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四天王  作者: シュガーイーター
戦いの世界編
32/34

城下町

「王族だとはわかっちゃいたが……」


 豪勢な内装の部屋を、心なしか引き攣った顔で流し見る。気の所為か、今いるこの場所が場違いな気がしてならなかった。


 チラ、とレイラ達の様子を盗み見る。

 二人共、どうやら薫と同じように面食らっているらしく、ぽかんとした顔で周囲を見回しているのがわかる。

 唯一平常なのは明らかに周囲とは不釣り合いな格好のシーニャだけだったが、部屋内に入ってるため幸いにも周囲の目は限られている。

 その限られた人物も、部屋に案内した案内人のみ。そんな彼は田舎者感の漂う一行が落ち着くのを静かに待った。


「お部屋の鍵はこちらになります」

「どうも」


 シーニャを除き、最も復活が早かったのは薫だった。

 魔界の城で生活していた経験もあり、絢爛な内装に耐性が強かったのが幸いした。


 鍵を受け取ると、男は続けて注意事項を説明し始めた。その説明も、この世界ならではのものだった。

 戦闘行為による器物破損の宿側からの請求は無し。ただし、戦闘行為に関係ない理由による破損についてはその限りではない。

 つまり、戦闘行為で生じた被害であればどれほどの損壊を受けようと一切請求されることはないということ。これは国とバトルランキングの序列を管理している団体から、被害を被った相手に対し被害額を支払われる法律が存在するからだった。


 次に、他の宿泊者が戦闘行為を行う際、巻き添えになっても宿側は一切関知しない。

 これはつまり、戦闘に巻き込まれても自分の身は自分で守れということだ。この注意事項は薫達が異世界からの客人だから説明されたのだろう。

 この世界のルールを把握していない異世界からの観光客が戦闘に巻き込まれ、利用していた店や巻き込んだ当人達に請求行為を取った過去があり、それ以後説明されるようになったものだった。


「そうか、わかった」

「それでは、ごゆっくり」


 一通りの説明を聞き終え、承諾の返事を聞き届けると男が立ち去っていく。

 それを見送り、改めて周囲に目を向ける。


 明らかに高価なテーブル。上質な魔獣の皮で作られた一人掛けのソファが四つと二人掛けソファがふたつ。

 壁には貴金属であつらえた装飾具、獣の頭部の剥製がドレスコードを無視した――この場所にドレスコードがあるのかは知らないが、無事に部屋に通されたということは大丈夫だろう。


 薫達が今いるのは、レンストン城下町にある宿の一室だ。


 ここに来る要因となったのが、レンストンについた時に彼らの間で当然生じる疑問だった。

 レンストンに到着した後、武蔵とはすぐに別れた。彼女はランキング上位者という事もあり、顔を出さなければならない場所があると言っていた。

 そうして、先ずは宿を取るという話になったのだ。


 頼る相手は自然とシーニャになった。

 ある意味当然だろう。ここは彼女がこれまで暮らしていた国だ。荒事に関する情報はシャットアウトされていた身であれど、その国における名産や栄えているものが何かという地理に関わる事は認知していると踏んだからだ。


 果たして、少女は把握していた。

 その先導についていき、そうして行きついた場所は明らかな高級宿だった。

 これもまた考えてみれば当然の帰結だった。シーニャは王女なのだ。その金銭感覚は貴族階級や金持ち特有のものであっても不思議ではない。

 そんな互いの認識の齟齬が、明らかに高級店の立ち並ぶ通りに案内されたときに、一般の感性を持つ者達を萎縮させる結果になった。

 宿泊費がかなり心配ではあったが、幸いにも数日分の費用は持ち合わせていた。

 それ以降の宿泊費に関しては、追々考えていこう。


 薫は普段の癖で部屋の隅々に視線を向ける。扉は背後の共用廊下に通じるものがひとつ。その扉を背に、向かって右にふたつ。左にひとつ。正面にはベランダへと抜ける窓があり、その奥には城下町の景色が広がっている。

 薫達が案内された部屋は五階建ての宿の四階部分だった。


 左の扉が通じる先はシャワールーム。反対に、右側の扉は両方共ベッドルーム。片方がツインベッドで、もう片方はダブルベッド。

 部屋内にはこれまた豪華な意匠の椅子が各ひとつずつ。


 ――こいつはまた、凝った部屋だ。


 部屋の中を一通り見てまわり、一般市民には縁遠い部屋に苦笑する。

 ついでに、部屋の中に盗聴の類いの物が無いかを入念に調べ上げ、怪しいモノは何もない事を確認し終えた。


「よし、もう動いていい」


 薫がそう言えば、レイラが二人掛けのソファに身を投げ出した。


「ちょっと、だらしないわよ」

「いいじゃん。疲れたんだもん」

「……まぁ、気持ちはわかるけど。ほんっと疲れたわ」

「軟弱者め」

「ぶっ飛ばすわよ!?」


 疲労感を隠そうともしない二人は、まさに対極の対応をしていた。

 レイラは上記の通り、ソファに全身から倒れ込んで疲労回復を図っている。

 代わって、イリカはその豪勢な家具に萎縮してしまい、自身の荷物を足元に置き、恐る恐るといった体で触れるのもやっとの状態だ。


「ほら、シーニャも疲れたでしょ? 座ったらどう?」

「あ、え……はい!」


 レイラが呆然と立ったままのレイラに呼ばれ、レイラのいるソファに駆け寄り、腰掛ける。

 その所作はまさしく礼儀作法を学んだそれであり、気品のあるものだ。ただ脱力して突っ伏したレイラとは雲泥の差である。


「ねぇ、なんでそんなに脱力できるわけ? まだシーニャと黒狼はわかるわよ。だって王女様と王様だもの。でも、レイラは違うじゃない?」

「そだね~。びっくりはしたけど、別にこういうのに慣れてないわけじゃないから」

「昔、仕事の兼ね合いでな。一応王族とは縁があるのさ。うちは」

「また組織の差なのね。もう辞めたとはいえ、妬ましいものだわ」


 実際そのおかげで、その王族とパイプが出来上がっている。

 今のところそれを利用しようというつもりはないが、必要な状況になれば使う事に躊躇いはない。


 ふと見れば、そんな周囲の会話など耳に入っておらず、終始困惑した様子のシーニャに気づく。

 キョロキョロと薫がひっくり返した家具や室内を見回している事から、どうやら薫の所業に驚いたらしい。


「どうしたシーニャ。先程から落ち着きがねぇが?」

「えと、その……いきなりお部屋を荒らしてしまったので」

「――ああ! そっか、初めて見るとやっぱりびっくりしちゃうよね」

「私たちはこれが普通だからなんとも思わなかったけど、本来は盗聴を疑う事なんてそうないものね」


 薫に問われ、しどろもどろになりながらも応えるシーニャに、同調する二人。

 とはいえ、別に王族だからと言って盗聴の類いを疑わないわけではない。

 中には王位継承権争いや貴族間の衝突が激しい国では、薫達ほどではなくとも盗聴を警戒するだろう。


 事実、誰もいないと話していた内容が筒抜けになっていることなど多々あった。

 その時は敵対的な関係にはならなかったが、薫は国そのものを消滅させようと考えたりもした。


 ――あれは俺が間抜けだった。


 バレても消せばいいと高を括っていたとはいえ、一歩間違えれば危機的状況に陥ってしまっても不思議ではなかったのだ。

 その反省を活かし、以降の宿泊地では今回のように盗聴を疑うようにしている。


「盗聴、ですか?」

野に目あり(壁に耳あり)森に耳あり(障子に目あり)――そんな言葉が先日までいた世界にはある」

「どういった意味でしょうか?」

「一言で言えば、どこで誰が見聞きしているかわかったものじゃねぇ、って事だ。それに、今回は立場的にも警戒を怠るわけにはいかない。だから、少しでも気が抜けば足元を掬われかねない。いいな?」

「普段は私達がしっかり見てるけど、いつもそうってわけもいかないから、シーニャも狙われてるって意識を持っててね」

「――はい!」


 薫とレイラの忠告に、表情を引き締めたシーニャは力強く頷いた。


 その様子を見て、ひとまず心配はなさそうだ。


 まだ幼い彼女は伝えてやらなければ警戒を緩めてしまうだろう。

 もちろん、常に警戒していては疲れてしまう。だからこそ、可能な限りシーニャが安らげる時間ができるよう薫達の誰かは常に一緒にいてやる事になっていた。

 それは話し合って決められた事ではなく、そうでなくてはならないだろうという共通の認識だった。

 だが、それが間違った考えだとは思わなかった。各々程度の差はあるだろうが、必要だ、という思考は自然な事だろう。

 子供とは本来、大人に守られるもの。

 昨今は特にその思想は根深く、当然の事実として広まっている。

 もちろん、その手段にも色々あるが、少なくとも薫達のような物騒な者達は武力行使も厭わない。環境的にもそれが普通であると言えた。


 薫個人の考えとしては多少違ってくるが、それでも子供は国の宝であるという思想であれば概ね他の者達と違わない。

 それに、今現在シーニャは薫が保護している。言い換えれば、庇護下にあるのと同じだ。

 それだけで、薫は彼女を守護する義務が生じる。


 性格上、あまり面倒を見るという事はしない。

 だが、護るというこの一点だけに関しては、薫は全力を尽くすつもりだった。


「ともあれ、ひとまずの拠点はできた。しばらくはここを中心に活動を始める」

「りょうかーい。それで? 先ずはどうするの?」

「俺は当初の予定通り、愚王に会ってくる」

「その間、私達はここでシーニャといればいいわけね。それとも誰かついて行った方がいいかしら?」

「いらねぇよ。九老がいる。ついてくるよりも弾倉(マガジン)に弾込めてる方が余程建設的だ」

「私の得物は刀よ。遠距離は魔術」

「それなら魔力コントロールをもっと鍛えろ阿呆め。お前のは魔術じゃなくただのお粗末なすかしっぺだ」


 一流も裸足で逃げ出すような魔術師である薫から見て、イリカの魔術はやはり未熟だと断じるほかなかった。

 それこそ、身内で最も魔術を不得手とする煜と比較しても、ただただ下手だとしか思えない。


 ひとつだけ言うなら、煜は別に未熟者というわけではない。

 彼の魔術は一流と言っても差し支えはない。しかし、魔術を形成する術式がお粗末なだけなのだ。

 もちろん魔術師としては落第どころの話ではないが、そもそも彼は魔術師として活動しているわけではない。

 一応、魔術師としての登録はしているのだが、魔術の研鑽もそこそこに、何か研究をするといった魔術師の当たり前の事をしようとすらしていない。

 加えて、彼は魔術とは別に主だった手札があるのだから、魔術を使う必要すら本当はなかった。


 だが、イリカは違う。


 暗殺者として、銃器の扱いというものは今時身につけて然るべきである。

 しかし、彼女が身につけているのは我流の剣術。それも、飛び道具を相手にするにはまだまだ未熟に過ぎるのだ。

 それ故に、彼女は遠距離から攻撃してくる相手には魔術を使うという。

 問題は、これまではそれが通用していた事である。

 だが、これからはそうもいかない。

 今の彼女の剣技と魔術の腕では、薫達のようなアサシンランキング一桁を相手にすれば簡単に殺されてしまうだろう。戦う予定があるわけではない。あくまでも仮定の話だ。一桁と殺し合うのではなく、一桁と同程度の実力者を相手取ると言い換えてもいい。


 そうなると、やはり拙い魔術は容易く防がれ、或いは躱され、不利な状況に追い込まれる事になる。

 仮に魔術を知らないような相手であろうと初見で反応し、被害を最小限にする。それぐらい簡単にやってのけるだろう。

 そうなると、結末は同じだ。


 本当はイリカのように三桁になるだけでも相当なものなのだが、一桁と幾度となく衝突した経験のある薫からすれば、まだ物足りないと思ってしまう。

 一応、彼女に戦う術を教えて欲しいと言われた身だ。これからいくらでも教えていく事になる。

 そのための第一歩として、魔術の扱いは特に念入りに見ていくつもりでいた。

 だからこその指摘だった。


 薫の指摘に少し不機嫌そうな顔になるイリカに、気にせずハッキリと明言してやる。


「魔力コントロールは魔術師の基本だ。こいつを疎かにしてりゃ、間違いなく戦闘で使えねぇ。この前の戦闘を思い出してみろ」


 言われ、思い出したのだろう。苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……そうは言っても、どうすればいいのよ?」

「まずは魔力を感じるところから始めろ。出来ると宣うのなら、体内に魔力を循環させることを意識しろ。――レイラ、面倒を見てやれ。お前は出来るだろう」

「まぁ、一応私もウィルから触りは教わったしね。任せて!」


 薫に頼まれ、応じる声は力強い。

 レイラの魔術の腕は薫も認めている。目にしたのは一度だけだが、その身に受けた以上何も心配していない。


 薫がレイラに教えたのは魔術の基礎程度だが、その後自身で魔術を鍛えたのであれば、教えるのにも問題はないだろう。


「シーニャ。レイラ達の言うことを聞いて、大人しくしていろ。部屋の中なら何をしていてもいい」

「わ、わかりました」

「いい子だ。――後は頼む」


 その言葉を最後に、薫は宿を後にした。




「随分と人間の多いことよ。化生狂いの貴様には耐えられまいて」


 宿を後にして、雑踏の中を進む薫に隣から声をかけられる。姿を見ずともわかる。己の護法である九老だ。


 彼女は隠形をしたまま、薫が一人となったタイミングで声をかけてきたのだ。

 それに気づく者は今のところ見受けられない。それだけで、彼女の隠形術は余程のものだという証明になる。


 九老のからかい混じりの言葉を聞き、フン、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「ぬかせ。俺とて我慢のひとつやふたつは出来る」

「クハハッ! 出来ぬからこそ貴様は殺人鬼などと恐れられるのだ! 無尽蔵に繰り返す鏖殺。慈悲の欠片もない残虐性。何処に目をやれども目にするは恐怖の象徴に他ならぬ!」

「だが、相手は選ぶさ。――少なくとも、ここにいる連中は等しく殺してもいい奴らだ」

「ククク、やめておけ。吾らの餌が減るであろぅが」


 嘲笑を多分に孕んだ九老の声に、違いない、と返した。


 現在薫は城下町の大通りを歩いていた。


 この町は南側が海に面しており、その東西に伸びる形をしている。

 南側は当然ながら港になっており、さまざまな貿易船が寄港し、各地の名産品や漁でとれた海産物を卸したりと賑やかな様相だ。


 レンストンが貿易の国と呼ばれるのは、それが理由である。

 元々、レンストンはどこの国にも必要以上に肩入れしない中立国として存在していた。

 詳しい歴史は知らないが、流通の中心地として扱われているのは昔からであるらしく、ありとあらゆる物資がこの地に集まり、そして流れていくそうだ。


 そんな街の中では主に四つの区画に分かれる。

 商売の盛んな区画が商業区。この区画が町の大半を占めており、専ら人が集まるのもここだ。

 市井が暮らす民間区。国民の大半はここに暮らしている。

 貴族達が暮らす貴族区。

 そして、貧民区。所謂スラムだ。


 元々この街にはスラムは存在した。だが、それは世間一般にあるような悲惨なものではなく、己の家を持っていない者達の集まる場所であった。

 先王の頃は王族も時折視察に現れる事もあったそうだが、生憎薫はその現場を目にした事はない。


 そして、薫が今歩く大通りは、商業区と民間区を挟んだ通りとなっている。横道を抜ければ貴族区にも貧民区にも行くことが出来た。が、今薫が向かうのは大通りの終着点である王城だ。


 王城は当然ながら王族が暮らし、そして政務を行う場所だ。

 加えて、王としての威厳を見せるため、立派な造りをしているものである。レンストンもその例に漏れず、城壁がまるで威厳を示すように聳え立っているのが目に映った。

 そして、その隣に並ぶようにして存在する巨大な建築物。

 この世界の象徴ともいうべき、武闘場だ。


 バトルプラネットは主要な国には必ずと言っていいほど、こうした武闘場が存在する。

 年がら年中所構わず争い合っているような世界ではあるが、正式な果たし合いともいえる大会も実はある。

 そのような時に利用される施設が武闘場だ。

 ただ、そんな大会に出ているのも大抵がランキングの中堅、よくて四桁まで。それ以上となると己の序列を守るためか、パッタリと出場頻度が途絶えてしまっているのが現状だった。


 そんな武闘場だが、戦闘をするだけでなく、何か大規模な催し物をする際にも利用される事がある。

 確か以前薫が千尋とここを訪れた際は、捕獲した魔獣を手懐けるショーをしていた。興味も湧かず、立ち寄る事なく立ち去ったのだが。


 近々、戦争に参加する者たちをあの場に集め、愚王が演説でもするのだろうと予想しているが、そんな事は今はどうでもいい。


 人通りの多い中、薫の視線は常に正面に向けておきながら、意識は周囲の警戒に使っている。

 立場的な面もそうだが、今この場には荒くれ者が集っているのだ。警戒して損はない。


 薫の命令で隠形を続ける九老は、すれ違う面々を流し見て、どこか嬉しそうに笑っていた。


「嬉しそうだな」

「当然であろぅ? 今上、武器を持つ者は少なく、自衛手段すら心許ない者どもばかりを目にしてきた。なれど、この世界は違う! 見よッ。あの肉体に刻みつけられし傷を! 屈強な肉体を! 得物の種は数多あれど、何者もつまらぬ市井などではない! なんと素晴らしき処よッ!!」


 感極まったように吼える九老。

 それはまさに御馳走を前に歓喜に震える幼子のようだった。

 普段薫が生活している環境、法、常識――ありとあらゆる要素の所為で、九老には本当に我慢を強いる生活を送らせている事に、薫自身思うところはある。


 それなら適当な相手を見繕い、戦わせればいいのではと煜からもよく言われるのだが、生憎適当な相手では満足出来ず、更にストレスを感じさせる事になってしまうのだ。

 だから九老には常に隠形しているか、戦への参戦などは常に禁じてきた。

 戦を望む鬼にはストレスの溜まる日々であった事だろう。


 それを思えば、歓喜に震える今の様子は納得のできるものだった。


「お気に召したようで何よりだ。だが忘れるなよ? ここに俺らと釣り合うような連中はいない」

「言うではないか。昨日(きのふ)、女武辺者と立ち合いながらも決着のつかなんだ男が」

「耳に痛ぇ話だ。だが、お前とて見ていたなら奴の実力は認めているのだろう?」

「まぁのぅ。なれど、あれではまだ綱の足元にも及ぶまいて」

「比較対象が悪過ぎる。伝説の武辺者と比べりゃ至らない部分が目についても仕方ねぇだろ」

「そのような事、百も承知よ。だがわかるであろぅ? 吾にとって、それほどの男なのだ。貴様にとっての氷崎何某のようにな」


 別に千尋はそういう相手ではない。

 だが、たらればの話をしてしまえば、なるほど、と納得できる部分もある。


「だが貴様の宣うように、あの宮本何某という小娘も素晴らしいものだ。貴様らの言葉でなんと言うのだったか……そう、素敵。素敵な小娘よ」

「随分と評価しているらしいな」

「応よ。実はな、夜中に殺気を叩きつけてやったのよ」

「ほう。で、反応は?」


 普通なら何をしてるんだと叱責するところだが、生憎薫はそんな常識に準じようとする男ではない。

 普段となんら変わらない態度で続きを促した。


 九老はその時のことを思い出しているのだろう。今一度可笑しそうに笑うと、


「吾がおった場所に、的確に刀を振り抜きおったわ。首を傾けるだけで逃れられたが、奴め……勘の良さは一級よ」

「そいつは凄ぇ。隠形した九老を殺気を受けただけで斬りかかったのかよ? まるで千尋だな」


 別に千尋が同じ事をするわけではない。

 だが、彼ならば同じことが出来る。


 千尋の空手は凄まじい。たったひとつの事を極限まで鍛え抜くその姿勢は薫も見習いたいと思える。

 まだその道の極地に至っているわけではないが、遠からずそこに至る器ではあるだろう。


 自分ではそうもいかない。

 こと魔術においては極地にも等しい位にまで到達している自負はある。それはアスタロトからもお墨付きだ。同時に、まだお前よりも上はいるぞ、と常々言われ続けてもいるが。


 だが、純粋な武芸に関してはそうでもない。

 悪魔王の体術を扱えるようにする為に、数多の体術を修め、半端なまま他のものに手を出す。

 そんな事だから強くなれない。

 そうスカアハから幾度となく言い渡されている。しかし、それは別に他のものに目移りするなという意味ではない。

 手を出すなら、徹底的にやれ。極地に至れ。そう言っているのだ。

 その事に不満はない。寧ろ、やってやる、という気持ちにすらなる。だが、それでもまだ時間が足りない。


 全てを極地に至ろうとするのであれば、必然その一歩は遅い。

 たったひとつの事を極めるのにも膨大な時間がかかるのだ。なら、それ以上に時間がかかるのも当然のことだろう。


 まぁ、今はそんな事を考えても仕方がない。


 九老は薫の感想に、うむ、と認めるように頷く。


「あの男と比べても遜色なかろぅ。奴もまた武辺者よ」

「本人は否定するだろうがな。それで? お前の目で、ここの連中は合格か?」

「クハッ、聞くまでもなかろぅ。否よ!」

「だろうな」


 それは薫の目から見ても同じだ。

 森を歩いていた時の武蔵との会話にもあったが、腕と序列が釣り合っていない輩が増えている。

 薫から見て、誰が何位なのかはわかるはずもないが、周囲を歩く人間達を見て、武蔵のような本物の強者がいるかどうかは即座に判別できる。


 その上で、薫の目から見てもどいつもこいつもハズレだった。


「得物は鉄屑。腕も低い。ただ搾取されるだけの者らが何故あぁも我が物顔でいられるのか、いと奇異なりや」

「全くだ。うちの連中を見習って欲しいものだぜ」

「奴らは実力至上ではあるが、向上意識なぞなかろぅ。中にはおると聞くが、吾は()うた事はない」

「そこを突かれると痛いな。いや、割とマジで」


 実を言うと、側近衆にも序列は存在する。

 悪魔王と他の側近衆の前で互いに戦い、結果を見ると共に、皆で判断して決定づける。

 そういった血生臭く、古典的な決め方をすると聞いているが、薫は今までそれを見た試しがない。

 最後にあったというのも二百年も前のことらしく、彼らは活発的に活動しているわけではないのだ。

 それ故、序列と実力の正否は分からない。

 実力至上な場所であれど、各々が己で強くあれば良いという自己満足的な思考でしかなく、競争というものが滅多に起こらないのだ。

 まだ側近衆という集団が確立されたばかりの頃はどいつもこいつも躍起になっていたらしいが、その様子も見る影はない。


 ただひとつ言えるとするなら、頂点――即ち、序列第一位。これだけは正しいのだ、と側近衆の皆が口にしていた。


「まぁそんな事はどうでもいい。目下気にしなければならねぇのは、国の実情だな」

「ふむ? 実情とな?」

「そうだ。まだ来たばかりで情報が少ないからな。先王の時代との変化はわからんが、一番の変化はやはりあれだろう」

「ふむ。それならば吾にもわかるぞ。奴隷、であろぅ?」


 二人の視線が自然と道の端に向けられる。

 先程から時々目に入るのは異種族の奴隷の姿だ。


 喧騒の中、時折混じるどこか遠慮のある声色に目を向ければ、そこでは見窄らしい格好をした異種族に対し、人間がどうすればいいのかわからないと困惑した姿が見られる。


 中には変化に順応し始めたのか、何食わぬ顔で彼らに重労働を課す者も見受けられるが、全体的な比率としてはそれも少数だろう。


「ここまでは情報通りだな」

「アスタロトか? 奴に情報を探る脳があるとは思えぬが……」

「それは奴の事を舐めてるぞ。あれでやる時はやる」


 二人の間に思い起こされる怠惰な悪魔の姿。ニヤニヤといやらしい笑い方で笑う姿を想起して、二人同時に相貌を崩した。


「解放するのか?」


 短い言葉に、薫は肩を竦める。

 その姿を見た九老は、可笑しそうに相好を崩した。


「クッ。聞くまでもないか」

「なんだよ。何笑ってんだお前」

「照れるな照れるな。貴様の事は吾も解しておる。何をおいても化生狂いの貴様は奴らを先に気にするのであろぅに」

「ほざけ」


 表情にわかりやすい変化はない。

 ただ、仏頂面を僅かに歪めるその姿を九老は照れ隠しと称した。


 薫にそのつもりはないが、確かに照れ隠しと言われればそうかもしれない行動だったろう。


「なれど問題はあろぅ? 単純で、そして明快な物が」

「ほう、それは?」

「金よ。貴様はあの宿を取った際に手持ちの多くを使い切った」

「そうだな」

「斯様な始末では、奴隷の解放など夢のまた夢よ。それでは、たった一匹すら逃せぬ」


 その通りだ。

 この町の奴隷の相場はまだわからないが、基本的に奴隷一人の値段は莫大。奴隷によっては一人で家が一軒立つような高額なものも存在する。

 そんな値段の奴隷はよほど珍しい種族か、他と変えが効かないほどの能力を持っている事が主だ。


 逆に安い奴隷は本当に安く、薫がこれまで見た中で最も安かった奴隷は、上質なフィギュアひとつと同程度だった。

 ただ、安いのにはそれ相応の理由もある。奴隷の状態。能力。価値観の違い。主人に対する忠誠度――


 理由はまちまちだが、正常な奴隷が手に入らない事は確かである。


 今の薫の手持ちでは、よほど状態の酷い奴隷でなければ解放してやる事はできないだろう。


「その点は抜かりない。今日か明日にでも、金を持ってくる手筈となっている」

「ふむ? 日取りが決まっておらんのは?」

「到着の旨は連絡を送ったが、用意しているのはマモンだ。奴は――いや、あいつに限らねぇが、側近衆は基本時間にルーズだ。地上に降りてから多少時間は経過しているが、あいつが金の用意を終えているとは思えん」

「それが日取りが定まらぬ理由か。なれど、こちらへと持ち寄るは奴ではなかろぅ?」

「だろうよ。メリーナ辺りにでも預けるだろうさ」

「あぁ、あの小娘か」


 メリーナの名前に、九老はクツクツと可笑しそうに肩を揺らした。


 九老とメリーナは、薫が九老と初めて会った頃からの仲だ。

 初対面の時、薫と九老は刃を交えたのだが、その時共に彼女もいた事から互いに面識があった。


 しかし、メリーナはどうやら九老のことを苦手としているらしく、どこかよそよそしさを感じさせる様子で城で会話している様子を見た事があった。

 側から見て、不良に絡まれているようにしか見えなかったが、どいつもこいつも不良のような連中しかいない為、あまり深く気にすることはなかったが。


「城では逃げられてばかりだからのぅ。程々に遊んでやろぅか」

「あまり俺の専属メイドをイジメてくれるなよ?」

「虐めてなどおらんわ。ただ遊んでおるだけよ」

「あいつが我慢の限界になっても助けねぇからな。……っと、見えたな」


 大きな門が近づいてきた。

 両脇には武装した兵士が目を光らせて立っており、城に近づく者を警戒していた。


「そろそろ口を閉じろよ。城の中に入る」

「……ハァ」

「退屈にさせるのは悪いとは思ってる。だがどうすることも出来ねぇんだよ」

「解しておるわ。皆まで言うな」


 少し不貞腐れたように顔を歪ませる九老に、薫は乾いた笑みが漏れた。

 自分もあまり言えたものじゃないが、九老は我慢が苦手だ。

 頭では命令に理解を示していても、感情がそれを許容しない。わかりやすく欲に忠実であると言えるだろう。


 まるで子供ではあるが、だからこそ誘導するのは比較的楽だった。


「此度の戦、貴様にも出陣の許可を与えるつもりでいる」

「――ほう?」


 ギラリ、と双眸が隣を歩く薫を射抜く。

 その表情は喜悦に染まっており、嘘ではないな、と圧をかけてきているようだ。


「違えるつもりはねぇよ。鬼を相手に嘘をつく程俺は大物ではない」


 疑いを晴らす宣言に、九老の口が三日月に広がるのを知覚した。


「ただし、貴様が命令に従わなかった場合はその限りではない。わかっているな?」

「応よ!」

「そうか。それなら、この滞在している間に標的を定めておけ。存分にな」

「クハハハハッ!! 存分に値踏みしてやるわ!」


 そう高らかに嘯く九老は、近づく戦に想いを馳せ、彼女の笑い声をバックに、薫は確かな足取りで兵士に近づいていった。

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