川辺
お待たせしました!
あれからマーレの指した方向へと進むために腰の方まで伸びきった草木を掻き分けて辿り着いたのは川だった。川の勢いは場所によって流れが強く立っていられないような場所や岩場が流れを殺している穏やかな場所がある。
3人が場所として選んだのは穏やかな方の川原で、日が傾いてきているのもあり目的の解毒草は明日にして野宿をすることになった。大した荷物もないが荷物を置き顔を上げて周りを見ると川原の付近は森の中と違って見晴らしも良く、川から聞こえる水の音が身体の疲れを洗い流しているようにも感じた。
「さて場所も決めた事だし役割分担と行こうか」
そう言ってマールとマーレを見ると話は聞いているようだが普段より落ち着きが無いように感じる。
原因は何かと二人の視線の先を辿るとすぐそばで流れる綺麗な川を見ているようだった。
「あー、どうせ木材集めるだけだし二人は川で遊んでいていいよ!」
彼女らが川で遊びたいのは誰が見てもよく分かる素振りをしていた。日が沈み暗くなった際に使う木材は一人でも集めれる。要は3人で集めた時の効率が違うだけだ。彼女らが楽しめるのなら自分が一人で少し時間をかけるだけでいいのだ。
「さすが我が君わかってる〜!!」
「ありがとうございます、ご主人様!お言葉に甘えます!」
マーレは律儀にお辞儀をするがマールは言い終えると同時に走りだす。川に向けて走りだした二人は勢い落とさずにそのまま川の中に飛び込んだと同時に川には大きな音が響き渡る。
見た限り準備運動なんてものは彼女らは知らないのだろう。おそらく必要もないと思う。
それに加えて二人は服を着たままだったのだが・・・まあ大丈夫なはずだ。
むしろ脱ぐ方が色々と問題なのかもしれない。
二人の楽しそうな姿を確認した後に一人で川原の上流へと向かう。途中で川の水を飲んだりと気の向くままに奥まで歩き、そこから目的の木材を探し始める。
とりあえず湿っていない木材を見つけるために川原から少し離れた場所から落ちている枝を暫く集めていると不意に背中に殺気と視線を感じた。決して表情には出さずに黙々と木材を集めつつそのまま動きやすい場所へと徐々に移動をする
ここで直ぐに視線の方向へと向くのではなく意識だけを集中するのだ。もしその視線に対して反応し此方から視線を向け返すと気づかれたことで隠れていた者がその場で襲いかかってくるのかもしれない。
しかもそこが足場の悪い場所だと尚更状況は最悪だ。今近くにマールとマーレはいないのもあり慎重に行動をする。
俺は足場の良い川辺の付近まで枝や木の葉を持って地面に置くと先程の殺気を放つ何者かがゆっくりとその姿を現した。
森の茂みから姿を現したのは自分の身長は優に超える一匹の肉食のモンスターだった。
「ブラッドベアーか・・・上流にいるってことは魚でも捕りに来ていたのか」
巨大な体躯だが俊敏な上その体毛は並の剣は弾き弓矢でさえ弾きかえすこともある危険なモンスターの一種である。視界の悪い森の中でいきなり襲われていたらどんな者もひとたまりもないだろう。
そのため時期になると冒険者組合で任務として討伐が行われる。危険性を考えてもちろん下位冒険者では受けられない。なので最低でも中位が2人は居ないと討伐が難しい相手でもある。
ブラッドベアーは普段は魚や小さい動物を食べるのだが大きな獲物や人間を見つけると瞳が血のように真っ赤に光ることでその名前を付けられている。
運良くそのブラッドベアーからそのまま静かにお互いに離れることが出来れば戦闘にならずに済むため楽なのだが彼方が敵と認識し瞳を赤く灯していることからそれは無理だ。
「そのまま何処かに行ってくれればよかったんだけどな」
己に迫り来る猛獣に腰からロングソードを取り出しそれを構えて様子を伺う。
相手はモンスターである。本能のまま動き襲いかかってくるため相手が動くまでは此方から動かない。
ブラッドベアーの毛はこの剣でも斬ることは難しいだろうが手段はいくつかある。
対策はあるため脅威ではないが気を抜くとやられるのは自分。
ブラッドベアーは剣に警戒してなのか自分の周りを回るように歩き始める。
そして場が膠着したかのように思えたその時、前足を宙に浮かせブラッドベアーは体躯を見せつけるかのように立ち上がり前足を交互に大きく振り下ろす。
「くっ!デカイだけやっぱり一撃が重いな!」
重い衝撃が剣から素手に伝わり腕が痺れるような感覚がするが衝撃を左右に流してブラッドベアーの首元を力強く蹴り飛ばした。
「おらっ!かかってこいよ!!」
大声を出して剣を大振りに降り敢えて隙をみせるかのごとく猛獣の動きを誘う。
体制を立て直し起き上がった猛獣は蹴り飛ばしたことに対して腹を立てたのか大きく口を開けて威嚇をするかのように鳴く。
怒り狂ったブラッドベアーに俺は足元の石を拾って顔面に向かって投げつけながら自分の身長よりも遥かに大きな岩場へ誘導しながら走った。
そして怒りのあまり我を失ったのかブラッドベアーは先程の慎重な攻撃とは違い正面から此方に向かって大きく飛びかかろうと凄まじい速度で追いかけてくる。
岩場へ着くとその場で立ちロングソードをブラッドベアーの方向へ構えた。
それに対し岩場を背にした俺を見て逃げられないと好機に思ったのかブラッドベアーは勢いを殺すこともなく本能の赴くまま前足を上げて俺に襲いかかる。
「グオオオオッ!!!」
瞳をこれでもかと赤く光り輝かせ口から大量の液体を振りまきつつ叫ぶ猛獣。
「大きいだけの馬鹿め」
猛獣に対し俺はそう吐き捨てるかのように言い、前足を上げたのを確認する。そして手に握っていたロングソードの柄を脇に挟み首元へと狙いをすませてその場で後ろの岩場へ倒れかかる。
もちろん諦めたわけではなく後ろの大きな岩場を利用するのが俺の目的なのだ。
「ッ!!!!」
そして俺がその岩場へ倒れかかったのと同時に何かが突き刺さる鈍い音と声にならないような音と共に巨大な体躯が俺を覆うようにぐったりと倒れこんだ。
「こいつ邪魔だ!重いっ重いって!」
危うくこの巨体な猛獣に潰されかけたか何とか横から這うように身を翻して抜け出すと自分の服が血まみれだということに気付いた。まあこれは何とかなるが問題がこの猛獣ブラッドベアーの処理である。
「まあ夜飯抜こうと思っていたし頑張ってあいつらのところへ持っていくか・・・」
枝のこともあるし全てとはいかないが体毛の薄いところから剣を突き立てて毛皮を手際良く剥ぎ取る。
毛皮を剥ぎ取ると硬い肉を無理やり抉るように取り出して内臓に近い柔らかい中の肉を取り出す。
そして近くの川へ余分な血を流して軽い血抜き処理を施して枝と共に着ていたマントに包み込むと両手にしっくりと来るほどの重さが伝わった。
周りを見ると日は沈みかかろうとしており静かな森がより静まり返るように感じた。
そろそろ戻らないとマールが文句を垂れ流すことだろう。幸いなことにここからマールまでは距離もあり恐らく俺の声も聞けまい。
俺は川辺を頼りに来た道を下り始めた。相変わらず川から聞こえる水の音は身体に心地よく染み慌ただしく過ごしたこの数日を忘れさせるかのように止めどなく響いている。
「てかこれ重いな・・・本当に」
手が少しずつ痺れてきたのかその場で手を開いたり閉じたりしてみる。ここには居ない待っている二人には悪いが少し荷物を置き休んでいるとふと川の下流から声が聞こえた。
こちらに近づいているのか徐々に声が鮮明になっており耳を澄まして聞こえる方向を見るとやはりと言うべきか此方に向かって歩いているマールとマーレの姿がそこにはあった。
「ご主人様ー!どこにいますか〜!?」
「我が君〜!」
日はもうほぼ隠れており森の向こうからかろうじて日の光りが見えている状態だ。自分の場所を伝えるために俺もその場で立ち上がり大きく息を吸う。
「おーいっ!おーい!こっちだ手伝ってくれ!」
声を出しながら大きく手を振っているとこっちの位置に気付いたのかマールとマーレが手を振り返した。
俺は気付いた二人がここに来るのを待っていられなくなり荷物を持って彼女たちの元へと走る。
自分が走ったことに気付いたのかマーレは此方へといち早く走りだした。マールというといつも通りのんびり歩いたまま自分のペーズを崩さないマイペースっぷりだ。
「ご主人様〜!わたしはご主人様の身に何かあったのかと・・・」
「大丈夫だって何もないよ!この血も俺の血じゃなくてブラッドベアーの血だから」
俺はそういうと荷物を降ろして服の血を見せるとマーレはそれを見て驚いた顔をした。
「良かったです・・・もしかして川辺の近くで襲われたのですか?」
「すごいな、よくわかったなマーレ!」
マーレは本当にいろんなことをわかるなーっと感心して驚いていると後から追いついたマールが眠そうな顔で口を開いた。
「川辺の近くにマーレといたら血が流れてきたからさ!心配になって上まで探しにきたんだよ」
そういうことか!と内心で納得をした。川で血抜きをした時の夥しい量の血液が下流のマールとマーレのところまで流れていったのだろう。それで二人はここまで探しにきてくれたわけだ。
「まあ我が君なら大丈夫だって言ったんだけどマーレがね・・・」
「そうです!わたしはご主人様がいくら強くても心配なものは心配なのです!」
マールと違い大変よく出来た妹である。別にマールも全く心配してないわけではなく結局二人でここまで来たのだから少しは心配をしてくれたのだろうと視線をマールに移すと彼女は恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「さて真っ暗になる前に戻ろうか、急ごう!」
俺がそう言って走りだそうとするとそっぽを向いていたマールが俺の服を引っ張った。
「我が君の服に血がついてると匂いを辿られそうだから消してあげる」
それもそうかと彼女の言われた通りに荷物を降ろすとマールは手元から黒い靄を発言させ服を撫でる。
血で汚れた部分をマールが撫でると一瞬にして溶けるかのように靄となって消えていく。
衣服が綺麗になったあと彼女の頭をめちゃくちゃに撫でると嫌そうな顔をしていたがその場から逃げはしなかったのでその様子を面白く見て俺はマールに微笑みかけた。
「ずるいです!わたしもわたしも!ご主人様動かないでくださいね?」
「ハイヒール!」
見ての通りだがそれを良しと思わないのがマーレである。
マーレは自分も何かしようと俺に治癒魔法を掛けてくれた。マールだけだと不公平だというように自分の頭を撫でるように差し出したので治癒魔法をかけてくれたことに感謝をしつつ結局その場で荷物を一旦降ろして二人の頭を撫でたあとに少しずつ下流へと下って行ったのである。
やっとのことで荷物を置いたところに着くと治癒魔法で軽くなった身体で夜ご飯の準備を始める。
包んでいたマントから取ってきた枝をいくつか重ねてマールに火種を頼むと彼女は枝の上で手を軽く翳す。するとまたたくまに黒い炎が一瞬にして枝や木の葉を交えて燃え上がり赤い炎へと色を変えた。
その上に俺は石をいくつか起きそのまま何分か経った後にブラッドベアーから取った肉を豪快に焼き始める。肉の焼ける匂いに本来食事を必要としないマールとマーレでさえ目を輝かせている。
「おいしそうだろ?ブラッドベアーの硬くない部分の肉を取ってきたんだ」
そうして大量の肉を次々と焼いていくとマールが自分の懐からいつも通り道具やら食器、調味料である塩を取り出す。この塩だが俺が祖父といた大陸だと安く手に入るが内陸であるこの王都の付近では高額に取引されている。
その塩を惜しみもなく肉にかけているとマールが待ちきれない様子でその場で肉の周りを行ったり来たりしている。二人の様子を見て面白く思っているとそばで座っていたマーレの口からよだれを垂れはじめていた。いつも真面目な彼女だが抜けている一面もあるのだと新たな発見をしつつ肉を上手に着々と焼いていく。
そして肉の色を見てそろそろいいだろうとマールが取り出した小皿に大きな肉をのせて二人に渡すと。
二人は肉を覗き込み今にも食べそうな勢いを我慢しつつこちらの様子を見ながら喉を鳴らす。
俺が手を合わせるとマールも同じ動作をする。マーレはその様子を見たのか真似をするかのように合わせる。
「じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
「いただきます?」
言い終わると同時に口に大きな肉を放り込むマールにマーレも負けじと小さな口で食べ始めた。
味付けは塩だけだがこれがまたいいのだ!口の中に広がる肉汁に塩のしょっぱさと空腹というスパイスが最高に味を引き立てる。
「肉はいっぱいあるから好きなだけ食えよ!」
「はーい」「はい!」
遅い晩餐と共に暗い夜はまだまだ続いていく。
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