間違いは一つだけ
「見て見て! 新作、書いてみたんだ!」
黒縁メガネのかかる目元には徹夜を物語るクマがくっきりと出来ていて。寝癖混じりの黒髪は、オシャレとは程遠くて。それでも目を輝かせる彼女は、どこまでも真っ直ぐな人。
「…… 上手なんじゃない?」
手渡された何枚かの原稿用紙。そこに書かれれている子供向けな絵の数々を、俺は流すように見て感想を言った。
「へへぇ、ありがと!」
お世辞程度の言葉に彼女はとても嬉しそうな顔をする。夢を追う人にとって、努力を評価されることは励みになるんだろう。
「…… 馬鹿みたい」
夢を追うことを否定はしない。でも夢は叶うものではなく叶えるものだ。努力を続けていればいつかきっと、なんてのは幻想だ。才能と、チャンスを掴める力がなければ。夢なんて叶わない。
♦︎
「お前も大変だよな」
「なにが?」
「変なのに懐かれちゃってさ」
昼飯を食べながら、仲間はそう言って彼女のほうを指差す。食べ終わったのか、すでに机に向かって何かを必死に描いてるようで。
「クラスでの自己紹介に、絵本作家になります! だもんなぁ」
「そうだな」
「そういう業界? なんて知らないけどさ。絶対現実知って挫折するよな」
「そうだな」
どんな風になりたいかはその人の自由だ。だからこそ、それに対して周りがどう思うかも自由。俺からすれば、高校生活の全てをそれに捧げるなんて馬鹿馬鹿しい。そのせいで、友達もできずに周りからは距離を置かれているのだから。
「幼馴染の女の子ってのは憧れはするけどよ〜、あんな変人はパスだな」
「ああ、俺も困ってはいる」
「お? ならさ、今度女子とカラオケ行くんだけどどうよ? お前ぶっちゃけ女子からのイメージいいし」
「…… 考えとく」
仲間の誘いを受けながら、彼女のほうに視線を移す。…… 満足出来るものでも描けたのか、一人で笑ってる。
「…… 気持ち悪い」
思ったまま、言葉が口からこぼれた。
♦︎
チャイムの音が鳴り響く。部活に向かうやつ、バイトに行くやつ、仲間と帰るやつ。
「帰ろうぜ〜」
「掃除当番」
「あ、そっか。…… 昼の話、考えとけよ?んじゃ、お先〜」
仲間の誘いを断って、黒板の前に向かう。白や赤、青色の文字を黒板消しで無くしていく。誰にも言うつもりはないが、好きなのだ。ごちゃごちゃしたものが綺麗に消えていくのが。
ゴミ捨ては帰宅部の宿命だ。まぁそれを面倒などとは思わない。むしろ、これくらいは当然だ。この後の予定がない暇人なのだから。
「あ! 私も手伝うよ!」
「…… どうも」
…… 誰だっけこの人。クラスの女子に興味がないから、顔は見覚えがあっても名前が出てこない。まぁ、手伝うと言うのならありがたい。 持っていたゴミ袋、軽いほうを手渡した。
「土曜日ね、私も行くんだ! 楽しみだね!」
「…… なんのこと?」
「カラオケだよ! ね、どんな曲聞くの?」
…… ああ、俺はもう行く前提で話が進んでいるのか。考えとけよなんていいながら考える余地ないじゃねぇか。 それにしてもーー
「私ね、大勢でカラオケって初めてなんだぁ! あ、歌はあんまり上手くないから期待しないでね⁉︎ 演歌とかも聞くし、あと海外のアーティストも良く聞くよ!」
ずいぶんと喋りたがりな人だ。 俺の返事も待たずに次から次へと。…… 本人がそうしたいなら、別にいいけど。
「あのさ」
「あ、ごめん! うるさかったかな?」
「いや…… その封筒、なに?」
ゴミ袋を持ってないほうの手に、大きな茶色い封筒を持っている。担任への提出物だろうか。
「あ、これ? ゴミゴミ! 一緒に捨てちゃおうって思ってさ」
「ふーん」
ゴミだったら袋に入れてしまえばいいのに。
♦︎
「ありがと」
「いえいえ、お疲れ様!」
ゴミ袋を投げ込んで、一応お礼を言っておく。頼んでないのに手伝ってくれた理由は知らないが、優しさとでも思っておこう。
「じゃ、さよなら」
「あ、待って! …… 連絡先、交換しない?」
「…… いいよ」
別に断る理由はない。慣れた手つきで携帯を取り出すのを見ながら、俺は鞄の中を漁った。
「…………」
「ん? どうしたの?」
何件か、LINEが届いていた。 それを確認して、俺はゴミ袋の元へと向かう。
「ど、どうしたの?」
追ってきたやつの言葉なんて無視をして。俺は、ゴミ袋の横に捨てられた大きな茶色い封筒を拾う。 中身を確認すれば、予想は大当たりだった。
「…… イジメかよ」
「ちがっ! こ、これはあの子のためだよ! 一人でニヤニヤしながら絵を描いてさ! 私たちが誘ったりしても断るし! 高校生にもなってあんなんじゃ絶対後悔するって! だからその……」
「ああ、気持ち悪いよな」
「で、でしょ! 気持ち悪いよね⁉︎」
「現実見えてねぇし、馬鹿みたいだよな」
「ね、馬鹿だと思うよね! だから無駄ってことを分からせてあげようってーー」
「お前、うるせぇんだよ」
…… LINEの時間的に、まだ学校にはいるだろ。届けてやるか、どうせ暇だし。
「ど、どこ行くのよ!」
ほんと、うるさい女子だな。ジジイじゃねぇんだからそんな大声出さなくても聞こえるわ。
「落し物を届けに」
「い、意味分かんない。急にキレてさ、あんたも気持ち悪いとか馬鹿とか言ったじゃん!」
「ああ、気持ち悪いし馬鹿だと思うからな」
「じゃあなんで!」
「…… なにしようがどう思おうが自由だろ。 だけどな、あいつが好きでやってることを周りが邪魔していい理由なんてねぇんだよ。気に入らねぇならほっとけよ、バカ女」
♦︎
『わたしの原稿用紙知りませんか? 茶色い封筒に入ってるやつなんだけど』
『もし見かけたら教えてください』
『誰かに捨てられちゃったかな?』
今頃どんな顔して探してるかなんて、考えなくても分かる。汚れたり、折れたりしてても文句言うなよ。取ったやつが悪いが、大事ならちゃんと管理しとけ。
迷惑だと思っている。俺は知識なんてないのに、付き合いが長いだけで毎回見せてきて。上手だねって言葉以外に褒め方が分からねぇよ。
馬鹿だと思っている。周りに目もくれず夢を追いかけて。集団の中でそんなだから、こんな嫌がらせを受けんだよ。
気持ち悪いと思う。いつも一人でニヤニヤして、絵なんか描いて。見た目に気を使ってる気配もない、流行りも気にしない、女子として底辺と言ってもいい。
全部、俺の素直な意見。周りと同意見だ。
(…… いた)
だけど。周りと俺の意見で、一つだけ違うことがある。
(…… 泣くほど大事なら、ちゃんと持っとけ)
幼馴染ってのは間違いだ。
「おい」
俺の声に反応して、ブサイクな泣き顔がこちらを見る。ほんと、ひでぇ顔。
『幼馴染』じゃなく。
「よ、よがっだぁぁ〜」
「…… 泣くか笑うかどっちかにしろ」
ただの『好きな人』だ。
終