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四天王  作者: シュガーイーター
戦いの世界編
34/34

報告

『もう一回言ってくれ』

「ルマンドは癇癪持ちのガキ」


 いつもの仏頂面に僅かな疲労の色を覗かせ、宿に戻った薫は謁見の出来事を簡潔に千尋に伝えようと電話をかけた。


 この世界には――というよりも、異世界間は電波が繋がっていないため、本来であれば通話は不可能だ。だからこそ、ルマンドは書状という形で薫達に対して連絡を寄越したのだが、いちいちそんなことをしていては手間も時間もかかってしまう。

 そこで、薫は自らのスマートフォンを媒介に、自身の魔力を電波に変換して通話を行う魔術を開発した。

 通話という体をとってはいるが、実際に行われているのは魔力を用いて遠方にいる人物との念話である。

 つまり、アスタロトが行っていたような念話を世界間で行っていることになる。


 簡単に行ってはいるが、これは並の魔術師であれば到底実現不可能な芸当だった。

 ただ離れた場所にいる人物と魔力を通じて話をするだけであれば、電話という電子機器のおかげで魔力を使わずにできるため、実行する者があまりいないことに目を瞑れば行える魔術師はそれなりにいる。

 だが、それを世界を超えて、別世界にいる人物と行うとなればその数は一気に減るだろう。


 その理由は単純で、必要となる魔力が膨大だからだ。

 考えてみれば当たり前の話でしかない。

 念話とは、交信する者同士の距離や数、対話の時間によって必要となる魔力が変化する魔術である。より細分化すると、念話自体にもふたつに類別されるのだが、今は置いておこう。

 ほんの数メートル程度であれば消耗する魔力は微量――あくまでも薫の感覚ではそうだが、一般的な魔術師にとっては少し多い程度――だが、大陸間での交信となると、途端に消耗する魔力は多くなってしまう。物理的な距離が長ければ長いほど、当然それだけ魔力が必要となるのだ。

 これが別世界からの交信となると、当然ながら物理的な距離で表すことができない。その分、いかに魔力の多い者であれど、その多くは自身の魔力を空にしても念話は発動すらしない。

 これでは魔術師であろうと、連絡手段を携帯電話に頼るのも頷ける。


 その為、薫が平然とやってのけていることは、実際は神業をも超える絶技だった。


 部屋に入るなり通話を開始した薫は、着ていたモッズコートを叩きつけるようにソファに放り、どかっ、と勢いよく腰を下ろした。

 それに驚いたのか対面にある一人用のソファに腰掛けるシーニャが身を竦ませた。


 視界の端ではイリカが魔力のコントロールに手間取っているようだが、レイラがいるから問題ないと報告を優先した。


 携帯のスピーカーから、相手の疲れたため息が溢れる。そのため息は、やっぱり問題を起こしたか、という気持ちが漏れ出たもののようにも感じた。


『お前から先に何かやった、ってわけじゃないよな?』

「初めは丁寧に挨拶したさ」

『丁寧な口調ってだけで態度がそのままならそれは丁寧じゃないんだよ』

「なんだ、お前エスパーか?」

『やっぱり口調だけかよお前』


 実際、あの場で先に粗相を働いたのはどちらかと問われれば、大多数の人間が薫の名を上げたことだろう。

 頭を下げず、腕を組み、傲岸と対話を図った。

 王を前にしてとっていい行動ではないのは確実だ。


「まぁ、そんなことはどうでもいいじゃねぇか」

『いや、よくはないが』

「上位連中、完全に一新されてるぞ」

『……まぁ、物騒な世界だからな。理由はともあれ、みんな死んだと判断してもいいだろ』


 あの場にいたのは武蔵と隠れていた二人を含めて十八人。その中でも手練れと判断できたのは殊の外少なかった。


『お前の目に止まった奴はいたか?』


 言われ、玉座の間にいた顔ぶれを可能な範囲で思い返してみる。

 生憎一度視線を向けて、すぐに選別を終えた為にほとんどの顔は忘れてしまっていた。

 ただ、ゼロだったか、と問われればそれは違う。


「……特に目がいったのは三人。少しは出来そうだと感じたのは更に三人、といったところか」

『前者三人から聞かせてくれ』

「一人は昨日道中で立ち合った女剣士だな。コイツ、こと剣術に限って言えば俺より上だ」

『お前より? それは凄い――待て、立ち合った?』


 ――藪蛇だったか……。


 叱責から逃れようと放った話題だったが、どうやら薫が取り扱う話題はどこもかしこも地雷だったらしい。

 ささやかな抵抗は続けるが、叱責は免れないとわかり落胆した。


『詳しい話は後で聞いてやる。……それで、他の二人は?」

「暗殺者だ。凄腕のな」

『……へぇ、凄腕ね。何でそうだと思ったんだ?』

「そりゃ簡単な話だ。()()()()()()()だよ」


 瞬間、聞き耳を立てていたレイラが勢いよくこちらを振り向いた。

 言葉の意味するところを理解したらしい。頷いてやると驚きで目を見開き、「嘘でしょ(No way)」と口にした。

 千尋も同じように言葉の真意を汲み取ったらしく、先程と同じように鸚鵡返しで言葉をこぼした。


『知った顔、ね。他の三人は?』

「そっちは順当にトップスリーだな。あくまでも推定でしかないが、まぁ間違いねぇだろうよ」


 あくまでも佇まいから判断したものだが、他の面々と比べると頭ひとつ抜けた実力だろうと薫は推測する。

 しかし、武蔵と比べると隔絶した実力差があることはすぐにわかった。武蔵が際立って実力者であると言っても良い。


 これから起きる戦争では、武蔵は他の面々に足を引っ張られてしまうことだろう。

 序列である程度部隊を編成し、戦略を組み立てようと、各々に差があるのなら必ず穴は開く。その穴から突き崩していけば、武蔵であっても討ち取れる。


 そこまでの様子がありありと見て取れる。

 薫は素直に勿体無いと感じた。


「話したのは一人だが、それなりに頭も切れそうな奴だった」

『珍しく高評価じゃないか』

「いざ交渉を無難なところに落とそうとしたところで足止めを食らったがな」

『……なるほど。読めた。そこでさっきのガキ発言に繋がるわけか。何があった?』


 なんとか話の軌道を修正し、謁見での出来事を報告する。

 合間に気になる点を問い質しながら内容を聞いた千尋は、得心が言ったとばかりに再度「なるほど」と呟いた。


『確かに癇癪持ち、というよりも王の命令は絶対、なんて間違った思想を持っているように感じるな』

「言われてみりゃそうだな。一応これまでに王族としての教育は受けているはずだが」

『まさに独裁者ってわけだ。そこんところはどうなんだ、独裁者さん?』

「独裁者になった覚えはねぇが? ――ただ、王というものを誤認してる節はあった」


 それこそ、千尋の言うように、王様の言うことは絶対服従、なんて誤った思想をしているように見えるのもそうだ。


「あの手合いは一度痛い目にでもみなけりゃ変わらねぇだろうよ」

『それで悔い改めてくれればいいんだけどな』

「無理な話だろう。期待するだけ無駄だ」

『はぁ……お前のそれも変わらずか』


 にべもない薫の言葉に、千尋は僅かに諦念を滲ませた声を漏らす。


 薫自身、己の性格が周囲からどう見られているかはある程度把握している。だからこそ、会社でも汚れ役や嫌われ役を買って出ているのだ。

 しかし、薫は自身がどう思われているかについて理解はしていても、それを払拭しようとは考えていなかった。

 寧ろ、それを有効活用しようとすら考えた結果が汚れ役だった。


 その為、なぜ千尋達が薫の性格や行動を矯正しようと動き、薫自身が悪し様に言われる現状を払拭しようとしているのかはてんで理解できていなかった。必要ないとすら感じていた。


 薫は千尋の声色から何を憂いているのかは薄々理解していたが、それを無視するように確認作業を続ける。


「一応訊いておくが、今後の方針に変更はないって事でいいんだな?」

『勿論だ。戦争に参加はしない』

「承知した。ではそのように行動しよう」


 方針を継続するなら、今後の薫の動き方もまた変わらない。

 レンストンに集まる兵力の確認と、クーデターの原因を探る。

 そして、最後にはパティンが編成した軍勢を持って叩き潰す。


 今日一日で確認出来た範囲は限定的だが、現状は予想通り相手にならないだろうと踏んでいる。

 どのような編成を組むかにもよって過程が変わってくるが、結末は変わらないと言えた。


「取り敢えず、確認すべき事も済んだ。俺からの報告は以上だ」

『了解だ。これからもまた戦争の参戦に関する対談は行われるだろう。その対応は薫に任せる』

「あぁ、承知した」

『よし。それじゃ、また報告してくれ』


 そう言って、通話が切れた。

 念話に用いた魔力の消耗に小さく嘆息しつつ、手にしているスマートフォンをポケットに納める。


 いかに保有魔力量が多い薫でも、魔力を消耗する以上疲労は感じる。それも、膨大な消費量である世界間を繋いでの念話だ。

 高位の大魔術を連発した後のような、三徹した朝にも近しい疲労感に辟易としつつ、便利だから仕方ないよな、と半ば諦念気味の思考をしていた。


 ふと、同室内でこれまで感じていた魔力が乱れた。

 魔力のコントロールが拙いからこそ起きる現象に、薫は一度弾指を弾いて魔力の流れに干渉し、鎮静化させる。


「はい、もう一度」

「いや、休ませなさいよ……」

「それはこれまで見てたレイラに言え。何をどの程度やっていたか、なんて把握してねぇんだよこっちは」

「れ、レイラ……?」

「うん、休憩にしよっか」


 全身から疲労を滲ませながら、近くで見ていたレイラに懇願するように見上げた。それに苦笑しながら、レイラは休憩を許可した。


 ハッキリ言って、イリカの魔術は未熟だ。

 先月行われた戦闘では、真空波を放つ魔術を幾度となく使用していた。彼女自身、剣術の鍛錬の最中、間合いを伸ばすために覚えたと後に語っている。

 その魔術を覚えたところまではいい。それについては薫も冗談抜きで褒められる部分だった。


 問題は、魔術を扱うために必要な魔力のコントロールがおざなりになってしまい、威力を削ぎ落としてしまっていることだ。

 魔術戦を行う際、わざと雑に魔術を形成して速効性を求められることもあるが、それこそ基本となる魔力のコントロールが満足にできなければできない芸当だった。


 言ってしまえば、イリカの魔術は常に暴走と隣り合わせな危険な状況に立たされている。まさに、地雷原の中でタップダンスをしているようなものだ。


 ――まぁ、これからだな。


 レイラだって基礎を教えただけだったが、今では高難度の魔術を行使するに至り、己の身に纏わせることも出来る。

 魔術を身に纏うという芸当も、緻密な魔力コントロールが無くてはできないものだ。少しでもコントロールを誤れば術者本人に被害が及ぶ危険な行為だった。


 何事も基礎。基礎なくして強くなることはできないのだ。


「お疲れ様です、イリカお姉さん」

「ありがと〜! ぶっ通しだとこんなに疲れるのね……」


 休憩を許可され、だらしなくソファにもたれかかるイリカに、シーニャが労いの言葉をかけた。

 それに応じるイリカは疲労の色を見せながらも言葉を返す。


 そのやりとりをしている中、レイラは頭の痛そうな顔で薫の隣に座る。

 薫が見ていない間にイリカが何か問題でも起こしたのか、と思ったが、よく考えてみればレイラは先程の話を聞いていた。

 恐らくはその話を深掘りしようとしているのだろう。


 そう思った薫は、自ら口火を切った。


「同業者はお前の予想通りだろう」

「勘弁してほしいよ……手練れも手練れじゃん」


 レイラが頭に手をやり、全身から負の感情が滲み出る。気の所為か、漏れ出る声もどこか弱々しい。


「なんでこんなところにいるの?」

「俺が知るかよ。ここ最近はあまり噂を聞かなかったが、こういう事だとはな……」


 ふぅ、とどちらからともなくため息が漏れる。

 その様を見ていたイリカとシーニャは、どこか不思議そうにしていた。


 イリカはまだ事情を察することは出来た。なにせ、同業者と口にしていたのだから、二人が知る誰かがここにいるのだろうと想像ができる。

 しかし、シーニャに限ってはそもそも薫達の業界に理解があるわけもなく、どうしてこうも二人が頭を押さえて嘆いているのかがわかるはずもなかった。


「その、どうしてそう肩を落としているのですか……? 先程のお話を漏れ聞く限り、あまりよろしい謁見ではなかったと察することはできるのですが……」

「まぁ、私も全部聞いてたわけじゃないから詳しくはわからないけど、二人の知ってる腕の良い暗殺者がここにいたってことみたい。でもそんなに嘆くことなわけ?」

「そうだなぁ……現状どうなるかわからないから何とも言えないけど、事の重大さを簡単に伝えられる魔法の言葉があるよ」


 覇気のない乾いた笑みを浮かべながら、レイラはイリカを見やる。

 その目は心なしか昏く澱んでおり、普段見ることのない表情に、イリカが僅かに気圧された様だった。


「そ、その魔法の言葉って?」

「うん。その同業者なんだけどね? ――()()()()()()()()()()()()

「……は?」

「それも、二人とも、ね……」


 レイラの言葉に、大雑把に何かよくない相手がいる、という程度の認識だったイリカが間抜けな声を上げ、蝋で固められたように固まる。

 更に重ねて与えられた情報に、一拍の間が空くと、


「はぁぁあああああああああああッッッ!?」


 イリカの大絶叫が響き渡るのだった。

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