家族
日はすでに沈んでおり屋敷の周りは深い暗闇に溶け込んでいた。この屋敷は森に面しているため自然と魔物といった害獣が紛れこみやすいため無闇に動きまわると痛い目に済めば良いものの下手を打つと死んでしまうこともあるのだ。具体的な行動は日が昇ってからとして俺は屋敷を暫く歩き回ったあとに毛布や布団類は一つの部屋に集め始めた。すると姉妹喧嘩が終わったのか幾らか物理的な怪我と精神的な怪我を負ったであろうマールと清々しく満足そうな顔で歩くマーレの姿があった。
「マーレは何かいい事でもあったのか?」
そう聞くとマーレは聞くのを待っていたのかように後ろに組んだ手を前に差し出す。何をするのかと身構えていると彼女の手元には先程渡してくれたリンゴが複数あった。
「ご主人様にプレゼントです、さっきは一個出すのが限界でしたので!」
「おおお!マーレは何ていい子なんだ」
喜びのあまりリンゴを持ったままの彼女の手を取りこれでもかと振り回した後にリンゴを味わいながらマーレの方を見ると、食べている俺を見て心底嬉しそうな顔でにっこりと微笑んでいた。
「そういえばマールが疲れた顔してるけど喧嘩でもしたのか?」
「そうですね!お姉さまが余りにも不甲斐ないもので少し指導とお手伝いをしてもらいました」
妹が姉を指導とは一体・・・。マールの姉の立場は何処に置いてきたのやら
「我が君、マーレは昔からこうなの」
俺の心をまた読んだのか口を閉ざして窓のそばに立っていたマールが口を挟む。
同時にマーレがまたもマールを睨むと、マールはまたあさっての方向へと視線を外した。
「ご主人様?もしかしてお姉さまと何か契約か何かを結びましたか!?」
契約? 契約と言われマールとの記憶を遡るがそんな記憶は無かった。マールの方を見ると都合の悪い事を指摘されて目が完全に泳いでいた。もしかして俺が気づいていない間に俺に何かしたのか?と疑問に思っていると場を察したマーレがマールの前に立ち、あさっての方向へと旅をしていたマールの頭を掴んで此方の世界に強引に引き戻した。
「お ね え さ ま?したんですね?しかもご主人様に許可なく!?」
「え、何?俺はマールになんかされてるの?」
当の本人である俺はもらったリンゴを食べ終え種を反対側の窓に向かって投げていると
マーレがマールを引きずって部屋の外に出て行った。俺が割り込むと話が混乱するだろうと思い引きずられた方向に目を向けて明日の予定を考えてこんでいると数分もしないうちにマールとマーレが戻ってきた。
「で、マーレは何か分かったのか?」
「ええ!私の気のせいでした。ご主人様は気にしないでください」
「そ、そうか・・・」
間髪いれずに笑顔で返事を返すマーレに詳しい事を聞こうとしたが彼女の笑顔を見てその気も失せる。
姉妹のみで話たい事や共有したい秘密もあるだろうし好きにさせてやろう・・・と自分の中で結論付けた。
「そういえばご主人様は何故毛布を集めているのですか?」
俺の横にある布団や毛布の山を見て、不思議に思ったのかマーレが上から順に一枚ずつ取って見比べている。指摘されリンゴを食べるのに集中していたために最初にこれの説明をするのを忘れていたのだ。
「ごめん、忘れてた!この部屋を見ればわかるけどまだ綺麗な部屋だからここで寝ようかと思って毛布とかかき集めてきたんだよね」
「そういうことでしたか!ご主人様はお疲れのようですし早くお休みになってください」
そう言い部屋をマーレがマールを引っ張りながら部屋の隅に座ったので俺は急いで声をかけた。
「ちょっとまって!何か勘違いしているのかもしれないけどマールとマーレの布団もここにあるから二人にも休んで欲しいんだ」
驚いた顔でマーレが此方を見ているがマールと俺はいつもこのように野宿するところを探して二人で横になって寝たりしていたのでこうなるのを分かっていたかの顔でマーレの顔を見ている。
その様子に気づいたのかマーレがマールと俺の顔を見比べる最中にマールはマーレの掴んでいた手を振りほどいた。
「マーレさ!我が君といつもこうやって寝てるからいちいち剣に戻らなくてもいいんだよ?我が君は変わりもんだから」
「ほ、ほんとうにいいのですか?」
もはやマーレはマールの話など聞いてはいなかったようだ。てか二人は本当に姉妹なんだよね?
俺はマーレの繊細なその手を優しく握って俺が持ってきた布団の山へと近づける。
マールはと言うと毛布から適当に自分の好きなのを手に取り、周りにあった家具やらを端に退かし毎回のことのように地面に重ねて敷いて寝床を作っていた。
マーレに絞られたこともあったのか俺の寝床まで用意してくれているのは評価したい。
そして視線を再び元に戻してマーレを見つめて少し恥ずかしい気もするが彼女の目をみてゆっくりと口を開いた。
「前にマールにも話したんだけどさ、俺はマーレやマールを武器ではなく家族の一人としていたいんだ。だから・・・」
アウリアス家は聖剣の力を失ってから少しずつ廃れていったため、同じ家系の俺も家族は祖父と行方知らずで実家に帰ったきり連絡も取れていない母親といい元から身寄りが少なかったのだ。
そのため自分が信頼できる家族といえる心の拠り所が欲しかったのもあり、マールと初めて互いに仲間として相棒として認識し合えただけでも歓喜のあまり目元に熱さがこみ上げたものだ。それからというものマールと俺は旅先で色々困難を二人で乗り越え寝床や食を共にしていると彼女との距離がより近く感じるようになり、こうやって毎日生活を一緒にしていると家族みたいだなと冗談交じりで彼女に言うと少し間抜けな顔をしたままこう返事を返したのだ。
「私はもう家族みたいなもんだと思ってたけど?」
あの時の事を思い出して今も恥ずかしさのあまりに言葉に詰まっていると彼女は握った自分の手を両手で包み目尻に涙を浮かべ嬉しそうな顔で此方を見上げた。
「わたし嬉しいです・・・ご主人様がこお優しい方で光栄です!ましては私達を家族といってくださるなんて・・・こちらこそよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく!俺たちは大事な家族だ、だから別にずっと剣のままいなくてもいいんだぞ」
「はい、これからずっと末長くご主人様の側にいます!」
マーレの予想外の反応に驚いた自分を見て寝床を作り終わったマールが妹のマーレの様子を見た後にこちらを見つめ短く息を吐いている。
「ああ・・・やっちゃったか我が君・・・」
俺の手をマーレが大事に握ったままだったが視線だけをマールに向ける。あれ俺なんか不味いことしたのか?と表情で訴えかけるとこっちまで巻き込むなと布団を顔に覆って視線を強引に反らす。
「ご主人様?ご主人様!?またお姉さまが何かしましたか?」
俺がマールを見ているのに気づいたマーレが俺の様子を伺っている。ここで下手を言うとマールがまた絞られかねないので彼女のフォローをして、とりあえずマーレに毛布を取るように促すと
渋々と握った手を離し彼女は毛布の山から適当に何枚か毛布を取って寝床の準備を始めた
そして先程まで顔を隠していたマールが此方を何故か憐れむ表情で見ているのだった。
「我が君、頑張ってね!」
「え?何が」
俺の後ろを指差して再び毛布を被って顔を隠し此方に背を向ける。
そして一体何を頑張れというのかと暫しの間その場で立っていると寝床を作り終わったマーレが俺の肩を叩いた。考えてもしょうがないかと考えを打ち切って彼女の方に振り向く、そこにはもじもじとらしくない様子をしたマーレが恥じらいながら耳まで赤くしたリンゴのような顔でこっちを見ている。
そしてマーレの様子が可笑しくどうしたのかと聞く前に彼女は思いもよらぬ言葉を口にした。
「ご主人様、やさしくしてくださいね・・・」
「え?」
その結果、直後に絶叫が屋敷中から森の奥まで木霊したのであった。