
「えーと、故郷だと、解体するの見たことなくて、びっくりして、」
「そうですか。──イグニシオン」
ぼっ、と地面に焚き火程度の火がついた。早速指から生やした鋼の串に肉を突き刺し、炙っていく青年。
「あつくないの……?」
「魔火ですので。元々この程度の炎ならフィードバックも然程ではないですから」
「まび。魔法の火」
「そうです」
「身体がこう、色々変わるのも魔法?」
「鉱石族は本来そういうものです。広い意味では魔法かもしれませんが」
「どういう」
「魔法がなく、普民族だけという主の世界ならば、普民族以外の種族は魔法のような」
「ま待ってそれって、」
「焼けましたよ」
ずい、と青年が肉付きの鋼串となった左手の小指を伸ばしてくる。
(まさか、“あーん”、だと!?)
真綾が固まっているのを何か勘違いしたのだろう。毒味する、と人差し指の串から肉を食らった。
「魔力を使ったので疲れているはず。食べなければ体が保ちませんよ」
そうじゃない。
(だって“あーん”だぞ? それもイケメンからの“あーん”だぞ? いいのか。本当にいいのか。イケメン君、……たしかキリエ君?よ。本当に、こんな会ったばかりの女に“あーん”をしていいのか? いいのか? 色々誤解するぞ? しちゃうぞ?)
「主?」
「あ、ん」
覚悟を決めて“あーん”する(食べる)。
口の中の肉が無くなると、また“あーん”される。
繰り返し繰り返し。
──違う。
(餌付けだ!)
“あーん”みたいな甘いものでは決してない。
心はしょっぱかったが、魔物肉は想像以上に旨かった。