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四天王  作者: シュガーイーター
ライオネル・ソウル編
20/34

狙われた理由

2018,2,22  改行作業、加筆修正を行いました。

 和希の絶叫はその空間に響き渡り、千尋が反射的にそちらを振り向き、薫とイリカも同時にそちらに目を向けた。そして、皆が瞠目した。

 煜が全身血だるまになってぐったりとしているのだ。


 レイラと千尋はすぐにそちらに駆け寄る。

 薫は驚きつつも、すぐにイリカに意識を戻し、距離を詰める。疾風となって間合いを詰め、妖刀を振るう。イリカも即応し、甲高い金属音が響く。鋼同士がぶつかり合うことによって生じた火花が二人を彩り、双方その剣戟に興じていった。


「菅ちゃん、診せろっ!」


 千尋は傍らに駆け寄るとすぐに煜の容態を確認。すぐに渋い表情になった。

 レイラが辿り着いたのは、千尋がもう診終えた頃だった。


「どんな感じ?」

「見た所、最悪っていうのは私にもわかるけど……」


 その言葉に千尋が頷く。


「……右上腕骨にヒビ。肋骨も二、三本は折れてる。左頬骨にヒビ。両足大腿部の筋肉断裂。他にもまだまだ細かいのが盛り沢山だ」

「命に関わるのは?」

「幸いなことにない。だが、それでも早く治療しないとマズい」


 その惨状に思わず歯噛みする。


 レイラ――薫もそうだが、二人の見立てでは薫達四人を相手取ってここまで出来るという輩は想定されていない。

 雇い入れたのだろう暗殺者であってもだ。その予感は当たっていたことになる。煜の容態を見るまではだが。

 見た限り切り傷がないところから、相手は刃物や飛び道具ではなく、単純な打撃等を使うようだ。拳か、ヌンチャクか。上げだしたらキリがない。


 視線を下げる。そこではたと気がついた。


 ――なくなってる!


 煜が腰に差していた二本の小太刀。それが、鞘だけを残してなくなっているのだ。

 相手に奪われたか、もしくはどこかに落としたか。

 後者は無いだろう。煜の惨状を見て、落としたとはとても思えない。

 そうなると自然と相手に奪われたということになる。


 その時だ。



「――返すぜ」



「――っ!」


 突如聞こえた低い声にレイラが即応。刀を鞘走らせ、飛来したふたつの物を弾き落とした。

 それは煜の使っていた小太刀だった。つまり、今投擲した相手は煜が戦い、大敗を喫した相手ということになる。

 レイラは下段に刀を構えたまま、相手が現れるのをじっと待つ。千尋と和希も無言のまま近づいてくる何者かを待ち構えた。


 コツ、と床を踏み鳴らす音が聞こえ、その直後、全身に叩きつけられるおぞましい気配に呑まれそうになる。

 しかし、薫の手前それをすることは憚られた。奥歯を噛み締め、必死にその重圧に抵抗する。


 薄暗い通路から、ゆっくりと巨漢の男が現れる。それだけで、何故かは知らないが総毛立つ感覚に襲われた。まるで心臓を鷲掴みにされているかのようだ。


 表面上は闖入者に警戒を向けているように見えるだろう。そうではない。裏稼業に身を置いていたために嫌なほどわかってしまう。明確な力量差。

 身体が動かない。刀を構えたまま、指一本動けない。出来るなら、今すぐこの場から逃げ出してしまいたいという気持ちでいっぱいになっている。

 針のように細められた男の双眸はしばらくレイラに見据えられ、それによって嫌な汗が頬を流れる。


 男はしばらくそうしていたかと思うと、おぞましい気配を抑え込み、今度は純粋に感嘆したように声を弾ませた。


「ほぅ、なかなかやるな。流石はあいつの鍛えた娘だ。ウチの娘達にも負けじ劣らじのいい勝負をしそうだ」


 よくわからないが、どうやら褒められたらしい。自分でも先ほど向けられていた殺意に飲まれなかった自分を褒め倒したいぐらいだ。


 しかし、それでも体は未だ動かせない。どれだけ動かそうとしても、ピクリとも動かない。それどころか、視線は男から離れようとしない。

 先ほどの殺意がなくなっても、未だ心臓を鷲掴みにされた感覚が残っているからだ。それによって恐怖心が助長され、レイラの精神が崩壊寸前まで崩れてしまった。

 その感覚は先ほどの醜悪な化物でも感じることのなかったもの。

 あの時もその見た目の不気味さから身が竦んでしまっていたが、それでもこれほどではない。戦わずともわかる。自分と比べると雲泥の差である。

 ただ立っているだけでも漂う強者の余裕。男もレイラとの圧倒的な力量差を認識し、隙を見せず、それどころか戦う前から相手の気力を削ぐという戦闘不能よりも遥かに難しいことをしてのけたのだ。


 必死に考える。この場をどうやって切り抜けるか。レイラの目では四天王と呼ばれる彼らが束になっても勝てないかもしれない。事実、煜も一人で挑み、返り討ちにされていることからも明らかだ。


 だが、そんなことは彼らは露ほども思っていないのだろう。


「――獅童ォッ!!」


 千尋が吼え、和希が矢に魔力を注ぎ込み、化物を貫いた時以上の一矢を射った。

 しかし、獅童は飛来する矢を無造作に掴み、刹那、懐に入り込んでいた千尋の回し蹴りを正面から受けた。

 衝撃は地面へと伝わり、地響きと共に獅童を中心に地面を僅かに陥没させる。

 だが、獅童は掴んでいた矢を捨て、涼しい顔で千尋の次の一手を待ち構えた。掌底、拳打、手刀、裏拳、各種の蹴撃。大気を揺るがせ、鍛え、研ぎ澄ませてきた千尋の猛襲。対峙せずともわかる。そのどれも一撃必殺であろう強烈なもの。

 そんな怒涛の猛攻が獅童に殺到するが、そのすべてを涼しい顔で捌ききってしまう。


「一年ぶりだな、千尋」

「相変わらず、本気で殴ってもビクともしないな、お前は……!」

「いやいや、あの時に比べればかなり力が上がっている。喜ばしいことだ」

「そんな風には見えないが……なっ!!」


 今までに見た千尋の戦闘がお遊びだったのではないかと思えるような懸絶たる冴え渡る連撃。拳圧だけで砂埃が舞い上がり、踏みしめる一歩は地面に小さな亀裂を作る。

 拳がぶつかる衝撃は小さな地響きを起こし、皆を唖然とさせるのに充分過ぎるものだ。

 そこに和希が突出する。弓を捨て、握りこぶしを作り自然体を心掛けて殴りかかった。


 しかし、獅童は一筋縄ではいかない。


 千尋の連撃の合間に掌打を放ち、蹴撃を繰り出し、時には二人で同時に攻撃する。弾丸となって獅童に迫る肌色の雨霰。

 普通なら二人の息もつかせぬ怒涛の猛攻は捌ききれず、すぐにその場に頽れることだろう。


 だが、獅童はそうではない。未だ獰猛な笑みを浮かべたまま、受け、躱し、二人の攻撃を誘導して同士討ちを狙う。

 しかし、共に生き地獄を生き抜いた二人のコンビネーションは生半可なものではない。すぐに位置を入れ替え、千尋が飛び上がり、和希が潜るように身を下げ、上下からの多段攻撃に移る。

 合図をしたわけではない。事前に示し合わせていたわけでもない。お互いの意思を尊重し、お互いの出来ることを認識して行われたこと。


「ほぉ!」


 これに獅童も驚いたようではいるが、それで動きを止めるわけがない。

 飛び上がり、繰り出される千尋の蹴りを容易く掴み止め、下方から突き上げるような和希の拳を左足を軸にして回転し、身を僅かに後方に下げて避ける。

 そして、さらに半歩下がり、側面から回転の勢いをそのままに千尋を和希に振り下ろした。


「ガッ……!?」

「ぐっ!」


 二人は転がり、ようやく止まったところに獅童のジャブ。しかし、彼は一歩も動いていない。

 それにも関わらず、二人は表情を凍りつかせ、反射的にその場から飛び退く。

 直後、地面が拳大の大きさに陥没。それを中心に放射状に亀裂を作った。


 ――今のは……!?


 一瞬魔術か何かかと思った。だが、今の攻撃に魔力を感じられず、その残滓すらもない。飛び道具かとも思ったが、そんな様子もない。


 それでも彼らは違う。それを見たことがあり、その威力をわかっているからこそあの二人は避けたのだ。

 その二人の視線はジャブを放った左手に向けられ、呆れ混じりにため息を吐く。


「ホントに化物だね……」

「まったくだ。ソニックブームを撃つならそれを放つ拳も同じくズタズタになるはずなんだがな」

「お前達のような柔な肉体構造をしてないのさ」

「ふん、言ってくれる!」


 千尋は冷ややかに笑う。その笑みの下にある絶対零度の憎悪を知る者は少ない。その欠片と言えるものをレイラは直感し、恐怖で総毛立った。


 千尋が駆ける。和希は再び弓を投影し、その弦を弾く。


「これなら……どうだっ!」


 すると、魔力で形成された矢がいくつも枝分かれし、中心を開け放物線を描いて獅童に殺到する。その中心に千尋が飛び込み、矢は丁度獅童のいる箇所で集まった。

 獅童はそれを見ると、手を鉤爪の形にして薙ぎ払う。すると、ごう、と剛風が渦を巻き、幾本もの矢を弾き落とし、その風によって千尋の速度を落とさせた。


「なっ!?」

「悪くないぞ、以前よりはな」


 獅童が地面を蹴り、間合いを一気に詰める。そのまま拳を一気に振り抜いた。

 咄嗟に腕をクロスして防御する千尋だったが、歪な音とともに千尋の身体が宙を舞い、後方に大きく飛ばされた。


「かはっ!!」


 壁に背中から激突。肺の中の空気が吐き出される。直後、快音と共にその眼前に再び腕を振り上げた獅童の姿があった。


「今回は挨拶だけのつもりだったというのに、まったくお前達は」


 腹部に一撃。それで壁が耐えきれなくなり、隣の部屋へと投げ出されていた。

 大量の血塊を吐き出し、転がる千尋の口元に血溜まりをつくる。その周りに崩れた瓦礫が転がり、もくもくと砂塵が巻き上がっていた。


 和希の援護はどうしたのだと思い、和希に目を向けるとそこにその姿はなかった。

 代わりに、壁際に先ほどはなかった瓦礫の山が見え、その中から弓を持った手が突き出ていた。

 和希も千尋と同じように飛ばされていたのだ。恐らく、千尋に追撃を仕掛けたあの一瞬だろう。

 レイラの目では見えなかったが、どうやら一瞬の間に激しい攻防があったらしい。床が崩れ、小さな穴が開いていた。


「……嘘」


 勝てないかとしれないとは思ったが、ここまで手も足も出ないとは思ってもいなかった。


 不意に視界から獅童の姿が消え、慌ててそれを探す。

 それはすぐに見つかった。眼前で泰然と立っていたのだ。


「あ……」


 思わず喘ぐような声が口から漏れる。

 彼らで勝てないような相手に、レイラが勝てる道理がない。もちろん、普段通りに戦えたなら死を覚悟して手傷のひとつは負わせてみせる自信がある。

 だが、既にレイラの心はボロボロで、普段通りに戦うことができない。それどころか、一瞬で殺されてしまうことだろう。

 今まだ自分がこうして立っていられるのは、対峙する化物が様子を見て手を出そうとしていないからにすぎない。

 そして、レイラ自身にはこの状況を打開する力はない。

 完全に詰みである。


「まったく、あいつらは話を聞こうとしなくて困る。お前はそう思わないか?」

「……あ……ぅ……」

「……ふむ。どうやら、怯えられているようだ。あの二人と違って、精密に力量を図ることが出来るからか」


 獅童は顎に手を当て少し考える素振りを見せる。だが、それもすぐに解かれ、


「なに、心配せずとも手を出されない限りは俺は何もしないさ。そこまで怯える必要はない」


 そう言って、獰猛な笑みを見せた。

 だが、レイラはそれを信じることが出来ない。この状況でそんなことを言われると泣いて喜びそうなところではあるが、他人を信じないよう薫に説かれてきたレイラには嘘をついているという考えでしかいないのだ。


 獅童が何の差異もない動作で手を挙げる。視線を獅童の表情にばかり向けていたレイラはそれに気づけなかった。

 ようやく気づけた時にはその手は目の前にあった。そして、それは尚もレイラの方に伸ばされている。


 ――殺される。


 そう思っても体は動かない。成す術もなく頭を握り潰される。千尋に一撃であれほどのダメージを与えた男だ。それも容易いだろう。


 出来れば、痛くないようにして欲しい。


 そう思った刹那――


「――ッ!!」


 獅童が眦を見開き、咄嗟に手を戻した。


 先ほどまで手のあった場所を、横から黒い物が通過していく。

 通過していったものはその直線上の壁に深々と突き刺さり、それによって獅童に対する一瞬の掣肘。

 その一瞬のうちに紅い槍を手に持った薫が二人の間に割り込むと、横一文字に薙ぎ払った。

 獅童はバックステップで飛び退くと、驚いたような表情で薫を見た。


「人の妹に手を出そうとしないでもらおうか」


 槍の穂先を獅童に向け、濁りきった赤黒い双眸(・・)で獅童を睨め付けた薫の姿に、どこか救われたような顔になるのだった。




 時間は少し遡り――


 薫は内心焦っていた。焦りつつも一定の平静を装い、剣戟に身を委ねながら数々のことを思考していく。


 何故このような場所に、あの男がいるのだろうか?

 獅童誠。それは薫たち四人にとって、敵対している企業に最も近しい男として見ている。

 つまり、企業の情報を持っている存在であり、この男を捕まえればようやく攻めに移れると見ているのだ。

 そのため、煜、和希、千尋の三人は何が何でも捕まえて、情報を吐かせようと考えている。

 今もそうだ。闖入者が獅童だとわかるや否やすぐに飛び込んでいった。


 だが、薫の見立てではすぐに返り討ちにあって終わりだ。頭に血が上り、冷静さを欠いた状態ではどうしても勝てない。

 それに、今は誰一人としてあの男に勝てない。薫ですら、この場では真っ向と挑んで勝てる見込みはない。手段を選ばなければわからないが、そんな気分ではない(・・・・・・・・・)ために勝ちの目はなかった。

 それほどまでに絶望的な武力差があるのだ。


 そんな男がどうしてこんな場所にいるのだろうか?

 奴がここに来る理由はない。いや、考えられるとすれば、あの男が社員として、ライオネル・ソウルにあのウイルスを売った張本人なのかもしれない。

 だが、そんな場所に今になって様子を見にきたということがおかしい。

 いいサンプルが取れたと高笑いしているような連中ではあるが、それはどこかに仕掛けられたカメラで映像として写してあるはずだ。


 ――判断材料が少ないか。


 何にせよ、今は目の前の女を倒してからでないと向こうに加勢することはできない。


 切っ先が交差する。幾度も振るわれる剣線。幾重もの太刀筋。刀と刀が激突し、火花が弾ける。


 二人の剣戟は周りから見ていれば、対象的な印象を持たせた。

 剛と柔。男と女という事から薫が剛だと思われるだろうが、現実は違った。

 直線的なイリカの剣線。それをしなやかな軌跡で容易に受け流す。

 重さと速さはイリカの方が上だ。だが、それも薫がその気になれば簡単に覆せるだろう。そうはせず、持ち前の剣技を巧みに扱いイリカの力強い一刀を悉く受け流した。


「ハアァッ!」


 イリカの裂帛の気合いが乗った一閃。薫はそれまでと同じように受け流し、背後に回り込む。そのまま押すように蹴り飛ばした。


 イリカはすぐに体勢を立て直し、刀を振るい続ける。

 彼女の剣術は我流だ。少し戦えばそれは嫌でもわかる。刀の握り、振り、体捌き、残心が少々甘い。

 それでも一心不乱に振り続けたその努力は彼女に強い自信を持たせ、ここまで己を鍛え上げたのだろう。

 それは先ほど彼女自身の言った通り、家族や青春を捨てなければここまで来ることは出来なかったことだろう。

 その点は薫と似てる部分がある。


 家族に関しては肉親なら容易く切り捨てたが、育ての親となれば師匠でもあったわけで、切り捨てることは出来なかった。

 しかし、その分濃く教えを乞うことが出来、薫をここまでの境地にまで至らしめた。


 そう、恐らく彼女には師がいなかったのだ。そのため、先程から見ていてわかったが、彼女は体術の心得がない。

 何かしら武器を使う者は、いつでも武器を扱えるとは限らない。

 刀を持っている者の場合、戦っている最中に刀が折れたり、刃こぼれしたりすることもある。

 その時は嫌でも身ひとつで切り抜ける必要がある。しかし、彼女は師がいないため、体術を教わる機会がなかったのだろう。

 少しでも体術の心得があったのなら、体捌きはもう少しはマシにはなったかもしれない。所詮は可能性でしかないが。


(せい)ッ!!」


 刃が禍々しく輝き、薫は落ち着いて妖刀を振るって対処する。時折鼻先を掠めるようにイリカの一刀が襲い、それにひやりとしながらもお返しにとばかりに刀を縦に横にと振るう。

 純粋な剣技においては薫が上。だが、イリカは予想以上のタフさを兼ね備えていた。


 薫個人の感覚としては、既に四度ほどその首を落としている。しかし、イリカの首は未だ繋がっており、肩を大きく揺らして荒い息になりながらもこちらの命を刈り取ろうと粘っていた。

 剣戟に浸り、その中で薫は攻め方を変える。


 イリカが上段に構え、全力で振り下ろす一刀をバックステップで後退して避ける。

 少し前傾姿勢になり、刀を刺突の構えに移す。


「――くっ!」


 薫が戦法を変えたことを即座に見て取ったイリカは奥歯を噛み締めながら刀を正眼に構える。

 だが、イリカはそこで違和感を感じた。

 それはすぐに理解することになる。


 薫が地面を蹴る。その速度は先ほどよりも俊敏で、イリカは思わず瞠目した。


「フッ――!」


 鋭く呼気を吐き、最短距離で突く。イリカは落ち着いて対処してみせ、次に横薙ぎに振るわれた一刀を刀の腹で受けた。


「重っ!?」


 驚きつつ、全身の力を使って押し返されるも、薫は即座に後方へ飛び、再び跳躍。

 迎え撃とうと刀を構え、足を狙って横薙ぎにする。だが、薫は妖刀を地面に突き立て、その柄に手をやって跳び上がり、手をやったそれを軸に蹴りを見舞う。

 腕を盾にするが、その痛みに思わず顔をしかめる。


 今度は蹴りを見舞った足を軸にし、突き立てた妖刀を引き抜き、宙にいるまま体全体を使って袈裟懸けにした。

 咄嗟に横っ跳び、その一太刀を避ける。

 薫は着地すると間髪入れずにその後を追い、一閃。鋼同士の激突する感触を認識すると、すぐに後退。イリカを中心にして円を描くように駆け回り始めた。

 しかも、ただ動き回っているわけではない。途中でフェイントを入れたり、動く方向を変えたりとプレッシャーを与え、身体的にだけでなく、精神的にもじわじわと疲労させていく。


 神速の踏み込みと同時に飛び込み、慌てて対処するが、その距離は刀における必殺の距離ではない。少し距離がある。

 しかし、薫の足は止まらない。走り続け、休むことなくプレッシャーを与え続け、そして重い一太刀を繰り出し続けた。

 イリカは受け続けると危険と判断したのか、距離を取ろうと後退する。


「この動き、まるで、槍の……!?」

「ご名答」

「っ!」


 一瞬のうちに開いた間合いが詰められ、慌ててイリカが反応。ガキリ、と音が響き、苦虫を噛み潰したような顔になる。


 そこでようやく薫が足を止めた。


「随分とタフな女だ。これからどんな風に伸びるか、楽しみになってきたな」

「ハァ……ハァ……、それはどうも」

「その剣、我流だな?」

「よくわかるわね……」

「あぁ、刀の握りと振りと体捌きと残心が少々疎かになっているが大したものだ」

「それ褒めてる?」

「あぁ、褒めてる」


 薫の評価に少しジト目に抗議の目を向けてくる。それに肩を竦めてみせた。


「既に四度ほど首を落としたと思ったが、まだそこについているとはな」

「正直、危ないのばかりで全く気を抜けないわよ! 流石は『魔王』、いえ、『黒狼(ヴォルフ)』ってところかしら? ……なんにせよ、手を抜いてもらっていることは確かでしょうけど」

「どうかな。少なくとも、まだお前が生きてるのは、お前自身の実力だ。誇るといい」


 それを聞き、どこか嬉しそうにはにかみ、続く薫の言葉に表情を強張らせた。


「さて、もう充分実力は見た。なら、ひとつ賭けをしようか。生か死か、次の一撃でそいつが決まる。しっかり防げよ。それで生きていれば、運が良かったってことだ」


 自分でもらしくないとは思う。賭けは嫌いだと自分で口にしておきながら、最後に賭けを選ぶとは……。


 霞の構えになり、小さく息を吐き左眼を開眼(・・・・・)する。瞳の色は赤黒いまま、瞳の周りの白い部分がどんどんとドス黒く染まっていく。

 漆黒よりもなお黒いそれは、相手を取り込むかのように視線を引き寄せ、無意識に直視してはならないと直感させる。直視し続ければ最後、その者は深い闇の中へと沈んでいくことだろう。

 薫の全身から瘴気が噴出し、どろりとした重い空気がイリカを蝕み、体を押し潰されそうな感覚が襲う。


「何よ、それ……っ!?」

「構えろ。死にたくなければ、な」

「くっ!」


 薫に促され、イリカは慌てて刀を構える。薫の一挙手一投足に意識を注ぐ。

 イリカの準備が完了したことを認識すると、わずかに腰を落とした。


 ――目測二メートル、狙いは左肩口から右脇腹にかけての両断……!


 眦を細め、両断を狙った箇所を視線でなぞる。イリカにこちらの狙いを認識させるための行動だ。

 果たして彼女がそれに気づいた様子はない。

 少々残念に思いながら、地面を蹴った。


 薫もレイラと同じく独自の技を編み出している。レイラが千秋に「兄妹だ」と言われたのは、それが原因だ。

 開いている距離が詰められ、左肩口めがけ一刀。それに膂力を使うだけの単純さはない。緻密に練られ、精密に急所を斬り裂かんと黒刃が禍々しく煌めき、悪魔直伝の体術による歩法によって生み出される強靭な一刀は障害物を薙ぎ倒さんばかりに振り下ろされる。


「はっ!」

「!」


 イリカが即応。その一太刀を刀を盾にして防ぐ。握る刀は鋼の悲鳴と共に下方に大きく弾かれた。

 腕がその一撃の重みによって痺れてしまい、奥歯を噛み締めてそれに抵抗しようとして苦い表情となっていた。


 薫は表情には出さないが、内心驚嘆していた。今の一撃。それはイリカの刀を粉砕して尚もその身体を両断する威力を持っていた。

 しかし、双方無事。理由としては、イリカが刀を斜めに傾け、力を受け止めるのではなく、流すことによってその力を逃したからだ。

 無意識に直接受けてはいけないという判断を下したのだろう。それによって、イリカは数瞬だけ生き永らえる時間を得たのだ。

 だが、薫の必殺の一太刀を防いだことで、表情に安堵の色が垣間見える。

 だが、まだ終わりではなかった。

 本来、この技は一撃をして二撃。更に細かく言えば、一太刀目と二太刀目をほとんど同時に──強靭な顎で標的を食い千切るようにして相手を捉えるもの。


 薫は自然に左足を一足分詰め、弾かれた刀は気づけば体の左側に下段に添えられており、流れる動作で、薫の腕から先が突如掻き消えた。

 耳に劈く金属音。それに驚き半歩下がった刹那、イリカの体に灼熱が駆け巡った。

 イリカは突然襲った激痛に瞠目し、背中から倒れ込む。よろよろと体に視線を向けると、右脇腹から左肩にかけてひとつの大きな傷があり、それを認めた瞬間気持ちの悪いものがこみ上げ、喀血した。


 何があったのか考えるまでもない。薫によって斬られたのだ。絶え間なく溢れ出る鮮血を抑えようと手を伸ばすが、傷が大きく抑えた箇所以外から血が噴出する。


 薫は静かに納刀すると、倒れるイリカの傍らに片膝立ちになる。その時に、離れた場所から二人の足音が聞こえてきた。


「……ねぇ、私……どう、なったの…………?」


 それは半ば理解している者の目だ。彼女が訊こうとしているのは結果ではなく、そこに至るまでの過程を訊いているのだ。

 薫は自分がつけた傷の具合を確認しながらその問いに答える。


「我流飛雪抜刀術、(アギト)。今俺が使った技だ。一撃をして二撃。二撃目は音を超えて対峙する者を襲う。恐らく、お前には袈裟懸けにされる一撃目しか認識できなかったんだろうな。そのまま一足分詰め、逆袈裟を放った。そういうわけだ」


 それに少し黙っていたかと思うと、「そう」と小さく呟いた。


「結局、私じゃ……相手にも、ならなかった……ってこと、か」

「いや、そうでもない。賭けに勝ったのはお前だ」


 掛けられた言葉に、イリカの視線が驚愕に見開かれた。そんなことを言われるとは思ってもみなかったのだろう。

 確かに出血は酷い。だが、見た目よりも深くない。恐らく、刀が折れた際に半歩下がったことが功を成したのだろう。もともと、薫の狙いは両断だ。それが成されていない以上、薫は負けと思っていた。


 簡単な治療をして、病院に連れて行けば助かる可能性の方が高い。

 そして、幸いなことに薫は医者としての知識もあり、更には衛生兵として必要な分の治療道具も持ってきている。もちろん、モルヒネも。


「勝負に負けはしたが、賭けに勝った。故に、俺はお前を生かすことにする」


 言って、薫は包帯と治療道具を取り出し、処置を始めた。

 初めは呆然として黙っていたイリカだったが、治療されていくうちにボロボロと大粒の涙が溢れ始めた。

 見られないようにするためか顔を背け、小さくすすり泣く声が聞こえてくる。


「イリカ!! あれ、なんで『黒狼』が治療してるの……!?」


 その時にようやくリムとアロンが辿り着き、目の前の状況に呆然と立ち尽くしていた。


 薫は簡易的な処置を終えると、包帯とモルヒネをリムに投げ渡した。リムは慌てて受け取ると、訝しげにこちらを凝視する。


「女を剥いて、包帯を巻くわけにはいかねぇだろ?」

「もう既に剥いてると思うけど」

「何のことだかわからんな」


 それだけを言って、三人に背を向ける。

 これは偽らざる本音だ。傷があるのは彼女の体。確かに処置の際にも体を見ることにはなったが、それでも大事な箇所はなるべく隠すように配慮した。

 しかし、包帯を巻くとなるとそうはいかない。いやでも見てしまうことになり、それはどうにも忍びない。

 だからこそ、同じ女性であるリムに包帯を渡した。


 彼女が訊きたいのはそういうことではない。そんなことはわかっている。

 しかし、賭けに負けたからなどとは薫の口からは死んでも言えない。言いたくもない。


 もちろん、それだけが理由ではない。

 もうひとつの理由は獅童だ。激突音が止んだことから、どうやら戦闘は終了したらしい。

 結果は確認するまでもないだろう。

 そして、薫にとっては戦闘に移す理由もないが、後で千尋達に何を言われるかわかったものではない。

 だからこそ、今一度表情を引き締め、獅童の方へと向かっていく。


「待って――」


 か細く消え入りそうな声に呼び止められ、黙って立ち止まる。

 半分だけ振り返り、声の主人であるイリカに目を向け、言葉の続きを待つ。


「……私に、戦う術を教えて……欲しい…………」


 縋るような声。紡がれた言葉にリムとアロンは瞠目し、薫とイリカの二人を交互に見た。


 暫しの沈黙。そして、柔らかい笑みを浮かべてみせた。


「傷を癒せ。話はそれからだ」

「嘘……!」

「あの、『黒狼』が……!?」


 表面上であっても薫が人間に笑顔を見せることは稀だ。それも他人に対してともなると尚更だ。

 だからこそ、二人は驚いたのだろう。


 イリカは嬉しそうに微笑み、薫はそれを尻目に抜刀。レイラに手を伸ばした獅童の腕に向けて投擲。

 それが躱されることはわかっていた。だからこそ、次に魔界の自室に置かれた紅い槍を転移させ、二人の間に飛び込んだ。


「人の妹に手を出そうとしないでもらおうか」


 少し高圧的に、対峙する男に向けて渾身の威圧をかける。

 だが、それに臆するはずがない。恐らく、この男は薫とレイラの母親と互角程度。勝てる道理がない。

 それでも千尋達の手前やらねばならない。面倒だが、文句は言っていられないのだ。


 槍を構え、今現在生身で出せる全力で挑む心持ちで標的を睨んだ。


「お前は少しは話のできる奴だと思っていたんだがな?」

「話だと? この()とか?」


 口調が変わる。それだけでなく、纏う雰囲気がどんどん禍々しくなっていく。血を連想させる紅槍が使い主の雰囲気に触発され、噴き出る瘴気をおどろおどろしく歪ませる。

 その変化を鋭敏に感じ取った獅童は僅かに眉根を寄せ、やれやれと肩を竦めた。


「そうだ。今回はただの挨拶のつもりだったんだ。それを話を聞かない三人が襲いかかってきてな」

「それで全員叩き潰した、と? 果てには私の所有物(いもうと)にまで手を出そうとしていてか?」

「なんだ、思ったよりも独占欲があったようだな。まぁ、誤解なんだが」

(オレ)としては独占欲なんてものはないさ。ただ、悪魔王(わたし)となると欲の塊だ。所有物は全て私の物! それは無機物有機物、生者死者を問わずにな!」


 獅童はどこから仕入れたのか知らないが、裡に潜む化物の事を知っている。

 それでいて尚あのように平常心でいられるところを見るに、自身の化物にも匹敵出来るほどの実力者なのではないかと薫は考えている。

 少しでも隙を見せてはならない。隙を見せたが最後、それはこちらの死を意味する。


「まったく。そいつを宿してよくそこまでマトモでいられるな? 普通なら、その強力過ぎる力に呑まれて精神が壊れるはずなんだが」

「マトモ? これでマトモに見えるのか? もしそうなら貴様の目は余程の節穴だな。側から見てわかるように私はイカれ、壊れている! 感情の欠如、感受性の極端な乏しさ! 人間に対してこれといった思い入れすら持たない、人の皮を被った化物だ! それに、この眼だ! この眼を見て人間であるはずがないだろう!? 貴様はそれをわからないはずはないはずだ」

「――なるほど、お前はどうやらわかっていなかったらしいな」


 獅童の物言いに訝しげに眉根を寄せる。それを見て獅童はため息を吐いた。


「確かに、お前の言う通りそれは普通の人間から見れば化物の一端だろう。しかし、オレが言っているのはそんなことではない」


 獅童はそこで一旦言葉を区切り、レイラに指を指した。レイラは思わず身動ぎし、懸命に力を振り絞って、しかし、呆然と立ち尽くす。


「お前はその子をしっかりと妹だといった。それだけじゃない。こちらの問いに対して、しっかりとお前自身が思う答えを返してきた。なにより、自我が今も保たれ、日々を謳歌している」

「それが何だ?」

「本来なら、それすら出来ないのさ」

「……なに?」


 思わずそう返していた。この男の言っていることが理解出来ない。いや、頭では理解出来る。だが、それを認めることができないでいた。

 それに対して今度は薫に指を指す。


「そら、今もそうだ。こちらの言葉の意味をしっかりと理解し、そして純粋に驚いてみせ、必死に考えている。それすら本来はできないのさ。それ以前に、その体は既にあの女(・・・)の物として姿形も変わり、お前自身の存在がなくなってしまう。喩えそれが、奴の半分だけであっても――っ!」


 薫は底冷えのするような身も凍る眼光で一瞥する。それに獅童は何かを察知し、瞬時に移動。一旦薫の正面から離れ、薫とレイラの背後に立つ。

 それを半分だけ振り返り、苛立ちを隠そうともせずに吼える。


「どこで知った」

「なんのことだ?」

「とぼけるなッ! 『あの女』と言ったな? 奴が『女』だと何故知っているッ!!」

「それは簡単で瑣末な問題だ。少し考えればわかるだろう。お前達のように聡明ならな」

「何だと――」

「――それよりもだ。そんな奴を裡に宿せるような奴がいる場所で災厄が起きた。これは果たして偶然だろうか?」


 獅童の含みのある言い方に、思わず薫は口をつぐむ。


「……何が言いたい?」

「これはお前に限って言えることじゃない。千尋もそうだ。もしかしたら、他の連中も……な」


 薫はすぐにレイラの肩に触れ、術式を展開する。指定した座標――近衛のすぐそばに転移させる。

 いきなり転移され、風景が変わったことに対してレイラは驚き、獅童との距離が離れたことによってへなへなとその場に膝をついた。

 あれでは今しばらくは使いものにならない。それ以前に、彼女ではこの男に傷ひとつつけることは不可能だ。


 障害物が無くなる。薫はすぐに地を蹴り、弾丸の如く肉薄する。巻き起こる旋風。砂塵を巻き上げ、ほんの瞬きほどの間に突進した薫は、容赦なく肉体を両断せんと斬り払った。

 獅童はそれに驚く素振りもなく、だが警戒はしているのだろう双眸を細め、すぐさま後退。それを追って、稲妻を彷彿とさせる槍突を繰り出した。

 それは見ていたものには一瞬のことにしか思えなかった。稲妻のようにという表現にある通り、本来稲妻は視認不可能。遠巻きに見ている者達には、槍が消えたようにしか思えなかったのだ。

 しかし、獅童は違った。太刀打ちに手を伸ばし、その挙動を止めてみせる。

 当人達以外には、誰一人として何が起こったのか認識すら出来なかった。


 薫は即座にその手を払い、疾走する。それを見て、獅童が目を瞠る。


 長柄の武器は距離を常に離すものだ。自らの射程範囲に入ってくる敵を迎撃すればいい。

 にも関わらず、薫は自分から距離を詰めたのだ。本来、それは自殺行為である。定石から外れたその行為に獅童も僅かにだが動揺を示したのだ。


 喉、肩、眉間、心臓等を間隙なく貫こうとする薫には戻りの隙はない。残像すら見えてしまうほどの高速の打突。

 一撃ごとに獅童の防御を弾き、後退させる薫の槍は、長く生き永らえた獅童にすら見事だと感じさせるものだ。

 しかし、長く生き、様々な戦いを経験してきた獅童には、通常の攻め手だけでは決定力が些か欠ける。


「ふ――ッ!」


 心臓に迫る穂先を内から外へと払い、薫の槍もかくやという速度で踏み込んだ。

 しかし、それは薫の思う壺だった。


 槍はその形容から打突が主体であると思わせるが、その基本は払いにある。

 長さに物を言わせた広範囲の薙ぎ払いは、元より身を引いて躱す、などという防御を許さない。半端な後退では槍の間合いから逃れられず、反撃せんという試みでは腹を裂かれて終わり。

 かといって無造作に前に出れば、槍の長い柄に弾かれ、容易く肋骨を粉砕される。

 しかし、それは常識的な戦闘での話。そして、当事者である二人の戦闘は一般常識など通じない。


「ふんっ――!」


 獅童は小さく息を吐き、強烈な踏み込みと共にその槍を掴み止めた。生じる衝撃は大きく、その空間を大きく揺るがせ大地震を彷彿とさせた。


 薫は苛立ちを隠そうともせず、らしくもなく声を荒げてしまっていた。


「貴様はいったい何が言いたい!?」

「おいおい。いいのか? 上に立つ者がそんな風に取り乱して」

「チィッ――!」


 指摘される正論に、思わず苦虫を噛み潰したような顔になる。

 それを見て、満足そうに獅童は頷いた。


「なんにせよ、オレが今日話せることはこれで全てだ。役立ったか?」


 役立ったかどうかで言えば、恐らく役立ったの部類に入るのだろう。どこかクイズ風に話されており、少し考えさせられる事があるが、奴の言う事が正しければ災厄を振りまかれたことは偶然などではなく、必然であったと言う事だ。

 そして、薫と千尋、その他の人間に対して言えること。薫と千尋に共通してることといえば、『眼』。更に踏み込んで言えば、『適合者』だ。

 しかし、その他の人間達にも言えることだとこの男は言った。


 薫の記憶が確かなら、あの世界はここと特に変わったところなんてない。平凡な人間達が日常を生きているそれだけのものだ。

 いったいこの男は何が言いたかったのだろうか……?


「……余計に訊かなければならない事が増えたな。否が応でも吐いてもらおうか」


 薫は槍を振り払って獅童の手を外し、一旦距離を取る。


 獅童は苦笑すると、


「今はまだ早い」

「我々で、勝てないと言いたいのか? この私を愚弄するか、獅童ッ!!」


 獅童の言いたいことは悔しいがわかる。


 千尋達の見解は獅童はあの企業と繋がりがある。つまり、自然と敵対することになる。

 喩え獅童があの企業の事を全て吐いたとして、そこには獅童が立ちふさがる。今でこそ少しではあるが情報を与えているのは、敵対しても勝てる自信があるからだ。

 加えてそんな男が企業の傘下になるということは、この男と同等、もしくはそれ以上の力を持つ存在がいるということになる。

 だが、それはありえない。アメリカでの非公式ランキング、NHランキング――人間じゃない人間ランキング――においてトップに君臨する存在が勝てない相手など想像が出来ない。

 実際のところ、母親や自分が含まれている時点で既に人間じゃない人間(・・)というランキングは破綻しているのだが。


「愚弄するつもりはないが、言葉を訂正するつもりもない。今のお前達では冷静さを欠いて足手まといにしかならないからな」


 だが、と獅童が言葉を続ける。


「お前は別だ、薫。お前は他の三人と違って飛び込んで来ないからな。冷静に、物事を見据えて戦いに赴く。それに、今の槍の技術。正直、俺はお前以上にそれほどの使い手を見たことがない」

「当然だ。私は恨んではいないからな。冷静になるなと言う方が難しいだろう。……槍術は俺の師匠が俺より強い。上には上がいる」

「なるほど。それがわかっているなら驕りすぎることはないか。なら、ひとつ忠告だけしておいてやる」


 獅童は隙のない動作で歩き出す。

 思わず身構えるが、そこに敵意がない事を悟り、緊張を僅かに解く。しかし、油断はしない。

 肩に大きな手が乗せられ、思わず全身の毛という毛が逆立つ。形容し難い感覚に襲われた。まるで、蛇に睨まれたカエルだ。


「お前は流儀を捨てろ。そうでなければ、この戦いには勝てない」


 それだけ言うと、どんどんと獅童の気配が離れていく。

 気配を感じ取れなくなった時点で彼の消えていった先を眺める。


 薫の流儀、相手と同じ土俵で戦うということ。それを捨てろというのだ。だが、その流儀は今の戦闘において成り立ってはいない。

 素手と槍だ。その間合いが段違いである以上、既に流儀は捨てられているのだ。

 だが、それはそんな意味で言ったのではない。



 ――魔術を使え――



 そういうことだ。奴らと戦い、勝ちを得るにはそれしかないと言外に言っているのだ。事実、今の戦闘で薫が魔術を使えば、結果もまた変わっていたかもしれないほどだ。獅童は薫の魔術を強く買っている証明だった。


 そう思った時、ひとつだけ、獅童の言った事に引っかかりを覚えた。


「……足手まとい? いったい、誰のだ?」


 その答えは結局出ないままだった。

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