謁見
玉座の間。それは王が自らの権威を示す重大な場所だ。
その為、どんな国でも大なり小なり調度品を飾って国の裕福さを示し、他国の使者が来た場合にはその国力を簡潔に知らしめ、牽制に利用する。
まさに、国のステータスの一種だといえるだろう。
だが、レンストンの王城はハッキリ言って装飾が少なく、どこか質素にすら感じた。
だからレンストンの国力が弱い、あまり裕福ではない、というのはイコールではない。
他の世界ならば裕福ではないといった考えが当てはめられる――中にはあまり裕福でなくても借金をして、悟らせないような国もある為一概には言えない――が、バトルプラネットの国々においてはその限りではなかった。
ではなぜ装飾を施さないのか。その答えはいたってシンプルで、調度品を飾ってもすぐに壊れるからである。
バトルプラネットはその名からも連想されるように、戦いに重きを置いた考え方をしているのが一般的だ。バトルランキングという序列によって、貴族位を与えられる実例があることからも、その事は疑いようもない。
その弊害として、他の世界の人間と比べて、頭のネジが少し、いや、かなり緩んだ人間が多い。これは人間に限らず、バトルプラネットで生まれ育った異種族にも当てはまった。
どこであろうと戦場であり、いつ襲われるか警戒し続けている彼らにとって、王城も戦場のひとつでしかないのだ。
一応、城内での戦闘行為は好ましくないとされており、極力荒らさないようにという取り決めはある。
しかし、厳命を下されているわけではない。極力、と表現していることからもわかる通り、城内での戦闘行為は黙認されているのが現実だった。
黙認されてしまっているからこそ戦闘行為が起こり、その余波で飾ってある調度品の数々に被害が被り、壊してしまう。
だからあまり飾り過ぎても無駄になるだけだ、という考え方が広まり、バトルプラネットの国々では、他の世界の城と比べて少し質素に感じる程度の装飾しか施されていないのだった。
そんな玉座の間に案内された薫は、二年ぶりに見る光景を一望し、以前との差異を思い起こそうとして、そういえばあまり見ていなかったな、とぼんやりと考えていた。
「ようこそ、『魔王』殿」
自らが立つ絨毯の先には権威を示す玉座が存在し、そこに小太りの男が太々しい笑みを浮かべて腰を下ろしている。
その脇には彼を守るように兵士が控え、主君に危険の及ばないように謁見者に目を光らせていた。
周囲に視線を向ければ、おそらくバトルランキングの上位層なのであろう男女達が、薫を挟むようにして控えている。
そんな彼らから向けられる視線は様々だ。値踏みするようなものや、憎悪にも近しい感情が見え隠れするものもある。
その中には、先ほど別れた武蔵の姿もあり、どこか疲れた表情をしていた。
「お初にお目にかかる。氷崎より名代として遣わされた、鬼桜薫と申します」
謁見を申し出た薫は、へりくだる事もせず、普段と変わらない仏頂面に腕を組んだまま、言葉だけ丁寧な挨拶の言葉を投げかけた。
明らかに国王に対する態度ではなく、そんな不遜な態度を示す薫が気に食わないのか、眼前の男がムッとした表情になった。
――こいつがルマンドか。
正面の男は、わかりやすく権力に目が眩んだ間抜けという印象だった。
これまでどのような暮らしをしてきたのかは知らないが、贅肉で少し丸みを帯びた顔に、明らかに武芸を嗜んでいない佇まい。
玉座に座る姿は隙だらけで、今殺そうと思えば簡単に出来てしまいそうだった。
だが、ルマンドにとって幸運な事に、薫は玉座の間に入る直前に、兵士に武器の類のものは全て預けてしまっている。
戦争が控えている以上早いか遅いかの問題でしかないが、それなりに用心するだけの頭はあるらしい。
まだこれといって言葉を交わしたわけではないが、その態度から大まかな人格は察することは出来る。
ふざけた招集命令の件もあり、ルマンドを見る薫の視線は酷く冷めたものだった。
「その不遜な態度、話に聞いていた通りだな。よほど教育係に恵まれなかったとみえる」
「お言葉だが、御国に駐留している者共にこそ教育係が必要であるとお見受けするが?」
「奴らは良くも悪くも荒くれ者だ。下手に教育を施せば、再びクーデターを起こされるやもしれん。もちろんそうならんように注力するがな」
「だといいがな」
自らの教育係を馬鹿にされたことに腹を立てるも、表向きの立場として、薫は平民だ。他国の教育事情にどの程度の見識があるのかは定かではないが、貴族でもない者に専属の教育係などというものがいるはずがない。
その為、サリエルを虚仮にされたことに胸中で憤激すれど、表向きは平静な態度で返した。
「まぁよい。こうして招集命令に応じたのだ。貴公らも我が国の戦線に加わるのだろう? 他の者達は後から合流するのか?」
「……ッハ。権力に物を言わせりゃ誰でもいう事を聞くと思うなよ」
「何だ? 声が小さくて聞き取れん。もう一度言ってくれ」
胸中穏やかではない薫の口から小さく苦言が漏れるも、小声だった事もあり、ルマンドの耳に入る事はなかったようだ。
薫の周囲にいる連中の耳に届いたかどうかは微妙なラインだが、本人の耳に届いていないのならそれでいい。素っ気なく、「なにも」と吐き捨てるようにして言った。
「その件だが、氷崎より返答を預かっている」
その言葉に、ルマンドの表情が太々しいものから怪訝なものに変化した。
「聞こう」
「氷崎含む我ら四名は、此度の戦争における加勢を謹んでお断り申し上げる、と」
「なんだとっ!?」
まさか断られるとは思っても見なかったらしいルマンドは、わかりやすく感情を露わにした。
それはルマンドだけではない。
薫の左右に並ぶバトルランキング上位者達も、俄かに騒がしくなった。
「貴様、それが何を意味するのか分かっているのか!」
「どうやらルマンド王は目先の餌に夢中で大局が見えていないらしい。先王は何故悪魔王と事を荒立てる選択を取らなかったか存じ上げないか?」
「奴は臆病者だ! 臆病者だからこそ腑抜けた政策を取り、少しでも力のある者のご機嫌取りをして媚びへつらっていただけのこと!」
「あくまでも私個人の見解だが、それについては同意しよう」
ヴァニラ王が臆病者である、というのは薫の見立てでも同じだ。
見方を変えれば千尋達の言うように、争いを嫌っているとも取れるが、戦闘狂の薫からしてみれば、ただの臆病者としか映らなかった。
思わぬところで意見が合った事で、少しは落ち着きを見せたルマンドは、「ほう?」と言葉を漏らした。
「わかっているではないか。では何故今回の戦線に参加しないと申したのか、説明してもらいたいものだな」
「――ふ。それだけ相手が悪いと言うことが何故わからん?」
薫は凍てついた笑みを顔面に貼り付け、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
当然だが――薫本人は双方の立場を理解していながらの行動ではあったが――この場における上位者に対して甚だ失礼な言動である。
ルマンドは双眸を静かに細め、参列している者達も咎めるような視線を向けてくる。
そんな中、薫のこれまでの態度に我慢が限界を迎えたらしい、ルマンド王の傍に控えている兵士が声を荒げた。
「貴様、陛下に対して何と無礼な!」
「身の程を弁えよ、平民如きが!」
一人の兵士が吼えれば、またもう一人が同調の構えを見せる。
それを見た薫は、更に得意げになってみせる。
「そら、やはり教育が必要だったのはそちらの方だったらしい。誰も貴様らが口を開く許可は与えていない。大人しくしていろ」
「何を――」
「控えよ。その男の言う通りだ」
流石に自らの主に諌められては彼らも強くは出られないらしい。忌々しそうにその口を閉じた。
それを見送ったルマンドは、言葉だけの謝罪を口にした。
「部下の不手際、謝罪しよう」
「不要。御身はまだ即位なされて日が浅い。彼らもまた御身の事を思っての事。それを諌めはすれど、不快に思う事はない」
この場にいる誰もが、心中穏やかではなかった。
元はと言えば、薫の態度は誰が見ても目に余る。先に失礼な態度をとっているのは薫の方でありながら、自分に責任はないとするその姿勢にはこの場に集う誰もがよく思わない。
その事をまた咎めようとしても、再び主君に謝罪させてしまう事になり、彼らの立場が更に悪くなってしまう。完全な出来レースに、彼らは歯噛みするしかない。
そんな周囲の殺気すら込められた視線を一身に浴びながら、薫は口を開いた。
「さて、御身は悪魔王の保有する兵力をご存知ではありませんかな?」
「……部下の話では、十二体の怪物と、異形の軍団であると聞いているが」
「十二体の怪物……?」
一体どう調べさせればそうなるのだろう? と薫は一瞬本気で考えた。
薫の記憶では、現在の軍勢の勢力は、側近衆が十一体。
本来ならば総勢で三十二体なのだが、故あってその多くが離れてしまっている。
そして、側近衆を筆頭に各々が数十という軍団を所持する形で構成されているはず。中には軍団を所持していない者もいるというが、基本的には数多の軍団を保有していたはずだ。
もちろん、時折攻めてくる人間軍を相手にする際はそのうちのほんの一部しか出撃させていないが、それでもそのような奇妙な数になってしまう理由がわからなかった。
――あぁ、そうか。
ふと思い至ったのは、先日の謁見だった。
あの時、ルマンドの命で遣わされた使者が謁見の間で見たものは自身と、控える十二体の存在だった。
その中には側近衆でない者もいたが、それを知らない者からすると、あの場にいる者が軍勢の中で頭角を表している存在であると判断しても仕方がない。
「我々が認識している情報では悪魔王に仕える十一体の側近と、それぞれの軍団が多数といったもの。差し支えなければ、どのようにしてその情報を得たのかお聞きしても?」
「先日、我が国から彼の国へと使者を送り、彼らが命からがら持ち帰った情報だ」
やはり、アスタロトに処分を命じたあの使者達の見解だったらしい。
であれば、そのような不確かな情報を上申していたとしても不思議ではなかった。
「こちらからも問おう。何故貴様はそのような情報を得ているのか、聞かせてもらおうか」
「なに、昔一度衝突した事があるだけだ」
「……何だと?」
何気ない一言だったが、その衝撃は大きかった。
彼らからすると、悪魔王の軍勢というのは伝聞でしか耳にする事はない存在である。
言ってしまえば、実際に目にした経験がないのだから確かな情報が手に入る事は皆無であり、仮に情報を得られたとしても、得た瞬間には死んでいることばかりであった。
だからこそ、先日彼らの部下が持ち帰った情報は値千金なものであり、その情報をもとに兵力を募り続けていたのだ。
しかし、そこに昔戦って今尚生きていると証言する存在が現れれば、彼らは是が非でも情報を聞き出そうと躍起になる。
現に、ルマンドはわかりやすく眼の色を変え、周囲に控える者達もザワザワと先ほど以上に騒がしくなった。
「その言葉、間違いないだろうな?」
「今奴らがどのような状態なのかは知らないが、仮に当時のままだとするなら間違いねぇだろうよ」
「それなら尚のこと、貴様を逃すわけにはいかなくなったな。貴様には戦列に加わってもらう。これは命令だ」
ルマンドが合図をすると、背後の扉から武装した兵士達が雪崩れ込んでくる。
それを横目にしながらも、薫は態度を変えようとはしない。このぐらいの修羅場であれば、幾度となく切り抜けてきた身の上だ。
この程度の障害は障害ですらなく、変に身構える程のものでもなかった。
問題は――
――貴様如きが俺に命令だと……?
今の状況を作り出したルマンドを見る目が完全に凍てついた。
これまでは、千尋達から「頼むから穏便にしてくれ」と口煩く言われていたからこそ、教育係を馬鹿にされても怒りを露わにせず、澄ました顔で丁寧な言葉を心がけて使っていた。
だが、薫にも我慢の限界がある。
他人よりも限りなく沸点の低いそれではあるが、ルマンドの発言と行動によって、穏便に済ませる、といった考えは完全に吹き飛んでしまった。
相手がその気ならば、いくらでも牙を剥こう。浴びるようにその血肉を貪り、嘗てのように高笑いを浮かべて見せよう。
悪鬼の如き形相を浮かべた薫は、煮え繰り返る怒りを隠そうとせず、一瞬のうちに臨戦体勢をも整える。
そうして薫から放出される殺気に兵士達の体が完全に強張り、周囲で状況を観察していた者達も、その殺気の余波を受けてそれぞれが身構えた。
唯一武蔵だけは涼しい顔をして静観の姿勢を崩さない。それどころか、気持ちはわかると言いたげに何度も頷いていた。
どうやら、彼女にとってもルマンドは腹に据えかねる男のようだ。
「吹くじゃねぇか。徒に兵力を消耗するのは下策だぜ? 戦争のために温存した方がいいんじゃねぇのか?」
「ふん、強がりを。いくら『魔王』と呼ばれる貴様といえど、この数だ。タダでは済まないだろう?」
「舐めてくれる。この程度の数で俺を抑え込めると思ってんのかよ?」
周囲を取り囲む兵士達は恐怖心を振り払うように、努めて剣呑な雰囲気で薫ににじり寄る。
突き付けられる槍の刃先がゆっくりと近づいてくる様を一瞥し、ほう、と感嘆の声を漏らした。
陣形の展開から練度の高さが窺える。戦闘狂の世界だからこそ、常に訓練を欠かさず、いつでも主君を守れるように研鑽しているのだろう。
だが、それでも比較対象はどうしても悪魔王の軍勢になってしまうため、脆い、という評価を心中で下した。
「武器も持たない身で、いったい何ができる?」
「武器を持たない? 何を言っている?」
無手のまま傲然と佇む薫を見て、勝利を確信した笑みを浮かべて発した言葉に、薫は余裕の表情を崩さない。
悠然と腕を上げ、
「得物なんざ、ここにいくらでも転がってるじゃねぇか」
その手に収まる一本の槍を高く掲げてみせた。
「なっ――!?」
その場にいる者達から声が漏れる。
薫の手に握られているのは、現在進行形で周囲を取り囲む兵士達の槍だった。
兵士達は何が起こったのかわからず、そのうちの一人が無手となった己の手と、薫の手に収まる槍を何度も見比べている。
やや遅れて、ようやく槍が奪われたのだと頭が理解すると、次は「いつの間に」という思いが胸中を支配した。
「……改めて言うぜ。お前は大局が見えてねぇ。先王とお前の差はそこだ」
「なんだと?」
「先王は臆病者だが、彼我の戦力差が読める男だった。聞けば先王は自ら悪魔王の居城に赴き、対話を図ったとか。明らかな蛮勇だが、だからこそ確かな目で戦力差を計れた。そうでなければ負ける戦をしようとは考えねぇだろう? ……そう、貴様と違ってな」
「――どうやら、『魔王』殿は名前だけが有名になった腰抜けのようだ。『四天王』とはよく言ったものだな?」
「笑いたきゃ笑えよ。元々、そんな酔狂な名を自ら名乗った覚えなんざねぇからな」
ルマンドは嘲るように薫を挑発するが、そんな見え透いたものに引っかかるほど馬鹿ではない。
態度を一切変えない薫につまらなさそうにしているが、それは自らが優位な立場になっていると判断してのものだろう。
側から見れば、たった一人の武装をした男が、周囲を取り囲まれ武器を突きつけられているのだ。誰が見ても劣勢なのは薫の方だろう。
しかし、兵士達は一定の距離から先に進まない。皆怯えているのだ。数の上で明らかに有利なことに加え、臨戦態勢を取っている彼らと、何らかの手段によって武器を手にしつつも構える様子を見せない薫。
本来なら怯える要素など微塵もない状況。薫の言い方を用いるなら、大局は明らかにルマンド率いる兵士達に軍配が上がっている。
そんな彼らですら腰が引けてしまうほどの圧倒的な殺気。全身にのしかかる重圧はまさしく眼前の男から放たれていた。
バトルプラネットで生活していれば実戦経験などいくらでも得られるため、並大抵の殺気に対する耐性は誰しもが持っている。
そんな彼らですら気後れしてしまうほどの圧倒的な存在感。首筋に槍の穂先を突きつけられているかのような錯覚を誰しもが持っていた。
それに気づいていないのは、この場における勝利者を気取っているルマンドのみ。
周囲でそれを観察しているランキング上位者達でさえ、薫の放つ威圧感に驚愕していた。そして、それに気づいていないルマンドに苛立ちを募らせてさえいた。
「――発言の許可をいただきたい」
一触即発の空気を払拭せんと声が上がった。
位置は薫とそれを取り囲む兵士たちを挟むようにして静観していた者達の中。薫から見て、ルマンドを正面に据えた右奥。
一言で言うなら、知的な印象を受ける男だった。外見的特徴などあまりあてにならない世界だが、その男は武人というよりも文官という風体。とはいえ、一本の芯が通ったような立ち姿から鍛えていることは窺い知れた。
丹念に切り揃えられた短髪。ティアドロップの眼鏡の奥から向けられる視線は落ち着いており、少なくとも彼の反対に立つ女から向けられるものよりも随分と穏やかなものだった。
「許可しよう」
「ありがとうございます」
ルマンドは傲然と許可を出すと、男は慇懃に礼を言い、眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
そして、
「お初にお目にかかります。私はバトルランキングの第二位の席を預かっている、江口邦彦と申します。以後お見知り置きを」
薫へと視線を向け、名乗りを上げた。
「初めまして、ミスター江口。顔つきからしてもしやと思ったが、日本の出身者か?」
「ええ――とは言っても、あなたが暮らしているのとはまた別の世界ですが」
日本というだけでも実のところいくつも世界がある為、非常に紛らわしい事に複数存在する。
その為、薫としては暮らしているのとは違う世界の日本の出身と聞き、すぐにいくつか頭の中に浮かんだが、今は関係ないとすぐにそれらを放棄した。
「そんなことよりも、今はもっと重要なことがあるでしょう。――単刀直入に訊きます。貴方が以前悪魔王の軍勢と矛を交えた、というのは本当ですか?」
「事実だ」
「では、今回の戦争に参加しないというのは、四天王の総意ですか?」
「……ほう」
どうやら、この男となら建設的な話ができそうだ。ルマンドのように話を完全にシャットアウトするのではなく、思惑を探るような様子は非常に好ましい。
対話に応じる分、薫としてもありがたいことこの上なかった。
「先ほどからのお話をお聞きしていると、貴方は私情が勝っているようにお見受けします。ですので、感情的になられているのならば今一度お考え直しいただき――」
「確かに感情的になっていた自覚はある。しかし、此度の判断は我々が論を重ねた総意によるもの。重ね重ね申し上げるが、我々が戦争に参戦する意思はない」
「きさま――」
「――そうですか。お考えはよく分かりました」
断言した薫にルマンドは怒号を上げようとしたが、被せるように江口が口を開いた事で強引に閉ざされる。
しかし、それで話は終わりだ、という様子ではない。江口の双眸に落胆の色はなかった。どう切り崩そうかと獲物を狙う狩人の如き鋭い眼差しだ。
そんな目を向けられて、薫もより気を引き締める。
――次の手はなんだ?
そんな目をする者が簡単に諦めるはずはない。
恐らく彼はこの場に集まる者達の中でも参謀役か、それに近しい立場にいるのだろう。そうでなければこの状況に一石投じるような真似はしない。
仮に江口が参謀だとして、現在の状況を考えればここで引き下がる事はできないはずだ。彼らに利益がないからだ。
実際に戦争を行うことで矢面に立つのは彼らバトルランキングに名を連ねる者達である。つまり、最も被害を被るのは彼らなのだ。
であるならば、彼らバトルランキングに名を連ねる者達からすると一人でも多くの兵力が欲しいと思うのは当然の事。また、それ以上に有益な情報も得たい。
そして、後者を保持している者が目の前にいる以上、そう簡単に逃すわけがない。あわよくば戦線に加わってもらえればなお良しだが、先ほどまでの薫の様子から下手に欲をかけば情報すら掴めなくなるだろう。
二兎を追う者は一兎をも得ず。その言葉にもあるように、何も手に入りませんでした、では話にもならないのだ。敵対する意思はないとアピールしつつ、薫自身が納得するように話を進める。
そのような考えのもと手を打ってくるだろうことは想像に容易かった。
その予想を裏付けるように、江口が言葉を続けた。
「しかし、こちらとしてはそう簡単に諦められない。それはご理解いただけると思っていますが」
「そうだろうな」
薫が淡々と頷く。
「だが、我々からすればこの戦争に加わる理由がない。バトルランキングに登録していないことから徴兵に応じる義務もない。ましてや、こちらは普段からこの世界で生活しているわけでもない。声がかかったことは名誉あることかもしれないが、必要のない戦いに身を投じるほど当方の武力を安売りしているわけではないのですよ」
感情を乗せず、努めて平静に言葉を返す。
よくつまらない衝突を起こす薫が言えたことではないが、他の面々の本心ではあった。
「わざわざお声がけいただいたから、その顔を立てるべくこうして足を運んだだけに過ぎない」
「報奨金はそちらの望むものに可能な限り近づけるよう努力致しますが」
「金で我々が靡くと思われているのか? だとしたら片腹痛いな」
「ではこういうのはどうでしょう? 我々は今回の戦争に勝ちたい。戦うのならば勝ちたいと願うのは人として当たり前のことでしょう。しかし、なにぶん情報がない。そこで、我々がこの戦争に勝つ為の情報をいただきたいのです!」
にべもない対応を続ける薫を見て、江口は切り口を変えてきた。
「つまり、我々から奴等の情報を買いたいと仰るのか?」
「えぇ。そうする事であなた方は直接戦争に関与する事もなく、我々はより強大な敵に勝利する確率も上がる。お互いに悪くない提案だと思いますが?」
折衷案とも取れる彼の一手は、今この場を丸く収める為に不可欠な手である。それぐらいは薫も理解していた。
しかし、それを許さない者がいた。
「何をバカなことを言っている? そんなものは当たり前ではないか。その上で、奴らにはこの戦線に加わらせる必要があるのだ! それぐらい、聡明な君はわかっているだろう!?」
台無しだった。
ルマンドのその一言で、緊張感に包まれた玉座の間の空気が一層冷たくなる。
これには江口も苦虫を噛み潰したような顔をしており、思った以上の頭の悪さに閉口を余儀なくされていた。
「……どちらも主張が変わらない現状、これ以上は時間の無駄だ」
「……そうですね。このままだと徒に時間を浪費する羽目になる。我々としてもそれは避けたい。――今日は一度解散と致しましょう」
「異論はない」
江口の提案に頷き、薫は手にしていた槍を元の持ち主へと投げ返す。
兵士は慌てたように掴み取り、ただ呆然としたまま視線を寄越すも、もう薫は彼に意識を割いてはいなかった。
「では、私は失礼する」
彼らに背を向けつつ、振り返る所作の中で薫は自身の首を親指と人差し指で挟むようになぞる。
そして、同じ指で両こめかみを挟むようにして揉む動作をする。その途中、その指で両目の瞼を軽く叩いた。
初めの動作に関して意味を見出した者はいなかった。だが、その後のこめかみを押さえる所作を見て、頭痛でもしたのだろうと考えた。
この場に慣れていない者が何の身もない主張の応酬に嫌気が刺したようにしか見えなかった。
「ま、待てっ!! 私は許可をしておらんぞ!」
本来であれば、この場にいる最も位の高い者に許可を取ってようやく立ち去ることができる。それが礼儀であり、マナーでもあるからだ。
その一切を切り捨てた薫の行動に、ルマンドは唾を飛ばしたが、薫を取り囲んでいた兵士達はおずおずと道を明け渡す。
「誰か彼を出口までご案内しなさい」
江口が指示を出すと、兵士の一人が早足で薫を追いかけた。
それを見て更に気を悪くしたルマンドが何やら騒ぎ立てていたが、薫は一度も振り返ることなく玉座の間から立ち去った。
「貴様らも苦労するな」
「……恐縮です」
城から出る際に薫が発した言葉に、兵士は疲れた顔で応じたのだった。
一先ず、書き溜めはこれで尽きる形になりました。
筆が遅いことが拙作の問題点ですが、気長にお待ちいただけると幸いです。




