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四天王  作者: シュガーイーター
戦いの世界編
27/34

少女の涙

お久し振りです。えぇ、ホントにお久し振りです……二ヶ月ですかね?それとも三ヶ月?……次はいつ頃になるのがわからないのが自分でも怖いところです……。

えっ?文章?ハハッ、また酷くなってるかも……。何これ、衰退の一途を辿ってる気しかしませんよう……。


あっ、そうだ。感想で改行を増やしてみてはどうか、というお声を頂いたので、実践してみました。なかなかどうして、やりにくいものですねぇ。慣れてないからでしょうけど。

隙を見ては今までのものも少しずつ改行を増やして行こうと思います。


少しは読みやすく、なったかな……?なってて欲しいな……。

 ゴルゴーンとの模擬戦の後、すぐに薫は自室に戻って普段着に着替え、サリエルに預けていた少女を受け取った。


 そして、レイラとイリカの二人に事情を説明しながら回廊を歩く。

 そんな薫達の後ろには九老とサリエル、スカアハ、フェンリル、アスモデウスがついてきていた。

 ゴルゴーンとベルフェゴールは特に人間を快く思っておらず、模擬戦が終わった後すぐに自室に戻っていた。


 薫が自室から出てもうすぐ一時間になる。魔界にある城はかなり広く、城内の隅々を廻ろうと思えば二時間以上かかってしまうほどだ。


 薫の自室は城の中にはなく、城から見て東側に聳え立つ離れの塔にある。しかし、その塔は地上から入る手段がなく、城の最上階──地上の建築物に例えれば高層ビル十階の位置にある回廊からでしか入れないようになっている。

 もちろん、空を飛べたりすれば話は別だ。


 そして、今は城の北端部に薫達はいた。

 薫はレイラ達に事の次第を説明しつつ、記憶を頼りに広い城内を歩き回っている。


 不意に広い場所に出た。


 そこは広間として利用されている場所だ。上から見ると野球のホームベースのような形をした場所になっており、その壁から様々な回廊に続く道がある。

 その部屋の北側、ホームベースでいうピッチャーの側に向いた箇所。唯一そこだけ回廊に続く道はなく、装飾の施された絢爛とした壁があるのみだ。


 レイラ達はそれを見た時、あれ、と不思議そうな顔をした。


 薫は迷いなくその壁に近づき、


「開錠」


 薫の声に──正確には呪文に反応し、隠されていた地下への階段が現れた。


 もう見慣れた光景。魔界から地上に赴くときの殆どにこの光景を眺めている。

 地下へと続く階段はぽっかりと穴が空いたように、地の底へと繋がっているような不気味な印象を受ける。一寸先は闇。灯りがなく、終わりが見えない暗黒の空間。時折聞こえる、ごうごうという風の音が人間の本能的な恐怖心を煽る。


 薫はしばらくその階段の奥を見据え、何かに納得したように頷き、後ろに控える人外達に向き直った。


「見送りはここまででいい」

「では、我々はここまでね」

「達者でな、坊。またいつでも影の国に来るといい」

「暇を見つけたら行かせてもらおう」

「また今度そっちに遊びに行くわよ」

「その時は歓迎しよう」


 皆との挨拶を済ませ、口中で小さく再封印の呪文を唱える。そして、左眼を閉ざした。


「薫ってこっちじゃ本当に人気者なんだね」

「統率者っていうのもあるんじゃないの?」

「それでも普通は嫌がりそうじゃない? ほら、本人がなんて言っても人間だし」

「まぁ確かに」


 レイラとイリカはなにやら小声で会話しているが、薫は聞こうとしなかったためにその内容に気付いていなかった。


 薫は視線をフェンリルと九老に移す。


 フェンリルは視線を受け、一度頷くとその姿を掻き消した。薫も原理は知らないが、地上にいる際フェンリルはこうしていつも姿を隠している。


「隠形をした方が良いのか?」

「まぁな。いつも通りに」


 九老はつまらなそうにため息をつくと隠形に入る。それを見送り、パシッ、と一度弾指を弾いた。

 魔術を上から重ねがけしたのだ。そうでもしなければ千尋の目は欺けない。否、これでもまだ不充分だというのだからやりにくいことこの上ない。


「レイラ、イリカ。行くぞ」


 未だ話を続けている二人を呼び戻し、今一度サリエル達に頷いてその階段に足を踏み入れた。

 寒気のするような冷気が肌を撫でる。後ろに続くレイラ達は思わず身を小さくした。まるで、地獄の入口に立ったような気になってしまう。


 薫は一度腕の中で眠る少女を確認する。

 弱々しい呼気ではあるが、サリエルが少し手を加えたのだろう。幾分か顔色が良くなっている気がした。


 視線を正面に戻し、闇の中を進む。レイラ達も少し怯えながら、それでも仕事で鍛えた胆力によってなんとか恐怖心を押しのけ後に続いた。


 どれだけ時間が経っただろう。これだけ真っ暗な場所をずっと歩いていると、体内時計が狂ってしまいそうだった。

 それでも、闇の中を物怖じせずに進むと、不意に階段の終わりに到達。ここからは横道などない一本道になっている。


「気をつけろ。階段が終わったぞ」


 肩越しに後ろに目をやる。真っ暗闇の中、二人の姿は見えない。それでも気配でいることは感じられた。


 恐らく、空間を把握できなかったのだろう。イリカが「きゃっ」と小さく悲鳴を上げ、その声の位置からレイラは階段の終わりを把握したようだった。


 視線を上に向ける。つい先ほどまであったはずの入口の明かりはもう見えなくなっていた。




「行ったか」

「えぇ」


 スカアハがこぼした声にサリエルが応える。


 まだ幼い頃から同じように送り出してはいるのだが、親心というか、少し悲しいという思いが胸中に湧き起こる。


 自分らしくないとは思いつつも、思ってしまうのは仕方がない。

 感覚としては、遙か昔自分の下を訪れた少年に対して募らせていた想いに近いかもしれない。

 その少年はその後影の国から出ていき、英雄として後の世に名を残した。


 果たして、薫はいったいどのように育つのか。それが楽しみでもあり、また怖くもあった。


「それじゃ、わたしは一足先に戻るわ。戦の準備をするから」

「まだ良いんじゃないのぉ? だって、九日後よ?」

「それでも、することは多いものよ。アスモデウス。貴女はどうするの?」

「さあね。適当にマモンにおもちゃを貰いに行くわ。まだ幾つか面白そうなのが残ってるでしょうから」


 アスモデウスの言葉にサリエルは大きなため息をつく。堕天したとはいえ、本人はそういったことはあまり好きではない。


 やはり、そこは悪魔と天使の違いなのだろう。スカアハはそのあたりは特になんとも思わない。各々の価値観の違いなど、異種族が多く集まるこの土地には当然のように起こる。

 それでぶつかり合うこともあるが、それはろくに知恵のない下位悪魔や人外の間で起こること。高位悪魔や同盟を結んだ高位の化物、城の中で部屋を設けられ、仕事を与えられている者はいちいちそんなことでぶつかり合ったりはしない。

 そんなことをしていてはきりがないからだ。

 だから、それはそれとして、と割り切って接しているのだ。


「スカアハ。貴女は?」

「儂は一度影の国へ戻る。女王がずっと国を離れるわけにもいかないからな」

「それもそうね。それじゃ、わたしは」


 それだけ言うと、サリエルは回廊の奥に消えていった。


 彼女は教育係以外にももちろん仕事はある。魔界の薫に従わない異形の動向の監視だ。


 薫が悪魔王とはいえ、それをよしとしない者も多い。その為、時折反発し、攻めてくることもある。

 スカアハが城を訪れている間にその戦闘があれば参戦しているが、いない間はこの城に残った者達で撃退していた。


 昔に比べれば攻めてくる頻度も減っており、その功労者がサリエルというわけだ。

 彼女が監視をし、動きがあれば逐一報告。準備を進め、指揮を執っている。

 反発している者達はその監視の目がなくならない限りは勝ちの目はないとして攻撃する頻度が減っているのだ。


 今回の戦争でも、もしもの為に何人か薫の従属を残しておく必要があるだろう。


 現在部隊編成を考えているパティンとパイモンももちろんその事も共に考えて頭を巡らせているはずだ。


 スカアハは薫の消えていった階段の奥に目をやる。

 姿は見えないが、まだ遠くにその気配を感じられた。


 この階段の先は大がかりな『ゲート』になっており、アスタロトやあの女が創った様々な世界に出現している『ゲート』はそれを模倣して創られたものだった。


 アスモデウスもスカアハと同じように階段の奥に目をやる。


 そして、そこに近づき、


「そろそろ閉じるけど、もういいかしら?」

「……あぁ」


 アスモデウスはスカアハを一瞥し、手を打ち鳴らした。

 すると、階段がみるみるうちに消え失せ、先ほどと同じように絢爛とした壁になった。

 それに続き、スカアハが宙に指を走らせる。

 すると、ルーン文字が浮かび上がり、壁に違和感のないように鍵をかけた。


 普段ならアスタロトが行うことだが、今は別件でここにはいない。そのため、代わりにスカアハとアスモデウスの二人で道を閉じたのだ。


 ──さて、次に会うのはいつ頃か……。


 そう思うや虚空に視線を凝らす。


 スカアハは呪術の一環として占術を行う。その占術の応用として、完璧な未来視をやってのける。

 スカアハは戦闘中にもそれを行い、敵の動きを先に見ているのだ。そのため、レイラ達との模擬戦でみせたように、敵の動きを先読みしたような動きを取る。


 スカアハはしばらく未来視を続けていた。


 が──


「……ん?」


 見えた光景に思わず声を漏らしてしまった。


 それを聞きとがめたアスモデウスがこちらに不思議そうな目を向けた。


「どうかした?」

「……いや、なんでもない」

「なによ。気になるわね。いいから、話しちゃいなさいよ」


 アスモデウスがニヤニヤと近づいてくる。


 流石は悪魔と言うべきか、自分が面白そうと思ったことに対しては興味を示すらしい。


 スカアハは小首を傾げながら、見えた光景を口にした。


「いや、儂が坊と踊っているのが見えた」


 アスモデウスの動きが止まる。何を言っているのか理解できていないのだろう。

 当然だ。スカアハ自身なぜそんなことになっているのかの経緯がわかっていないのだ。


 魔界にいる高位悪魔や同盟を組んだ者達は等しくスカアハの未来視を知っている。そして、その正確さも。

 つまり、見えたものは必ず起こること。スカアハ自身もその正確さは自負している。


 だからこそ、


「……ぷっ」


 理解が追いついたらしいアスモデウスの口から笑いを漏らした音が発された。

 そして、その笑い声は長く続いた。




「明かりだ!」


 イリカが嬉しそうに声を張り上げる。


 確かに、視線の先には小さいが明かりが灯っていた。長い一本道の出口だ。


 感覚的なため確証はないが、この暗闇をもう一時間以上は歩いている。それまで何も見えない空間を歩いていた分辟易としていたレイラ達には、まさに救われたような気分になっているのだろう。

 だが、これだけ歩いてきてようやく見えた光もまだ小さい。この調子で歩いてまた同じかそれ以上歩き続けるに違いなかった。

 それを嫌というほどわかっている薫は一言も声を発しなかった。


 そして、更に二時間以上が経過したとき、皆の体が光に包まれ始めた。

 今までの底冷えのするような冷気と違い、仄かな暖かな光。それに目を細めながらも薫達は足を止めない。


 そして、光が収まると、薫達は薫の家の前に立っていた。地上に帰ってきたのだ。


「や、やっとだ~」

「つっかれたぁっ」


 レイラとイリカが思わず安堵の声を漏らした。


 光が見えてからここまでが長かったため幻覚を見ているとでも思っていたのかもしれない。

 その気持ちもわからなくはない。薫が初めてあの道を通ったときも同じように思っていたのだから。


 それでも、普段は薫一人での帰省なため、あの道を黒王に乗って移動するのでもっと早く帰ってこられるのだが。


「お疲れさん」


 二人に労いの言葉をかけつつ家の鍵を開けた。


 空には月が天に昇っており、近隣の家の明かりがついていないことから深夜なのだと考える。


 家に入り、時計を確認すると、針は午前一時を指していた。


「吾は戻る。何事か生じれば呼ぶが良い。ではのぅ」

「あぁ」


 九老がそう言うと、裏山に向かって去っていく。そこに彼女がねぐらにしている場所があるのだ。


 彼女の後ろ姿を見送り、帰ってきた途端極度の疲れから床の上にその身を投げ出す二人を見て苦笑する。


「さて」


 ひとまず少女をソファに寝転がして和室に布団を敷く。敷き終えると、少女を布団に移動させ、掛け布団を優しく被せた。


 額に手を当てて熱の有無を確認。


 ──熱が下がっている……。


 どうやら、予想通りサリエルが何かしたのだろう。

 それなら、することは少なくて済む。


 薫は少女の額に人差し指を当てる。そして、微量だが呪力を流し込んだ。


 ──これでいい。


 これで、薫の家にいる悪霊達もこの少女に手を出せなくなった。


 薫の家には薫が殺した者達が悪霊となって集まっている。ある意味幽霊屋敷だ。

 だが、彼らは薫には手を出せない。そのせいで矛先が家に訪れる人物に変わってしまうのだ。


 レイラと篠原が薫の家に泊まった一ヶ月前、千尋に睡眠時間を尋ねられた意図はそこにある。悪霊がその猛威を振るうまでは一睡もすることが出来なかったのだ。

 レイラ達ほど成長してしまうと事前に呪力を流し込んだとしてもその効果は期待できない。

 歳を重ねるごとにその抵抗力が増してしまい、必要量であるごく微量の呪力をはねのけてしまうのだ。


 しかし、悪霊の影響を受けて弱っている状況ならその抵抗力も下がっている。

 そのタイミングを見計らい、呪力を流し込み悪霊達を近づけさせないようにしていた。


 だが、今目の前で寝息を立てている少女は外見でみれば十歳に満たないように見える。どうしてかはわからないが、呪的抵抗力が強くなるのは十歳を越えてからだ。

 もしやと思い試してみたが、その考えは間違っていなかったようだった。


 これなら、今夜は眠れそうだ。


「やれやれ」


 思わず独りごちながら立ち上がり、リビングに戻る。

 そこではまだレイラとイリカが脱力して倒れ込んでいた。


「イリカ。お前家に帰らねぇのか? なんなら、送ってやるぜ?」


 もう魔界ではないため、薫の口調も普段のものになる。スカアハの言う、パイモンと義母の模倣の口調に。本人には口調を変えたという自覚しかないのだが。


 イリカは消え入りそうな声で唸る。


「これから家に帰るのは疲れる……泊めて」

「服と下着類は?」

「持ってる」


 言って、部屋の隅を指差した。


 見ると、そこには脱ぎ散らかされたレイラの下着と服があった。


「それはお前のじゃねぇよ」

「レイラ、頂戴」

「貸すだけなら」

「許可とったから。今夜泊まるね」


 薫の意思はどうやら尊重されないらしい。


 別に構わないが、問題はまだ残っている。

 先月の時と同じ、布団だ。残っている布団はひとつしかない。誰かがソファで、更に誰かが床で寝なければならない。

 こればかりは薫はどうしようもなかった。


「どっちが残った布団で寝るんだ?」

「川の字」

「なら、俺はソファだな。いや~床じゃねぇ分助かるぜ」


 薫の中では川の字と聞いた瞬間、既に眠りについている少女を間に挟み、その両端をレイラとイリカが、という姿が脳裏に浮かんだのだ。

 だが、彼女達にはそんな姿を浮かんでいなかったらしく、不満そうに頬を膨らませていた。


 いや、逆に聞くが、それ以外にどうすれば川の字になるというのか。


 肩を竦め、薫は部屋着に着替えるために服を収納している部屋に向かう。


 そして、いつもと同じように黒のタンクトップとスウェットを出し、カットソーを脱ぐ。


「……お前には覗きの趣味があったのか?」


 薫は背後に視線を向けないまま声をかけた。


 部屋の入口。そこで顔を半分だけ覗かせたイリカがいた。

 気付かれないように気配を消していたようだが、一メートルと少ししか離れていないこの場では薫が彼女に気付くのは必然だった。


 イリカは驚いたように息を呑み、不承不承姿を現した。


 ──いや、出て行けよ……。


 内心ため息をつきながら着替えの手を止めない。


 イリカは暫くの間、食い入るように薫の後ろ姿を眺めていたが、下を履き替える素振りを見せると顔を赤くして後ろを向いた。


 なぜ出ていかないのだ。


 そして、薫が完全に着替えを終えたとき、不意に口を開いた。


「前から思ってたけど、凄い傷の量よね」


 その声を聞き、ようやく彼女に目をやる。


 タンクトップはカットソーと違い、肌を晒している範囲も広い。その為、両腕と両胸の傷も外気に触れていた。


「そうか?」

「確かに私たちの業界じゃ傷はつきものだけど、それでもそこまでじゃないでしょ」


 薫は脱いだ服を手に取り、洗面所の洗濯籠に入れる。


 その場にもイリカはついてきていたが、着替えも終わっている今はそれを拒む理由もない。


 彼女の視線は先程から薫の体の傷に向けられている。


 確かに暗殺者に傷はつきものだ。相手に気付かれずに終わらせることが何よりだが、いつもそうとは限らない。

 敵に気取られ、反撃を受けることもそう珍しくはない。


 それでも、イリカの目から見て薫のその傷の量は異常だという。


 確かにそうかもしれない。


 自身の体に刻まれた夥しい傷は、その筋にいる人間でも、軍人であってもそれほどの量にはあまりならない。


 身近で言えば、赤崎が良い例になるだろう。


 人伝に聞いた話ではあるが、今よりまだ若い頃、赤崎は腕っ節だけでその業界の者達を震え上がらせたという。

 相手が得物を持っていても、自分が丸腰であることが多く、素手喧嘩で相手を半殺しにすることも多かったらしい。

 その為、体の傷は組織の中でも抜き出て多かった。

 だが、それでも薫に比べれば少ない。それでもまだ少ないのだ。


 知り合いのロシアンマフィアであるソフィアは、身体中に火傷の痕があるが、それは過去に捕まり拷問を受けたからだ。

 そこまでされて、総量的にようやく薫と同じ程度の外傷なのだ。


 だが、薫は拷問を受けたことはない。する側にはなったことがあるが、される側は経験していない。


 そうなると、やはりその傷の量は異常なのだろう。


「いったいどんなのと戦えばそんな風になるのか……」

「何言ってやがる。俺の体の傷の半分以上をやってくれやがった奴なら、お前はもう会ってる」

「え?」


 イリカの表情が訝しげに歪んだ後、ハッとして固まる。何を言っているのか理解したのだ。


 今薫が言ったとおり、薫の傷の半分以上はとある一人の人物につけられたものだ。

 だが、それだけを言うと、それを可能としている存在は数多く存在する。そして、そのうちの一部にはレイラもイリカももう出会っていた。


「まさか、魔界の……!?」


 魔界の従属達。彼らが相手なら薫の傷も納得できるだろう。人間を簡単に薙ぎ払えるような圧倒的な武力。戦わずして相手を震え上がらせるような重圧。動きの節々に滲み出る絶対的強者の風格。

 イリカ達もそれに対峙し、更には何人かとも模擬戦を行っていたため、その実力を欠片ほどでも認識しているはず。


 それでも、イリカの表情には疑問の色が浮かんでいた。


「でも、ホントにそんなこと出来るの? 確かに私たちならそんな風にされるかもしれないけど、あなたは互角に渡り合ってたじゃない!」

「互角、ねぇ……」


 イリカの言葉に思わず苦笑する。


 薫にとって、あれは互角でも何でもない。昔に比べれば拮抗できていたかもしれないが、それでもまだ足りない。


 その証拠に、ゴルゴーンが最後に見せた必殺の一撃。

 最後はアスモデウスが薫を抱き上げて軌道上から逃れ、九老が掴み止めたが、それがなければ薫はあそこで死んでいた。

 第九の封印、もしくは第十の封印を解放して奴に委ねていたなら結果は変わっていただろうが、三つの封印を解放してあれではまだまだ力が及んでいない証明になる。

 今の薫の技術でも、彼らの純粋な力のみの一撃でも防御越しに攻撃を受けてしまう。

 彼らにとって、薫の防御は紙同然なのである。

 事実、よくパイモンやパティンと模擬戦をしてはいるが、二人の戦闘スタイルは違えど、共通して薫の防御をものともせずに──まるで障害などないようにその一撃を放ってくる。


 その事に忸怩たる思いはあるが、それが現実だ。それならそれで構わない。今以上に力をつければ良いだけの話だ。


 イリカは薫の含みのある笑みに小首を傾げる。彼らの全力を知らないが故の反応だった。


「なに? 何かおかしなこと言った?」

「いや、あれが互角に見えたのならまだまだ青いな、と嗤っただけだ」


 そう言って嘲笑すると、怒ったように拳が飛んできた。それを首を傾けて避ける。


「ほぅ、少し速くなったか。存外、スカアハとの模擬戦が効いてるのかもな」


 そう評するも、まだ少しムッとしているようだった。


「それで? その傷をつけたのは誰なわけ?」


 聞くまでは引かないといった様子で仁王立ちになる。


 やれやれと肩を竦めつつ、なめらかな所作でイリカの肩に手をやり、次の瞬間その足を払った。

 なるべく痛くないように調整してイリカをどけて道を作ると、その横を通り過ぎていく。


 何が起こったのか理解できていない様子のイリカを肩越しに振り返り、


「これをやったのは、九老だ」


 そう言ってリビングに戻った。




 扉が強く叩かれる。その向こうからたくさんの怒号が聞こえる。


 豪華な装飾を施された部屋の中、その扉とは離れた部屋の隅で身を小さくして震えていた。


 怖い。恐い。目にしているものが等しく恐ろしい。


 自分に力はなく、温厚な両親にも身を守る力はない。


 だからこそ、こんなことになっても何も出来ないのだ。


 自分は何も知らない。どうしてそうなったのかわからない。


 いや、本当は知っている。しかし、何故? 何故ここまでされなくてはならない?

 どうして追われなくてはならない? どうして狙われなくてはならない? どうして。どうして、どうして……。


 胸中で答えの出ない問いが反芻される。


 父親が何か意を決した顔になるのがわかった。

 そして、諦観の入り交じった目で自分を見た。その目を見た瞬間、無意識に直感してしまった。


「シーニャ、お前だけでも逃げなさい!」


 もう、両親に会うことは出来ないのだと──


 


「……っ!!」


 意識が覚醒する。目から脳へと伝わる情報に、少女──シーニャは困惑した。

 知らない天井。見覚えのない材質によって作られた天井だ。天井だけではない。壁も、床も、目に入る室内すべて初めて目にするものばかり。


 思考が定まらない頭の中で、自分は寝かされているのだとおぼろげに判断した。室内は暗く、カーテンの隙間から微弱な明かりが室内に差し込んできていた。


 どうやら、まだ日の昇りきっていない早朝らしい。


 視界を右に移すと、これまた見たことのない扉のようなもの。

 それは襖と呼ばれるものだが、少女はそんなことはわからず視線を反対側に移して、硬直した。


 黒髪の女性が眠っていた。静かな寝息で、今までそこにいることが気付かなかった。


 大人しそうな容姿とは裏腹に、なんとも大胆な生地の薄い服に身を包み、はだけた胸元には残酷なまでの余白があり、あられもない下着姿が覗けた。


 シーニャは相手に悪い思いがして視線を戻す。そして、起き上がろうと全身に力を込めて、出来なかった。

 体に力が入らない。腕に、足に、力が思うように伝わらない。


 やっとの思いで上半身を持ち上げると、隣の部屋に続く襖が開いており、ソファに金髪の女性の姿が目に入った。


 こちらも隣で眠る女性と同じ大胆な格好をしているが、不思議とこちらには違和感がなかった。きっとこっちは胸が大きいからだろう。

 遠くてわかりにくいが、こちらは胸元に魅惑の谷間があることがわかる。顔立ちもよく、スタイルも良さそうだ。


 その光景を呆然と見ていると、



「──起きたのか」



 どこからか低い声がシーニャに投げかけられ、びくり、と全身を震わせた。


 今のは女性の声じゃない。男性の声だ。だが、視線を周囲に巡らせども男の姿は見当たらない。


 すると、何かが動いた音が聞こえ、襖の裏から一人の男が現れた。


 長身で、跳ね回った長い黒髪、引き締まった体つきがタンクトップの隙間から窺える。そんな体のあちこちに傷が奔り、見ているだけで痛々しい。


 男を見上げる。すると、腕や胴体だけでなく、首筋や左眼にも傷があることがわかった。そのため、男の左眼は閉ざされ、鋭く細められた右眼がシーニャの姿を捉えていた。


 ひっ、と口から悲鳴が漏れる。


 あまり温厚そうではない。そして、体の傷を見る限り、この男もバトルランキングに名を連ねた男なのだと直感した。


 男は黙って立っていたかと思うと、シーニャの傍らにまでやってきた。


「!?」


 思わず逃げようとして、後ろに倒れ込む。必死に離れようと腕を前に伸ばすが、力が入らない。


 ──逃げなきゃ、いけないのにっ!!


 しかし、必死の思いもむなしく、男はシーニャの眼前に立ち塞がった。


 ──殺される。


 そう直感した。


 だが、それは間違いだった。


 男はその場に腰を下ろすと、シーニャの視線の高さになるよう身を少しかがめた。


「それだけ逃げようと出来るなら、元気そうだな。後は栄養の問題か」

「……え?」

「なんだ。殺されるかと思ったか? 生憎、無抵抗のガキを殺すほど、落ちぶれちゃいねぇよ」


 もしこの場に彼をよく知る人物がいれば、どの口が言いやがる、と異口同音に口にしていただろう。


「あなたは、バトルランキングの上位の人、ですか……?」


 思わずそう聞いていた。


 男は小首を傾げると、


「バトルランキング? 俺はあんなものに登録してねぇよ。あのランキングは質が低いからな」


 と嘲笑するように吐き捨てた。


 それを聞いて少し安心した。


 シーニャや両親を襲ったのはあの時城下町にいたランキング上位者ばかりだ。


 だからこそ、バトルランキングに名を連ねていそうな人物がシーニャを家で寝かせていた理由がわからなかったのだ。


 男はそんなシーニャの様子を軽く確認すると、言葉を紡いだ。


「……自己紹介といこう。俺は鬼桜薫。嬢ちゃんは?」

「あっ。シーニャ。……シーニャ・ヌオ・ヤニオラ・レンストンです」


 男はシーニャの名前を聞き、シーニャが気付かない一瞬だけ隻眼を鋭く細めたが、次の瞬間には渋面を顔面に張り付けていた。


「随分長い名だ。ネックレスがあるわ、バトルランキングが出て来るわ。それに、レンストンの姓ともなれば、レンストン王家の血筋か?」


 そう言って男はシーニャの眠っていた布団の枕元に手を伸ばし、シーニャの目の前に手を掲げた。

 そこには、シーニャが首にかけていたネックレスがあった。


「あっ! は、はいっ」

「眠っている間にこの露出女に外すように言っておいた。これで窒息しちまったら事だからな」


 薫はそう言って隣で眠っている女性を顎で指し示した。


 女性は疲れているのかまだ起きる様子はない。だが、まだ朝早い時間だと言うことを思い出し、それも仕方のないことだと納得した。


「それにしても、お前は何故ここにいる? まぁ、この家に連れてきたのは俺なんだが、魔界にいたんだぞ。お前」

「魔界……?」

「なんだ、気付いてなかったってのか? 魔界の林の中でお前が倒れているところを見つかった」


 薫は少し呆れたようにシーニャの知らなかった事実を口にした。


 魔界のことは父から聞いていた。人間では到底適わないであろう異形が蔓延る不気味な場所。人間は一人も住んではおらず、不気味な化物が跋扈する、まさしく死の象徴とも言うべき世界だと。


 まさか、自分はそんな危険な場所に入り込んでいたとは思わなかった。そして、それでよく自分は生きていたものだと思ってしまう。


 しかし、シーニャは自分がそんな場所に入り込んだという記憶は無い。何も口にせず、とにかく城から離れようと走り続けていた。転んでも、立ち上がり、再び足を動かしていた。


 その記憶も途中から曖昧だ。いったいいつ、魔界に入ったのかさっぱりわからなかった。

 それでも、そうなった原因は嫌に記憶に残っていた。


「……ずっと、逃げてましたから」

「逃げていた? 何からだ?」

「それは……」


 ぶっきらぼうな物言いでありながら、優しい声でシーニャに語りかけてくる薫を危険に巻き込んでもいいのか……。


 そんな思いもあり、思わず口ごもってしまう。


 相手はバトルランキングの上位者ばかり。それは、シーニャの知っている中でトップクラスの実力を誇る人物達だ。

 その強さを嫌と言うほど知っているし、その恐ろしさも、今回身をもって認識させられた。


 だからこそ、彼女は出来れば巻き込みたくはないと思ってしまうのだ。


 それは、目の前の男の正体を知らない故の反応だろう。


 薫は急かそうとはしない。黙ったままシーニャの様子を観察し、そして、シーニャの意思に全てを任せていた。応えなくてもよし、と。


 その時、シーニャのお腹が健康的な音を鳴らし、恥ずかしさで思わず顔を赤くした。

 涙目になって薫を見上げるが、特に彼に変化はなかった。

 だが、彼をよく知る人物がよく観察すれば、口角が少しだけ上がっているのがわかったことだろう。

 薫も苦笑しているのだ。


 立ち上がると、


「そういや、さっき確認したばかりだったな。今必要なのは栄養だってな」


 そう言ってその部屋から立ち去り、薫が現れた隣の部屋へ。そして、更に奥の部屋に入っていくのが見えた。


 少しすると、水の流れる音が聞こえ、そこがキッチンなのだと知れた。

 シーニャの知っているキッチンよりも随分と小さいのを見るに、どうやら貴族や王族などではなく、一般庶民なのだろう。


 そう思っていると、そこからひょっこり薫が顔を出した。


「少し待ってろ。美味いかどうかの保証はしねぇが、食えなくはない程度の物を作ってやる」


 薫はそう不安になるようなことを言って、キッチンへと戻っていった。




 薫はリビングのテーブルにふたつのお粥を置く。


 数日の間碌に物を口にしていない者に普通の食べ物を食べさせると、体が驚いて逆に体調を悪くしかねない。

 そのため、先ずは消化の良いお粥にしてみたのだ。


 味付けはあっさりとしていて、後から好みに味付け出来るよう調味料も準備する。薫は濃いめの味付けが好みなため、醤油を足すのだが。


「そら、出来たぞ」


 隣の部屋から動こうとしないシーニャに英語で声をかける。あの国は英語が共通の言語であるため、英語で話しかけていた。


 薫は彼女を知っていた。

 レンストン王国に一度でも行けば、嫌でもその名を耳にするからだ。


 薫は二年前に四天王という立場として、千尋と共にあの国を訪れている。

 だからこそ、当時のバトルランキングの上位者を何人か覚えていた。もしもの時のためにと考えて。


 シーニャに名前を聞いたのは、顔を知らなかったというのが主な理由だが、それでもその御身はサリエルとの会話で既に判っていた。要は、念の為だった。


 最初は薫に怯えている様子ではあったが、自分がバトルランキングの人間ではないとわかると、その怯え方が幾分か和らいだ。


 それに、違和感を感じずにいられなかった。


 ──いくらなんでも、信用し過ぎている……。


 馬鹿正直に他人を信じる輩は稀に見るが、シーニャはそれとは少し違うように感じられた。


 シーニャの怯え方を考えるに、何か恐ろしいものを目にしたという可能性が大いに高い。先程、逃げていた、と自分で証言したことから明らかだろう。

 それに加えて、何らかの影響もあり、心が壊れているのかもしれない。


 人間というものは脆いものだ。だが、ただ恐ろしいことが目の前で起こっただけでは壊れない。もっと別の要因があるはずだ。

 それは、食事の後に聞くことにしよう。


 しかし、いくら待ってもこちらの部屋に来る様子はない。


 不思議に思い、そちらに足を向けると、立ち上がろうとして、ふらつき、その場に跪く少女の姿が目に映った。


 ──足腰も随分と弱っているな。


 シーニャに近づき、彼女の目線の高さに合わせる。


「少しの間、我慢しろ」


 言って、すぐに彼女の膝と肩に手を伸ばし、抱き上げた。きゃっ、と小さな悲鳴が起きるが、薫は気にせずにリビングの椅子に下ろす。


 少女の目の前にお粥と、小さなスプーンを置く。


 実を言うと、薫はお粥を作るのは初めてだった。その為、味にあまり自信がない。

 だから彼女に伝えたのだ。美味いかどうかの保証はしない、と。


 薫もシーニャの向かいに座り、目の前にお粥とスプーン、醤油を寄せた。


「味が薄かったりしたら言ってくれ。不味かったら吐き出してくれても構わねぇよ」

「い、いただきます……」


 小さく合掌して、薫はすぐに醤油をお粥にぶちまけた。つい先程まで真っ白だったものが、みるみるうちに黒に塗り変わっていく。

 明らかな塩分過多だ。それをわかってやっているのだから、何かがあったときは自業自得である。


 その光景を見ていたシーニャも唖然としていたが、少しして自分の目の前にあるお粥に意識を戻していった。


 真っ黒になったお粥を口に運び、少しの咀嚼。飲みこみ、納得したように頷いた。


「まぁ、こんなものか。作る機会がまったくねぇのも考えものだな」


 そう独りごちる。


 薫は体内に侵入した有害物質を浄化してしまう体質なため、風邪やインフルエンザといった病原菌すら寄せ付けない。

 それに加えて一人暮らしと言うこともあり、お粥を作ることがなかったのだ。


 真っ黒になったお粥を早々に胃袋に収め、食器を流しへと持って行く。


 そして、もう一度考察を始める。


 シーニャは薫の名を聞いたとき、何の反応も示さなかった。


 シーニャの暮らしていた世界でも四天王という存在は広く知れ渡っていたと薫は記憶している。

 そして、それは彼女の父親も認知していたことだ。

 ともなれば、そういったことは知らされていないのかもしれない。


 それなら、先程の様子にも合点がいく。


 多くの人間は、相手が四天王だとわかれば、誰もが逡巡もせずに何が起こったのかを口にする。

 どれだけ良心を持った人間だろうと、相手が四天王なら大丈夫、という意味のわからない絶対の信頼を置いている。だからこそ、何でも屋のようなものの仕事を始めると、危険な内容であろうと頼みに来る輩がいるのだ。

 その中には警視総監もいる辺り、世の中狭いものである。


 確かにあの前レンストン王は危険を良しとしない道徳的価値観を持ち合わせた御仁だった。民草を第一に考え、貧しい者にも分け隔てなく接する珍しいタイプの王だった。


 薫と千尋は真逆の印象を受けた。


 千尋は彼のその行いを讃え、民を大事にする思慮深い人物であるという好印象を。

 人々の命を貴び、王という人種には珍しく人道的な思考の持ち主であると。


 対し、薫は違った。ただただ生温いと。綺麗事であり、ただの甘ったれであるという否定的な印象を受けた。


 そもそも、薫は魔界の多くの面々と同じように人間をあまり快く思っていない。それを抜きにしても、そんな考えではやっていけるわけがないと考えていた。

 しかし、統べる種族は違えど、薫もまた王である。民を思う気持ちに対しては共感するものもあるが、そんな綺麗事でやっていけるほど甘いものではないのだ。


 脱線したが、四天王とはある種の武の象徴。ただでさえ、血気盛んで危険な世界の住人ではあるが、それ以上に力を持っているであろう危険な人物達に、娘を会わせようとするだろうか?

 危険な目に遭わせたくなければ、危険なものから遠ざけるのが一番手っ取り早い。

 

 シーニャが薫を知らなかったのは、案外そういった親の考えがあったのだろう。


 その時、カランッ、という耳障りな音が聞こえ、そちらに反射的に意識を向けた。

 そして、目にしたものにギョッとした。


 シーニャが大粒の涙を流していたのだ。お粥を口に入れるスピードは遅い。碌に力も入らないような状況ならそれも病むなしだろう。

 しかし、それを口に入れる度に、その目から涙があふれ出して止まらない。


「うっ……うぅぅ……」

「……不味かったか? それなら、無理して食わなくてもいいぞ?」


 他にも消化に良い料理を作るぐらいの材料はまだ残っていたはずだ。


 しかし、シーニャは首を横に振った。か細く、今にも消え入りそうな声で、違う、と繰り返した。


「食事が、こんなに……ありがたい、なんて…………初めて……思って……っ!」


 少女の声に思わず納得してしまった。その気持ちは薫もわからなくはない。似たように感じたこともある。あれは些か事情が異なっていたが。


 彼女が涙を流すのはきっとそれだけではない。極度の緊張状態から解放され、安心したら今までの思いが表に流れ出したのだろう。


「…………」


 黙って泣きじゃくるシーニャを見詰める。

 立ち上がり、少女の傍らに立つと優しく彼女の頭を撫でていた。子供をあやすのはあまり得意な方ではない薫だが、自分やレイラを育てたあの女ならどうしただろう、と考えての行動だった。


「我慢する必要はない。好きなだけ泣けばいい。ため込んでる方が余程体に毒だ。たまったものを全部流しちまえ。全部吐き出して、スッキリしちまえ。それまでは、ここにいてやる」


 比較的優しい声音で、安心できるよう語りかける。

 あの女ならきっとこうした。あの女は包み込むような包容力があった。家に来たばかりのレイラも、あの女にはよく泣きついていたものだった。


「うっ、ううぅぅぇぇぇえぇっ……!」


 シーニャが堪らず声を上げて泣いた。堰が外れたように泣き崩れた。


 何があったかは知らない。だが、まだ年端もいかない少女をそれほどまでに追い詰めるような何かがあったのは間違いない。


 薫は善人ではない。恐らく、シーニャが今まで見た中で一番の外道だ。殺戮の限りを尽くす悪魔だ。

 そんな薫も、今回ばかりは、この少女の良いように働きかけてやろう、と思ってしまった。

 可哀想と思ったわけではないだろう。もとより、そんな感情は既に契約した化物にくれてやった。


 義母の真似事をしてしまったからだろう。それは、いつもは破ってばかりの、母親の言い分を守ってやろうという薫の気まぐれだった。


 少女の泣き声は止まない。カーテンの隙間から差し込む陽光が強くなっても、その声はしばらく止まらなかった。

次回はどうなるかな~。多少内容は決まってますが、いつもの通り変な感じになるんだろうなぁ……。


てか、ホントに次はいつ頃になるんでしょう……。長らくお待たせしてしまい申し訳ありません……。

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