プロローグ
ぱっと思い浮かび勢いに任せて書き始めました。
宜しくお願いします。
「ひっ!や、やめろ…」
目の前で必死に懇願する男の声はすぐに耳をすり抜けていく。
絶望したような、怯えたような表情をみても少女の心は揺らがないのか、銃口は男に向けられたままである。
少女は周りを見渡し、もう一度男を見据えた。
理解ができない。一人で残ってしまうなんて、悲しいだけなのに。
それに悪いことをしたのはあなたたちのほうでしょう。
ま、いいか。
そう思った少女が引き金を引こうとしたその瞬間、ものすごい勢いで後ろから引き寄せられ、彼女が手に持っていた銃を奪われた。
驚きはしたものの、少女は抵抗をしなかった。ものすごい勢いとはいっても、殺意を持ったものではないと直感で判断できたからだ。
少女が抵抗しないのを確認すると相手は彼女の拘束を緩め、奪った銃を地面へ落とす。
「...動くなよ」
少女を止めた黒装束の男はそう言うと、少女を解放して倒れた馬車の方へ走っていった。
彼女は言われた通りその場から動かずに、男が向かって言った方を見る。
黒装束を着た数人が、襲われて倒れたままになっていた馬車を立て直そうとしている。
そして、少女が銃を向けていた男は、黒装束の人物により拘束されている真っ最中だ。
目の前でてきぱきと動き始める黒装束の集団を少女は他人事のように眺めていた。
すると、男を拘束していた人物がこちらへ向かってきた。
そして、少女の前で立ち止まると顔を覆っていたフードをとって素顔を現す。
「…見ず知らずの私たちを救ってくれた礼を言う。」
素顔を現した金髪碧目の若い男が頭を下げてそう切り出したが、返り血を浴びている少女に視線を移した途端、目を見開いた。少女が何をそんなに驚いているのだろうと彼を見上げると、彼は彼女の目線に合わせてしゃがんで目を合わせる。
「これは…君がやったのかい?」
先ほどの堅苦しい喋り方とは異なり、優しげで、戸惑いを含んだ声が男から発せられる。コクリと頷いた少女に男は苦しげな表情をした。
「...君は、この国の子?」
男はまわりで血を流して倒れている男達の身につけている紋章に目を向けたあと、少女に再び問いかける。
男はそうではないことを願いたかった。何故なら、今周りに倒れている複数人の男は、この国の紋章のものを身につけていたからだ。もし彼女がこの国の人間ならば、いくら幼いとはいえ人を犯した罪に問われる。
男の立場からしたら感謝でいっぱいなのだが、殺人を犯すにはまだ幼すぎる容姿の彼女のことが心配になった。
それに加えてこの少女がこの国の人間ならば、敵に自分たちの存在を知られてしまったことになる。
しかし、彼女は男の期待を裏切りコクリと頷いた。
男は頭を抱えたくなった。自分たちを助けてくれたとはいえ、彼女は幼さ故に何も理解していなかっただけなのかもしれない。成長したあとに、彼女がこのことを思い出せば何も咎めなかった自分たちを恨むであろう。本来彼女が殺すべきなのは自国の人間ではなく今目の前にいる黒装束だというのに。
「そうか...。」
「アルベルト。どうしたの?」
男が少女の手を取って深く息をついていると、男の後ろから金髪紅目の少年が顔を出した。
アルベルト。名前を呼ばれたのと、自分を呼んだ人物を認識した途端、男は勢いよく振り返る。
「坊ちゃん!出てきてはいけないと言ったでしょう!」
「だって。もう馬車の準備は出来てるのにアルベルトが来ないんだもの。」
「まだ危険が消えた訳では無いのです。それに、安易にあなたの容姿を知られてはなりません。わかったら、早く馬車へ戻り出発なさい。私はすぐに追いつきますから。」
「でも、」
「早く!でないと怒りますよ!」
「はぁい」
気の抜けるような主の返事を確認したあと、アルベルトは少女と再び向き直った。少女はまじまじと主の方を見つめている。
しまった、主の顔を見られてしまった。幼いとはいえ、敵国の人間に。
どうしたら良いものかと、アルベルトは頭を悩ませ、ある一つの考えが浮かんだ。
彼女がもし、親族が誰一人いない身で、国境をさまよっているのだとしたら...。
色々と問題が生じるかもしれない。しかし、それ以外に今この状況を打開する策はないはずだ。
意を決して少女の手を取り馬車が向かった方向へ走り出そうとしたその時。
少女の後方から複数の馬がこちらへ向かってくるのが見えた。
「ジネボラ!!」
馬に乗った一人の男がそう叫ぶ。
アルベルトは直感的にそれが彼女の名前だということを理解した。
そして彼女を呼ぶ聞き覚えがある声に、アルベルトの中で抜けていたピースがかっちとハマる。
実行しようとしていた策を取り消し、アルベルトは少女の手を離す。
彼なら、この状況を理解するはず。
恐らくこちらへ向かっているのはこの国の騎士だ。そして彼女の父親であろう彼だ。
アルベルトは馬車が向かっていった方向へ走り出し、フードをかぶった。
不思議そうにこちらを見つめ続けているジネボラにアルベルトは若干の心残りを残しその場を去った。
「ジネボラ!無事なのか!?」
「お父さん...」
いつの間にかやってきたらしいジネボラの父親は、血濡れた場所にひとりで立つ彼女を目に映すと、馬から降り少女の小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「勝手にどこかへ行くなとあれほど...!」
「ローズブレイド隊長!国境に配置した隊はここを含め全滅です!」
ジネボラの父であるカルロス・ローズブレイドは背後から聞こえた部下の声に、息をつく。名残惜しそうにジネボラを離すと、彼は全滅したという報告を受けたというのに安堵したような表情をして立ち上がった。
ジネボラはそんなカルロスを不思議そうに見上げる。
彼女は完全に理解は出来てはいないものの、全滅したという言葉はあまりよくない単語だということだけは知っているために疑問が頭を支配した。
父であるカルロスがそれを聞いて安心したような顔をしたのは一体どういうことなのだろう、と。
そんな彼女の視線に気づいたカルロスは彼女の目線に合わせてしゃがみ、頭を撫でた。
「ジネボラ。...これはお前が...?」
「...だって、悪い人たち...ッ」
カルロスの身につけている紋章と、ジネボラが殺した男達が身につけていた紋章が同じことに彼女は気づく。
突然顔を蒼白にした彼女に、カルロスは察しがついた。
まさか娘がやるとは思いもしなかったカルロスは内心動揺したが、おかげで話が良い方向へ行ってるのは紛れもない事実だった。
怒られるかもしれないと身を震わせているジネボラにカルロスは優しい声で彼女を抱き寄せる。
「ジニー、...良い子だ。」
「...え?」
「父さんはしばらく帰れそうにない。お前はレンと一緒に王都に戻れ。そしてレンの家でしばらく世話になるんだ。いいね?」
「わかった。けど...お父さんはいつ帰ってくるの?」
「...レン、ジネボラを頼んだ」
ジネボラの問いにカルロスは答えず、すぐそばでふたりを見守っていた男の名を呼ぶとジネボラの体を離した。レンは短く頷くと、すぐにジネボラを抱き抱え、馬に乗った。
「レン?レン?なんで私、」
馬が走り出してすぐにジネボラは、カルロスの部下であるレンの腕をゆすり始める。
混乱しすぎて泣きそうな顔のジネボラに、レンは張っていた眉を下げた。
「大丈夫。全て、上手くいくからね。」
レンの優しい微笑みに、ジネボラは泣きそうだったことも忘れ、安心したように頷く。
レンは血に汚れた彼女の手を見て、後悔が募った。
それから間もなく、大国である隣国のフォーサイス王国と、魔女に支配されたレヴァスト王国、別名魔国間での戦争が始まり、戦は激化した。
長く続いた戦争が終わりを告げフォーサイス王国が勝利の旗を掲げたのは戦争が始まって4年経った頃であった。