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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
5/34

寿司屋の騒動

2017,10,2  改行、加筆修正を行いました。

 新宿、氷崎家。


 家に招き入れられた三葉は夕飯として唐揚げをいただいていた。

 見た目は素晴らしく、箸で押せば中から肉汁が溢れ出てくる。口に入れると胡椒が効き、とても美味しい。


「口に合えばいいんだが……どうだ?」

「お、美味しいです! すごく!」

「それは良かった」


 知らずのうちに涙を流しているほど美味しい。

 一体どうすればこんな料理を作ることが出来るのだろう。甚だ疑問だ。


 千尋の家は、ごく平凡な家だった。三葉としてはもっと豪勢なすごい家を想像していたのだが、本人曰く「これぐらいの方が良い」らしい。


「明日は……どうされるんですか?」


 三葉はもちろん次の日の予定などない。自由にしてろと言われればおそらくこの家に籠っているか千尋についていくだろう。


「ん? 明日は会社は休みだしなぁ。……俺は多分道場に行ってると思う」

「道場?」


 千尋の口から出た単語に小首を傾げる。


「池袋に俺が師範をしている空手道場があるんだ。薫も師範をしてる」

「えっ」


 千尋は優しく説明をしてくれた。

 空手の道場、ということは千尋は空手をしているようだ。だが、薫も空手をしているとは思わなかった。


 実を言うと、昼間襲撃を受けている時、監視カメラに映っていた千尋達の戦いを見ていた。

 千尋はなんとなくだが空手を使っていることはわかったが、薫は千尋とは全く違う戦い方をしていたため、何の格闘技かはわからなかった。

 そもそも、格闘技などといった戦い方じゃなかった。迅速に、尚且つ正確に、相手の無力化──もとい、人体の破壊を目的とした無慈悲な蹂躙。少しでも隙を見せれば、相手に認知させる間もなく命を奪う様は、まるで死神を連想させられた。

 もちろん、相手が攻めてきた以上、迎え撃つのが当たり前だ。千尋も多少もたつきながらも、対峙した三幹部の部下たちを殺していた。

 しかし、薫は違う。手慣れた動作で的確にその命を刈り取っていく。一切合切の無駄など欠片もない。躊躇う素振りすら見せなかった。

 間違いなく、その行為に手慣れた者の動きだった。


「薫さん、空手を使うんですか?」


 三葉はついつい疑問の言葉を口にしてしまう。

 千尋は三葉の様子を見て何やら察したようで、クスッと笑った。


「なるほどな。津村さんに連れられた時、監視カメラの映像で見てたってわけか」

「……はい。すみません」


 三葉の謝罪の言葉に千尋は声を出して笑い出した。


「謝る必要なんかない。確かにアイツは空手を使うよ。なんせ、教えたのは俺だからな」


 ーーえっ?


 いきなりの言葉に三葉は持っていた箸を止める。自分でも間抜けだとわかるような顔をして千尋を見た。

 その様子に千尋はまた笑った。


「でも……アイツは他にもいろいろな格闘技を使うからな。例えば……テコンドーか」


 三葉が呆然としてる間にも千尋の説明は続いていく。だが、あまりの驚きにその言葉の殆どは耳を通り過ぎていった。


 ――千尋さんが、薫さんに空手を教えた?


 特に驚くことではないのだが、何故だか三葉はそのことがとても信じられないことだった。


 千尋の力は確かに凄まじい。三幹部の猛攻を余裕を持って全て躱していたことによりそれはわかる。

 だが、薫もそれに負けず劣らずの強さを誇っている。ルーレンをまるでじゃれつく子供としか思わせないほど一方的なもの。

 人間離れした身体能力に、人間離れした反射神経。軽やかな身のこなしで相手を翻弄させ、気付いた時には射程内に入っている。

 それだけを見ると千尋を圧倒するかにも見えたのだ。


 だからこそ、その薫に空手を教えたのは千尋だとは何故だか信じられなかった。


「……い。おーい。どうした?」

「あっ、いや……すみません」


 三葉は千尋の言葉に謝罪をし、顔を赤くする。

 千尋はグラスに注がれたビールを一口呷ると優しく声をかけてきた。


「疲れてるんだろう。無理もないな。睡眠をとらずに長い間走り続けていたんだからな。もう寝た方が良い」


 千尋は立ち上がって隣の部屋に入っていく。見ると、押入れから布団を取り出して敷いてくれていた。


 ――なんか、申し訳ないな……。でも、あの人が飲んでいたのはビールだよね?


 三葉は何度もグラスに入っている飲料を見るが、どうしてもビールにしか見えない。彼は未成年であるにも関わらず、お酒を飲んでいた。間違いなく、法律違反だ。まぁ、バレなきゃ良いのだろう。


 ――それにしても、これが氷崎グループ社長の家か……。ん? あれって……アルバム?


 周囲を見回すと、テーブルに二人掛けのソファーがふたつに一人掛けのソファーがひとつ。部屋の隅にはテレビが置かれ、部屋のいたるところに観葉植物や雑貨が置かれている。そして、本棚なのだろう棚にひとつ気になる物があった。

 手に取ってみると、ズッシリとした重さがあり、しかし思ったよりも薄い。


 ――保育園の時の……?


 中を見ると、まだ幼い子供達が可愛らしい笑顔で笑っている写真があった。一人一人の子供の写真の下にはその子の名前が書かれている。


 ――あっ、もしかしてこれ……千尋さん?


 写真には顔立ちが整っているいかにも美少年といった顔の少年が写っていた。だが、名前を見ると三葉は目を瞠った。


「えっ……? 『木村仁(きむらじん)』?」


 千尋の名ではなかった。

 どうやら違う子供と間違えたのだろう、千尋と他の四天王を探してみる。

 そして、一人の少年が写っている写真に目を止める。

 滑り台を滑って楽しそうに笑っている子供の写真。その子供は――


 ――煜さん? ……あれ、でも……『宮内颯太(みやうちそうた)』って書いてる……。


 一体どういうことだろうか? 面影がある四天王の幼い頃の写真が、名前の違う別の少年だ。

 その時――


「感心しないぞ。人のアルバムを勝手に見るのは」

「ひゃあっ!」


 いつの間にか千尋が背後に立ち、その手に持っていた写真を覗き込んでいた。しかし、その目は怒ってはおらず、優しげだ。


「す、すみません! たまたま目に入った物ですから」

「いいよ。好きに見てって……唯一あの世界が写っている(・・・・・・・・・・)二冊のアルバムのひとつなんだから」


 千尋が後に何事か呟いたような気がするが、よく聞き取れなかった。


「あの、千尋さんはどの写真の子なんですか?」


 気になっていた疑問を口に出すと、千尋は三葉が持ってるアルバムのページをめくり始める。そして、一枚の写真を指差した。


「これだ」


 それは、先ほど三葉が見つけた「木村仁」という名の少年だった。それを見る千尋の目は何処となく懐かしそうだ。


「あの……名前が」

「ん? あぁ、違う。俺たち、名前を変えたからな。しかも、誰もその事を知らない。他言無用だぞ?」


 千尋は冗談っぽくそう言ったが、三葉は疑問に思った。

 棚を見ると、小学校の卒業アルバムが置いてあるのが目に入り、それを手に取ってページをめくる。

 そして、見つけた。当たり前だが保育園の写真よりも成長し、顔つきも今の千尋に近づいて判別しやすくなっている。だが、そこにも名前は「木村仁」になっていた。


 三葉はひとつの疑問を感じた。

 だが、その疑問を押しやって他の三人を探す。

 そして、やはり一人は先ほど見つけた「宮内颯太」。他にも探してみると、同じクラスに和希と思しき少年が写っていた。

 しかし、少年の名前は「菅田昌介(すがたしょうすけ)」。これも名前が違う。

 そして、また同じクラスに薫と思しき少年が写っている。特徴的な首筋の傷があるため間違いない。

 すぐに名前を確認すると、「宍戸一哉(ししどかずや)」と書かれている。


 それらを見ている間に沸き起こる疑問。卒業アルバムのため、ここに映っている少年たちは皆十一、十二歳だろう。

 だが、薫が『人類存続戦争』を起こしたのが十年前、八歳のはずだ。

 三葉が小学校や中学校で習った歴史の授業には、しっかりと「鬼桜薫」と表記されていた。

 喩え名前を変えた後だとしても、当時の名で書かれているのが普通だろう。


 驚きに目を見開き、千尋を見ると「気付いたか」と言った様子でこちらの目を覗き込んでいた。その様子が何処か恐ろしく感じた。


「あ、あの……」


 三葉はなんとか声を絞り出すが、何を言ったらいいのかわからない。そんな三葉に、千尋が説明しだした。


「気になったんだろ? 名前が」


 千尋の指摘に三葉は押し黙ってしまう。

 その様子を静かにしばらく観察していたが、ひとつ深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。


「それじゃあ、ひとつ昔話をしようか。それほど古くない昔話を――」




 池袋、サンシャイン通り。


 街を彩る繁華街の中を色眼鏡をかけた薫とフルフェイスヘルメットを被ったレイラがバイクに乗って駆け抜けていく。


「そろそろだ」


 薫がそう言うと、レイラがキョロキョロと周囲に物珍しそうな視線を向けている。


 バイクを走らせていくと、ひとつの店が見えてきた。店の名前は『United(ユナイテッド) Sushi(寿司)』というなんとも言い切れない独特なネーミングセンスの店だ。

 大将の話によると、United Starsをいじったらしい。それを初めて聞いた時、薫は失笑した。なんともネーミングセンスがないものだと馬鹿にした覚えがある。

 そんな寿司屋が建てられて三年目。池袋でもかなりの有名店となっている。


「あの店だ」


 薫は顎で目的地を指し示した。レイラはそこに視線を向け、店を見て吹き出した。


「プッ、ふふふっ、あはははっ! 何あれ〜!」


 レイラは店を指差して大笑いだ。しかも、地の英語が出てしまっている。

 流石に、ここまで笑うとは薫も思わなかった。そこまで笑うポイントがあるだろうか?


「笑い過ぎだ。なりはあぁだが、味は確かだ」


 薫は店の側にバイクを止め、バイクから降りる。


「入るぞ。店主と店員が俺の知り合いでな」

「ってことは……依頼主か何かだったの?」


 レイラの問いに薫は首を横に振る。


「いや。別の仕事の時に知り合ったんだ。まぁ、入るぞ」


 それだけを聞くと察したのだろう。「あぁ、そっちか~」と小さく呟いた。


 薫が入り口の引き戸を開け、中に入ると広い空間が目の前に現れた。

 中には日本の特産品やアメリカの特産品が置かれており、大中小の招き猫も置かれ、中はなかなか滑稽な様となっていた。

 カウンター席にテーブル席があり、何故かテーブル席は靴を脱いで畳に座る。

 客もまばらにおり、皆楽しそうに食事を楽しんでいるようだ。が、その中のひとつのグループに薫は隻眼を向けた。

 人知れず、眼光に剣呑さが含まれるが、どうやら、レイラがそのことに気づいた様子はない。


「カオル、イラッシャーイ!」


 訛った日本語と共に二メートルはある巨体の黒人が現れた。がっしりと鍛えられた筋肉質な身体に大きな手が特徴だ。


「おう、マルコ」


 薫は知り合いの店員に手を挙げる。

 マルコは嬉しそうに薫に近づき、そして後ろにいるレイラに気がついたようだ。


「オー、カオル女が出来タ? そんな素晴らシイ時はオ祝イに寿司食ウ良いヨ。心もイッパイ、お腹もイッパイ、幸セイッパイネー」


 マルコのよくわからない日本語に苦笑しながらも薫は言葉を返す。


「彼女じゃねぇよ。コイツはレイラ。昔、俺と一緒に暮らしてた妹だ。レイラ、コイツはマルコ。俺の知り合いだ。かなり腕が立つぞ」

「よろしくネー」

「よ、よろしく。レイラです」


 レイラの英語での挨拶に少し驚いた様子のマルコが薫に視線を向ける。薫は不敵に笑うと、


「気付いてたろ? 彼女はアメリカ人だ」

「なるほど、それはいい。よろしく、レイラ。だが、ここは日本だ。日本語でいこうぜ」


 紡がれる英語の会話は周囲の人々にはなんて会話をしているのかわからない。皆、不思議そうに眺めているだけだ。


 ーー相変わらず、日本語と英語じゃ口調が変わり過ぎだろ……。


 実際、その変化によってレイラは驚きに目を瞠っている。


「――マルコ、そいつらも一応客なんだからとっとと座らせておしぼりでも出してやれ」


 カウンターからかけられた店主の言葉にマルコはハッとした様子で薫とレイラの肩をがっしりと掴む。何故か上から押さえつけられている気がする。


「それじゃ、カオルにレイラ? お二人さんのゴ入店デース! さ、ソコのカウンター座っテ座っテ」


 連れられたカウンター席に座らされると、すぐにおしぼりが出された。

 薫はそれで手を拭くと注文を始める――前に視線を右に向けた。


「なんであんたがここに?」


 薫の視線の先には寿司を頬張っている赤崎の姿があった。こんなところで遭遇するのは完全に予想外だ。考えもしなかった。


「なに、おいちゃんもただの夕飯だよ。言っとくけど、今回出くわしたのは偶然だ」


 赤崎はヘラヘラと笑いながらそう言う。そして、その視線は薫から隣に座るレイラに向けられる。


「その子が言ってた妹かい」

「あぁ」

「確かにこりゃあ別嬪さんだ。いい女を見つけたじゃないか」

「そういう関係じゃねぇって言ってんだろうが。ったく」


 薫はぶっきらぼうな態度を取りながらも大将に視線を戻す。


「大将、さっきの話は?」

「あぁ、聞いてたぜ。レイラだったな? ここの店主をやってるリーターだ。よろしく頼むよ」


 店主はレイラに視線を向け挨拶をする。レイラもそれに微笑みかけて応答している。


「レイラは今日初めての寿司なんだ。オススメを頼む」

「オー初めてのお寿司ヲうちデ? コレほどウレシい事はナイーヨ。お礼として、今回半額にするーヨ」


 マルコが会話に加わってきてそんな事を言ってきた。それはなんともありがたい申し入れだ。財布が助かる。


「マジで?」

「その代ワリ、次来た時ハ倍払ってもらうーヨ」

「ふざけんじゃねぇッ! それだったら普通でいいわ!」


 漫才みたいな会話を聞いて赤崎はケラケラと笑いながらも箸を進めていく。これだけ賑やかなのは薫が来るといつもの事だ。


「薫、お前は何にする?」

「あ? あー、いつもので」

「オーケイ」


 注文を聞くと、大将はすぐに作り始める。

 その間は、赤崎と薫がレイラの事を話していた。


「お嬢ちゃん、レイラちゃんだっけ? おいちゃんは赤崎ってもんだ。鬼桜にはよくしてもらってるよ」


 赤崎が箸を止めてレイラに話しかけだした。


「あ、レイラです。薫とは昔っから仲睦まじくて……お互い愛し愛されのもうバカップルって言ってもいい具合の相思相愛の関係で――」

「話を盛るな。そんな関係になった覚えはねぇ」

「照れなくてもいいのに」

「照れてねぇよ」

「本音は?」

「イライラするからお前の股ぐらの穴をもうひとつ増やしてやりたい」

「ヒャーコワイ」

「棒読みで言うな」


 薫のツッコミにレイラは頬を膨らませ不服そうにする。が、すぐに元に戻しどこか幸せそうな顔になる。


「でも、また会えるなんて夢みたいだよ……」

「そうだな。あ、マルコ。今日はバイクで二人乗りしてっからよ。ビールはパスな。出そうとしなくていい」


 レイラの言葉に同意しつつ、マルコがグラスとビールを持って来ようとしていたので、それに制止の声をかける。

 マルコはそれを聞いてすぐに戻しに行った。


「へぇ、昔の鬼桜はどんな奴だったんだい?」


 赤崎の問いにレイラは頬に指を当てて考える仕草をする。

 薫は周囲の賑わいの中に感じる敵意に警戒しながらも水を呷る。


「えーっと、ぶっきらぼうで、性格悪くて、残虐的で、怒りっぽくて、人の心はあるのか不安なぐらいで、絶対に人を睨みつけて……」


 レイラが指を一本一本立てていきながら紡がれる言葉に赤崎は吹き出しそうになるのを必死に堪え、薫はひとつの殺伐とした雰囲気のテーブル席に気付かれないように警戒しながらも、レイラの言葉に青筋を立てていく。どれも事実なためにぐうの音も出ないが。


「でも――時折、優しいところがある人だった……。今思うと、薫丸くなったね」

「女好きの仲間が女にクソ五月蝿くてな……そいつの熱弁聞いて、俺も女に優しくするように心掛けてんだよ」

「ふーん、でも……私の事はどう思ってるの〜? ほら、こんなに綺麗になって目の前に現れたんだよ〜? 何も感じないの〜?」

「自分で言ってんじゃねぇよ。あと胸を強調してんじゃねぇ」


 レイラが胸を強調して誘うような口調に、薫は顔を少し赤らめながらも平静を保つ。

 薫は赤の他人にこんな事をされても何も思わないのだが、レイラは絶世の美女になって現れたのだ。意識しないわけがない。

 人間はあまり興味が無かったはずなのだが……。それなりの付き合いがあったからだろうか?

 そこで救いの手が差し伸べられた。


「ほら、薫にはマグロ一式。レイラには今が旬の魚だ」


 ――大将(リーター)、助かった……!


 薫は出された寿司を受け取ると、箸を取り醤油をかけて口に運ぶ。口の中で溶けていくような柔らかさ、瑞々しい魚の身に薫は心奪われる。


「美味い」

「薫〜これどうやって食べるの〜?」


 見るとあたふたとしているレイラが目に入る。

 薫は箸で寿司を挟み、口まで運んでやる。


「ほら」

「えっ!? ……あ、あーん」

「言わんでいい」


 レイラは顔を赤くしながらも口を開けて寿司を粗食し始める。

 そして、飲み込むと目を輝かせた。


「……美味しい! マスター、この魚美味しいよ!」

「そいつは良かったぜ」

「こうやって箸で食う。わかったか?」

「バッチリ! こうやって食べさせて貰えばいいんだね? ウィル〜もっと〜」

「自分で食え」

「鬼桜、お前……ハハハッ、レイラちゃんの言うことはあながち間違いでも無いようだ」

「ここに銃があれば今すぐぶっ放したい」


 ポケットにある。


「カオール、このまま結婚するーノ? 式には呼んで欲しいイヨー」

「ねぇよ! ……やるんじゃなかった」


 今更ながらに後悔した薫は顔を真っ赤に染めてカウンターに項垂れる。赤崎はそれを見てニヘラッと笑い、マルコとリーターも微笑ましそうな眼差しを向けてくる。


 ――とんでもなく恥ずかしい。


 死にたくなってくるが、簡単には死ねない身。それは諦めた。

 その時、寿司屋の入り口が開かれる音がして、マルコはそれを聞いて反応する。


「イラッシャーイ!」

「……なんでお前らがここにいるんだ?」


 声がする方に視線を向けると、若頭になった敦樹が立っており、その後ろから女性と少女が現れた。


若頭(専務)、どうしてここに?」

「家族で飯食いに来たんだよ。お前らは?」

「俺も飯食いに来たんですよ」

「俺も妹連れて飯ですね」


 敦樹の言葉に赤崎と薫が反応する。レイラはそんなことは気にせず黙々と寿司を頬張っていってる。やけに箸の扱いが上手い。

 育ての母親のおかげだろう。


 そして、明るい声が寿司屋に響いた。


「あ、赤崎のおじちゃんに薫のお兄ちゃん!」

「おぉ、お嬢」

「久ぶりだなぁ。大きくなったねえ!」

「だって、二人に会うのは二年ぶりだもん」


 おかっぱ頭の少女は、とても明るい様子で笑っている。

 彼女は氣櫻乙葉。組長の孫で、二年前まで薫がよく遊び相手になっていた少女だ。久しぶりに会うが、元気そうで何よりである。


 その時、薫がずっと警戒していた席の男の一人が動き出した。手にサバイバルナイフを持ち、一気に乙葉めがけて突進してきた。


 ――動いたか。


 薫はすぐに背後を振り返り、乙葉に向けて肉薄するそれを人差し指と中指の間で挟み込み――次の瞬間にはナイフは握り潰されていた。

 粉々に砕かれたナイフを見て男はギョッとしているが、よそ見をしている場合ではなかった。

 すぐに額に血管を浮かべた薫が男に拳を減り込ませる。

 それを見た客は一気にパニックに陥った。


「オー、喧嘩ダメーネ。喧嘩するトお腹ペコリンチョ、餓死するヨー。そうなる前ニ寿司食いネー」

「店の中で暴れんじゃねぇ、薫! 客が逃げちまう!」


 薫はそんな外野の言葉を無視して男に近づいていく。

 倒れた男の胸倉を掴み、隻眼を鋭くして睨みつける。その顔には、昼間見た千尋以上の凶相が浮かんでいた。


「お前、ガキ相手に何しようとした? あァ? 少し面ァ貸せや……。聞きてェ事が出来たからなぁ」

「店を荒らす事だけはやめてくれよ」

「安心しろ。外出るからよ」


 いきなりの事に話がついていけてないレイラは目を丸くしながらも寿司を食べる手を止めようとしない。

 昔なら今頃ビクビクしていたはずだったのに。


 薫は一発殴り飛ばした男を引きずって入り口から外に出て行き、引き戸を閉めた。

 それを止める者など、いるはずもない。居合わせただけの客は皆、唖然としてその光景を見送っていた。




 赤崎もそれを見送った後、立ち上がり殺伐とした雰囲気のグループに近寄っていく。

 男が四人、フードで顔を隠した女性が一人といった構成だが、明らかに女性が怯えているのが目に見えてわかる。

 男たちを注視すると、皆体のどこかにライオンを模したアクセサリーを付けている。


「どこの組のもんか知らないけどねえ、その女の人に何してたわけ? ずっと見てたよ。小声だったからよくわからなかったけどさ、彼女涙目になってるじゃない。ダメだよ女には優しくしなきゃ」


 赤崎は物怖じせずに男たちに近づきヘラヘラとした顔で男たちに語りかける。だが、その目は笑っていない。

 数々の修羅場を潜った者なら、その背後に鬼が見えることだろう。だが、彼らにはそんな姿を幻視出来なかったらしく、先ほど特攻を仕掛けて失敗した仲間に苛立ちを感じているようだった。


「……どうする?」

「どこの誰だか知らないが、邪魔をするなら排除するのみだろ?」


 男たちはそんな言葉を交わすと、立ち上がり赤崎に詰め寄ってくる。

 赤崎はそれでも笑みを絶やさなかった。


 男の一人が赤崎の胸倉を掴む――刹那、男の体が上下逆転し、指があらん方向へと折れ曲がってしまっている。そして、赤崎はそれを地面に叩きつけ、顔面を思い切り踏みつけた。


「ガッ……!」


 男の意識は一瞬で刈り取られ、他の男たちも皆身構え始める。


「おいちゃんが武術家じゃなくて良かったねえ。折れたのが指だけで済んだ」


 赤崎はヘラヘラと笑いながら眼下で気を失っている男を見下す。


「野郎!」


 一人の男が拳を硬く握り締めて迫ってくる。だが、赤崎は男の腹部に蹴りを入れ、痛みに悶えてうずくまろうとしたその顔を殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた男がテーブルを押し倒し、その後頭部に蹴りを入れて意識を飛ばす。


「どうしたんだい? おいちゃんは一人だが、これ以上のハンデがいるかい?」

「クソが!」


 丸刈りの男がサバイバルナイフを持ち、赤崎めがけて突進してくる。が、赤崎がその手を掴むと勢いが止まった。

 手が握られた部分から痺れたように動かないのだ。男は呆然と立ち尽くしたようにしか見えない。

 そして、その顔には明らかな恐怖が浮かんでいた。


「参ったねえ……ここまで弱いとおいちゃん気が引けちゃうよ」


 その次の瞬間、赤崎の裸拳が男の鼻っ柱に抉り込み、パァンッと快音を鳴らして殴り飛ばした。勢いよく壁に叩きつけられ、無気力に壁際に倒れ伏した。


 そして、残る一人に目を向けると同時に入り口が開き、薫が戻ってきた。明らかな怒りに身を委ねながら。


 それを見た男は着ていた上着をいきなり脱ぎ捨てた。唐突な行動に戸惑う赤崎だったが、次に目に入ったそれを理解するのに少し時間を費やした。

 そこにあったのは、体に巻きつけられた爆弾だった。これには赤崎も目を瞠り、身構える。

 薫はそれを見ても変わらずの仏頂面。しかし、周囲の客はそれが爆弾だと理解すると一気に悲鳴を上げ始めた。


「あ、あれっ! ば、爆弾!?」

「嘘だろ!?」

「う、動くなぁッ! 大人しくしろぉっ!」


 フードで顔を隠した女は自分の身体を抱くように手を回し、ブルブルと怯え出す。乙葉も怯えて母親にしがみつく。敦樹も二人を庇うような位置に立っている。

 今まで寿司を食べ続けていたレイラでさえも、一瞬だけ手を止め、しかしまた残った寿司を口に放り込んでいった。余程肝が据わっているらしい。


「お前、下がれ! 下がれって!」


 男は赤崎を指差し、カウンター席まで下がらせる。

 そして、充血した目で薫を睨みつける。


「お前! 『魔王』だな! ルーレン様から聞いている! 仲間をどうした!」

「……ほぅ? 正面切ってその名を口にするとは。貴様、余程死にたいらしいな」


 薫は四天王だとか魔王と呼ばれることを嫌っている。理由は、中二病を拗らせているようで嫌だ、らしい。その事については赤崎も同情している。

 赤崎は知らない事ではあるが、四天王と呼ばれる薫達は、皆四天王とはあまり呼ばれたがらないのだ。理由は全員同じなのだが。そして、薫は他にも理由があったりするが、本人以外にそれを知る者はいない。


「そんなのどうだっていいんだよ!! アイツをどうしたって聞いてんだ!」

「あァ? アイツだぁ? ……あぁ、アレか。アレなら楽にしてやった。裏にでも転がってんじゃねぇか?」


 それを聞いた人々は一気に静まり出す。明らかに怯えているのが目に見える。泣き出す子供までいる始末だ。

 流石の赤崎でも相手が爆弾を持っているとなれば、簡単には動くことが出来ない。自然とジワリと汗が浮かぶ。


「う、五月蝿い! 死にたくなかったら、黙らせろ!」


 男は泣き出した子供を連れた親にポケットから取り出したナイフを向けて声を張り上げる。


 どうにかして、相手を無力化する必要がある。しかし、上記の通りこちらに注意を向け、爆弾を持っていられては容易には動けない。

 なんとか相手の隙を突いて手に握られているスイッチを奪い取らなければならない。

 そのように思考しているうちに、予期していないことが起こった。


「クッ、ククッ! クハハハハハハハッ!」


 緊張状態の中で薫の高笑いが響き渡る。

 その場に居合わせた皆は頭がおかしいのかと軽蔑の視線を向けてくるが、薫はそれを無視して笑い続ける。静まり返った室内に響く薫の笑い声はどこか不気味にも聞こえた。が、


「フフッ、アハハハッ! はー、おっかし! クククッ、アハハハハハッ!」


 そこに一人の女の笑い声も追加された。

 笑い声の主に視線を向けると――レイラだった。レイラが腹を抱えて大笑いしている。

 レイラはゆっくり立ち上がると、男に一歩、また一歩と近づいていく。

 彼女の顔は先ほどまでの柔和な笑顔ではなく、好戦的な笑みを浮かべており、それを目の当たりにしたとき、思わず我が目を疑った。まるで人が変わったように思えたのだ。

 そして、レイラは口を開いた。


「私ね、裏稼業にいたからよくアンタみたいなのを見てるんだ〜。ある人にもう一度会うために強くなり、その為に一杯修行して……死なないように戦って。そして、仕事の度に変わる標的。その中にもたまにいたんだ、アンタみたいな馬鹿を。……フフッ」


 レイラのセリフに皆首を傾げている。赤崎も何のことかはわからないが、チラリと薫に視線を向けると容易に理解出来た。


 薫はそれを理解している。何の話かも、どのような境遇の話かも。そして、彼女の言う裏稼業に同じく身を置いていた薫にも、どうやら彼女と同じことを考えているらしかった。


「フフッ……アンタのつけてるそれ――偽物だってもう気付いてるよ?」

「!?」


 レイラが言うところによると、ただのカウントを取るだけの装置が付いているだけで、火薬の臭いも全くしないらしい。

 周りの人間たちは――赤崎も含めて、レイラの言葉にそんな馬鹿な、というような顔で見ている。

 だが、男は明らかに狼狽していた。それを見たマルコと大将は既に緊張状態ではなくなっている。赤崎も、身構えていた体勢を解き、全身から力を抜いた。

 これ以上、赤崎の出る幕はないだろう。


「クソ! 仲間は無力化され、一人は殺され……どうしたらいいんだ!!」

「死ねばいい」


 律儀に薫が答え、男の意識がレイラから薫へと移った瞬間、レイラがその距離を詰めた。

 男は腕を捻られ床に叩きつけられ、すぐにレイラの手によって捕縛される。

 腕を動かしてもレイラの関節技により痛みに悶え、身体を動かそうにも背中から薫が足を乗せて押さえつけている為に動けない。


「お前、何勘違いしてやがる?」

「……何?」


 薫の言葉に男が反応した。


「敵の組織の情報源を俺が殺すと思うか? 『楽にしてやった』とは言ったが、『殺した』とは言ってねぇだろ?」


 本来なら、殺してやったと言う時に使うことの多いセリフだと思うのだが、どうやら薫はそのイメージを利用したようだ。


 そこにレイラが立ち上がった。すぐに薫が代わりに関節技を極める。

 レイラは男の前にしゃがみ込み、男にしか見えない角度で好戦的な笑みを浮かべている。


「ニュースを見て知ってたからわかったけど、アンタたち今薫達の相手なんだって? そんな貴重な情報源、返すわけにもいかないのよね〜」


 男は知らずのうちに呼吸を荒げ、どんどん顔が青ざめていく。そんな男にレイラは手をどんどん近づける。


「じゃあ、吐いてもらうわよ。起きたらどんな事になってるか……私は、保証しないけど」


 気付けば男は気を失っていた。泡を吹いてピクピクと痙攣している。恐怖が限界まで達したのだろう。どんな悪党だろうと、薫にかかれば形無しだ。今回の手柄の多くはレイラにあるのだが。

 赤崎は、そう思いながら、再び大将に注文を取り始めた。




 薫は拘束を解き、立ち上がると元いたカウンター席に戻る。そして、その惨状に目を瞠った。

 ひとつしか食べてなかったはずの寿司が何故か全てなくなっているのだ。


「レェイィラァ? お前俺の分食ったな?」

「落ち着いて薫。こう考えてみようよ。あげちゃってもいいや、って」


 他人事のようにアッサリとそう言ってのける。かなり肝が据わったらしい。

 それは先ほどの騒動の様子を見ても明らかだったが、どうやら薫の去った後の月日は無駄ではなかったらしい。

 そう思うと、自然と許してやろうという気持ちになってしまう。


「……再開祝いだ。今回だけだぞ」

「やった!」


 その会話と共に元の店内の騒がしさに戻っていく。ただ一人、フードを被った女性が残って呆然としていること以外は。


 すると、いきなり入り口が開け放たれた。


「近くの店が襲われているって聞いて飛んで来たで! この俺が! さぁ、淑女の皆様ぁ! この俺の胸に飛び込んで来い!」

「誰もナンバーワンホストに抱きつきに行く奴なんかいねぇよ」


 入ってきたのは派手なホスト風のスーツを着こなした煜だった。


 そういえば、煜が働いているホストクラブはこの近くだったはずだ。

 おそらく、騒ぎを聞きつけた通行人(女性)がホストクラブに入り、煜を指名して楽しんでおき、しばらく経って思い出したようにこの事を告げたのだろう。


「あれ? 薫? なんでここに……何やろ。俺、幻覚見てへん?」

「見てねぇな。マルコ、抱きついてる奴を離してくれねぇか?」


 煜が薫の状態を見て目を擦る。

 先ほど煜の言葉への返答をした時、『ナンバーワンホストに抱きつく』という言葉に反応してレイラが抱きついてきてるのだ。


「オー、ダメーよカオル。そんな時は、優シク抱き締めないート」

「そうだよ、抱きしめないと! 安心して、私のナンバーワンホストは薫だよ!」

「大将、さっきと同じやつ」


 薫はレイラを無視して追加の注文を出す。大将はそれに何も言わずに手を動かし始めた。レイラはそれに不服そうに頬を膨らませた。

 そんな彼女の背中に一度手を回し、ポンポンと背中を優しく叩き、そして押しのける。

 ゆっくり立ち上がると、薫は倒れた男達を担ぎ、煜に投げ渡した。


「騒ぎの張本人共だ。裏にも一匹伸びてるぞ」

「俺にどうしろって?」

「千尋の場所に連れてってくれ」

「無理や。俺この後も仕事残ってんねん」


 薫の頼みに煜は首を横に振る。


 正直、煜の足ならすぐにでも連れて行けると思うが、疲れるから嫌なのだろう。

 そうとなれば、足を見つけなければならない。


「適当にタクシー拾って千尋の家に送るか」

「そうしよか」


 薫は一旦男達を煜に預け、裏に伸びている男を連れてくる。

 店の前で待っていると、煜が電話したのか一台のタクシーがやってきた。薫は伝言をタクシードライバーに伝えておき、それを千尋に伝えるように頼んだ。


「それじゃ、頼みますわ」


 煜が頼むと、タクシーはゆっくりと出発していく。

 それを見送り、すぐに踵を返して店に戻ろうとする。が、そこを煜に止められた。


「まぁ、待てって。薫、あの子誰や? お前に近づいてくる女子なんか初めて見たで。いつも眼飛ばしてたから。しかも、あんなにくっついてるって二人はいつから関係を持ってたんや?」


 煜の矢継ぎ早の詰問に、薫は溜息を零してしまう。


「……あいつはレイラ。お前も一度見ただろ? あの写真」

「写真……? あぁ、お前が大事に持ってるあれか? あの殺し屋の時の……」


 煜は以前、薫が大事にしているあの写真を見るために一度家に侵入している。

 その時に写真を見られ、一緒に写っているレイラと黒髪の女性のことでからかわれたのを覚えている。まぁ、その後袋叩きにしたが。


「あの金髪の子ォか? あんなに別嬪になってお前の目の前に? なんのラブコメや?」

「知るか。戦力としては申し分ないだろ。また千尋に言っておくから、そのうち共に戦うことになるだろうよ」

「ホンマか? じゃあ、その時を楽しみにさせてもらうわ! ……っと、そろそろ戻らなやばいから、じゃあな!」


 言うが早いか、すぐに煜の姿が煙のように消えてしまう。

 煜は他の面々よりは力は劣るが、その分足が速く、更にそれを利用しての手数の多さで勝負している。

 その速度は薫達にも完全には見えてはおらず、四割ほどしか目で追えない。


「相変わらず速いな……」


 薫は踵を返して店の中に戻っていく。


 薫に気付いたレイラは手を振り、薫のことを呼ぶ。

 何故か、カウンター席ではなく、テーブル席だった。

 そこに行くと、フードを被った女性がレイラと会話をしているようだ。

 側から見れば、何か相談をされているように見える。そこに薫はコンバットブーツを脱いで畳に上がり、ドカッと腰を下ろす。

 そこにマルコが水と、薫が注文した寿司が届けられた。

 ここは先ほど大暴れしたところのはずだが、マルコがテーブルの位置を元に戻して散らかった場所を掃除でもしていたのだろう。


 視線を赤崎の方に向けると、乙葉が赤崎の隣に座って楽しそうに笑っており、それを遠くから若頭が心配そうに見ていた。


 薫は寿司を食べながら視線を周囲に向ける。

 未だ客は多く残っており、少しぎこちないが、友人や家族で笑いあって寿司を頬張っている姿が目に入る。


 ――よく、あの騒ぎの後で逃げなかったものだ。


 実際、すぐに店を出た者もいたが、それでも殆どの客は逃げずに寿司を頬張り続けている。

 十年前の戦争を経験している人間が多いからだろうか? その辺りは薫にもわからない。


 薫は視線をレイラに戻すと、ウキウキした様子で女性と言葉を交わし合っている。だが、その声は小さく、周りには聞こえないように配慮されていた。

 その事に疑問を覚えたが、特に興味も湧かないため声をかけることはしなかった。


 黙々と自分の寿司を頬張っていく。すると、ようやく二人の話に区切りがついたのだろう。レイラがこちらに声をかけてきた。


「ねぇ、私って今日からウィルの家に住むでしょ?」

「初耳だが」

「そだっけ? でも、今言ったから」

「然様で」

「どう?」

「好きにしろ。断る理由もない」

「さっすが、ウィル! 話が早くていいや」


 長い間住み続けるつもりのようで内心焦るが、それでも一人暮らしの薫には断る理由もない。


「それでね、今日はこの人も泊めて欲しいの!」

「はぁ?」


 薫は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 無理もないだろう。今まで顔も合わせたことのない赤の他人を家に泊めろなどと。しかも、知っての通り薫は人間嫌いだ。レイラのように共に屋根の下で過ごした者ならいざ知らず、そうでない者を好きに家に招こうなど、思うはずがなかった。

 そして、断ろうと口を開いたところで止められた。


「だって、これ見て!」


 見せられたのはレイラの携帯に映った篠原圭子の画像。いきなりこんなものを見せられても、わけがわからない。


「これがなんだって――あァ?」


 薫はついつい画像と見比べてしまう。

 フードで顔を隠した女性。フードを上げ、うっすらと見えた顔は、間違いなく篠原圭子なのだ。


 ――おいおい、嘘だろ?


 圭子は失礼だと思ったのか、フードを取ろうと手を伸ばしたが、薫がその手を止める。


「深くは聞かん。が、これだけは答えろ。さっきの連中か?」

 圭子は薫の言葉にコクリと恭しく頷いた。

 薫はそれに頷くと、レイラに向き直る。


「お前の好きなアイドルだ。いいぜ、泊めてやろうじゃねぇか。だが、身の回りの世話はお前がやれよ」

「圭子ちゃんはペットじゃないよ」


 薫がそう言うと、レイラは正論を言い、嬉しそうにガッツポーズを取った。

 それを見て微笑し、残りの寿司を全て口に放り込むと、立ち上がりコンバットブーツを履き始める。


「そうなりゃ善は急げだ。出るぞ。大将、勘定」


 薫は勘定を払うとすぐに出ようとしたが、そこに乙葉が近づいてきた。


「お兄ちゃん、今日はありがとう!」

「また何かあったら言ってくれよ。出来る範囲で手伝うからよ」


 薫は乙葉の頭をポンポンと撫でてやり、敦樹に視線を向ける。


「それじゃ、敦樹さん、奥方。お先に失礼します」

「おう」

「赤崎さん、今日はお疲れさん」

「君もな」


 薫は二人に軽く手を振ると、店を後にした。


「どうやって帰るの? バイクの三人乗りは違反じゃなかった?」

「なに、既にノーヘル運転してるんだ。ひとつ増えたところでなんとでもなる。それに、バレなきゃ犯罪じゃねぇんだよ」

「バレたら?」

「問答無用で撃ち殺す」


 言うと、いつの間にかその手にはどこから取り出したのかヘルメットが握られていた。

 それを圭子に渡し、色眼鏡をかけてバイクにまたがる。レイラもフルフェイスヘルメットをつけてバイクにまたがり薫にしがみついた。圭子も何とか乗り込むと、けたたましいエンジン音を響かせ駆け抜けていった。




 氷崎家。


 千尋が三葉に話した昔話は、とてつもない衝撃を与えるものだった。


「……じゃ、じゃあ……薫さんが笑わないのも……?」


 三葉がそんなことを聞いてくる。

 確かに、今日一日声を上げて笑っている姿は見える範囲ではなかった。精々口角を上げるだけだ。

 いつもそうだ。大声を出して笑うときは大抵嘲笑している時や馬鹿にしている時のみ。

 それどころか、薫の普段の笑みは愛想笑いではないかと最近になって思うようになった。


「アイツはそれ以前からだが……まぁ、そうだな」


 今は声を上げて笑っていることを知らない千尋はそれを頷く。

 そんな時、インターホンが鳴り響いた。静かな部屋の中に響くチャイムはどこか不気味に聞こえる。


「誰だ? こんな時間に」


 千尋は玄関から覗くと、タクシーが外に止まっているのが見え、タクシードライバーと思しき男が忙しなく動き回っていた。


 千尋はドアを開けると、男に声をかけた。


「何か用ですか?」


 千尋が出てきたことに気づくと、すがるように男が近づいてきた。


「く、葛原さんと『魔王』が……これを氷崎さんに送ってくれ、と」


 男に連れられ、タクシーの中を覗いてみると、気を失った五人の男たちが乗せられていた。


「……わかりました。お預かりしましょう」


 千尋が男たちをひとつに縛って担ぎあげると、タクシードライバーが思い出したように口を開いた。


「言伝があります。『ライオネル・ソウルの連中だからいい情報が取れることを求む』だそうです」

「ありがとうございました」


 千尋は男に笑いかけると、足早に家に入る。


「あいつら……覚えてろよ!」


 千尋は自分にしか聞こえない小声で詠唱すると、担いでいた男達の姿が消えた。


 ――絶対一発殴ってやるからな!


 千尋は二人への怒りを堪えながら部屋に戻っていった。

何か適当になった気がする……

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