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四天王  作者: シュガーイーター
戦いの世界編
31/34

野営

「いやぁ~まさかあの四天王と戦えるなんて思っても見ませんでしたとも!」


 太陽が完全に西に沈み、夜の帳が下りる。

 漆黒の闇が辺りを支配する中、陽気な声が夜闇を切り裂いた。


 土や葉といった自然の匂いと血臭を漂わせながら、焚き火を囲むようにして五人の人影が深い森の中にあった。

 血の臭いに耐性のある面々ではあるが、一人だけそうではない。

 シーニャは時折困ったような表情になり、どうやら臭いを我慢しているようだ。


 それを見かねたレイラがイリカに頼み、彼女の魔術で風を操ってなるべく臭いがしないようにしていた。


 その技術は少々ぎこちなく、薫はそれを横目で、未熟だ、と辛口な評価を心中で下した。

 そう思うのならお前がやれ、と言われることは容易に想像できるため、口にすることはないが。


「知らねぇだろうから今回は見逃すが、次『四天王』なんぞ言ってみろ。呪詛叩きつけて呪い殺してやるからな」

「えぇ~? カッコいいのに……ぷっ!」

「半笑いで言うな。最後は完全に笑ったよなお前」

「いえいえ、そんなまさか……くくくっ」

「いいぜ、上等だ。首を出せ。一瞬で落としてやるからよ」


 薫と武蔵の間には気まずい空気はない。

 むしろ十年来の友人であるかのような気軽さである。

 普段は仏頂面でいる薫だが、今は僅かに笑みを浮かべていることから、武蔵の事を認めていることは明らかだった。


 あれほどの戦闘を繰り広げて決着がつかなかったのだから、その実力を認めないわけにもいかず、人間は嫌っても強者はある程度好む薫だからこそ、目の前で半笑いになりながら揶揄ってくる女剣士に気安く応じていた。

 少々殺伐とした会話ではあるが、薫は幼い頃からこれが日常だった為、冗談半分、本気半分といった具合である。

 かと思えば取り留めのないことに激怒するのだから、周りの者にとってはたまったものではなかった。


 これが千尋達から怒りの沸点がわからないと言われる要因であることは本人は理解していない。


 一頻り揶揄って楽しんでいた武蔵は、しばらくして落ち着くと、自己紹介を始める。


「改めまして、十八代目宮本武蔵といいます。あ、よく言われるから先に言っちゃうけど、これ本名じゃないので。通り名みたいなものよ。よろしく!」


 始まりは丁寧に。そして砕けた口調で挨拶してくる武蔵に、薫達も気楽に応じる。


「鬼桜薫だ。好きに呼べ。そっちの金髪がレイラ。黒髪がイリカで、小せぇのがシーニャだ」


 武蔵の表情を窺いながら、薫はそれぞれを紹介する。

 相手がどういった立場の人間なのか定かではない以上、まずはちょっとした探りを入れてみたのだ。


 そんな薫の考えに気づいていないのか、それとも気にしていないのかわからない。

 しかし、これといった反応は見せず、薫の紹介を受けた面々を流し見て、


「ふんふん、了解。よろしく~! 早速だけど、みんなって鬼桜侍のコレ?」


 そう言って、武蔵が小指を立ててにやけ面でこちらを見る。

 確かに見た目だけで言えば上玉であろう面々ではあるが、生憎薫はそんなものに興味がなく、ましてや年下趣味でもない為に要らぬ問いに少し腹を立てた。


 違ぇよ、と怒気を交えながら返す。それを可笑しそうにレイラが笑う。


「私と薫は兄妹なの。血の繋がりはないけどね」

「へぇ、兄妹! 異人さんと兄弟の盃でも交わしたの?」

「……それって何ですか?」

「シーニャには一生縁のない話よ」


 シーニャの疑問の声に、イリカがバッサリと切って捨てる。

 確かに彼女には関わることのない話ではあるが、流石にその対応はどうだろうか、と薫ですらも思った。

 まぁ、自分から話すわけでもないのだが。


 その疑問に答えるように、武蔵が口を開く。


「兄弟の盃っていうのはね、まぁ人相もガラも悪い人同士が盃に注いだお酒を飲むひとつの儀式みたいなものよ。それで義兄弟の契りを交わすの」

「お酒を飲むと、兄弟になるんですか?」

「兄弟みてぇにお互い対等になろうぜ、っていう儀式だと思ってりゃいい。――まぁ、必ずしも対等な関係になるわけではないがな」

「別に覚えなくても困らないから、気にしなくていいからね」


 そもそも兄弟盃にも色々と種類があるが、そこまで詳しく教えてやる必要はない。

 実際その業界に身を置いている薫の周りでも、盃を交わしている者も何人か存在している。

 しかし、薫が今説明した――所謂五分の兄弟になっている者は少なく、基本が四分六の兄弟関係が多い。


 ともあれ、シーニャには本当に関係のない話である為、それ以上は教える事もない。

 皆にそう言われ、少し釈然としていないながらも、そういうものなのか、と納得しようとしていた。


 そして、事の発端となった武蔵の言葉に答えつつ、少しばかり気になるフレーズがあった為、そこを尋ねる。


「一応言っておくが、俺とレイラは同じ親に拾われた者同士だ。それよりも武蔵、お前さっき俺のことを何と呼んだ?」

「ん? 鬼桜侍だけど?」


 随分とまた変わった呼び名に、薫は反応が遅れる。

 それは他の面々も同じだったが、言われた本人ではない他の三人の方が思考の復活は早かった。


「随分変わった呼び名だね」

「そう? 刀も槍も使うんだから、これはもう侍じゃない?」

「騎士も似たような物だと思うけど」


 イリカの純粋な疑問に、武蔵は顎に手を当てて考える仕草を見せる。


「ん~鬼桜侍って、騎士って感じじゃないのよね~。それに、好きに呼べって言われたし、別に良いじゃない。ねぇ?」

「まぁ構わねぇよ。侍らしい振る舞いをした覚えもねぇがな」


 実際、薫がしたのは刀と槍を用いた立ち合いである。

 扱っている得物という意味では確かに侍かもしれないが、槍の方を見れば明らかな異国のものだ。

 武蔵からすればそんなものは大した問題ではなく、刀を使うのならば侍に違いない、という極端な発想らしい。


 随分とアバウトな判別方法ではあるが、薫からしてもその呼び名で特に困ることはない為、その呼び名が彼女の中で定着することを是とした。


「振る舞いをしたといえばひとつ、聞いてもいい?」

「言ってみろ」


 あ、と思い出した風に切り出した武蔵に、傲然と返す。

 それに気を悪くした様子もない武蔵は、続く言葉を紡ぐ。


「私と戦ったとき、どうしてその脇と足のものを使わなかったのか聞いても?」


 そう言って指さしたのは、薫の右脇の下に携帯しているガバメントだ。

 大抵の人間は薫の右足に装着しているレッグホルスターに目が行き、そちらには気づかないことも多いのだが、どうやら武蔵は気づいていたらしい。


「こいつか。使ってもお前効かねぇだろ」


 言うや否や、薫は滑らかな所作で脇に手を伸ばし、そこに収められているガバメントを抜き放つ。

 そして、抜き放つ瞬間には安全装置が解除されており、照準を武蔵に向けたときにはもう射撃可能になっていた。


 直後、轟音。


 あまりにも自然な所作だった所為でシーニャは反応すら出来ておらず、突然轟いた発砲音に身を竦めた。


 しかし、撃たれた本人は違った。


 薫が銃を伸ばした瞬間にはもう傍に置いていた自らの刀を取り、発砲された刹那、親指で鍔を押し上げ、僅かに刀身を外気に晒した。

 晒した刀身を銃弾の射線上に置くことで弾丸が両断され、刀の形に沿うようにして半分に分かれた弾丸が武蔵を避けるように後方の木に被弾する。


 どちらも早業すぎて並の人間には反応すら出来ない猛者の領域。

 そこに片足どころか全身から浸かっているレイラは別としても、まだそこに至れていないイリカと一般人のシーニャは何が起こったのか理解できない。

 数瞬遅れてイリカが何が起こったのかを理解し、嘘でしょ、と声が漏れた。


「ほらな?」


 悪びれる様子もなく、薫は苦笑を浮かべながらガバメントをホルスターに収める。

 撃たれた本人もその理由に納得したようで、特に気にした素振りもなく刀を鞘に納め元の位置に戻した。


「なかなかどうして、見る目があるわ」

「褒めてもなにも出ねぇぞ」

「あんた達、なんで和やかな雰囲気のままなのよ!? ぜんっぜん意味わかんないんだけど!?」

「私たちの故郷はこんな感じだよ?」


 レイラの放った一言で、イリカが慄然とした表情で引く。

 嘘でしょ、とさっきとは別の意味合いの言葉を溢し、チラと薫に視線を向ける。

 だが、残念なことに事実なのだ。


 なにせ、乱射事件なんて日常茶飯事。いつも何処かで誰かが街中で銃を撃っているのだ。

 ましてや、薫達家族がよく顔を見せていたバーでは何故か頭のネジが外れた馬鹿が多く集まり、店内で突然銃撃戦がよく起こる場所だった。

 騒ぎに出くわせば薫は兄と一緒に嬉々として飛び込んでいき、収まれば元の通り談笑に戻るのだから感覚がおかしくなっても仕方がない。レイラなんかは街に来たばかりの頃は怯えに怯え、母に引っ付いて離れなかった。傷心していたことも大きな要因だったが、それ以上にそれまでの生活環境を逸脱した環境に心から恐怖していたことは間違いない。

 それを思うと、随分彼女も感覚が狂ったものだ。


 その為、薫も認めるように軽く頷くだけだった。


 そんな予想だにしない会話を見せられたシーニャは柳眉を歪ませ、言葉を選ぶように何度も口ごもりながら、


「お兄さんとレイラお姉さんって、実は相当……その、危ない人なんですか?」

「オブラートに包まなくてもいいよ? イカれてるのは自覚があるから」

「えぇ……」

「自覚があるなら尚更やばいでしょ」


 とはいえ、これは薫達の理由であって、武蔵はそうではないだろう。

 彼女は自分達と同じ肥溜め育ちという様子はない。

 身なりもいいし、裕福かどうかまではわからないが、人並みな生活が送れる環境であったことは想像に難くない。


 とはいえ、そこまで踏み込んで聞くつもりはなかった。

 特に興味がないだけではあるが。


「まあまあ、そんなことはいいじゃない! そういえば、鬼桜侍はランキングいくつなの?」


 不意に武蔵が切り出してきた。


 ランキング、と言う単語にシーニャが反応する。

 ビクッと体を跳ねさせた彼女を一瞬不思議そうに見た武蔵だったが、大した理由はないだろうと薫に視線を戻した。


 だが、ランキングと聞いても薫にはいくつか種類がある。

 非公式なランキングであるNHの方なのか、それとも薫とレイラ、イリカの三人が名を連ねている暗殺者の方なのか。

 今いる土地を考えると、バトルランキングであることは間違いがないだろうが、念の為に聞くことにした。


「どのランキングの事だ?」

「まーたまた、とぼけちゃって。バトルランキングよ」

「それか。生憎、俺は登録してねぇよ」

「そうなの? 四天王はランキングに登録してない、って噂はホントだったのね」


 どうやら、薫達がバトルランキングに登録していない事は軽く噂になっているようだ。

 誰が流した噂かは知らないが、事実を否定する事はない。


「そう言うお前は? その腕なら一桁――いや、一位と言われても納得だがな」


 言いながら、薫は横目でシーニャを見る。

 その目に込められた意図を正しく理解した彼女は、ふるふると小さく首を横に振った。


 問われた武蔵は、少し照れ臭そうに後頭部に手をやり、


「いや~実はまだ二桁なの。なかなか自分よりも上の人に会う機会がなくって」

「バトルランキングの悪い部分が出てるな。上位に上がった連中は、自分以下とやり合う理由なんざねぇからな。――で? それならいったいいくつなんだ?」

「十七位。ちょっと前までは十八位だったんだけど、なんか前任の人が死んだらしいわ。だから、繰り上げで今の順位に上がりました!」

「ほう? 繰上げで昇格ってことは殺り合ったってわけじゃねぇな。不慮の事故か何かか?」


 口ではそう聞いているが、その理由を薫は知っている。それは姿を隠してついてきている九老とフェンリルも同じである。

 なにせ、その原因を作ったのは他ならぬ薫なのだから知らないわけがない。

 だが、それは悪魔王の立場としての自分の理由であり、今ここに立つ自分が知り得るはずがない。

 その為、すっとぼけながら理由を問いかけた。


 そんな事を露とも知らない武蔵は、腕を組みながら、聞いたらしい内容を語る。


「詳しくはわからないんだけど、これから戦争をする相手に殺されたらしいわ。あ、これから戦争があるって知ってる?」

「まぁな」

「そうよね。そうじゃなきゃ、四天王がここにいる理由がないものね」

「そう呼ぶなっつってんだろ」

「じゃあなに? あんたって、戦争するための兵士としてここに来たわけ?」


 それまで黙って話を聞いていたイリカの問いに、武蔵は素直に頷く。


「まぁ、これがバトルランキングの在り方ですし? 序列を上げたら必然お声がかかるものよ」

「なにそれ。そんな面倒なものなんだ」

「あれ? 二人はバトルランキングの規則を知らない?」

「この世界に来ること自体が初なんだよ。その二人は」


 武蔵が抱いたであろう疑問に、薫が応える。

 それを聞いた武蔵は、なるほどね、と納得を示した。


 数多の世界と繋がる事ができる現在、異世界からの観光客なんてものは今やありふれたものになっている。


 だからこその武蔵の反応だ。

『ゲート』の数だけ異世界があり、それぞれに特有の文化が存在している。それが当然であり、異世界からの訪問者が必ずしもその文化を理解しているとは限らないのだ。


『ゲート』の存在が当たり前となっている世界では、そんな考え方が普通であり、知らないのなら、と親切に教えてくれる人間が多いのである。

 人間嫌いである薫であっても、初めて訪れる世界であれば、調査の際に尋ね歩くこともあるぐらいだ。


 どうやら武蔵もその類の人間らしく、レイラとイリカに対してバトルランキングがどういうものなのか説明を始めた。


「いい? バトルランキングっていうのは、まぁ単純にその腕っ節を競い合う為のものなの」

「競い合う? でも、黒狼は殺し合いをする、みたいな事を言ってたわよ?」

「黒狼……? 鬼桜侍のこと?」

「そうだよ。あだ名みたいなもの」

「そっちもまた変わった呼び名なのね。まあいいわ。一応訂正すると、それは生かして返した後、また挑まれる事を避けようとする奴らの行動よ。むしろ何度も戦ってる連中だって多いわ」

「ふーん?」


 武蔵の言うことは事実である。

 薫が説明したところで、本人の主観と嫌悪感が入り混じり、最悪の結果しか伝えない。何事も極端なのだ。


 そんな薫は、三人の会話に耳を傾けながらバックパックからレーションを漁っていた。


「当然、腕自慢ばかりがこぞって精力的に活動してるから周りの被害も酷いものだけど、その中にもひとつだけ規則はあります」

「それが、さっき言ってた在り方ってやつ?」

「その通り! バトルランキングに登録してる連中の多くは、傭兵みたいなものだと思ってもらえれば想像しやすいと思うわ。どこかで戦争が起こった時、その戦争で戦う兵隊として国から要請を受けるの」

「順位が高ければ高いほど重宝される感じだね」

「まさにその通りなの!」


 話を聞いたレイラの予想に、指をさして頷く。


 簡単に言えば、バトルランキングはわかりやすく順位を表して体外的に己の力を鼓舞する意味合いを持つと同時に、荒事専門のハローワークのようなものになっている。

 要請された場合、断っても特にペナルティはないが、基本的にギャラが良い為断らない輩も多い。


 それは恐らく、武蔵もそうなのだろう。


 ただ、今回ばかりは相手が悪い。

 いくら武蔵が強いとはいえ、それでもまだ人間の領域の範疇でしかない。

 剣術に秀でていれど、その極地に至っている様子でもない。


 対し、悪魔王の軍勢は末端の兵士であっても小隊程度の実力を持っているのばかり。

 そんな者達を統括するそれぞれの直轄の上司に、側近衆がいる。


 彼らは、最低でも個人で国を落とせる実力を有しており、総勢――現在は内部での問題でバラバラになっているが――三十二人もいるのだ。

 恐るべき事に、封印を解除した今の薫の純粋な戦闘能力だけでも、側近衆の末席に拮抗するかどうかである。

 それほどの実力者ばかりな集団だからこそ、千尋達は軍勢との衝突を避けた。


 仮に武蔵が剣の極地に至っているとすれば、少しは拮抗することもできただろうが、それでも劣勢をひっくり返すほどではないだろうと薫は予想していた。


 未だパティンから部隊編成の報告が来ていない為、確かな事は言えないが、それでも一人か二人は側近衆が出張ってくると予想している。


 初めから勝ちの目がないレンストン国の戦争に、その知識がない者達が今尚集まり続けているのだろう。

 そう考えつつ横目で武蔵を見遣りながら、薫はMREを口に含んだ。


 それまで無知な二人に説明を続けていたが目ざとくそれに気づいた武蔵は、レイラに向けて指さしていた手を、そのまま薫の方へと向ける。


「ちょっとそこ! なに一人だけご飯食べてるの!」

「知ってる話を聞く必要がねぇからな。手持ち無沙汰になったんだ。時間も時間だし、そりゃ食うだろ」


 そう言って、薫は天を仰ぐ。

 空に浮かぶ星々や月を見て、ある程度の時間を判断していた。

 携帯電話を見ればすぐなのだが、今両手が塞がっているという単純極まりない理由で、そんな原始的な手段を取ったのだ。

 ただ、やはりそれでは正確な刻限はわからない。

 これがまだ、日中であればもう少しわかったのだが、夜だとそうもいかなかった。


 そんな自分本位な言葉を聞き、武蔵はニマリ、と笑った。


「あら~? いいのかしらそんな事を言って。鬼桜侍、そんな味気ないもので我慢するつもりじゃあーりませんか?」

「……なにが言いたい?」


 煽るような物言いに、顔を顰めながら問いかけた。


「ふっふっふっ。これを見なさい!」


 じゃじゃーん、と声を上げながら取り出したのは時代錯誤な包みに包まれた五つのおにぎりだった。


 綺麗な三角形をしたそれに、一度視線が集まる。

 どうやら、薫がレーションを食べている事で、それよりも食事になると思った武蔵が得意げになっているらしい。


 事実、そのおにぎりを見た女性陣の目が輝いた事で更に気を良くした。


「ここで知り合ったのも何かの縁ですし、あげないこともないわ?」

「塩むすびとはまた古風だな。ツナマヨぐらい入れろよ」


 そう文句を口にしながら、無遠慮におにぎりを口に運ぶ薫。

 それに武蔵はギョッとした。


「――いつの間に取ったの!? 今お互い動いてないわよね!? あと私はおかか派です!」

「聞いてねぇよ。それに、もともとこっちの方が得意だっつったろ」


 薫には、千尋達が戒禁と呼称する特殊な能力を有している。

 それは権能にも近い能力で、側近衆の中でも特に力を持った複数の存在から教わった彼ら固有の能力だ。


 そのうちのひとつに、盗む事に特化した能力がある。それを使えば、距離などを無視して目に入った物を今のように手にすることもできる。それを使ったわけだ。初めて目にすればそれは驚くだろう。

 先ほど、シーニャがアームゴリラに襲われそうになった時、瞬き程度の瞬間に手元へと移動していたカラクリもこれだ。


 武蔵は面白いぐらいに目を丸くして、何度も手元のおにぎりと薫が現在進行形で食べているおにぎりを見比べていた。


「ウィル、お腹すいた~」

「MREならあるぞ」

「不味いからいらない」

「……昔のよりはマシになってるんだがな」


 レイラの歯に衣着せぬ物言いに、薫も苦笑する。


 ただ、やはりシーニャが口にするには少々味に問題があるだろう。


 そう思い、薫は再びバックパックを漁る。

 基本的にバックパックに入っている食料といえば、レーション関連ばかりだ。

 これまで一人で生活していたのと、単独行動ばかりだった為、自分以外が口にする食料を気にする必要がなかったのである。


 しかし、今回ばかりはそうもいかない。


 王族である彼女が口にするには、レーションは少々――いや、かなり舌に合わないだろう。


 その中でも、まだ口にさせる事ができるものがあっただろうか、と頭を悩ませながら漁る作業を続ける。


「お、まだまともなのがあった」


 これならまだ子供でも食べられるだろう。


 そう思い、シーニャに見つけたチョコレートを放り投げる。


「わっ……と!? あの、これは……?」


 突然放り投げられた物を慌てて受け止めたシーニャは、不思議そうに問いかけてくる。


「悪ぃな。お前が食えそうなのはそんなものしかねぇ」

「へぇ、チョコレート! あんた意外と甘党なのね」

「俺は基本的に何でもいける口だ。酒は辛口が好きだがな」

「お酒かぁ。飲んだ事ないなぁ」

「へぇ、レイラさんまだお酒飲んだ事ないんだ。日本酒とかいってみる?」

「それなら知人に吟醸酒が好きな奴がいる。用意させるか」


 もちろんそれは九老の事だが、彼女は恐らくあまり酒を寄越そうとはしないだろう。

 薫とは契約を交わしてからはよく酒を飲み明かす間柄だが、それでも最初は渋ったものだ。


 そんな話に花を咲かせながら、武蔵も自分のおにぎりを半分に割ってシーニャの分に加えて手渡している。

 子供なんだからいっぱい食べなきゃ、とは武蔵本人の談である。


 その後はしばらく他愛のない話が続いたが、話は自然とレンストンの話へと移った。


「それにしても、四天王がここまで強いとは。今までチヤホヤされているだけの名前だけ売れてる人達だとばかり思っていましたが」

「だからそう呼ぶなっつってんだろ。縊り殺すぞ」

「ごめんごめん。でも光栄よ。こんなに強い人達と肩を並べて戦えるなんて」

「生憎だが、俺らは戦争には参加しねぇよ」


 薫の宣言に、武蔵は理解が追いつかなかったのか、「へ?」と間抜けな声を上げた。


 そのような反応になるのも当然だろう。

 今の今まで共に戦うとばかり思っていた相手が、実は戦争には参加しないと言われてしまえば、呆気に取られるのも仕方がない。


 しばらくの沈黙の後、復活した武蔵は薫に詰め寄る。肩を掴み、力任せに揺さぶった。


「ど、どうして!? 何で戦わないのよ~!」

「揺らすな揺らすな。そもそも、俺らは勝てない戦は極力しない主義なんだ」

「貴方ほどの力があって、なにを臆する必要があるのっ? 他の三人も、貴方に比肩するぐらい強いんでしょ?」

「それだけ相手が悪ぃんだよ! 俺らは一度奴らの実力を身をもって味わってる。その上で下した判断だ」


 戦った事がある、と言うのは嘘ではないし、千尋達も十年前の人類存続戦争にて彼らの実力を目にしている。

 そんな相手と望んで戦おうとするのは、よほどのバカか、命知らずだけだ。


 それに――これは薫だけだが――悪魔王の軍勢として戦おうとしているのに、レンストン側に立つわけがない。


 そんな事を知らない武蔵は、まだ少し不満そうではあったが、少しして真面目な顔になる。


「相手を知ってるって、そう言ったわね?」

「それがどうした」

「じゃあ、詳しく聞かせてもらってもいいかしら? あなたの目から見て、レンストンが勝つ可能性は?」

「ゼロだ。限りなく、などという希望はひとつもない。あそこの幹部一人出てきた場合、一掃されて終いだ」


 彼らを知る者なら、皆が口を揃えて同じ評価を下す事だろう。

 それは、身内贔屓の入っている薫だけではない。

 彼らを客観的に評価することができる者がいるのかは判断に苦しむが、仮にいたとして、きっと同じような評価を下す筈だ。

 それだけ、悪魔王の軍勢というのは圧倒的なのだ。

 実力至上主義の国であるからこそ、自らの力に真摯に向き合い、他者の力を侮りはすれど、正当に近い評価を彼らの裡で下す連中だ。


 だからこそ断言できる。


 この戦争は、必ず悪魔王の軍勢が勝利すると。


「それはお前や俺が加わったところで結末は変わらん。戦争が少しばかり長くなるだけだ」

「……そっかぁ」

「失望したか?」

「まさか。でも、ちょっと気が重くはなった、かな。……二人は相手を知ってるの?」

「少しだけ。でも、その男の評価は間違ってないでしょうね。あれに勝てる奴らが想像つかない」

「基準が違い過ぎるしね」


 一縷の希望を持って、レイラ達にも問う武蔵だったが、非情な答えが返されるだけだった。


 聞くところによると、側近衆に勝らずとも劣らない存在達もいるらしい。だが、それについては伝聞でしか薫も知らず、その存在を語ることはなかった。

 語れるだけの理解があるわけでもないのだが。


 しばらく目を伏せ、腕を組んで考え込む武蔵。

 そこにはなにやら陰が差しているようにも見えたが、不用意に突く必要はないと、薫は黙殺した。


 ぱちっ、と薪の爆ぜる音が響き渡る。

 焚き火を囲む面々に間には、重い空気が蔓延していた。

 その中でも普段通りの薫は、ただ静かに考え込む武蔵を見据える。


「決断は出来たか?」

「……いいえ。まだ考え中。でも、ここまで来たことだし、レンストンのお城には行くつもりよ」

「だったら、道中は同じか。短い付き合いだろうが、よろしく頼むぜ」

「ええ、よろしく。……あーあ。一緒に戦えると思ったのになぁ」


 武蔵は惜しむように囁いた。

 そこまで自分の実力を買ってくれている事はありがたいが、こればかりは縁がなかったと割り切るしかない。


「ねぇ、黒狼。ここからレンストンまではどれくらいかかるの?」

「今日と同じ速度と仮定して、半日もかからねぇよ。もう半分以上は進んでる」

「またしばらく歩き倒しですか……」

「まぁな。明日は筋肉痛だろう。その時は言え。おぶってやる」

「へぇ。面倒見がいいじゃない」

「その方が速いだけだ」


 イリカが感心した様子で告げる。それにあまり感情を感じさせない声音で返した。


 どうやら照れ隠しと思ったようで、イリカと武蔵は顔を見合わせて苦笑していたが、レイラはそう思わなかったらしく、ただ静かにこちらを見ただけだった。


 その後、シーニャを薫が持ってきた寝袋に入れ、そのまま就寝した。

 レイラとイリカも歩き疲れたのか、一度眠ってからは泥のように眠ってしまった。

 そして、薫は背後にあった木にもたれかかり、刀を抱えるようにして静かに眠る。

 残された武蔵は、仕方ない、と寝ずの番になった。


 鍔を親指で押し上げ、そして力を抜き納刀。チン――と一定のリズムで繰り返されるその動作はオルゴール代わりに丁度良く、薫はすぐに意識が沈んでいった。

 そして、およそニ時間が経過した。


 不意に音が二度短く繰り返される。何かの気まぐれか退屈凌ぎか、それまでのリズムとは全く違う音が響き渡る。


 その音で薫の意識が浮上。入れ替わるように薫が刀の鍔を押し上げ、そして離す。

 目は閉じたまま。それでもしっかりと武蔵が繰り返した動作を真似て、一定のリズムで音を鳴らす。時折焚き火が鎮火しないように薪を放り入れ、目を閉じたまま周囲の警戒に意識を向けた。


 それが薫と武蔵の間で更に二度繰り返され、朝を迎えた。


 皆が起きたのを見計らい、適当に食事をして、レンストンへと向けて足を動かす。

 昨日と違い、今回は武蔵もいた事で自然と会話が増えた。

 やれ最近は闇討ちが多いだの、やれランキングだけが高く腕が低いゴロツキが多いだのと穏やかではない不平不満が多かったが、暇潰しとしては良かっただろう。


 そうして歩き始めて四時間ほどが経ち、ようやく森を抜けた。

 視線の先には平野が広がっており、右を見れば海が広がっていた。途中から潮の香りがしていた為、森の出口はもう近いな、と口には出さなかったが気づいていた。

 反対側に目を向けると、丘の上から見えていた街道が続いており、その先を目で追うと立派な門があった。

 無事にレンストンへと辿り着いたようだ。


「さて、そろそろ帽子を被っておけ。ここからは日差しを遮る木はねぇからな」

「わ、わかりました」


 言外に変装しろという意図を込めて伝え、素直に帽子を被るシーニャ。帽子の中に髪の毛が隠れるようにレイラが手伝うのを横目に、薫は再び門の方へと視線を向ける。


「門番は二人ね」


 暗殺者らしく音もなく近寄ってきたイリカが、声を潜めて言う。


「設定は?」

「当初の目的に加え、しばらくの観光としての滞在だ」

「それが通ると思う? 一応戦争間近なのよ。ピリピリしてて観光なんて許されないでしょ」

「馬鹿正直に観光だと伝える必要はない。付き人だと言えばなんとかなる」

「そう。それじゃ次の質問よ。あの子の事はどう説明するの?」

「くっついて離れないから仕方なく連れてきた親戚の子供」

「無理があるわ」

「なに、軽く幻覚でも見せれば一発だ」

「力技じゃない!」

「モノは使い方だ。幻覚が駄目でも暗示をかければ容易い。あと、ここの検問は実はかなり緩いからな。案外力技をしなくても抜けられる」


 普段は魔術を使わないようにしているが、それは魔術が秘匿されている世界だからであり、『バトルプラネット』では魔術の存在は認知されている。

 認知されている以上、隠す必要はないのだ。


「まぁ、全部あんたがなんとかするだけだし、私は別にいいんだけど」

「結構。なら行くぞ」


 一度シーニャの様子を肩越しに振り返り、準備が済んでいる事を確認すると、門に向けて進み始める。


 近づくと、門番も薫達に気づいたらしく、様子を窺うように視線を向けてきた。


「そこで止まれ。どういった理由でこちらに?」

「王から文を貰い、その返事に参じた」


 そう言って、懐からレンストン王から送られた書簡を門番に見せる。

 それを見た門番は目の色を変えた。


「では、あなたは四天王の!」

「……世間では『魔王』と呼ばれている者だ」

「そうでしたか。そちらの方々は?」

「付き人だ。――あぁ、そっちの女剣士は違う。道中で一緒になっただけだ」

「わかりました。四天王が来られた場合はすぐに通すように仰せつかっております」


 門番は言うと、武蔵に視線を向ける。


「では、あなたは?」

「バトルランキング十七位、宮本武蔵と申します。戦争への参加招集を受け、馳せ参じた次第です」

「なんと、あなたがかの『剣神』殿でしたか!」


 どうやら、武蔵は有名な人物らしい。

 確かに、数多いるバトルランキングの中で二桁という好成績を残す者が有名でないはずがない。

 薫達はこの世界で暮らし、普段から情報を集めているわけではないため耳にする機会はなかったが、よりにもよって『剣神』と呼ばれているとは。

 その名に恥じぬ腕前だと薫も納得した。


 武蔵は少し照れ臭そうに笑う。


「いや~名前負けしないように苦労する毎日ですとも」

「ははは。あなたほどの方が参じていただけると百人力です。では、どうぞ。お通りください」


 そうしてあっさりと通された。


 薫が緩いと口にした事に半信半疑だったイリカだったが、全くその通りだった事に拍子抜けしたらしい。

 むしろ、これで本当に大丈夫なのかと疑いたくなっているのがその引き攣った表情から察せられた。


 幸いにも、キャップと前髪で目元を隠していた事で、パッと見でシーニャとは気付かれなかったらしい。

 門が開かれ、怪しまれぬよう薫達は足早に中へと進んだ。


 そうして目に入ったのは、雑多な城下町だった。

 武装した男女。声を張り上げる商人。着々と戦争の準備を整える兵士達。

 戦争が近いというだけあり、明らかにカタギとは思えない連中ばかりだが、その中で薫が最も確認しておきたかった奴隷の存在も見受けられた。


 種族は様々だが、どうやら人間の奴隷というのは少ないらしい。今目に入る中では人間の奴隷が一人も見当たらない。

 アスタロトの報告では、異種族しか奴隷になっていないという話だったが、現状それは真実のようだった。

 これについてはもう少し深く探る必要がある。


 何はともあれ、無事にレンストンに辿り着いた事は喜ばしい。


 振り返ると、初めて訪れた街に興味深そうに目をやるレイラ達。特にイリカにとっては初の異世界であり、初の異世界の街だ。気分が高揚していてもなんら不思議ではない。


 あちらこちらへと目をやるレイラ達に向けて、薫は敢えて、こう声をかけた。


「無事に貿易の国、レンストンに到着だ」


 その声に、武蔵を除いたそれぞれが気を引き締めるように息を吐いた。

ご覧いただきありがとうございました。


先週の宝塚記念、タイトルホルダー強い競馬してましたねぇ。

菊花賞と春の天皇賞を勝って昨年末の有馬記念負けていたので、宝塚記念では距離が短いんじゃないかとばかり思ってましたが……いやはや強かった。

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