追撃
あの後、追っ手の事も考えて大幅に遠回りをした後、身を休ませるためにある程度通りから外れた宿屋で部屋を取った。
宿屋の主人から鍵を受け取り部屋に入る直前まで慎重に後方を確認しながら若干傾いた扉をゆっくりと閉め、腰の鞘の結び目を外しベッドで横になる。
「すこしだけ調子に乗った結果がこれか、まさかリアが覚えてたとはな・・・」
それにしても美人になったもんだなと横になったまま手足を伸ばすと身体の至る所が悲鳴をあげるように骨が音を鳴らす。
「それにしても腹減ったな・・・、もう飯にするべきか??」
そろそろ飯にしようかと宿屋のフロントへ足を運ぼうとしたその時に扉が数回叩かれた音がした。
お、飯の時間が近いから呼びに来たのか?
気の効いた亭主だと期待に胸を弾ませて扉を開けると
「ふふ、ここで間違いなかったようだな!ようやく見つけ・・」
その場ですぐに閉じて素早く鍵を掛けた。
「おい、貴様!さっさと此処を開けろ!でなければ斬るぞ!!」
扉を叩いてる音が次第に大きくなり金属で叩いてる音に変わる。開けなくれば斬るぞと言っていたがどう見たって開けても斬りかかってきそうな剣幕がヒシヒシと此方にも伝わる。
更に扉もミシミシと音を立てている。
「おいお前!開けなくても斬る気だろ!?」
「だ、黙れ!下賤な者め!イ、イリア様にあのような言葉・・万死に値する!!」
こいつはリアの熱狂的な信者か何かなのか・・・。
扉を破壊しようと必死になっているのもあるせいか言葉が途切れ途切れになり次第に声が大きくなるにつれて只の怒声に変わる。
「ああああああ!!!この無礼者早く開けろおおお」
「いやいやいや、あのお前さ?少し落ち着け!?」
これには自分も少し身の恐怖を感じた。また彼女からの具体的な返事は無いが代わりに支離滅裂の奇声の類だけが扉の向こう側から聞こえているため、第三者から見たら押しかけ女房にしか見えなくもない。
ったく、無礼者はどっちだよ・・・。
降参しても下手したら扉が開いた途端に斬りかかって来そうな勢いだ。
逃げよう・・・逃げなきゃ死ぬ!間違いなく死ぬ!!
今更な説明だが俺を見た途端に剣を抜いて敵対心をむき出しにしていたのはリアに仕えていた女騎士アリスである。その彼女が扉の前に立っていたのだ。これでも自分は念には念入れてこの宿屋に来る前に一度真反対の道を進んだ後に入ってきた時とは全く反対の門から出てから再び、最初に訪れた時に使用した門から中に入ったのだ。
それを一体どうやって迅速、尚且つ短時間で此処の場所を特定して追撃してきたのかは知らないが今は逃げるのが自分に取っての最優先事項だ。
すぐに行動へ移り自分の剣を取り、窓へ駆け寄って周りを確認すると夕暮れの光が一際眩しく見えた。
本当なら食事をしてゆっくりとベッドに横になっていたのに・・・涙が出そうになるがそれを噛み殺して下を見る。
悔しさのあまりにこのまま窓から外に向かって叫びたい気持ちもあるが、予想外の追撃に急いで窓から脱出するために窓に手をかけ身を乗り出した。通行人がいないのを確認して宿屋の前の路地に飛び降りると同時に扉が大きな音を立てて倒れる音がした。そして数秒もしないうちに窓から顔を真っ赤にしたアリスが自分を睨みつけて何かを話しながら怒鳴っている。
そういえばこの場合は扉の弁償するのは誰なんだろう・・・
まあ俺がやったわけでもないしな。
今は逃げることが最優先であり援軍を呼ばれても困るために薄暗くなった路地を走り出した。
「おのれえええ!!そこにいくから逃げるな!」
「誰がそんな事聞くかよ!そんなに強い顔しているとリアにも嫌われっぞ!」
何とか逃げる事が出来た俺は彼女にじゃあな!と大きく手を振り、路地を悠々と走り宿屋がもう見えなくなったであろう曲がり角で行き違いになっていた誰かとぶつかった。
「うぅ・・痛い・・」
「おっと、すみません。少し急いでたもの・・で?」
ぶつかった人に謝罪をするため笑いながら頭を下げている途中に、ふと違和感に気付いた。もしかしてと・・・頭を下げたまま服を確認する。
「あら・・そうでしたの、こちらこそごめんなさい・・・」
あああああああヤバいぞ!よりにもよって此処で会うのか
この声は間違いなくリアだ。てかなんでこんなところに!?
もしかしてこいつも俺を追って来たのか??
それにしてもこれはヤバイ、とりあえず逃げなきゃ・・
俺は頭を下げたままゆっくりと彼女の横を通る。
「いえいえ、お怪我がなかったようで良かった。では急いでいるので失礼します」
「ええ、それでは」
彼女も気付いてないようで無事にそのまま通り過ぎることが出来た。
ふう・・・何とかやり通せた、本当に危ないところだった。
このまま道の一個前の曲がり角をまっすぐ行けば大通りだと駆け出そうとした時、何か叫び声が木霊したので後ろを反射的に振り返ってしまった。
叫び声の正体なんだが・・・・
「イリアさまああああ〜!!後ろです!後ろおおおおお!」
リアの狂信者であり宿屋の扉を破壊した女騎士のアリスだった
必死な形相で腕を使ってイリアに伝えようとしている。
彼女の全身を使った動作が伝わったようで
「えーと?後ろ?後ろがどうしたのかしら??」
と言いつつリアはゆっくりと振り返った。
そのまま互いに視線と視線が絡み合い場の空気がまるで氷点下の冬の雪山のように冷える。
勿論だが主に俺の背筋の話だ。そして彼女は俺とは相反する暖かく誰もを包み込む女神の微笑みと言われかねない美しい表情をしていた。しかし俺だけには冷酷な笑顔が張り付いているように感じた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そして互いに顔を見合わせたまま時が止まったかのように思えたが、
アリスがリアに追いつき荒いを息を整えるような声がする中で少しずつリアが此方に近づいてきた。まるで見つけた野良猫に餌付けをするかのようにゆっくりと近づいてきたのだ。
更にこの間には会話と言った会話が無かったのがそれが俺をより恐怖に駆り立てる。
「えーと・・その・・・」
「・・・・」
場の空気に耐えかねて口を開くが返事が無い。そして彼女は此方に手を後ろに組んだまま着々と近づいてきていた。もちろんそれと同時に俺も一歩一歩後ろに下がっているのだが・・・。
「レイド・・・よね?逃げないで?ねえ怖くないから??ね?」
「ひ、人違いじゃありませんか??」
汗で手がベタベタになっているのが分かった。
それと声が掠れそうになっているのも分かる。
そして彼女はものすごく怒っているのが分かった。
「人違い??フフ、おもしろいことを言うのね レ・イ・ド?」
更に周りの温度が落ち込んだ感じがした。
彼女の背後に立っているあのアリスでさえリアの本来あるべき姿の片鱗を見たせいか目で固まって若干震えており此方のやり取りを黙って見ている。
俺はこの場の空気に耐え切れず逃げようとリアに背を向け振り返った途端、包囲するかのように視界に広がった複数の閃光によって自分はその場で意識を失った。
そして次に目が覚めた時に自分が居たのは何処かの城の一室だった。見渡してみると豪華な装飾が施されたベッドで寝かされており太陽の光が差し込んでいる。身を起こし更に部屋を見渡すと化粧用の道具や大きな鏡、質の良さそうな絨毯といい今周りを見た限りでは何処かの金持ちのお嬢様の部屋だろうと予想がついた。
俺にとっては死刑宣告みたいなもんだけどね・・・
まあ誰が此処に連れてきたのかは一目瞭然だったわけで直接口に出して言わなくてもわかるだろう。
そして待っていたかのようなタイミングで静かな部屋に誰かがゆっくりとその扉を開けて入って来たのだ。
俺には誰が入ってきたかの大凡の見当はついている。
その蒼い髪に蒼い瞳
昔と変わった事といえば身長や女性らしくなったということだろうか。
彼女は自分が起きたことに気付くと楽しそうな顔をする。
「起きたのね、ただいま」
「お、おかえり??」
彼女は扉に何かを差し込み鍵を掛けた後、その鍵をベッドの真反対の化粧台の上に置く。
そして俺が横になっていたベッドのそばに座ると俺の顔をじっと見つめたままで静かに口を押さえて笑う。
「フフ、そこね私のベッドなのよ?」
俺の反応を見ようとしているのだろうか
その手には乗せられまいと平然な顔で返事を返す。
「そうかそうか、それは悪いしこの手錠外してくれたら直ぐに退くけど!?」
同世代の女の子のお部屋なんて、このような状況では無ければ少しは雰囲気を楽しめたであろう・・
そして俺は顎でベッドに括り付けられた鉄で出来た手錠を指した。
そうすると彼女はベッドに座ったまま身を乗り出して手錠を外すかと思いきや
赤くなった顔を耳元に近づけて俺の顔をガラスのように壊れ物を扱うかのように触れて
「ダ メ よ」
と小さく囁いたのであった。