戦争の終わり
「...そなたへの処分だが。...我が国の騎士団に見習いとして配属する。」
勝利国であるフォーサイス王国の国王がそんなことを言い放った。
敵国の戦闘狂の娘など当然死刑だと考えていた私は、冗談かと思った。
戦争が終わり自国が負けたのだと知らされたのが昨日だった。
家を出るなとレンに釘をさされ、留守をしている最中にいつの間にか決着はついてしまっていたらしい。近隣に住んでいた住民達の怒号と悲鳴が聞こえたが、私は外へ出ることが出来なかった。過去に私が犯した過ちを知っているレンが、決して魔法も銃も使うなと泣きながら言ったからだ。当時の記憶は曖昧ではあるが、幼いという理由からだろう、父は私の罪を許した。しかし成長するにつれて、私は一体なんてことをしてしまったんだと、敵国の手助けをするようなことをした自分に腹が立って、それがずっと心に重くのしかかり続けた。
悲鳴や怒号も聞こえなくなってきても私は隠されていた地下室にこもり、一人生き残ってしまった。
私を置いて出ていったレンが戻ってくることはなく、それが何を意味するのか、私は知っている。父がずっと戻ってこないことの意味も。私はずっとずっと知っていた。
涙さえ出ない状況で身も心も乾ききった自分を見てああこれから死ぬんだなあと他人事のように考えていたある日。
突然上が騒がしくなった。家の中を荒らしているのかガラスが割る音やドタドタと何者かが侵入してくる音が聞こえた。
敵国の兵士がいよいよ一人で生き残った私を探しに来たのかと、私は重い腰をあげる。地下に隠されていた銃を手に持ち、私は地下室から抜け出した。奴らの目の前で死んでやろう、そう思って音がする方へ出ると、目の前に広がった光景は想像していたものとは違うものだった。
そこにいるのは兵士ではなく、狂ったように目を光らせる人型の魔物だった。兵士は彼らに組み敷かれてやられそうになっている。
兵士のひとりが私に気づき、驚いたように目を見開いたが、何も言うことはなく必死に魔物への抵抗を続けていた。
無意識によろよろと魔物へと近づくと、奴らは私の魔力の気配に気づいたのであろう、兵士を放ってこちらへ一直線にやってくる。
何故か兵士は焦ったような顔をして私の元へ駆け寄ろうとしていたが、私は前を見据えて魔物の頭部へと次々に銃の弾を打ち込んでいく。銃を持つ手が熱を帯び、全身が熱くなる。
そう、幼い時も、銃を持った時にこの感覚がじわじわきて、胸がいっぱいになったのを覚えている。
楽しいとさえ思えてしまった私は魔物たちが倒れても、それを撃ち続けた。完全に息の根が止まるまで。
知らないうちに口角が上がる。
そんな私を、兵士達は怯えたような目で見ていた。しかし、そのうちのひとりが銃を撃ち続ける私の後ろへ回ると私から銃を取り上げ、私を拘束した。
「もう良い!助かったとさっきから言っている!銃声でまた魔物を引き付けてしまっては元も子もない!」
顔を上げた私に、男は苦しげな表情で私を怒鳴った。
その声の大きさに私はビクリと身体を震わせ、ようやく頭が覚醒し、正気が戻ってきた。
...レンのいいつけを破って銃を使ってしまった。それに、撃つのが楽しいだなんて、どんだけいかれてるんだ、自分は。
「...お前は、戦闘狂の娘ジネボラ・ローズブレイドで間違いはないか?」
戦闘狂。それは誰でもない私の父のことである。
名の通り戦闘に狂った男。父がそういう名を持っていることを知ったのは戦争が始まってまもなくの事だった。
家で私を可愛がって、甘やかしてくれた優しい父の様子しか知らなかった私は、そんな父の裏側を知ってひどく動揺し、恐れたのを覚えている。
聞けば、彼は外国にも名を知られるほどの実力者で彼を敵に回しては誰も手をつけられず、敵の全滅は確実だと。
時には仲間とさえ戦いたがったという噂もある。それも、練習ではなく生死を賭けたような。
ああ、なるほど。
そんな男の娘である私が生き残っていては、第二の戦闘狂を生み出しかねないと国王が動いたのだろう。ここで魔物を倒すまで、自分が戦闘狂などという心配なんて全くしていなかったのに、魔物を倒した時の快楽、銃を握った時の高揚感、全てがそうであるとしか言いようがない。自分で証拠を作ってしまったようなものである。
「はい。私が、カルロス・ローズブレイド...戦闘狂の娘、ジネボラです。」
私が頭を下げてそう名乗ると、魔物に組み敷かれていた数人の兵士がざっと動いた。そして、私の腕を後ろに持ってくると私の両手を縄で縛る。
もうここで銃を握って自殺しようとするものなら、銃を握った瞬間に血が煮えたぎり兵士に噛みつきに行くに違いない。
過去にも罪を犯したというのに、勝利国の兵士にまで手を出すなんて真似はできなかった。というか、したくなかった。戦闘に狂う自分を、また自覚して、制御できなくなるのが怖かった。
...ここまでくると戦闘狂なんて可愛いもんじゃなくて殺人狂なのではないか。
頭の中に新しく出てきた言葉に私は体を震わせた。
「国王が君をお探しだ。」
兵士の言葉を聞いてすぐに、自分が断罪される場面が想像できる。
恐らくしばらく牢獄に閉じ込めて弱らせてから私の息の根を止めるつもりなのだろう。
それでも良い。きっと父さんとレンはもっと酷い殺され方をしているかもしれない。戦中ずっと閉じこもって何もしなかった私はきっとそんな死に方がお似合いだ。
私は頷き、大人しく彼らに連行された。
荒々しく馬車に押し込められ、強く扉を締められる。断罪までの静寂の時間をひとりで過ごすのだと瞳を閉じると、すぐにまた馬車の扉が開き誰かが入ってきた。驚きのあまりに身体を震わせて入ってきた人物を確認すると、そこには優しげな表情をした男がいた。
金色の短髪に碧い澄んだ瞳。いつかこんな顔を見た気がする。
「大丈夫かい?具合は悪くない?」
驚くほど優しい声に私はひどく動揺した。
これから断罪する人物に、何を聞いているんだろうこの人は。
ここでうんと甘やかして、後で屈辱的に痛めつけるつもりなのだろうか。
だとしたら、そんな手には乗らない。
ずっと黙り込んでいる私に、男はひたすら優しく声をかけ続け、ぬるま湯のような微笑みを向けてくる。
本気で頭がおかしいんじゃないかと私が男を睨みつけると、何を勘違いしたのか嬉しそうな表情を見せた。
一体何が目的なのだろう。
そんな男と私のよくわからない攻防が続き、気づけば馬車は止まっていた。ようやく着いたのだ、という断罪までの緊張と、男との変な空間から抜け出せる若干の喜びで私の内心は複雑だった。
「さ。降りて。陛下のところへ」
男は、驚く兵士を他所に私の縄を解くと、まるで淑女をエスコートするように私の片手をとった。
あまりにも自然に取られた手に、そして私に取るには不自然すぎる行動に、私の頭と心は混乱する。これも、あとで痛めつけるための前戯なのだろうか。久しぶりすぎる優しい温もりに私の心は動揺で揺らいだ。
兵士達の刺すような視線に見送られながら私は城の中へと足を踏み入れた。
初めて城に足を踏み入れるのが自分の断罪のためだなんて、人生本当に何があるかわからないものである。
そんな気持ちで国王が待ち受ける部屋へ案内され、場面は冒頭へと戻る。
国王の言った意味が分からず、私は固まったまま返事もできずにいた。私が死刑だと思い込んでいたのは私だけではないらしく、国王の言葉に数人の兵士達の間にもどよめきが起こっている。冗談だろ、と。
いや、私のセリフだ。なんの冗談だ、これは。
処分なんて、とんでもない。騎士団への配属といえば、これほど名誉なことは無い。
敗北した国からきた身分も何も無い私が、されて良い待遇ではないはずなのである。
「...フォーサイス国王。発言する許可をいただけますか。」
「良いだろう。」
私の静かな声に、国王は楽しげに目尻を下げて答えた。
一体何が楽しいのだ、この人は。
「...教養が無い言葉を並べる無礼を承知で失礼します。私は敗北した国から来た、なんの身分も持たぬ人間です。増してや、恐れられていた戦闘狂と呼ばれた男の娘です。正直私はそれを知った時恐ろしく思いましたが、父と同じような人間にはならないと、そう思っていました。しかし、...ここへ来る前に自分の中に今までに感じたことのない、狂気を感じました。私はそれを制御する術を持ち合わせていません。それに、私は、父も、信頼する父の部下も奪ったこの国を恨んでおります。騎士団に配属されたとしても、いつ、正気を失って裏切るか知れたものではありません。自分でもわかりません。ですので、」
「要約すれば死刑にしろ、とそなたは言いたいのだろう」
「...はい。余計なことを省けば、そういうことになります。」
「そなたはこちらが呆れてしまうほど正直者だな」
国王は私の裏切りという爆弾発言を聞いてもなお、楽しそうである。
その上、その態度が不快ではないといいたげに声をあげて笑い始めた。隣に座る王妃も生ぬるい視線を私に向けていて、なんとも居心地が悪い。
「私は最初に、見習いとしてそなたを騎士団に配属すると言ったな?それは、そなたが戦闘狂のあの男の娘であり、その力を制御できないことを見越してその判断をしたまでだ。制御できぬのなら制御できるように騎士団でその腕を磨けば良い迄よ。」
「しかし、」
「私はそなたを手放す気は毛頭ない。裏切りだなんだとそなたは言ったが私はそなたがそのようなことをする人間だとは到底思えないのだよ」
「何を根拠にそんなこと...!」
頑なに国王は折れようとしない。
声を荒らげた私に、兵士達が動く音が聞こえたがそれを国王は手で制した。
「私は、この国は、そなたの命をうばうことはせんよ。だから、そんなに死に飢えたような顔をするな。死ぬ必要などないと、私が言っておるのだ。素直に受け取れ。我が国の騎士として生きてくれ。」
国王が玉座から立ち上がり、私の元へとやってくると私の傷だらけの両手を優しく包み込んだ。まさかの行動に私はびくりと身体を震わせる。
死にたい。そう思っていたはずなのに。
父が、レンが、この男によって殺されたというのに。
自国が滅びたというのに。
私は幼い頃にその手助けをしたというのに。
なぜ、久しぶりに感じた温もりを心地よいと思ってしまうのだろうか。
「そなたは若い。そこまで自分を追い詰める必要などないのだ。考えることもいろいろとあるだろう。知らないことも知りたいことも山ほどあるだろう。しかし、今はただ、私の手を取ってはくれないだろうか。」
「...」
「...私はそなたの父やその部下のことを知っている。もしもそんなにもこの手を取るのが躊躇われるというのであれば、そなたが立派にこの国に仕える騎士となった時にそなたが知りたいことをすべて教えてやろう。言うなれば、取引だ。」
「!」
私の目が見開かれたのを見て、国王は勝利を確信したような笑みを見せる。
何もかもを見透かしたような表情に、私の体は考えるよりも先に膝をついていた。
今この場でこの男に勝てるような言葉を私は知らない。
「それなら、文句はあるまいよ。」
ああ、なるほど。
この人が国王になったのがなんとなく理解出来た。