浴衣は見せるために着る 1
今日は半月山運動公園で花火大会が行われる。
毎年、8月の第1週の土曜日に行われるのが恒例で、市内は元より、近隣の町からも観覧客が訪れる。
夏休み前半の補習は7月31日で終わったが、その補習期間中ほぼ毎日、タダは誰かしらから花火大会に誘われていた。
タダというのは多田和泉。タダイズミは私が小学生の時から好きなイトウヒロトの親友だ。ヒロちゃんとは高校が別になってしまったのに、タダとは高校だけでなくクラスまで一緒だ。
私は今日のこの花火大会に、ヒロちゃんとタダ、そしてヒロちゃんが付き合う予定の女の子、ユキちゃんと4人で行く予定になっている。
はぁぁ~~と大きくため息をつく。
今日の花火大会には、行きたいが行きたくない。朝からずっとため息ばかりだ。
目の前でヒロちゃんがユキちゃんの事を嬉しそうに見るのなんか見たくない。
でも行くのだ。花火大会にヒロちゃんと一緒に行けるのなんか、これが最初で最後だと思うから。
浴衣姿を見てもらいたい。
…ユキちゃんにしか目がいかないだろうけど、ウザいくらい前をちょろちょろしてやる。もうこれが最後だからね…あざといアピールぶちかましていくよ私。もう何と思われてもいいってくらい…
…いや、やっぱ嫌だな。実際2回も振られているヒロちゃんに、『こいつほんとめんどくせえヤツだな。さすがにもう口きくのもやめよ』とか思われたら絶対嫌だ。そしてヒロちゃんが良いなって思っているユキちゃんに嫌われたくはないのだ。心の底では、というか心全面的にヒロちゃんとユキちゃんが付き合うのを邪魔したいのに、ユキちゃんにあからさまに嫌われるのは嫌。
先日一緒に海に行った時にもユキちゃんは、初対面の私にも嫌みなく明るく、わざとらしさも全然なく普通に話をしてくれた。でもそれにはヒロちゃんの事をどれだけ好きかみたいな話も含まれていたから、逆に私が嫌味な感じで、『私はもっとむかしからヒロちゃんが好きだった』ってユキちゃんに言ってしまったのだ。そしたらムッとするどころか私に謝って来たし。花火大会だって、私に気を使って自分はもう行かないって言って来たし。
そんな、たぶん女の子の友達も多いだろう性格も良いユキちゃんとヒロちゃんが、付き合うのは阻止したいが嫌われるのは嫌っていうのが、超正直な私の気持ちだった。
はぁ~~~、ともう一度大きくため息をついたところに、タダから「今、家?」というラインが来た。
「うん」と返す私。
「じゃあ4時くらいに迎えに行く」
タダのメッセージを見つめる。
うちまで迎えに来てくれるの?私を?
…タダは私の事を好きなのかな…ヒロちゃんも、ヒロちゃんのお姉さんのミスズさんもそう言ってた。タダからは言われてないけど。
タダからは『ヒロトみたいなヤツをずっと好きだって言ってるようなヤツが好き』、だとは言われた。笑いながら。
それから、花火大会に私と一緒に行けるのが楽しみかもって。
『かも』って。
『かも』だしね。
そんな事は信じられない。なにしろタダは、私がヒロちゃんに今まで2回振られた時もそばにいて、笑っていたのだ結構思い切り。
そして私が、タダと海に行ったと知ったタダ好きなクラスの女子の皆さんの騒ぎ様。小学校の時の友達と一緒に行くから私も一緒なんだって言っても、納得いかないって顔してたし。別クラの女子にも聞かれたし。だから花火大会も一緒に行くっていうのは黙っておいてくれるようにタダに頼んだ。
「ヒロちゃんちに集合じゃないの?」と、ラインで返す。
そう聞いてたけど。それでユキちゃんとは途中で合流。
小学低学年からずっと好きだったヒロちゃんとは高校が別になってしまったが、家が同じ町内でうちから5分もかからないところにある。
ラインで返事が来るかと思ったらタダから電話が来た。
「ユキちゃんちの親がな、」といきなり喋り始めるタダ。「結構厳しくて、今夜の花火見に行くのに自分らが知らない男子が一緒は心配だって話になったらしくて、ヒロトがユキちゃんの家まで迎えに行く事になった」
「…そうなんだ」
ハハ、と軽く笑ったタダが言う。「すげえ残念そうな声出すじゃん」
くそ、こいつ笑いやがって、と思いながら「いや、そんなんじゃなくて」と否定する。
「逆にヒロちゃん迎えに言ったら余計ダメとか言われないかな」
「ちゃんと帰りも送り届けますから一緒に行かせて下さいって挨拶しに行くんだと」
…かっこいい…いいなユキちゃん…嫌だなユキちゃんにそんな事するヒロちゃん…私にして欲しい!私を迎えに来て欲しい!
もんもんとする私。
「海もな、」とタダが続ける。「女子と行くってウソついて行ったらしくてバレて、それで今日もヒロトが一緒なんじゃないのかってバレて、それはちょっとって事になったらしい」
「なんでバレたの?」
「ユキちゃんがあんまり嬉しくて妹にヒロトのビーチバレーの写真見せたら母さんにすぐばれたって」
あ~~~…
「でも大丈夫だろ」とタダが言う。「ヒロトがちゃんと挨拶したら」
挨拶か…でもそれ、ほぼ付き合ってるようなもんじゃない?
え、…もしかして私が知らないうちにこの10日くらいの間に付き合うようになった!?
「もしかして付き合ってんのもう」と焦ってタダに聞いてしまう。
「いやぁ…付き合おうとかって言ってはいないらしいけど、両方ともいいなって思っててしょっちゅう一緒にいたら、それは付き合ってるっていうんじゃねえ?」
わ~~~…
こんな事聞いたらなんか嫌な感じかな私…「しょっちゅう一緒にいるの?ヒロちゃん達」
やっぱすぐ聞いちゃったよ…我慢できないよね。凄く知りたいもん。そしてそんな私を、ハハ、とまた軽く笑うタダ。
くそ、また笑われた。
「まあ学校で普通に喋んだろ?そいで補習の帰りにな、」とタダが教えてくれる。「ちょっとメシ食って図書館よったり、部活ある時にもこの間は待ち合わせて帰ったりとかって言ってたけど」
「付き合ってんじゃんそれ!」と大きな声で言ってしまい、自分で慌てる。
「友達だつってたけどなヒロトは」
「…そうなの?」
またちょっと笑ってタダが言う。「一番大事な友達だって」
「…」
何言ってんだヒロちゃん少女マンガでよくある天然女子か!
…なんていうか…可愛さ余った!ヒロちゃんブッ飛ばしたいかももう。タダもブッ飛ばしたい。
じゃあなに?どうなったら彼女なの!?チュウしたら彼女なの?じゃあまだチュウはしてないって事なの!?
「ていうことで」とタダが言う。「4時とか4時半くらいに迎えにいくわ。浴衣着んの?」
「…うん一応」
「へ~~」
へ~~てなんだよ。「タダは?」
「オレ?オレは普通の」
タダ、浴衣似合いそうだけどな。またちょっと背、伸びてたし。
「タダさぁ、」と聞いてみる。「結構女子に誘われてたじゃん花火大会」
「…あ~~」
あ~~てなんだよ。「最後の辺り、ちょっとやけくそみたいに女子のみなさん、誘ってきてたじゃん」
「大島のせいだからな」
タダがふいにそう言うのでドキッとする。
「大島が一緒に行くの、黙っとけとかいうから」
「いやもう海に行ったのだって結構騒がれたもん、もう嫌だ」
「でも花火大会一緒に歩いたらバレんじゃね?」
大丈夫。と心の中で答える。タダの隣は歩かないようにするから。だから、と思って言った。
「私、現地集合でも大丈夫だよ」
「は?…」と、その後「ちっ、」とタダの舌打ちが聞こえた。
舌打ち!
タダが低い声で言う。「大島そういうとこあるよな?」
「…そういうとこって?」
「もういい。どっちにしろ行くから。先に行ったりしたら…ヒロトにアレ言うわ」
「何を!?」
「いや、それは大島には言わない」
「ちょっと!アレって何!」
もしかして…ヒロちゃんには秘密にしてるけど、タダに匂わしてしまったユキちゃんに対する私の腹黒さをだろうか。ヤだ絶対嫌だ。
「あんた、そういう事言うの最低」
「いや、最低ではない。あ、じゃあミスズさんに言うわ。大島はオレが迎えに行くって言ったのにすごいオレのこと嫌がって拒否りましたって」
「止めて。嫌がってはいないじゃん。タダも面倒かなって思ったから言っただけで」
「わかった。じゃあ4時半な」