浴衣は見せるために着る 7
「もしかしてユキちゃんが私にちゃんと言えって言ってくれたの?」と聞いてみる。
「いや違う」
そうなの?
「…ユキちゃんは良い子だね」
「お~」と言ったヒロちゃんは嬉しそうだ。「ユズもな」
「もういいよ私に気を使わなくて」
「いや、そんなんじゃなくて。なんかユズは面白れえっつか…」
「え?面白い?」なんで面白いとか言い出した?
「イズミも言ってたな。なんか面白いって」
はあ?何言ってんだタダ。可愛いとか良い子とか言われたいわ私だって。しかも『面白い!』じゃなくて『なんか面白い』って…
今ので涙止まったんだけど。
それでも私の頬にまだちょっと残っている涙を、ヒロちゃんがまた指先でソイソイっと払うように拭ってくれた。
ふわ~~~…と思う。
優しい手。優しい目。今だけは私に向けられてるね。嬉しい…
あ~~~…やっぱり悔しくてたまらないんだよね。
こんな素敵なヒロちゃんがユキちゃんを彼女にしちゃうのは嫌だ。いや、ユキちゃんだけじゃなくて誰でもイヤ。ずっとずっと私だけのヒロちゃんだったら…。
今まで私だけのヒロちゃんだった事なんかないけども!
あ~~~それにしても…花火大会、早々に振られた~~~。こんな序盤で決着付くとは。アピールする間もなかったね…ダメだまた泣きそうなんだけど…
そっか!今だけは私だけのヒロちゃんだ。恥ずかしいって言いながらもちゃんと話してくれた。可愛いって、浴衣似合ってるって言ってくれた。寂しくて哀しくて切ないけど、それでもちゃんと嬉しかった。嫌なあざといアピールをしてみっともなくなってしまう前に、ヒロちゃんからきちんと話をしてくれて本当に良かった。
そう反省しながらも、もうこんな事頼むの今日だけだからと言って、ヒロちゃんに一緒に写ってくれるようにスマホを出すと、「仕方ねえな」と言いながらスマホを取り、私の顔に自分の顔を寄せて撮ってくれた。
ユキちゃんとタダが戻って来た。みんなでここにずっと居座ったままゆっくり花火を見れるように、二人は飲み物も食べ物もまとめて買って来てくれた。
タダと一袋ずつエコバックを持ったユキちゃんが笑顔で言う。
「ほら、食べ物いっぱい入れられるようにエコバッグ持ってきちゃった。私家からもポテチとか持ってきたから。ゆっくり食べながら見よ?」
すごいなユキちゃんさすが。私なんかヒロちゃんに見せる浴衣の事しか考えてなかったよ。あ~ヒロちゃんが嬉しそうだ。うんうん、てうなずいてユキちゃんの話を聞いてる。そして私にもニッコリしてくれる。
私にもちゃんと話をしたからヒロちゃんもきっとほっとしたんだね。
あんなに長い事片思いしてたのにな。それでも今も好きなのにな。そしてたぶんこれからもずっと好きだと思うし、そんな私の事を好きになってくれないヒロちゃんは、なんてわかんないヤツなんだって思いながらも、今私の心は少し前のグダグダ感がちょっと取れた気がしなくもない。それは私の気持ちを、返してくれないにしてもやっと受け止めてもらえたからだ。
結局ベンチには右端からユキちゃん、ヒロちゃん、私、タダの順で腰かける事になった。
「お前ユズ~~、」とさっそくヒロちゃんがふざけて言う。「イケメン二人の真ん中入るとか幸せもんだな」
「はいはい」と答える私。
その私をタダが横からそっと覗き込むので、大丈夫だぞタダ、と思う。
さっきのヒロちゃんの私へ言ってくれた言葉を、タダが聞いていたとしたらどんな反応を示したんだろう。1回目振られた時も、2回目の時もそばに居て私を笑ったタダがもし、今回の話を聞いていたとしたら。
やっぱりちょっと笑うんだろうか。私ではなく結構真面目に話してくれたヒロちゃんを笑うんだろうか。もしもヒロちゃんやミスズさんが言うように、コイツが私の事をちょっとでも好きなら、なんであの時笑ったんだろう失礼なヤツめ。
じきに辺りも暗くなり、花火の開始時刻。ドーン!と1発目に「「「「お~~~~」」」」と声を合わせる私たち。川面にも打ち上がった花火の光が映って辺りが全体が明るくなる。バチバチと空から垂れてくる散った花火の欠片。ドーン!パパーン!と高く低く花火は次々と上げられて、バチバチと欠片が川面に降り注ぐ。
飲み物を回してもらいながら、その水滴が垂れたのでふと見ると、んん?と思う。
あれ?
次に花火が上がったタイミングで良く見ると、タダの足の、下駄の鼻緒が擦れたのか親指の根元が少し擦れたようになって見える。
チラッと様子を伺うと、ふん?とこちらを見返してくる。
まだそんなに痛くないのかな。でもこのまま帰り歩くと絶対痛くなりそう。…う~~~ん…とちょっと考える。そしてまたタダをチラッと見てしまう。ドーン!とまた花火が上がって、タダの顔が明るく照らされる。
…う~~~~ん…とまた考えて、やっぱしょうがないや、と思う。
「タダ、」とコソッとタダを呼ぶ。「ちょっと一緒に来て」
「オレ?何?」
「いいから」
言って立ち上がるとタダも着いて来た。花火を見ていた場所から少しだけ人のいない所へ移って木の陰の石をタダに指差す。
「ちょっと、そこ座って。あんたさ、足ちょっと痛くなってきてない?」
「…」
「下駄のそこんとこ」タダの足の親指の付け根を指差す。
「…あ~~~と…ちょっとな」
「私、絆創膏持ってるから、ここで貼って。ほら」
手に持っていた籐製の浴衣と合わせた紺色の布がついたポーチから大きめの絆創膏を取り出してタダに渡した。
絆創膏を受け取りながら、「なんでわかった?」とタダが聞く。
「ちょっと見えた。花火上がった時」
「そっか…。ここに来るくらいまではどうもなかったんだけど、さっき坂になってるとこ歩いたらちょっと擦れて来た。大島は?痛くねえの?」
「私の下駄、軽いんだよ。親戚のおばさんがベトナムとかの雑貨扱ってる店で働いてて、そこのヤツ。たまに家でも履くんだよジーンズの時とか。だから痛くなんない」
「ダサ」
「…なにが?」
「オレが」
「なんで?下駄なんて普段履かないからしょうがないんじゃないの?早く貼んなさいよ。花火続き見なきゃ」
「普通、こういうのって女子がなんねえ?」
「もう…いいじゃん、早く貼りなって」
下駄を脱いで貼ろうとするが、「わ」とタダが言う。
「絆創膏、変になった」
「もう~~…ちょっとじゃあ、親指と人指し指広げといて」
言って新しい絆創膏を出してタダの前にかがんだ。
「すげえじゃん」とタダ。「絆創膏持ってるって女子っぽいじゃん」
「…ちょっとね」
「すげえ」
もう1回言われたので本当の事を言う。「…ヒロちゃんが下駄履いて痛くなった時あげようと思ったんだよ」
ハハハ、と笑うタダ。「そっか。…なんか悪いな」
そしてユキちゃんの足が痛くなった時も出して上げて、ヒロちゃんの点数稼ごうとまで考えてた姑息な私です。タダの足が痛くなるなんて、ぶっちゃけ考えてなかった。それは私がヒロちゃんの事で頭がいっぱいだったって事もあるけど、普段のタダは落ち着いていて、何でもそつなくこなして、どちらかと言うとさらっと人の心配する方だと思うから。